これは俺の物語じゃない。
雨降る街路は寒々とした灰色。
時折避けきれぬ水たまりを踏めば、少年は顔を顰めて。
傘を持つ手に力が入った。
学生街。普段であれば生徒たちに溢れるこの通りも今は静か。
きっともう少しすれば、華のように色とりどりの傘に溢れるだろう。
けれど今、この野には、二輪だけ。
少年の持つ紺色と。
男の持つ、黒と。
「返してもらいに来た」
雨音に負けぬよう、張った声。
紺色傘の少年が発した。
黒傘の男は嗤う。
「いいだろう、また延長したって」
黒い傘がくるりと回れば。
また一つ、何かが壊れる音がした。
少年は紺色の傘を、閉じる。
「いいや。終わりだ」
ざぁざぁと。雨が少年を包み込んで。
「返却の時だ」
ぱぁっ、と。何かが空間を迸った。
いかづちのおとがきこえる。
37兆2000億の細胞が励起する。
猫の耳、毛が逆立って、其処から迸る激しい雷。
網目状に宙を走り、繋がり、分岐し、再び繋がり、そして分岐する。
描かれる巨大な黄金図。
それは文字のように見えた。
それは一枚の絵画のように見えた。
見るものによって姿を変えるロールシャッハ・テストのように。
そして、最後には接続された。
この島に聳える図書館群。
その一端に、雷の先端が、触れて。
図書館と図書館の間に、光の橋がかかる。
大量の図書館の間に、幾重にも幾重にも雷が橋をかける。
広がり広がりゆくそれは、最後に。
ヘルベチカの文字を、映し出した。
「描かれよ。猫乃神」
顕現する。
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