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退魔流派「那岐流」
Last Update:2026/02/26(木) 20:38

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分類その他設定
所属祭祀局
所在居住区
概要退魔術の流派
利用について利用自由
設定共有名簿参照
敵対・戦闘OK
連絡用私書箱IDoxisijen
  


 ▼Comment

カットイン

⛩ 那岐流
那岐流とは伊邪那岐命いざなぎのみことが、子孫へと継承したと伝えられる退魔術である。
大きく分けて四つの流派が存在し、時と共に数多の亜流に分かたれ数を増やした。
そのどれもが『人が魔を討つための術』であり、『人を超えた業』である。

現代において、本家と呼称される四家のみが正当な那岐流を継承している
しかし、本家と分家に明確な実力差が在るわけではない。
あくまで源流であるかどうかであり、象徴的、儀礼的な意味合いが強い。

⛩ 那岐流四派
御雷みかづち神の力魔の力を『身に宿す者』がその力を用いる事で魔を討つ流派。
尾羽張おはばり神の力魔の力を宿した『神器/魔器』を用いて魔を討つ流派。
玉依たまより神の力魔の力を『借り受ける』事で魔を討つ力とする流派。
小碓おうす人の力たる叡智と技術を極め、『人の業』にて魔を討つ流派。

那岐流には、大きな流派の区分けとして那岐流四派が存在する。

「魔と化し魔を屠る」のが御雷。
「魔の武具を揮い魔を屠る」のが尾羽根。
「魔の力を借り魔を揮う」のが玉依。
「人の業にて魔を屠る」のが小碓。

亜流の流派もこれらの分家から、独自に形を成したものである。
特に本家は色濃くそれぞれの流派の特色を残している。



「それぞれの流派の詳細は、こちらを確認してくださいね」

御雷詳細
御雷は神の力魔の力を『身に宿す者』にしか扱えない流派であり、先天的な素養により習得できるか否かが完全に左右されてしまう。転生体・現人神・魔との混血……どれであれ、後天的に習得できるものとは言い難い。無論、他流派でも玉依などは限定的に近しい振る舞いを為す事は可能だが、本質的に人外である事を前提とした業である。「自らが魔となる事で魔を討つ」のが、彼らの最大の特色であろう。

その退魔の業は単純にして強力なものであるが、それ故に彼らは常に魔性へと堕ちる危険性を孕んでいる。故にこそ、彼ら御雷の技術の本質とは、そ の強大な力を制御し、驕り荒ぶる魔へと到らぬ為のモノと言える。

また、先天的な素養に完全に才能を左右される性質上、御雷は積極的に素養ある仔を養子を迎える傾向にある。特に転生体や現人神など、直系の子孫であってもそう頻繁に産まれるものではないのだから、素養あるものであれば血の正当性など二の次なのである。また混血の場合でも、過去に血統濃縮の為に繰り返された近親婚の緩和として、外部の血を取り入れる目的で養子を取る事は珍しくない。

・その立場

流派の性質から、四派の中でも最も少数精鋭。各々の使い手が一騎当千と謡われ、討伐隊の中に一人御雷が居るだけでも退魔の難度が変わるとされる程。そうした事情からか四派の中では最も発言権があるとされるが、それは他の三派が「御雷が魔性へと堕ちた際、即時討伐できる」権利を有するからでもある。また、それを意図してなのか、退魔に特化した御雷の対人戦闘技術は四派の中で最底辺とされる。

尾羽張詳細
尾羽張は神の力魔の力を宿した『神器魔器』を用いる者が扱う流派であり、四派の中では最も先天的な素養に左右されない流派である。というのも、その力を神器魔器に依存しており、理論上は神器魔器を手にして扱うことが出来るのならば、誰だってこの流派を習得し、魔を打倒することが出来る。

無論、実際には神器魔器が剣であれば剣術の才能も必要となるし、神器魔器を扱うことそのものにも大なり小なりの才能差はある。だが、一定以上の水準であれば誰であれ習得可能であるように体系化されたのが尾羽張という流派であろう。

その神髄は神器、或いは呪具などの「魔の力を宿す物」を退魔に特化させたもの。それも、自らが退魔の為の機構となり、神器魔器を揮う為の傀儡となる事を良しとしたものである。彼ら尾羽張が他の神器魔器を扱う者達と一線を画しているのはこの点であり、彼らは「神器魔器とは人が扱うのではなく、人が神器魔器に扱われる事こそが最も魔へと近づける」という思想の上でこれを成す。

尚、流派の特性こそ使い手を選ばないが、そもそもの神器魔器の総数に限りがある為、一子相伝の傾向がある。家ごとに代々、強力な神器や魔器を受け継ぐのが習わしであり、そうした呪いの品の収集も積極的に行っている。一説では、新たな神器魔器が回収される度に、あらたな分家や亜流が増えるとされる。

・その立場

御雷や玉依のものが一部の術技を学ぶ事も少なくなく、実際の退魔に於いても協力することで互いに十全に力を発揮できる。また、尾羽張は神器魔器という規格外の武具とはいえ、武具を扱う事には違いなく、基礎的に置いては小碓と共通した技術を持つ。こうした性質からか、尾羽張は四派の橋渡し役のような立場に納まっており、その一子相伝な傾向も合わさって保守的な立ち位置となっている。

玉依詳細
玉依は神の力魔の力を『借り受ける』流派であり、つまりは巫女やイタコのようなもの。ある意味で最も「退魔術らしい退魔術」を伝えており、「一般的な退魔師としての霊的素養」があれば習得は可能。

その神髄は「魔を討つのであれば、魔の力を借りればよい」という点にあり、玉依は共通して力の本質を外部に依存している。「鬼の腕」や「悪魔の瞳」などの『魔の一部を身に宿す』ような場合でもこの流派となるが、御雷との境界は少々曖昧であり、事実として「間接的に御雷の力を扱う流派」と称される事もある。

ただし、御雷が自らの「自らを魔を制する」事を目指すのであれば、玉依が目指すのは「魔を飼いならす」事。特にその意味合いの違いが現れる点として、玉依は「力の制御を自ら行う事が困難である」というのが挙げられる。何せ幾ら鍛えようとも、大本の力が自らのモノではない以上、その制御は間接的なものにしかならない。直接的な制御手段を確保することも不可能ではないが、人の身で強大な神の力魔の力を制御するのは、元よりそういう存在御雷でなければ、やはり困難なのだ。

そうした流派の性質上、使い手は常に「魔」の傍に在り続ける事となる。その危険性やリスクは語るまでも無く、神や強大な悪霊の器と成り果てたり、その身に宿した怪異にその身体を乗っ取られるという事も珍しくはない。彼ら玉依にとっての修行とは、そうした魔の存在との対話、そしてその危険性を理解することなのだ。

・その立場

彼らは流派の性質上、特に御雷との縁は特に深い。というのも、御雷の子が「御雷としての才能は足りずとも、玉依としての才能は十全にある」という事も往々にあるらしく、そのまま玉依の養子として迎え入れられる事もある。その逆も頻度こそ多くは無いが決して珍しいものではなく、家系図を遡れば必ず互いの名がどこかで挙がる。だが、いざ御雷が魔性に堕ちた際、真っ先に討伐に加わるのは玉依とされており、これは「魔の性質を最もよく知る為」と言われている。

小碓詳細
四派の中で最も異質な流派、それが小碓である。なにせ、人が人のままに魔を討つ事のは小碓だけであり、事実として彼らは魔の力を間接的にも用いない。魔の力とは一切関わりなく、純粋な人の持つ技術や知恵を磨き上げ、人のままに人を超越して魔を処断する……ある種、怪異以上に怪異じみた事を成し得る力を見出し、研磨したのが彼らなのである。

血や素養、神器などに依存しない性質上、流派を統括する本家すらも与り知らぬ分家や亜流は数多い。純粋な武器術や体術に留まらず、魔術や呪術を使ってみたり、異能を極めてみたり、銃器を扱うモノもあれば、乗物や兵器を持ち出し、もはや退魔術とは思えぬような亜派もある。魔を下す為であれば手段を択ばず、他の退魔術の技を取り込む事すら躊躇いがない。良くも悪くも「なんでもあり」なのが、小碓の最大の特色と言えよう。

とはいえ完全に血や素養と無関係かと言えばそうでもなく、一部の家では特異体質が前提であったり、体術や身体能力には大なり小なりの才能の差というものは現れる。何よりその業を習得するために必要な努力と研磨を成し得る異常性は、とてもじゃないが万人が持ち得るものではないだろう。

ただし、彼らは『人から外れる』ことだけは厳しく禁じられている。それを成した時点で小碓ではなく、時には他の三派の何れかとして扱われる程に、この一点における規律だけは非常に厳格。故に、人体改造などの一線を越えた分家も存在こそすれど、彼らが本家になる事は決してない。そうした異端とも言える亜流を、彼らは目の敵としている節がある。

・その立場

異質な点が目立つ小碓であるが、その立場も非常に特異である。というのも、小碓は他の三派が魔へと堕ちた場合、「その処分を行なう役割と特権」を与えられている為である。人から外れる事を禁じているのも役割故。木乃伊取りが木乃伊になってはならないという思想の表れである。また、人のままに魔を殺す彼らは、那岐流の中において、最も対人技術に長けている。その鍛錬において人を相手にするのもそうであるが、亜流の多様さはそのまま選択肢と数の強さとして現れるのだ。

⛩ 成り立ち

その起源は古く、黄泉比良坂の逸話にまで遡る。

日本神話に語られる国生みの逸話、伊邪那岐命いざなぎのみことの妻である伊邪那美命いざなみのみことは産み落とした加具土命神により身を焼かれて命を落としてしまう。イザナギはイザナミに合う為に黄泉比良坂と向かうも、彼女は変わり果てた姿となっており、これに恐れ慄いたイザナミは逃げ出してしまった。

イザナミはこれに激怒し、黄泉の怪物にイザナギを追わせた。そして何とか黄泉比良坂より帰還し、その入口を巨大な岩で塞いだ後、イザナミはイザナギへと呪いをかけた。
「日に千の人間を殺す」というその呪いこそが魔の初まりとされ、その脅威を案じた伊邪那岐命いざなぎのみことが、その子孫と人々に継承したのが那岐流なのである。

一説では帰還の際に黄泉の怪物を撃退した術こそが、その原型だとされている。

⛩ 常世島に於ける那岐流
那岐流は元々、秘密裏に魔を処断している組織や集団の一つであった。
だが、《大変容》を機に彼らは否応なしに変革を迫られた。
数多の魔術協会や秘密結社がそうであったように、彼らも表に出ざるを得なかった。
その中でも彼らは常世財団とは距離を置き、独自に対応を行なう事を選んだ側であった。
際限なく各地に現れる魔への対応に追われていた、というのが実情だが。

ともあれ、結果として那岐流は常世学園への関与が遅れてしまった。
宮内庁を通し、祭祀局に加わる頃には彼らにとって幾つかは手遅れになっていた。
「転移荒野」や「黄泉の穴」、そこから湧きだす怪異やそれらを利用せんとする魔。
那岐流が手をこまねいている間に、彼らの宿敵たちは既に暗躍を始めていた。

現在、那岐流は四派本家の屋敷を常世島に移転してまで、関与を始めている。
既に一部の若き那岐流に術者たちは、常世学園への入学が決定している程である。
それほどまでに、彼らにとってその対処は急務であったのだ。

だが、あまりにも急務すぎた弊害は既にいくつか現れており、一つはその立場にある。
名目上は祭祀局の傘下であるが、実態としては協力者に近しい。
退魔の専門家として買われてはいるが、日が浅い故にまだ信頼を獲得出来ていない。

そして最も大きな弊害は、本家の屋敷を移転する必要があった事である。
本家の敷地内に封じた魔の存在は数多く、その継続した管理も必要であった。
一部だけを残して移転、という訳にもいかなかったのだ。
半ば強引に土地と封印ごと移転するという荒業で彼らはこれを乗り切ったのだが……
結果として、それは一部の封印を緩めてしまう、という副作用を齎したのだ。

⛩ 術技

共通術技一覧

封血ふうけつ

魔に与えた傷害部の再生を阻害する術技。
一撃が決定打に成らずとも、確実に怪異を追い詰める為の技。

透芯とうし

魔の弱点たる核の所在を見極める術技。
最大の決定打を与えるために、その在処を見出す。

瞬刻しゅんこく

瞬間的に距離を取り、魔からの致命を避ける術技。
避けるのではなく、「逃げる」ことにより生存性を高める。

水心すいしん

瞬刻とはまた違う術理の致命傷を回避する術技。
己の体組織・全ての血管・臓器の位置を把握する事により、致命となる攻撃を受けても、重要な臓器や血管を致命傷から逃すことが出来る。しかし、当然ながら追撃されれば後は無い。主に捨て身の反撃を狙う際に用いられる。

剣身けんしん

呪力やそれに相当する力を身に纏うことで鋭利化し、その身に剣を宿す術技。
武器を失った際の対応策としての回答。我が身こそが剣である。

開闢かいびゃく

閉ざされた異界からの脱出、或いは侵入を成し得る術技。
結界破りを成し得る技であり、防護結界などを正面から割り砕く事が可能。元々は異界などへの進入用に用いられていたのだが、より単純で解析しやすい「戦闘中に扱われる結界」に特化した防御破りの業へと昇華された。

天眼一刀一打てんがんいっとうひとうち

動作の間合いを悟られないようにする為の構え。またそれに付随する動作。
元々は小碓家が編み出したものとされ、その汎用性から共通した技術となった。

御雷術技一覧

顕源けんげん

その血、或いは魂が持ちえる本質を呼び覚まし、覚醒させる術技。
人である己と魔である己を明確に切り替える事で、常に魔へと惹かれる事を防ぐ事を核とする。己が中の人と魔の区別がつかなくなる事により、御雷は魔へと堕ちると語られている以上、この技こそが御雷にとって基本中の基本と言える。

縮業しゅくごう

力を全身に循環させ、その身を「魔」のそれへと変じさせる術技。
表出のさせ方は人それぞれで、神衣を纏う場合もあれば、身体が完全に変容する者もいる。『顕源』と共に扱うのが常であり、一度この状態となれば、人体では致命に至る傷を受けても戦闘行動が可能となる。 ただし、解除されてしまえば、その身は人と変わらぬものとなってしまう。

十束とつか

自らが扱う、己だけの神器を創り出す術技。
神が産み出した武具であるならば、それ即ち神器に他ならない…という発想により開発された。ただし、その神器の担い手となれるかは当人次第。真にこの力を極めるならば、尾羽張の技が必要とされている。

蒐念そうねん

信仰など、自らの存在を支える力を集積し、自らの力を増す術技。
一種の回復手段やバフのような技であり、御雷が他の三家に比べて継戦能力に優れていると言われる所以。ただし、場所などにより効力が左右され、凡その場合は霊験あらたかな地や神殿にて行うのが最も優れている。

阿羅魂あらだま

意図的に力を一時的に暴走させ、荒ぶる力として顕現させる術技。
純粋な力、強大な魔という暴力によって、須らくを打ち砕く。 無論、暴走する危険性を孕んだ技であり、基本的には奥義の一種。用いるならば一瞬で留めよ、と語られている。

祝辞しゅくじ

祝福として他者に自らの力を分け与える術技。
連携において非常に有用な技であり、後方支援を専門とした使い手も珍しくない。また、祝福を転じて呪いとして扱う事も可能であり、熟練した者であれば、策謀や妨害の為に用いることもある。

尾羽張術技一覧

還戈かんか

神器魔器から記録を引き出し、本来あるべき形へと一時的に戻す術技。
遺物たる神器魔器は長い月日で経年劣化し、完璧な状態で在ることの方が珍しい。代々受け継ぐ神器魔器は砕けた欠片の一部しかない……という事も珍しくない。この術技は記録の中に残された「原型」へと戻すことで、神器魔器として在るべき力を引き出す事を可能とする。

鞘来しょうらい

神器魔器に宿る意思と力に身を任せ、自らを神器魔器を納める鞘とする術技。
自らを神器魔器の一部とし、己を神器魔器そのものに使われるための装置と化す事を根幹としている。行き過ぎれば神器魔器に取り込まれ、人の道を踏み外す。最も尾羽張という流派を体現した術技であり、この御業を成し得るために、尾羽張は神器魔器との対話を重要視する。

封刀ふうとう

神器魔器の持つ力を制御し、我が身を滅ぼさぬようにする術技。
基本にして原点とも言うべき技術であるが、これを成し得る方法は大別して二種。ひとつは本来の力を封じ、段階的に封印を解除、事が終われば再封印を行なう手法。 もうひとつは神器魔器に宿る意思と対話し、引き出す力を制御する手法である。

共銘きょうめい

神器魔器と心身を重ねることで、神器魔器の感覚を感じ取る術技。
人では決して成し得ぬ、神器魔器という道具であるからこその超感覚や超反応を実現できる。また、探知や解明としても応用でき、道具と同調する事による疑似的なサイコメトリーも可能。

遷移せんい

神器魔器の形状や力を変質させ、より精鋭化した力を扱う術技。
『還戈』の応用ともいえる術技であり、還戈が元の形に戻す技であるのならば、遷移は新たな形を与える技。その形状や能力を術者の思うがままに変質させる事が出来るが、神器魔器との絆が無ければ己が神器に変質させられ魔性に堕ちる危険性を秘める。また、決して自由自在に変質させられる訳ではなく、元となる神器魔器そのものの性質や形状から大きく逸脱したモノには変わらない。

玉依術技一覧

招神こうしん

神をその場に招来させ、使役する術技。
限定的な神の降臨を成し得る技であり、高位の存在であればあるほどに難度とリスクが増す。使役すると言っても相手は神、主の命を必ずしも成してくれるとは限らない。玉依にとって基礎中の基礎であり、扱うだけであれば最も容易な術技。

降神こうじん

神をその身に降ろし、憑依させる術技。
疑似的に御雷と同様の技を成し得る事が可能となり、神の力を自らの意思により扱う事も出来る。ただし、その難度とリスクは非常に高く、心身への影響は免れない。また、そもそもとしてある程度、その使用者が神や魔に寵愛されていなければ扱う事すら出来ない。

侵招しょうらい

神の力を身体の一部のみに招来させる術技。
片腕を鬼のモノに変じたり、その脚力を借り受けるような所業を可能とする。『降神』よりも遥かにリスクは低く、応用が利く。とはいえリスクが無くなった訳ではなく、多用しすぎれば「侵招させた部位が完全に変質する」なんて事もある。

神依かむい

武具や人形などに神を宿らせ、仮初の神器を産み出す術技。
『降神』や『侵招』のようなリスクを自身が受ける事なく、神の力を扱う事ができる。また、精巧な人形に宿らせれば、神の分霊を顕現させることも不可能ではない。ただし、神器として扱うならば尾羽張が当然ながら必要となる。その上、この技には「少しでも破損すればそれだけで術技が瓦解してしまう」という、最大の欠点が存在する。

たてまつり

神に願いを捧げる事により、その力を行使して貰う術技。
最も初歩的な術技の一つにして、最も術者の実力が反映される技となる。特に使役する神や魔との信頼関係が重要であり、その願いを叶えてくれるかは信頼関係次第。術者の実力が未熟であれば、技としての規模や効果すらも神の気まぐれ次第となってしまう。即ち、術者の想定通りの事象が行使を成せれば、それだけ気に入られているか、手綱を握れている事を意味するのだ。そうした性質故に、この技の練度がそのまま実力の指標となる。

小碓術技一覧

動水どうすい

那岐流全般に通ずる術技である『水心』と組み合わせる術技。
己が身体の内外……ありとあらゆる筋肉を自由にコントロールする事で、血管や臓器の位置すらも望む方向へずらすことが出来る。人の身で成すにはあまりにも怪異じみた技術である為、小碓の本家以外が修得するのは困難とされる。

開悟かいご

人体のリミッターを一時的に外す技術。
火事場の馬鹿力や、一瞬をコマ送りで視認するような動体視力を意図的に引き出す。人間が本来持ちえる底力をいつでも十全に扱う事を可能とするが、習得にはある種の素養が必要となるとされている。

陽蛇ようしゃ

初撃を防がれた際に視界の隙を産み出す術技。
追撃を容易にする為の技であり、汎用性が高く、修得も容易い。視力を奪えるほどの閃光を用いるのが基本だが、隙を産み出す方法そのものは多岐に渡る。本家の指南役である巳言が発案し、編み出した。

蟒月まんげつ

敵の攻撃を往なしながら反撃を狙う術技。
所謂カウンターであるが、ただ往なすのではなく、敵の力を利用して自らの力と変じる事を極意とする。極めれば敵の攻撃を余すことなく自身の反撃に上乗せする事すら可能となる。

点源てんげん

致命となる一点に、寸分の狂いもなく攻撃を通す術技。
敵が如何なる超常の存在であろうとも、必ず存在するウィークポイントへ一撃を与える事で致命を与える。如何な状況や状態であろうとコレを成し得る事を術技の根幹と定められている。この技を極めた者は、ただ一点へ寸分の狂いなく何度も穿ち、そこを致命の弱点へと変えると云う。人の身で魔を処断する為に、最も重要な術技にして奥義。

⛩ 那岐流の宿敵

人を呪い、人の畏れを具現化する、人ならざる者を那岐流では「魔」と称する。
姿形や出自・存在理由は多々あれど、本質的に彼らは人を脅かす。
即ち、「魔」とは人に仇為す存在そのものなのである。

だが、神も人も……ある一銭を超えた時、人に仇為す「魔」へと堕ちる。
那岐流はその境界に最も近しい退魔術であるとも言える。

宿敵一覧

禍津那美まがつなみ

黄泉の怪物、或いは伊邪那美命いざなみのみことの呪いにより生じた「魔」の総称。
イザナミの眷属であり、穢れそのもの。殺めることに特化した力を持つ。

直属の配下たる「黄泉派」と、外様の「禍津派」に分類される。
黄泉派には「六獄」、禍津派には「穢徒」という頭領たちが存在する。

詳細あらゆる怪異や怪物の起源にあたる存在とも言われるが、通常の怪異や悪霊などが後天的に加護呪いを授かることで変質する事例も確認されており、詳細不明。

だが、イザナミの眷属と言える存在である為か、イザナギの後継者ともいえる那岐流の使い手を敵視している事だけは明確である。

尚、主たる派閥として「黄泉派」と「禍津派」が存在している事が知られているが、その差異は純粋に「イザナミの意を汲んでいるか否か」である。黄泉派はまさに彼女の僕と言える存在であり、「人類種を一人残らず殺害せよ」というイザナミの命を忠実に遂行する。一方の禍津派は、己の目的のためにそのイザナミの加護を利用しているに過ぎない。黄泉派以外の大多数が此方であるが、どのような形であれ「人の世を死と穢れに溢れた世界へと変貌させる」という一点に於いてはイザナミの目的に合致している。

六獄ろくごく

六道をそれぞれ象徴する黄泉の統治者にして、黄泉派の統領。
イザナミの血肉より生じた者、或いは直に力を授かった者たちであり、強大な力を有している。各々が黄泉の国の小世界を保有しており、殺めることに特化した権能を持つ。

地獄鬼  地獄道を司る。炎と苦痛を操る。その炎が人々の心の中の恐怖を具現化する力を持つ。
餓鬼媛  餓鬼道を象徴。飢えと渇きを撒き散らす。その瞳は永遠に満されぬ渇望を宿している。
獣妃   畜生道を支配。獣の群れを従える。従えるその獣たちは、獣妃の身より産まれ落ちた獣である。
修羅将  修羅道の闘士。戦乱と殺戮を好む。血と死を糧に強さを増し、戦い続けることで力を高める。
冥巫女  人間道を操る。人の心に呪いを植え付ける。禍津那美において唯一純粋な”人”だとされている。
天墜   天道の堕天者。天に在った者が黄泉に堕ちた存在。その頭上には今も光輪が輝いている。

穢徒わいと

自らの欲望のために黄泉の力を求めた者にして、禍津派の代表者。
禍津派の中でも特に力に秀でた者を指し、授かる力に依存せずとも凶悪な者が多い。中には高名な怪異や異国の存在も混ざっている。

禍剣   血塗られた呪いの剣。数年前、那岐流の者たちにより討伐された筈なのだが…。
虚面   呪われた西洋の面をかぶる怪異。あらゆる姿になる事が出来るが、何者でもないという。
瘴霧   穢れた霧で周囲を蝕む存在。呼吸する度に命が奪われ、最期には存在ごと霧へと飲まれる。
骸楼   巨大な骨の城を従える死の王。埋葬されなかった死者の集合体だと語られている。
血妃   血で呪術を行う妖婦。西洋より渡来した吸血種だと噂されている。
影狼   影に紛れて獲物を狩る獣。闇の中でのみ形を成し、その身ではなく存在を食らうとされる。
夢喰   人の夢を喰らい現実を歪める存在。夢から夢に移ろい身を隠す力があり、討伐が困難。
蟲骸   腐蝕の巣を築く蟲。骸を肥やしとして眷属を増やし、骸そのものを眷属の鎧とする。
渾狐   九の尾を持つ傾国の大妖。尾の一つ一つが大妖と呼ばれる程の力を持つ。
…etc

荒神あらがみ

荒魂の側面に完全に呑まれ、「魔」へと変じた神々の総称。
その名の通りに荒ぶる神たち。災いを振りまき、我欲や渇望のままに活動する。

八岐大蛇の旗印に集った「八劫連邪」と呼ばれる荒神の集団が存在する。
また、在野の荒神も単身で相応の名を知らしめる存在は数多い。

詳細云わば暴走した神であり、災いを振りまき、我欲や渇望のままに活動する。戯れとして欲に塗れた人物に加護を授けてみたり、怪しげな宗教団体を組織したりと、その方向性は様々だが、そのどれもが碌な事にならないからこその荒神と言える。

その出自は様々だがもっとも代表的なのは、分霊として分かたれた一側面が個別に信仰を確立し、荒神として顕現する例。そうした場合、彼らは「起源を同じくする神は己だけでよい」という思想の元、元となった神を浸食せんと行動を起こす。

かの八岐大蛇はそうした荒神の代表的な存在。現代においてもその魂は死していないとされ、「八劫連邪」として多大な影響力を残している。今でもかつて己を滅ぼした須佐之男命の末裔達への復讐を謀ろうとしているらしく、那岐流はまさにその末裔たちの一つと見做されている。

八劫連邪はちごうれんじゃ

八岐大蛇の怨念に呼応して集った荒神やその眷属。
八つの劫難災厄を象徴した権能を有しており、荒神たちの中でも頭一つ抜けた力を持つ。彼らが習合して産み出した「八岐信仰」は現代でも一部地域で根付き、その信徒らは数多い。

龍煙   台風や竜巻を司る神。長年の攻防により力を失いつつあるが、再起の時を伺っている。
洪流   数多の水神が荒神へと堕ち習合した存在。最も八岐大蛇の化身に近しいとされる。
震滅   大地を震わせ崩壊させる地の神。既に封じられているが、現代でも時に災厄を引き起こす。
疫使   病魔を操り人々を蝕む神。八劫連邪の中では、現代においては最も力ある荒神とされる。
焰鬼   神すら焼き滅ぼす災いの炎を持つ。かの火之迦具土神より力を賜っているとされる。
雷霆   文字通りの雷神。その権能を利用して、現在は情報の海の中にその核を置いているという。
餓魔   飢えを齎す神。飽食の世となった現代を羨んでいる亡者の念が強く、神というより怨霊に近い。
霞羅   大気を穢す災いの神。近代に産まれた神であり、新参者。それ故に現代に対する造詣が深い。

・在野の荒神

異国の神や眷属も含んだ、ただ自由気ままに世を乱す荒神たち。
多くは辺境の地で信仰を集めて教団やカルトを成し、その地で好き放題に振舞っている。その活動形態故にホームグラウンドから出る事は殆どなく、数を利用した社会的な力をも有していることが多い。討伐には相応の根回しや策が必要となり、厄介な存在と言える。

ミン   豊穣の神と称される異国の神。一説では異国どころか異界から来たる魔とされるが……。
欲天   あらゆる欲を肯定し、人々を陥れると語られる者。その眷属は頭上に光輪を浮かべるとされる。
天津甕星 日本神話屈指の悪神。その来歴から那岐流を不倶戴天の敵と見做している。
ヨーニ  女神たちへの習合により生じた神。ある神の化身が変質した結果、元の神からは逸脱した存在。
ワダツミ 原初の海に住まう海の神。最も閉鎖的な神々の一柱で、その神域に普段は引きこもっている。
幻夢   暴虐と破壊の限りを尽くす悪神。長きに渡る戦いにより、鎧に封じられた筈だったが……。
…etc

妖魔ようま

人の想念より産まれた「魔」。その中でも特異な穢れし者たち。
ただ存在するだけで人の世を穢す、最も多様な魔の存在。

中でも魔性に堕ちた那岐流の使い手は「蛭子」と呼ばれ、脅威とされる。
無論、在野の妖魔も決して無視できる存在ではなく、最も多様にして多数。

詳細人の恐れや憎悪といった負の感情が集積した結果として生じるとされ、ただ存在するだけで人の世を穢して行く。その出自故に彼らは積極的に人々を狙い、災いを無差別に振りまく。正しく人類の敵と言える存在である。

何よりも、彼らを凶悪たらしめるのはその生態にある。彼らは人々に憑りついたり呪うことはあっても殺すこと無い。人間を可能な限り生かしながらも存在を穢し、恐怖や憎悪を育むことで「糧」とするのだ。彼らにとって人間とは、肥沃や養分を産み出す家畜であり、新たな同胞を産み出す苗床なのである。そうした性質上、その被害者の多くは精神を壊す。

また、彼らは理由こそ定かでないが、「人から外れつつある者」を優先的に狙う事でも知られている。那岐流の使い手はまさしく格好の標的であり、過去に犠牲となったものも少なくない。中には自らの意思で妖魔に組した使い手たちも存在し、「蛭子」とも称される彼らは、当然ながら那岐流にとって不倶戴天の天敵と言える。そうした経緯から妖魔は那岐流にとっても要警戒対象とされている。

蛭子ひるこ

那岐流の使い手だった者が妖魔に堕ちた存在。
かつての技や信念は穢れに歪められ、今では妖魔の尖兵として暗躍している。その出自からか、那岐流のやり口や人間社会を熟知しており、一度狙われれば、その魔の手から逃れる事は非常に困難。幸いにも彼らは特定の個人や家を狙うものが多く、大胆に事を起こす事は殆ど無い。

無間の鏡    「何か」と繋がってしまった御雷の元後継者。因果や並行世界を見通すと言うが…。
淀みし刃    神器に呑まれ己を失った尾羽張の天才児だった者。その技だけは今も陰りを見せない。
血塗られた経典 異界の書や信仰を取り込んだ果てに妖魔へと堕ちた玉依の異端者。異形の怪物を操る。
淀みの血色   純然たる肉体と格闘術の強さを追い求め、妖魔へと到ってしまった小碓の求道者。
虚無よりの唄  死者や怨念にその魂を呑まれ、それらを生み出す者へと変じた巫女の末路。
…etc

・在野の妖魔

最も多様にして、文字通りの魑魅魍魎を体現する者たち。
妖魔ごとにその性質・能力・活動目的が異なっており、一概に語る事は出来ない。ただ唯一、人にとって脅威となる存在である事は共通している。

涅狐      かつて御雷家の退魔師に討伐され、玉依家によって調伏された大悪妖とされているが……。
兇眼      人を惑わし、その身に憑りつく妖魔。瞳に魅入られた人間に巣食う、妖魔らしい妖魔。
雪女/源時代  鏡心流の創始者と同じ名を持つ妖魔。伝承に語る雪女と同様の能力を有する刀使い。
…etc

▼利用について
名簿に記載された設定に準拠したものであれば、原則問題ありません。
良識から外れない範囲内での、設定の利用を歓迎致します。
宿敵設定の敵対存在の利用も歓迎しております。
絶対ではありませんが、使用の際は連絡を頂けると嬉しいです。
相談や確認、検討などが御座いましたら、私書箱へお問い合わせください。

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