《大変容》

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《大変容》―1:「世界の死と新生」

 21世紀の始まりは《大変容》と時を同じくする。
 新世の喜びは、旧世の滅亡、夥しい破滅と血と死、それらと共にあった。
 南極上空に最初の異界の「門」が開き、終末の号砲が鳴り響いた。それを合図として《大変容》は始まり、世界は暗黒・混沌・無秩序に支配された。一説には《大変容》に伴う様々な災害や争いによって、人類の半分が死滅したともされる。ただし、《大変容》とそれに伴う災異、争いについては体系的な資料は存在していないため、その被害の全容は未だ不明な点が多い。死傷者数についても同様である。
 あらゆる終末が起こり、神話が再現された――《大変容》に遭遇したものたちの証言を纏めると、このような結論に導かれる。《大変容》直後に地球や月の周囲に非常に大規模な時空の歪みが発生していたことが後に観測されており、世界の様々な場所で時間の流れさえも歪みを見せる結果となった。
 《異能》に目覚めるものが現れ、《魔術》は暴露され、神話や伝説上の存在が天地に跳梁跋扈し、異世界の存在が「門」より到来した。「地球」の時空は歪み、一部の都市が異界化し、異形の存在が破滅と災厄を振りまいた。これが《大変容》の齎したものであった。旧世界に生きた人々にとって、それは世界の死であった。
 そのような状態で、《大変容》の体系的な記録が残されることはあり得なかった。《大変容》の全容は未だ闇に包まれている。

 《大変容》は、唯物的な科学によって万物の霊長へと至った人類が支配する、20世紀までの「地球」を死に至らしめた。かつての人類の歴史を胞衣として、新たなる天と新たなる地が誕生した。《異能》、《魔術》、《神々》、《異世界》――それらが中心となる、新たなる天地である。
 それまでの「地球」には《異能》、《魔術》などは存在していなかった。それらは信仰と空想の世界にのみ実在した。少なくとも「一般的」にはそうであり、《異能》や《魔術》は世界の影の中にのみ存在した。歴史に介入することなく、世界の99%以上の人間がその実在を目撃することもなかった。故に、歴史の主体者である人々にとって、《異能》と《魔術》は「存在していなかった」と表現することが可能である。

 《大変容》によって、《魔術》や《異能》、《神々》、《異世界》は歴史の表舞台へと現れた。それらは歴史の影に実在し続けたものである。故に、《魔術》や《異能》を使う者たち、そしてかつて「架空の存在」とされ、歴史から実在を消去された者たちの一部からは、この歴史的な転換は《復活》と呼ばれた。隠匿された事実が《大変容》によって一挙に暴露されたとも言えるだろう。歴史の影に隠れ続けた人々や存在にとって、自らは現実に「存在していた」と表現することが可能である。

 旧き世界は一度死に、新たな世界として新生した。これは紛れもない事実である。21世紀は、20世紀との連続性を人々が認識できない程に変容した。一部の「《大変容》セクト」が《大変容》は「門」より降臨した神による「世界の書き換え」であったと主張する所以である――曰く、《魔術》や《異能》などが存在していなかった世界に、それらが存在した歴史が追加・編入されたのだと。
 《異能》、《魔術》、架空の存在、《異世界》が現実には実在していたなどという事実は、近代的な思考を身に着けた人々にとってあまりに突飛にすぎるものであったのだ。そのような裏の歴史が存在したとは到底思えない。そのように隠匿し続けるなど不可能である。故に、これは非科学的なものが実在した世界と、唯物的なものしか存在しなかった世界の融合なのであると。
 ――無論、この説は一般に否定されている。20世紀と21世紀の「地球」は連続したものであると考えるのはごく当然のことである。だが、この説を完全に荒唐無稽であるとすることもまた、できない。そういった《史実》の書き換えさえ起こりうるのではないかという可能性を否定できないほどに、《大変容》は旧世界を根本から作り変えてしまったためである。

 《大変容》のために、20世紀以前の旧き世界の物理法則、常識、それらは彼岸へと去った。世界は死に至り、《異能》と《魔術》などを携えることによって、死からの再生/新生に至ったのだと言えよう。

《大変容》―2:「時系列」

 《大変容》については一般に知られるように、その全容については未だ明らかになっていない。「地球」人類側にとっては空前絶後の自体故に、まともな記録を取る余裕などは存在していなかったためである。また、《大変容》直後は「地球」全体に強烈な時空の歪みが発生していたため、たとえ《異能》や《魔術》による「過去視」をもってしても、《大変容》の全体像を観測することはできない。
 《大変容》については常世財団が調査し、編纂した『《大変容》に関する報告書』群が最も整った資料であるが、これも完全ではない。これには一般には公開されていない情報も多く含まれている。
 そのため、《大変容》を「いつまで」と考えるかは多くの説がある。現在も《大変容》は続いているという説も存在するが、国連および常世学園では《大変容》は既に収束したという立場を取る。そもそも、《大変容》の定義についても立場によっていくつもの説が提唱されている。

 上記のように、《大変容》については不明点が非常に多く、今なお調査研究の対象となり、諸説紛々と言った状況ではあるものの、《大変容》直後の、特に重大な変異については様々な資料を元に、おおよそどのようなことが起こったかは判明している。
 ここでは、《大変容》直後に起こった出来事の時系列について「ごく簡単」に記す。ただし、これはおおよその時系列であり、確実な過去として決定付けられるものでもなく、「過去視」で観測することもまたできないものである。なお、正確な時刻の記録は残されていない。《大変容》直後は地球全体に時空の歪みが発生していたためである。


【《大変容》時系列】

①南極大陸上空への超大の規模の「門」の出現(21世紀初めの年)

 「地球」の南極大陸上空に、南極大陸を覆うほどの巨大な「穴」が出現。後に「門」と呼称されることになる「異世界」と繋がるゲートである。
 特に、この南極大陸に出現した「門」は《第一の門》、《始原の門》などと呼ばれる。この出来事をもって《大変容》は始まったと見なす説が通説となっている。
 この「門」の出現とともに「地球」と月周辺の時空に歪みが発生したと見られる。


②《第一の門》より「異世界」の存在が出現

 南極大陸上空に出現した《第一の門》の中より「異世界」の存在が大挙して「地球」に出現。このときに現れた「もの」については不明な点が非常に多い。
 南極大陸に設営された各国の基地から発せられた僅かな交信によれば、意思疎通不可能な異形の存在、破壊的な性格を持つものであったことが推測される。


③南極大陸の消滅

 《第一の門》より現れた存在、あるいは力によって南極大陸のほぼ全域が「消滅」。明確に何が起こったのかは観測されていないため不明。
 当時の人工衛星による記録も、南極大陸全体が黒い「穴」に覆われたことがわかるのみである。
 現在の南極は国連によって「絶対封鎖領域」として指定を受け、情報公開がほぼなされていない。僅かに、時空間の歪みが激しく危険であるという情報のみが公開されている。
 領域全体が材質の公表されていない黒のモノリス群で堅固に覆われており、立ち入ることは不可能。強大な《異能》や《魔術》にも耐えうるとも言われており、現在まで突破された事実はない。
 現在の南極は「生命の存在できない死の海が広がっている」、「《第一の門》は未だに存在しており、異界の存在が封じ込められている」などと、多くの噂がまことしやかに語られるが、いずれも憶測の域を出ないものである。
 

④《異能》発現者の大量出現

 ④⑤⑥の出来事はほぼ同時に起こったものである。
 南極大陸での異常事態が確認され始めた頃、「地球」全土でも同時多発的に異常事態が発生する。
 それが《異能》発現者の大量出現である。今なおその原因については不明。
 20世紀までは人類のうちのごく僅かな者だけが所持し、その存在が秘匿されていた《異能》は、この瞬間を以て爆発的に発現者を増大させた。
 《異能》に突如目覚めた人々は自らの身に何が起こったかもわからないまま、その力を暴発させた。そのため、周囲の人間を傷害せしめ、殺害せしめたという悲劇も多く報告されている。
 同時に、そのような《異能》の発現を脅威と捉え、市民を守るために止む無く《異能》発現者を殺害した警察官や軍人の報告も『《大変容》に関する報告書』に所収されている。
 この《異能》発現者の大量出現は《大変容》における混乱を加速させる要因となったが、同時に《大変容》による災厄の収束を導く結果となった。歴史の影に潜んでいた《異能》者達が現れ、「異世界」の存在などと戦ったためである。


⑤「告発者」による《魔術》の暴露

 《異能》発現者の大量出現とほぼ時を同じくして、後に「告発者」と呼ばれる者による、一般社会への《魔術》の存在の暴露が行われた。この「告発者」が何者であったかについては今も一切が謎である。
 ネットワークを中心に「《魔術》が実在する」という事に関する、《魔術》を用いる者たちについての文章や声明がゲリラ的に公開され、これまで隠されてきた《魔術》の存在が白日のもとに晒されることとなった。
 奇怪な電子文書が電子の海に解き放たれ、テレビジョンやラジオの電波がジャックされ、都市部を中心に《魔術》の実在が宣言されたのである。
 ただし、この文書や声明自体は《大変容》の混沌の状況の中で失われており、《魔術》の暴露が行われたという事実のみが残っている。
 この「告発者」については、伝統的な魔術を守り続けた者たちにとっては忌むべき存在であると理解されることが多い。しかし、《大変容》下の異常事態の中では、《魔術》の実在も人々は信じざるを得ず、この《魔術》の暴露は結果的に多くの人々に《魔術》の存在を理解を容易にさせる一助となった。
 後述するように、《大変容》による災厄に「魔術師」達が対抗したため、「魔術師」達による《魔術》の隠匿の歴史への批判は集中せず、《魔術》は人類が生き延びるための技術の一つであると肯定的に理解された。もちろん、強い忌避感を抱いた者たちも少なくはない。魔術的な犯罪を行った「魔術結社」も存在したためである。


⑥「地球」各地にて「門」が出現、「異世界」の存在が到来し、《神々》・架空の存在とされたものたちが「帰還」

 南極大陸の《第一の門》の出現に呼応するかのように、「地球」上のいたるところで「門」が次々と開かれた。
 そして、「門」より「異世界」の存在が到来し、おとぎ話などの中に登場する架空の存在とされて来たもの、そしてかつて地球を去った《神々》が次々と《帰還》し、様々な災異や事件を引き起こした。これらの脅威に対して、人類の科学的な近代兵器は一切の効力を及ぼさず無力であった。それらに対抗できるのは《異能》や《魔術》、神話伝説上の存在の力であった。
 奇妙にもこの時に「門」より現れた存在は、その多くが人類にとって脅威となるものであり、人類に友好的な「異邦人」の到来はこれより後になる。ただし、一部の「異邦人」もこの時に「地球」に到来したが、「地球」人類により脅威とみなされたというケースも存在する。
 このときに、「地球」に隠れていた様々な神秘的な存在――土着の神、妖怪や妖精、鬼などと呼ばれるもの――も、隠れ潜むことをやめ、脅威と争うこととなった。《異能》者や魔術師も脅威を戦うために表に出てこざるを得ず、結果的に神秘的な存在、《異能》者、《魔術》を用いる者たちの存在は広く周知されることとなった。


⑦「地球」各地にて大規模な災異、異常現象が発生

 「地球」各地での「門」の出現と共に現れた神話伝説上の存在や、架空の存在によって大規模な災異、異常現象が引き起こされた。また、一部の《異能》者や魔術師によっても、大規模にして凶悪な事件が引き起こされた。
 これらの現象は人類が語り継いできた神話や物語を再現しているかのようであったため、後に《神話型》や《物語型》など様々な分類がなされることとなった。何故架空のはずの物語をなぞらえるような現象が発生したのかについては諸説紛々の状況で、未だ解決を見ない。
 これらの災異や現象については、《大変容》の混乱の中、断片的な記録しか残されていないものがほとんどであり、どのように解決されたかも不明なものが多い。《異能》者や魔術師、神や妖怪などと呼ばれた者たちが収束に尽力したことになっているが、この時点では表に姿を現していない《常世財団》も動いていた。


⑧《異邦人》の到来と「異界大戦」/「第三次世界大戦」勃発

 「地球」人類は、《異能》者や魔術師含め、《大変容》直後は「地球」に一体何が起こったのか明確に把握できなかった。「門」より現れた怪異による災異は都市を破壊し、多くの人々を殺戮した。《異能》や《魔術》を知るものにとっては、これらの災異は何かしらの《異能》や《魔術》による攻撃と理解された。
 大規模な破壊が地球全土に広がった頃、「門」より《異邦人》が次々と到来した。《異邦人》側も多くは強制的に「門」によって転移させられており、「地球」人類と接触を試みたが、「地球」で発生し続ける災異に彼らも巻き込まれ、「地球」人類とまともなコミュニケーションを取ることはほぼ不可能であった。「地球」人類からしてみれば、「門」より現れた怪異も《異邦人》も、その区別など付けられるはずもなかった。
 「地球」は発狂の様相を呈し、非常な混乱の中で多くの紛争が勃発し、それは遂に世界的な戦争に発展した。相互理解の不可能な状態のまま、各国は様々な災異に対応する中で衝突し、一部では核の力までもが使用された。「地球」人類と《異邦人》とコンタクトも失敗に終わり、「地球」人類と《異邦人》との間でも争いが勃発する。
 これらの戦争は便宜上「異界大戦」や「第三次世界大戦」、「魔術大戦」、「異能大戦」などと呼称されているが、様々な現象が入り交じる中での出来事であったため、戦争と呼ぶよりは一種の狂乱状態であったとの表現が正しいであろう。


⑨混迷の時代へ 

 「門」の開門、「地球」規模の災厄、異常現象、《異能》と《魔術》、「異世界の」怪異の出現、《異邦人》の到来、 世界大戦――黙示録の時は、世紀末ではなく新世紀であったと誰もが信じた。世界の終わりを誰もが痛感した。狂乱の状態は長く続くこととなり、この《大変容》に伴う諸現象によって「地球」人類の半数近くが犠牲になったと言われている(ただし、明確な数値は現在も不明である)。
 「地球」の各地で地獄のような有様が繰り広げられ、《異能》や《魔術》、神話伝説上の存在について周知されていくに従い、それらも非道な研究の上、軍事的な活動に転用されていくようになり、混乱の中で闇に葬られた作戦や惨事は少なくない。《異邦人》たちも寄り集まり、一種の戦闘集団を形成した。
 慢性的な戦争状態は続き、様々な怪異との戦闘も続けられた。多くの生命が犠牲になり、数え切れないほどの血が流された。
 「地球」は混迷の時代を迎えたのである。破滅へと突き進むかのような道を歩むことになる。


⑩《大変容》の収束

 だが、混迷の時代が永遠に続くことも、「地球」が滅亡することもなかった。
 「門」の影響にて発生していたと思われる災異が収束していくに従って――《異能》者や魔術師による収束。特に《常世財団》が大きく貢献した――世界の混迷もまた収束し始めていく。この時点を以て《大変容》の終わりとする立場を《常世財団》や国連は取っている。
 《大変容》から十数年立つ頃には大規模な戦争は終わり、《異邦人》との理性的な調停・コミュニケーションも図られ始め、《異能》や《魔術》についての国連からの声明が発せられた。「地球」の諸国家は急速に復興を始める。《異能》や《魔術》、「異世界」の技術を受け入れることで、怪異への対抗も可能となった。これらの事態についても《常世財団》が深く関わっている。
 そして、《大変容》から数十年後、世界が新たな秩序を形成しようとしている中、遂に《常世財団》が表舞台に現れ――常世学園設立へと歴史は続く。
 《大変容》によってもたらされたものと「地球」が融和して行く未来のモデルケースとして、常世学園は今も、ある。
 

 上記の《大変容》の時系列については、あくまでおおよそのものであり、未だ不明な点も非常に多い。それでも、常世学園世界では《大変容》史として、一部秘匿されながらも、学校などで教えられている。
 《大変容》はあまりに大きな災厄であったと言えるが、同時に人類全体に《異能》や《魔術》、そして「異世界」の力をも齎したとも言えるだろう。現在、「地球」人類が今なお現れる怪異と渡り合って行けるのもこれらの力を獲得したためであった。


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Last-modified: 2020-07-25 (土) 04:18:45
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