もし、あの日の選択が違っていたら、屹度。






『室長補佐代理』-『クロノス』 

0626 夕 第二特別教室で薄野ツヅラとの会話。




0627 夕~深夜 落第街での大規模な戦闘。

  

0627~28 深夜 公安委員会に回収される。(ログは最下部参照されたし)


0628 深夜~早朝 落第街 薄野ツヅラの拠点のホテルへ到達。
朱堂 緑、ゲートクラッシャー(否支中活路)、薄野ツヅラとの遭遇。
及び、"クロノス"の終了。


第二特別教室

0626 夕 薄野ツヅラ、クロノスとの接触。




0627 夜 朱堂緑、五代基一郎との連絡。     同時に、五代基一郎と薄野ツヅラの接触。


0627 深夜 薄野ツヅラ、クロノスを第二特別教室で待機。
     しかし、この段階での接触は失敗。



0627 深夜~早朝 落第街 薄野ツヅラ、住まいのホテルへ到達。
朱堂 緑、ゲートクラッシャー(否支中活路)、クロノスとの遭遇。
及び、"クロノス"の物語の終わりを見届ける。


0627 朝 朱堂緑、休職扱いとされていた第二特別教室への復帰要請。『室長補佐代理』へ。~


0627 昼 薄野ツヅラ、落第街の廃ビルでの独白。クロノスの遺した"奇跡"より魔術『万物を喰らうクロノスの鎖』の発現。


0627 夕 朱堂緑────(これ以降の記述はない)


以上 此れをもって第二特別教室所属 活動名『クロノス』の物語の観測終了とする。

(活動名『堂廻目眩』の報告書より引用)

Another Episode

序文《A preamble》

非常連絡局が解体され、早くも数日がたったらしい。
偲様は病院で植物状態になっているらしい、面会に行ったら、拒否された。

まだ夏には早く、春というには早い微妙な季節、
私は縋る物を失って、ただ呆然としていた。
偲様の事は尊敬していた、もちろん、彼女の思想に賛同もした。
でも、それだけだ、私は彼女にはなれない。
『賛同』するだけで、自分から『生み出す』事は出来ない。

『公安委員会』から、『除名』ではなく『移籍』の書類が届いた。
元非常連絡局員の内、偲様に近い人間の大半は『除名』されているにも関わらず、
私に届いたのは『移籍』の書類、それがなんだか少し悔しかった。

『賛同』するだけで、自分から『生み出す』事は出来ない。
それを見抜いたかのようなその書類を、ぼんやりと眺める。

転属先は『第二特別教室』の『執行部』
調査用の部署の『執行部』、つまり、凄まじいまでの閑職である。

サメの着ぐるみを模したパジャマのヒレが、悲しげに揺れた。
彼女はこのパジャマを『可愛い』と言ってくれた、だからお気に入りだ。

―――『第二特別教室』では『本名』を名乗らないのが通例らしい。

私、■■ ■■ は凡人である。
何かを変える力も無く、何かを成す事も出来ない。
だから、私は、『クロノス』になる事にした。

我が子すら喰らい、父を殺し、叛逆を成し、
世界に時という新たな秩序を与えた『神』

厳つい鉄底の靴を買って、眼鏡を外してコンタクトにした。
結んでいた髪を解き、公安委員会の制服をキッチリと着込み、
彼女から貰ったお気に入りの帽子を被る。
コンプレックスだったちょっと目つきが悪い目も丁度いい。
自信無さげだった表情は、出来るだけ笑顔を絶やさないようにして隠そう。

最後にパンパンと顔を叩くと、真っ黒い手袋を嵌める。

今日から私は『クロノス』になろう。
目的の為には手段を選ばない、非情の『死神』に。

鎌を取り出すと、ひゅんと振った。
大きな鎌は、お気に入りのティーセットを壊した。

1

偲様が呼び出した『炎の巨人』は、天使なんだと思う。

目の前でゆれる、巨大な炎。
あの事件を思い出すその巨大な炎は、どこか懐かしくて、
でも、その『唯の炎』は彼女のそれには、遠く感じて。

鉄底の靴が床にあたって、カツンと音を立てた。

『クロノス』になった私は、まずは下準備をする事にした。
今まで使わなかった『ガウスブレイン』を使用して、計算する。

『ガウスブレイン』が出した答えは、落第街での派手な活動だった。
『移動直後でなれていない』事を理由にした、上司に責任を押し付けての活動。
その『上司』に心の中で謝りつつ、私は落第街で派手な活動を続ける。

この『派手な活動』の目的は2つ。

まず1つは、私が『公安委員会』が思っているような人間ではない事を、『公安委員会』に示す事。
公安委員会は私が『同調していただけであって、自分から事を起こさない人間』と思い込んでいる。
おそらくこの『閑職』への移動は、彼女の死を切欠に、 私が『公安委員会』に『都合のいい人間』になったか否かを試す『テスト』だ。
もし、私が大人しく『閑職』に甘んじて、特に何も『問題』を起こさなければ、
私は公安委員会にとっての『モブ』になり、適当な部署に移動させて『普通の仕事』をさせるだろう。

では、そこで『問題』を起こしたらどうなるか。
―――それは、想像に難く無い。

もう1つは『落第街の人間』に私を覚えて貰うという事。
無差別に放火し、多大な被害を生み出してれば、
落第街の戦闘に自信の無い人間を隠れさせ、逆に戦闘に自信のある人間を引き寄せる事が出来る。
加えて、『公安委員会』がそのような蛮行を働いているという事を印象付け、
『公安委員会』への敵対を煽る事が出来る上、犯罪を抑止する一助にもなる。
特に何も脅威が無ければ身内同士で争うが、外に敵を作ってやれば少なくとも身内同士で争う事は無い。
『外の』人間に少しでも落ち度が見えれば、必死に自身の側に引き摺り落そうとする。
『落第街』には、そういう人間が多いからだ。

ついでに、犯罪者を餌に自分自身の異能力も強める事が出来る。
人の力を借りるだけの異能。『我が子喰らうサトゥルヌス』
自分からはけして生み出せない、なんとも『私らしい異能』。
その異能は今まではなんとなく嫌いで、積極的に使う事は無かったけれど、

今は手段を選んでいる時じゃない。
使える物はなんでも使う。異能も、魔術も、組織も、そして、命さえも。

2

『正義』とはなんなのか、私にとっては、西園寺偲様だ。

想定どおり、上司に『注意』を受けた。
ただ、実際に得た恩恵は想定以上だ注意が遅い。
違反部活の大半を葬り去り、異能力と命を大分稼ぐ事が出来た。
使い勝手のいい異能も幾つか手に入れる事が出来た。十分だ。

上司と、正義に関する問答をした。

彼にとっての正義と、私にとっての正義。
それはそれぞれにとってはどちらも正しく、
それぞれにとってはどちらも正しくない。

他人の正義を意固地に否定することなく、
『現場』の正義として肯定する『上司』。

残念ながら、『彼の正義』には好感は持てないが、
『彼自身』には好感が持てる。それに、なんとも甘い男らしい。

『彼』と『私』の正義の問答。
私の『正義』は借り物だったはずだったけれど。

「自分の気に入らない悪を倒し、自分の助けたい人を助ける。」

重くのしかかる彼の言葉に、咄嗟に『私』はそう答えた。
果たして、それは『彼女』の正義だっただろうか。

そんな疑問がふと浮かんで、ふわりと消えた。

どうやら、彼が注意して来たのは落第街の少女に言われたかららしい。
なんとなく、その少女に興味が湧いた。―――今度、挨拶にでも行ってみよう。

彼は、話している間コーヒーを飲まなかった。
冷めたコーヒーは美味しくなさそうだが、絶対に片付けてはやらない。飲め。

3

弱者は何に守られるべくもなく虐げられ、強者はより強い強者に虐げられる。
―――落第街という街は、そういう所だ。

私は目の前にいる、耳のように髪の毛が伸び、
ヘッドフォンをつけているジャージの少女を眺めながらそう思った。
監視番号は109番だ、素行不良がやや目立つ上に、落第街に居を構える変わり者でもある。

私は『クロノス』になってから、人の名前を呼ばなくなった。
非情の死神であり続けるため、仕事に私情を挟まないため。

なんていうのはきっと言い訳で、実はただ臆病なだけなんだろうと思う。
自分が殺した人間の名前なんて、これから殺す人間の名前なんて、知りたくも無い。
一度知ってしまえば、忘れる事はきっと出来なくなる。その名前に、一生苦しむ事になる。

『監視番号109番』、彼女は精神系の能力を持ち、
自分なりの『正義』を持って、自分なりに情報収集をしているらしい。

そんな姿が、過去の自分に重なった。
たとえ『知れても』、自分では何も出来ない。
どうしようもなく無力で、どうしようもなく苦しい。そんな頃の自分に。

精神系の能力者は常に孤独だ。
普通の人間なら騙された事に気がつかない事でも、気づけてしまう。
普通の人間なら仲良くできる相手とも、仲良くできない。
絶対に正しい自分の言葉が、親にも、友達にも、誰にも信じてもらえない。
能力を使わなければ、その『声無き声』を聞かなければ、知らずにいれる、かといって、
知れる手段があるのに、『知らずにいる』なんて、騙され続けた自分には怖くて出来ない。

―――そんな悪循環が、精神系の能力者を孤独にする。
ただの笑顔を悪意に歪んで見えるようにする。

少し話しただけだが、彼女はとても優秀で、善良に見える。
『私情』が入っているような気はするが、いつか、私が『上に立つ』事があれば。

彼女のような人間を、部下に引き入れたいと思った。
ええ、断じて顔が好みだったとか、そんな事ではなく。

彼女と話して昔が懐かしくなった私は、スラムを訪れた。
弱者は何に守られるべくもなく虐げられ、強者はより強い強者に虐げられる

そこで出会ったのは『学園の被害者』だ。
言葉を交わし、剣を交えた。
でも、彼を『殺そう』とは、どうしても思えなかった。

この街は、この学園は、昔と何も変わらない。
だから、私が変えないといけないと思った。

彼のカサカサした唇は、彼女の柔らかくて甘い唇とは全然違くて、怖かった。

破文《A break》

―――ついに、『終わり』が『始まった』

怪しげなホログラムが浮かぶ部屋に大きな黒い影と、小さな白い影が一つ。
未だ役割の無い影二つに、物語の書き手は役割を与える。

黒い影、『室長補佐代理』へ、『一般人』として過ごすように。

白い影、『私』へ、『室長補佐代理』として過ごすように。

ホログラムが消えた部屋で、私は彼から室長補佐代理の腕章を『預かった』。
それは、私を破滅に導く『願いを叶える猿の手』だ。

腕章を握り締める、死という道に歩き出す恐怖と、
必ずやり遂げるという使命感が、私の足を振わせた。

『上手くやれよ』と言って去る黒い影を見送る。やはり、甘い男だ。
暫くの間、彼は日常に戻るのだろう。いや、そのまま戻ったほうが幸せなのかもしれない。
でも、恐らくそれは叶わない。彼は、戦場でしか生きられない。そういう男だ。

私は帽子をかぶりなおすと、その腕章をつける。
その腕章はただの布のはずなのに、ずしりと重くて。
そして、私の思い描いた『クロノス《反逆者》』は完成した。

公安委員会の書いた筋書きは、
『西園寺偲を模倣する公安委員』に大義名分を与えて暴れさせる。
そしてそれを、『公安外部』の人間である彼に始末させる。
―――と、まぁ、こんな所だろう。

公安の狙いは、西園寺偲に影響を受けている人間への牽制と、
民間によって公安委員が殺害されたという事実による予算の増量の交渉、
ついでに、この所の治安の悪化による公安に対する不満感を、
『民間代表』が『公安代表』を誅する事件を演出する事で軽減する。

ついでに言うなら、先に聞いた情報から考えるに、
彼が個人ではなく、『機能』であれるかを計るテストを兼ねているのかもしれない。

とはいえ、そんな事は私にはどうでもいい。
きっとニ度と訪れる事はないその暗い部屋から、ゆっくりと踏み出す。

残された時間は少ない、それまでに、『彼女の願い』を叶える。

私が、必ず。

1

それは、『万物を切り裂くアダマスの鎌』。
―――世界に、私に、叛逆する力。

『黄金の鎌』を握った時の全能感は、麻薬のように心を蝕む。
理不尽をそのまま形にしたような彼に久しぶりの奥の手を振った私は、
自分が自分である事を確かめるように手を握り、そして開く。

『万物を切り裂くアダマスの鎌』、私が私として振えるのは、後、何度だろうか。
この魔術は私の中にある『縁』いや、
あらゆる人間の内側に存在する自分以外の大いなる存在との『縁』を利用して発動する、
一種の『降神術』だ。自身の身体に、魂に神を降ろし、そしてその力を振う。
人の身に『神』などという大層な魂を降ろすという無茶をしている以上、
当然のように、長く持てばゆっくりと自分自身の魂を犯して行く。
そんな危険な魔術であるにも関わらず私がこの魔術を選んだのは、自分を『変えたかった』からだ。

でも、『全能感』に身を委ねてしまおうと思った事は一度も無い。
私が『鎌』を振うのはいつも一度だけで、
この魔術自体も、極力発動しないようにしている。
『自分を変えたいと願っている』のに、『誰よりも自分を変えるのが怖い』、
だから、私にはこの魔術が使えるのかもしれない。

ちなみに、それ以外の『魔術』は一切使えない。
『降神術』なんて、『自分自身の存在』という最も危険な物を代償にするものだ、
だからこそ簡単なわりに強力な魔術だが、正直、好き好んで使う魔術ではない。

そんな事を考えながらも、私は目当てのホテルにたどり着いた。
『公安委員会』の名前を出せば、落第街のホテルの合鍵を手に入れる事はたやすい。
落第街にあるホテルということは、つまり、『そういう事』だ。
そもそも私の顔を見た時点でそれはもうへこへこしていた。
ま、建物が商売道具である以上、当然燃やされたら困るだろうから、仕方ない。

ホテルの支配人の『善意』のご協力で合鍵を手に入れた私は、
彼女の部屋のドアを開けた。まだ、彼女は帰ってきていないらしい。
何処かに隠れて、油断した頃に声をかけてびっくりさせてやろう。

口元を歪めながら、私はベッドの下に隠れた。
―――『全能感』、ちょっと私の心を蝕んでいる気がする。

2

私に、最初で最後の、『部下』が出来た。
跳ねた毛と笑顔が可愛い、ヘッドフォンをつけた、笑い声の特徴的な女の子。

目の前でガチガチに緊張している彼女を見ながら、
ちょっと意地悪をしてやろうと考える。
誰も居ない教室、そこに流れる空気は、落第街のものとは違う。

彼女を誘ったのは、つい昨日の事。
明らかに彼女に有利しかない取引を持ちかけて、
彼女は、それを信じて乗ってきた。
悪い大人に騙されないかが少し心配になるが、
彼女の性格を考えるに、私の事をしっかりと観察して、
信用に足る人間である、と判断したのだろう。

実際、騙すつもりはない。

彼女は落第街どころか学生街にまで足を伸ばし、情報収集を行っている。
そして、ついに先日、『ロストサイン』との戦闘にまで巻き込まれた。
『好奇心は猫をも殺す』という言葉の通り、彼女は放っておけば遅かれ早かれ死ぬ。
彼女のような、私のような人間が生き残るには、相応の地位が必要だ。

だから、私は彼女を公安委員会に誘った。
私が与えられる場所は、ここだけだから。

頬を、唇を、耳を、髪を撫でながら、彼女の顔を見る。
それはきっと、過去の私が彼女にそうされた時の顔と同じなんだろう。
そんな事を考えると、なんだか少し恥ずかしくなって来て、
結局、意地悪も程々に部屋から出て行く。

彼女は『堂廻目眩』と名乗った。
すぐ抜けるとか、存分に利用するとか口では言っていたが、
彼女は抜けないだろう、私の代わりに、いい公安委員になってくれる。

信頼できる居場所は、居心地がいいはずだ。多分

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