「しとりさいもんちゅうしょうしゅうせい」と読む。倭文氏の用いた祭文の注釈を集めたものという意味。
古代氏族の一つである倭文氏が祭祀において用いた祭文、さらにその注釈などを集めた書物。
織物に関わる職業集団である倭文部を統率していた倭文氏が用いていたとされる祝詞、祭文、祭式儀註、さらに倭文氏の古伝承などが載せられている。
倭文氏が倭文部と共に全国に広がって行った際に、祖神である倭文神を祭った倭文神社を創建することが多く、そこで用いられていた祝詞祭文を集め、さらに註を施したのが本書である。
西暦900年後ごろの成立したと後世の平田派の国学者、平川洋堅の『本朝星神考』に書かれているが、肝心の本書本文には成立年代などは書かれておらず、詳細は不明である。
著者は常陸国に住んでいた倭文朝惟(生没年不明)と巻末に署名がある。
編纂された目的としては、失われつつある自らの氏族の伝承の保存のため、さらにこの時代で既に内容の意味が分からなくなっていた倭文氏の祝詞の意味を解明するためであると序文に記されている。
異端の書物として、発表当時はほとんど顧みられなかったようである。
正確な成立年代など不明な点などが多い倭文祭文註抄集成だが、いわゆる奇書として江戸期において一時的に注目を浴びる。
その理由としては、本書に記された祭文や祝詞、古代伝承の特異さがあげられる。
『古事記』や『日本書紀』、『風土記』に記されていない伝承が数多く載せられており、特徴的なのは、日本書紀において倭文神が誅したとされる悪神「天津甕星」についての記述があることである。
この星神については日本書紀でも本書、一書ともに数行ほどしか記述がなく、謎の神とされてきた。倭文神の末裔である倭文氏ゆえに、この悪神についての伝承を数多くもっていたのではないかというのが有力な説である。
倭文氏の祝詞や祭文の内容を見てみると、『古事記』などに載せられた神話とはかけ離れた伝承、神道観が倭文氏に伝わっていたことがわかる。天孫降臨の時点で、天津神国津神と、そのどちらにも属さない蕃神とも呼べる神々が存在したと本書は伝える。
さらに天津甕星の子孫が東国に天下ったとする「天孫降臨」の伝承も記されているが、この伝承は本書以外には見られないものである。
いわゆる神代文字についても記されており、この神代文字は本書にしかみられないため、「倭文文字」と現在では呼ばれている。これは後世での偽作であるという説が強い。
ほかにも『阿波国風土記』や『常陸国風土記』などからの引用がなされており、他の書物には見えない風土記逸文のため、風土記研究の資料としても使われることがある。
倭文氏に伝わる鎮魂法などの秘術、天津甕星から倭文神が奪い取ったとされる神宝などについても詳細な記述があり、これも本書にしかないものである。
この内容の特異性により一時的に注目は浴びたものの、その突飛な内容により信憑性は低いとされ、「偽書」とされた。ただし、古代の星神信仰についての資料としては用いることが出来る可能性もある。
幕府の『倭文祭文註抄集成』に対する発禁処分も受けて、『倭文祭文註抄集成』、「倭文神道」の研究は進むことはなかったとされる。
現在でも基本的に「偽書」とされ史料的価値、神道文献としての価値は認められていない。
奇書としてオカルト系の雑誌で扱われることはあるも、顧みられることは少ない書物と言える。
本書については、かつて國學院雑誌に投稿された河野省二の論文「『倭文祭文註抄集成』における天津甕星考」に詳細な研究がある。
河野氏はこの論文において、本書の内容と平安前期に天台宗の僧である円載が唐より持ち帰ったとされる経典、「妙法蟲聲經」の内容の類似を指摘しているが、その後の研究はない。
上述した平川洋堅も、『本朝星神考』にて『文祭文註抄集成』にはなにか元になった異国の書物があるのではないかと指摘した。本書に記される神々が日本的な神とはかけ離れているためであるという。
本書についての研究は少なく、依然謎の書物と言える。
オカルト系の雑誌の一部で中東の魔術書との関係が取りざたされたが、学術的な研究資料として扱えるような説ではない。
倭文朝惟直筆の原本は現存していない。
現存している写本は下記のものがある。
上記の記述や研究などは表向きのものであり、『倭文祭文註抄集成』の真の姿を伝えていない。
その実態は、彼のネクロノミコンの原本であるアル・アジフ、その日本語訳と言えるものである。
日本の古伝承などとも合わさり大きく姿を変えてはいるものの、アル・アジフに記される世界の闇や邪神、旧支配者たちについて記されている。
この書物は日本に元々存在していた「旧神」たる天津神・国津神と、「蕃神」たる天津甕星らとの対立や戦いについて記されている。
さらに古来より伝わる秘術や神事、神宝などについても記されている。この書物自体が一種の魔力めいたものを帯びているといえる。
倭文氏は「蕃神」天津甕星を倒した「倭文神」の子孫であり、倭文氏はその邪神や眷属たちと戦う氏族であった。本書は、その邪悪な神々と戦うために記されたものである。
どのようにして倭文朝惟が『アル・アジフ』を知り、それを本書として翻訳したかの経緯は不明だが、中国語版アル・アジフである『妙法蟲聲經』の影響の可能性が大きい。