PC/生徒/鈴成静佳 のバックアップ(No.16)

小学3年の初夏。
テレビゲームで遊んでいたところに雷雲が近づく。母親に言われ、テレビゲームを片付けようと左手でコンセントに触れた瞬間に、静佳の家に特大の雷が直撃する……。
　
――周辺の破壊状況を見た警察や医者が言うには、本来であれば静佳は半身が弾け飛ぶほどの電流と火傷で即死していたであろうという。
実際には、電流は左肩で止まり重要器官には達せず、左腕も深い火傷を負う程度で済んでいて、切断の必要性もないという。奇跡といえる。
しかし、事故後静佳の意識は半年間戻ることはなく、加えて原因不明の強烈な痙攣が四六時中彼女の身体を走り続け、火傷の治療や点滴の継続すら困難だったという。
　
――静佳の意識は、《白い街》にいた。地面も空も、立ち並ぶビル街もすべて無垢なプラスチックの白。憧れていた都会像に近いが……違う。
そこには風も、鳥の姿も、人っこ一人さえいなかった。寂しさに泣き喚く静佳を、原因不明の疲労感が苛み続けた。
そして、助けを求めて街を彷徨う静佳を至るところで待ち構える《雷の魔物》。襲ってくることはなかったが、その風貌やバチバチという放電音が彼女のトラウマを鮮明に呼び起こし、何十回、何百回と発狂寸前にまで追い込んだ。
……すぐに静佳の心は枯れ果て、死を求めるようになった。しかし死ねなかった。その方法が用意されていなかった。
　
――事故から半年後。医者や異能専門家、そして両親の懸命な介護の甲斐あって、静佳はようやく意識を取り戻した。
全身を襲う痙攣はいまだ止まらないが、震える視界に両親の姿をとらえると、静佳の枯れ切った心は急速に生気を取り戻していった。そうだ、あれはすべて悪い夢だったのだ、と。
その後は、痙攣――すなわち異能の異常発動をコントロールする術を身につけるべくリハビリの日々となった。辛い毎日であったが、それでも《白い街》にいた時の苦痛に比べれば屁でもない。
１年ほどで静佳は自らの異能《過激な握手》を完全にコントロールしきるまでに熟達し、元の生活への復帰を遂げた。
　
静佳にとって、感電の経験、《白い街》の記憶は夢の中の出来事に近い。しかし、現実の記憶として今も脳の片隅に確かに存在し、落雷のたびにフラッシュバックして彼女を苦しめる。
理由は知らないが（天の悪戯というやつだろう）、自分はすでに人間が味わう最大の苦痛を味わった。今も時々その苦痛は戻ってくる。
だから、これからはひたすら快楽・享楽を追い求め、埋め合わせをしよう。幸い、自分にはそれを実現するための能力が備わっている。
……静佳が掲げる「快楽主義」の思考は、このような経験に裏打ちされている。

静佳が気付き始めている新たな用法

• 自らの身体を振動させるだけではなく、左手で直接触れた物体に振動を「残す」ことも可能。
  • 残した振動の持続時間はパワーによるが、マッサージに使う程度の振動なら3分程度。ガラスを破壊するような振動は3秒も持たない。
  • いたずら以外にうまい使い方を思いついていないため、大っぴらには使用しない。
• 全身を振動させていると、なぜかテレポート魔術の成功率が大幅に上昇する。

静佳も知らない《過激な握手》の潜在能力

• 振動は体組織の活動で起こしているのではなく、空間そのものをごく小規模ながら歪曲させることによって発生している。
  • 歪みは左手から発生している。そのため左手で触れたものに振動を残せるのだ。またコツを掴めばその歪みを「発射」することもできる。
  • 空間の歪みを拡張することで、テレポート魔術の助けとなる。本人はこの原理を理解しておらず、空間転移の際の「空間を揺らす」イメージがしやすいという程度の認識。
• 周波数20kHz・振幅3mmという制限は自らの身体を損壊しないために無意識的にかけられたリミッターであり、外部に振動を残す場合はリミッターを越えた振動を残せる。
  • 充分にエネルギーを高めれば分子間結合をも崩壊させる振動を起こすことが可能であり、人体を含めたあらゆる固体を粉砕できる。

これらの事実・使用方法は静佳は知らないため、異能が異常強化される・静佳の精神に異常事態が起こるなどして暴走状態にならない限りは発揮されることはないだろう。

異能《永訣の抱擁(ロング・グッドバイ)》
それが、静佳の異能の本質。
自身の近くにあるもの（自身含む）が「この次元に存在する」という事実そのものを「揺らす」ことで、並行次元（パラレルワールド）への放逐を行う。
放逐されたものは、次元間移動を可能とするような異能・魔術・特殊能力なしには、二度と元の次元へと戻ることはかなわない。パラレルワールドは「何もない世界」であり、抜け出せなければ緩慢な死が待つのみである。
意思をもたぬ物体であれば、数十メートル以内（転移魔術と同じ射程）にあれば触れずとも放逐できる。意思のある生命体その他を放逐するには触れる必要があり、抵抗されることもある。
　
平常時の静佳はこの異能を扱うどころか認識すらしていない。
しかし、静佳が感電事故にあった際、本来であれば即死していたはずの雷の電流を左肩までで堰き止め「放逐」したのはまさにこの異能である。
その副作用として、彼女の意識もまたパラレルワールドへと飛ばされ、結果半年間にわたり昏睡状態に陥ることとなった。
静佳の固有パラレルワールドは《白の街》。生物の姿のない、プラスチックの白一色のビル街である。
　
静佳が再び生命の危機に瀕した時、その異能を見られるかもしれない。

静佳が魔術と思って使用しているテレポートは、実はほとんどが異能の力である。
「時空を揺らして距離を一時的に狂わせる」という異能の使用法の「イメージ」を魔術で補完しているだけである。
そのため、魔術をカウンターしたり無効化したりするだけでは、静佳の転移を止めることはできず、不完全になるだけである。たいていは服が脱げる。異能を無効化する効果は転移の距離を極めて短くしたり、やはり服が脱げたりする。
　
魔術そのものを習得する素質はない。時空に関する魔術以外をマスターすることはないだろう。