2024/09/06 のログ
ご案内:「落第街 崩れかけたアパート」に『姫鴉』さんが現れました。
『姫鴉』 >  
それは、静かな夜であった。
灯の消えた室内で、女は上体を起こした。
艶めかしい白の肌は、汗ばんでいる。
髪は軽く乱れているが、
それで彼女の美しさが失われよう筈もない。

首筋から鎖骨にかけてのラインにうっすらと
浮かび上がっていた汗が、つう、と。
胸元へと滑り落ちることで、白い肌に官能的な軌跡が描かれる。

月光に照らされる室内、女の琥珀色の瞳と汗ばんだ白だけが、
妖しく輝いていた。

彼女の傍――ベッドの中央で倒れているのは、全裸の男だ。
意識はない。精根尽き果てたとは、まさにこのことであろうか。

女はすっかり眠っている男の顔にそっと、その白い掌を翳す。
男はといえば、何の反応も起こさない。

それを確認すれば、物音を立てず、下肢を軽やかに運び、
アパートの床へとその足をつけた。

ベッドの横に投げ捨ててあった黒の下着を掴むと、
静かに身に着けていく。
最後に黒のドレスを掴んで、身に纏えば、
薄汚れたアパートには到底見合わぬ、夜の女王が姿を顕す。

女は最後に男を一瞥した後、部屋を出ていく。

『姫鴉』 >  
公安から託されたオモイカネ、その端末に文字が浮かぶ。
公安からの着信だ。
耳に小型の機械を装着し、部屋を離れながら応答する。

『首尾は?』

己の脳内に響く、顧問からの言葉。

「……上々。ちょっと絞ったら粗方吐いた。いつもどーり」

艷やかな唇が開き、言葉が放たれる。
その筈であった。
しかし、唇が動くのみで、周囲に音は一切発されない。
それでも、相手には通じているようだった。

『奴らの本拠地は?』

顧問の言葉を耳に入れながら、足早に歩く女。

『姫鴉』 >  
白髪を揺らしながら、廊下を歩く。

――柱を通過。

「座標をそっちへ送る――」

流れる(かみ)がすう、と。
誰も居ない廊下に煌めいた。

「――後は任せても良いですぅ?」

琥珀色の瞳が細められる。

――柱を通過。

そうして細められたの瞳が、
左右に動く。
人、その他機械類、使い魔の気配もなし。

「今日は用事があって、早く帰りたいんで」

黒のドレスは月光を受けて――

――柱を通過。

――黒、否。紅のドレスだ。

柱を通過する度に、女の姿が変わってゆく――。

『姫鴉』 >  
 
二十面相(シェイプシフター)。
それが彼女の隠された異能の一つであるがゆえに。


気づけば、金髪の女が、月を背景に歩を進めていた。 
 

 

『姫鴉』 >  
『いや、もう一件頼みたい。
 別の下部組織の連中に動きがある。
 姫鴉。悪いが、情報を掴んできてくれるか』

顧問の声に、思わずため息が出そうになる。
しかし、それは噛み殺す。
演技は得意だ。何よりも。

ただそれでも、胸の内にあった思いの一つが、少しだけ。
口から滑るように落ちてしまう。

「……今日は、読書デー」

『何か言ったか?』

無機質な顧問の声が脳内に響く。
それを受けて、一人頭を振る姫鴉は、月を見上げる。

「いや、何でもないですよぉ。
 了解、了解。分かりましたぁー、っと」

女は金の髪を撫でながら、そのように口にする。
依然、気配はなし。
 

誰にも認知されない闇の中で、女は端末を操作する――
 

『姫鴉』 >  
 


――通信終了(All Over)


 

ご案内:「落第街 崩れかけたアパート」から『姫鴉』さんが去りました。