常世学園フォーラム

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#1 2016-01-16 14:47:21

ヨキ
メンバー
登録日: 2016-01-04
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ヨキの美術準備室

美術室の隣にある、奥まって細長い部屋。
手前には応接用のテーブルと長椅子が設えられ、奥に教員用の作業机が置かれている。
左右の壁には、画材や作品、書籍が整然と収められた棚が並んでいる。

ヨキの事務作業や、美術部員の茶飲み部屋に使われている準備室に、
あなたはいずれかの用事で訪れ、あるいはたまたま通りがかった。
室内ではヨキが何らかの仕事をしているかも知れないし、はたまた無人かも知れない。

それに、あのヨキのことだ。
例え席を外していても、間を置かずに現れることだろう。



(シチュエーション・人数など制限なし。ご自由にどうぞ)

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#2 2016-09-08 01:06:40

美澄 蘭
メンバー
登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

蘭の時間割では、午後の早めの時間で講義が終わるある日。
そのタイミングでヨキの講義が実施されないことをメールで確認していた蘭は、美術準備室へ向かった。

蘭は芸術系の科目では音楽を…ピアノの実技を選択しているので、美術室のあたりには縁がない。
見慣れぬ廊下を、緊張で高鳴る胸元を軽くおさえながら歩いて、辿り着いた。

「………」

美術準備室の扉の前で、ひと呼吸。
それから、ノックをした。

「失礼します。メールでお伺いする旨お話ししていた、2年の美澄 蘭です」

少女らしく澄んだソプラノは、扉越しでも中に届くだろうか。

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#3 2016-09-09 00:58:24

ヨキ
メンバー
登録日: 2016-01-04
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Re: ヨキの美術準備室

ノックから間もなくして、ヨキの声が返ってくる。

「ああ。どうぞ、入ってくれ」

扉を開けると、部屋の奥で来客の支度をしていたらしいヨキの姿があった。
出入口の傍らに設えられた応接用のソファとローテーブルへ、座るように促す。

「ようこそ。今日は来てくれて有難う」

何やら両手の塞がったヨキが、ソファまでやって来る。
片手に持った盆には、よく冷えた麦茶の入ったグラスが二人分。
もう片手には、今回の個展「視差」のフライヤーや、いくつかの異能芸術に関する書籍が抱えられていた。

「君が来てくれると聞いてから、ずっと楽しみでな。
君と何を話そうか、君からどんな感想が聞けるのかって」

声は低いが、語調は親しげだ。
テーブルの上に麦茶や資料を並べて、蘭の向かいに腰を下ろす。

「ふふ。展示は楽しんでもらえたかな?」

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#4 2016-09-09 23:59:46

美澄 蘭
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登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

準備室の中から、男性の声が聞こえてくる。

「あ、はい、失礼します」

そう言って扉を開けると…そこには、美術館の案内や図録などで見た顔の、長身の人物。
何やら来客の準備をしているようだが…感想などの話をするためだけに応接セットへの案内があると思っていなかった蘭は、ソファの方へ座るよう促されて、少し戸惑ったようだった。

「あ、ええと…ありがとうございます」

改めてお辞儀をしてから、ソファの傍へ少し落ち着かない足取りで赴くが、ヨキの様子を伺って、まだ腰は下ろさないようだ。
ヨキが麦茶の入ったグラスを2つ乗せた盆と、書籍類を抱えて応接セットの方に近づいてくるのを見計らって…それから、ヨキとタイミングを合わせるかのようにソファに浅く腰掛け、背筋を伸ばす。

「いえ…こちらこそ、ここまで歓迎して下さって…恐縮です」

楽しげなヨキの声とは対照的に、少し畏まったような声で、対面して座るヨキに対して再び頭を下げる。
…が、感想を聞かれると、その表情がはにかみがちながらも少し緩む。
中身の話をしている方が、緊張が紛れるのかもしれない。

「…あ、はい…
色んな作品群があって、それぞれに違った感覚が持てて…それに、「日常」の感覚から離れるための「鑑賞」は好きなので、凄く、充実した時間が過ごせました。

…どこから感想をお伝えしようか、迷えるくらいには。」

視線が、少し宙をさまよう。
しかし、しっかりと自我のある瞳、ほんの少しとはいえ、柔らかく自然に笑んだ口元、透明感のある白い頬に差す赤みから、この生徒がヨキに感想を伝えることに対して、臆しているというよりは、高揚した落ち着かなさを垣間見ることが出来るかもしれない。
…それにしても、抑制がちの感情表出ではあるが。

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#5 2016-09-13 01:50:41

ヨキ
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登録日: 2016-01-04
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Re: ヨキの美術準備室

会釈する蘭に併せ、膝に手を置いてぺこりと一礼する。
長身のために、ソファに座ると足が若干余るらしい。

「いやはや、いたずらに緊張させてはいけないね。
学生と話ができると思うと、つい嬉しくなってしまって」

両手で自分の膝をすりすりと撫でる。
まるで気が逸る子どものような仕草だ。

小さく咳払いして、気を取り直す。

「ああ。何しろあの展示には『視差』、視線の差と名付けたくらいだから……。
いろいろ人の感想や意見が聞いてみたいんだ。
どこから伝えようか迷ってしまうって?それは光栄だな」

そうしたら、と小首を傾いで笑う。

「いちばん気に入った作品は何だった?
感想を言葉にしても、できなくても構わない。君があの会場で、強く感じてくれたことを知りたいな」

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#6 2016-09-13 23:12:57

美澄 蘭
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登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

気が逸る子どものような仕草をしていても、相手は教師。
「かわいい」という類の感想を抱く余裕は、蘭には存在しなかった。

「そう、ですか…。
先生の教え子の方々に限らず、美術系の講義を履修している人達とは、こういった形でお話はしないんですか?」

ただ、「学生に直に感想を聞く機会、そんなに少ないものだろうか」という疑念を、不思議そうに目を丸くして首を傾げながら質問に変えた。

とにかく、ヨキも姿勢を正して本題である。

「『視差』…違った場所から同じものを見たときの違いとか、そういう感じの意味でしたっけ。
…その意味では、私みたいな専門外の人間が、こうして先生とお話するのも、間違ってない…んでしょうか」

そう、戸惑いがちに頷くが、「光栄だ」とヨキが小さく笑えば

「展示されてる作品が多様で、それぞれに色んな思いというか、メッセージが籠められてるように思いましたから…ヨキ先生と、その作品のお力ですよ」

と、この女子学生も笑い返した。
そして、「いちばん気に入った作品」を尋ねられれば…

「うーん、そうですね………「落花図」も素敵だったんですけど、「一番」、と言われると、人の身体の部分部分を誇張した感じの、人物像でしょうか。
感覚としては、キュビスムの人物画を見たときの感じの…その、ちょっとぎょっとする感じが近いんですけど、立体だし、金属の光沢も持ってるしで…

なんというか、こう、見ててちょっと不安を覚えるような、ドキドキ感があるっていうか。
でも、現代美術ってそういうものだと思うんです。新しい世界…感覚を知るっていうか、自分が知らない世界の一面を突きつけられる、っていうか」

「だから、そういうのが好きなんです」と、少しはにかみがちに締めくくった回答は、間に思案が挟まり、途切れ途切れだった。
けれども、それを語る女子学生の瞳は輝いていて、芸術に伴う思索を彼女が好んでいることが伺われるだろう。

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#7 2016-09-15 17:26:56

ヨキ
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登録日: 2016-01-04
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Re: ヨキの美術準備室

「もちろん教え子や、美術を履修している者たちとは話す機会も持てるがね。
君のように、元はヨキと何も縁のなかった者と、繋がりを持てることが嬉しいんだ。

外へ向けて広く作品を公開して、それを見てもらえた――さらにそこから、
一歩踏み出してきてくれた、ということだから」

笑って、蘭へ頷く。

「だから君が、専門的な知識を持っていなくとも話をしてみたい、と思ってくれたことは正しいよ。
ある物事について、自分の中の知識や経験と結び付き、感じ入ったり考察する力というものは、誰にでも備わっているものだからね。

ヨキだけの力ではないよ。作品から思いを汲み取り、膨らませることが出来るのは、他の誰でもない“君自身”の力でもあるんだ」

じっくりとした蘭の言葉へ、穏やかに耳を傾ける。
両の手のひらを合わせ、満足げに微笑んだ。

「ありがとう。
確かに、自分が普段知っているものから外れた形や、あるいは音に接すると、何だか不安感があるよな。
多分……地球の人たちも、ヨキのような者らを見たときには、そんな気持ちだったと思う」

四本の指で、肌色の犬の垂れ耳をひらひらと揺らす。

「ヨキは今でこそ獣人と呼ばれるが、元は犬だったからな。
それが人間になって、他の人びとと一緒に暮らすようになって、色々なものが見えてくるようになった。

社会のあり方とか、そういう話だけではなく、単純に『人間の形』がね。
一見なだらかな肌色のようでいて、その実窪みや出っ張りだらけ。それを眺めることが、堪らなく面白かったんだ。

子どもの描く絵が、描きたいものをひたすら自由に描くように……じいっと見て、金属に写し取る。
技巧は大人でも、出発点はそれくらい単純なことだった。

自分と他人とで、視界を共有することは出来ないだろう?
だからこそ、人の目を通してものを見たように感じられたとき、新しい世界を覗いたようにドキドキするのかも」

言葉を選びながら、ゆっくりと話す。
自分のグラスから麦茶を一口飲み、言葉を続ける。

「美澄君は、とても楽しそうに話してくれるね。前から美術館へ行ったり、作品を見ることが好きだった?」

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#8 2016-09-17 00:41:02

美澄 蘭
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登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

「ああ、そういうことでしたか」

喜びを素直に表明するヨキの意図の説明を受けて、「失礼しました」と、少し苦笑いしながら、また軽く頭を下げ、それから、

「………でも、ご迷惑どころかこうも喜んで下さると…
勇気を出した甲斐、ありましたね」

と、はにかみがちの笑みを返した。そこには、既に先ほどの笑みの苦みはなかった。
…そして、作品から思いを汲み取る力を評価されると

「………恐縮です」

と、少しだけ頬を赤らめて俯く。
…が、それでも、感想は、言葉を選びながらではあるがきちんと顔を上げて伝えた。
そして、それに対するヨキの反応には…

「そう、ですね…
人の身体自体はありふれてますけど、だからこそ、普段見ない形で提示されると不安になるというか…

………先生みたいな、ですか?」

と、ヨキの境遇語りに、きょとんとした表情でヨキの顔を見上げるように視線を向ける。
そうして、今度は蘭の方が、ヨキの語りにじっと耳を傾けていた。

「………元は犬…ですか?
「ヒト」としてのアイデンティティを持たないヨキ先生って、ちょっと想像つかないですけど…」

内心(大型犬っぽい)と考えなくもないが、流石にそこは口に出さず。

「………『人間の形』…ですか。
そうですね…毛皮じゃないのもそうですけど、直立歩行だし、足の形とか骨格も、それに合わせてバランスとれるようになってるし…他の「動物」からは変わって見えるところも多いかもしれません」

「身体の形は私もマジョリティなので、あんまりピンとはこないんですけどね」と、付け足しつつ笑う。

「………でも、そうですね…色なんかは「ヒト」の中にもちょっと違う人達がいますし、分かりやすいですけど。
形の捉え方が違うのは…どういうことなんだろう?距離の捉え方が変わるのかな…キュビスムなんかも、違う角度からの見え方を合成して擬似的に立体化するものだし…」

この女子生徒は、「視界の違い」自体は理解するようだが、形の捉え方が違う…というのはピンとこないらしい。
考え込むように、口の中でしばし言葉をもごもごしていたが…改めてヨキに話を振られると、ドキッとしたようにピンと背筋を伸ばして、

「あ、すみません!ちょっと一人で考えちゃって…。
「新しい世界を覗く」というか…「今まで無視してきたものを突きつけられる」感じが、私としては近いかな、って感じます。

…そうですね…作るのはあんまり得意じゃないですけど、見るのは好きです。中学校のときの美術の先生が、美術史のざっくりとした解説なんかもしてくれる方でしたし。
この島に来る前にも、両親や…美術部に入ってる友達と、たまに美術館に行ってました。近代以降の展示が、特に好きでした」

と、自分の美術鑑賞歴を楽しそうに語る。

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#9 2016-09-24 00:51:37

ヨキ
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登録日: 2016-01-04
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Re: ヨキの美術準備室

「ヨキは美術館へ行ったり、観たものについて語ることを楽しんでほしいと思っているんだ。
自分だけでなく、他の人たちへも『楽しい』という気持ちが広がってゆくからね。
文化というものは、そうすることで絶えず続いてきたものだから」

そう語るヨキの顔は、作り手として活動する以前に、ただそれが好きなのだという明るみを感じさせる。

「……ヨキの目は、人間の身体に犬の目が入っているような状態だそうでな。
犬は人間よりも、視野が狭い分動くものがよく見える。
人間よりも見えている色が少ない。
嗅覚に重きを置いている分、視力が弱い。

人間の視界を体験したことがないから、比較してどうとは言えないが。
そういう目で見る人間の形や、動きを再現してみたかったところがある。

ふ動物の視界がどうなっているか、ということは、それこそ疑似的な再現しか出来ないからな。
この人の目には、世界がどんな風に映っているんだろう、とか、
そういえば自分は、世界をどのように見ていたろう、ということを考えてみてほしかったんだ」

ゆっくりとにこやかに語って、考え込む蘭の様子を眺める。
まるでその思索を邪魔するまいと、静かに見守るように。

「ふふ。何かに耽っている人の姿を見るのが好きでね。
美澄君のように考え事をしている人や……あとは街中で、本や端末に向かい合っている人や。
今この人の頭の中には、目まぐるしく考えが巡っているのだと思って。

ほう、見るのが好きと。
いいね、一緒に観に行ってくれる人があるのはいいことだ。
人と観たい、ひとりで観たい、という好みはそれぞれだと思うがね。

近代以降の作品は、ヨキも好きだよ。
思想や技法が限りなく多様化して、そもそも芸術とは何だろう、美しいとは何だろう、という話がいよいよ複雑になってくる。
ヨキも絶え間なく勉強を続けてきたつもりだが、まだまだ答えは出そうにない」

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#10 2016-09-24 17:14:22

美澄 蘭
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Re: ヨキの美術準備室

「そうですね…「共有」出来ない文化に意味はありませんし。
…私も、もうちょっと勉強しないと」

そう言って、蘭もヨキの明るみに共鳴するかのように朗らかに笑う。
文化を愛するが故に…蘭は、「何かを独占する」という欲求に乏しかった。
…そして、「人間の身体に犬の目が入っているような状態」と聞けば、目を丸くして。

「…先生って、随分不思議なお身体をしていらっしゃるんですね…」

としみじみ言った後、

「でも、今の世界ならあり得ないことじゃない、ですよね。
そうでなくても、色の見え方が違うくらいの人なら、昔から無視出来ない程度にいたわけですし。
…同じ世界を、同じように見ている保証なんて昔からなくて…今は、それがはっきりしただけなんでしょうね。

…でも、ああして見てしまうと、どきっとしますね。自分の考えの狭さを、突きつけられるみたいで」

真剣な表情で、淡々と語る蘭。
「自分が世界をどのように見ていたか考えてみてほしかった」というヨキの意図は、蘭には十分過ぎるほど達成されていたと言えるだろう。
しかし、「何かに耽っている人の姿を見るのが好き」というヨキの言葉に、その透明感のある白い頬をほんのり赤く染めて、少し俯いた。

「…ぅ…。

…でも、考え事をしてる人が「何考えてるんだろう」っていうのは、ちょっと、気になりますよね…」

と、軽く俯いた、少し思案がちの所作をとった。蘭も、大人しそうに見えて割と好奇心で駆動するタイプであるらしい。
そして、美術館に行くことの話になると、また顔を上げてヨキの方を見る。

「はい…母が、専門は音楽なんですけど、美術も好きで。小さな頃から何度か連れて行ってもらってました。
流石に、中学校になると親同伴ばっかりも恥ずかしいので…でも、一人で、というと家族が心配するみたいですし。
ですから、友達と。
…こちらではまだ、一緒に美術館に行けるような友達はいないんですけど…でも、一人でじっくり見るのも嫌いじゃないので。良し悪しですね」

そう言って、楽しさと気恥ずかしさが入り交じるような笑みを、はにかみがちに零し。

「ええ…芸術の意義とか、美しさの意味とか…永遠の問いでしょうね。
生きてる中で、自分なりの方向性が見つけられて…それを追い求めることが出来たら、幸せだと思います。
…私も、音楽をやっているので、ちょっと分かるような気がします」

「半人前も良いところの学生に、偉そうなことは言われたくないかもしれませんけど」と、はにかむように、押し殺した微笑を浮かべた。

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#11 2016-09-25 11:36:49

ヨキ
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登録日: 2016-01-04
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Re: ヨキの美術準備室

「それに、『共有しがたいこと』だって一つの大きな文化にはなり得る。
新しい表現というものは、往々にして激烈な批判を浴びやすい。
例えば君が挙げていた、かのキュビスムみたいにね。
昨今の異能芸術など、その最たる例だろう。

自分は何が好きで、何が苦手なのか。
出来るだけ多くの快・不快を、この学園生活で見極めていってほしいな。
そうすることで、将来のより多くの道に繋がっていくんだ」

蘭の真摯な様子に、大らかに頷く。

「ああ。地球でヨキより不便な思いをしている異邦人は、それこそ沢山居るだろうな。

けれど、君は十分すぎるほどよく考えている方だとヨキは思うよ。
『突き付けられたことにどきっと出来る』敏感さは、とても大事なことなんだ。
本当に考えが狭かったなら、“そこ”へ思い至ることだって出来ないのだから」

音楽を専門にしてきた母子の話に、感心して笑う。

「ふふ、音楽か。凄いことではないか。
ヨキも歌うことなどは好きだが、なかなか本格的には身に着かなくて。
歌といっても、カラオケくらいのものだけれど」

カラオケ、という随分俗っぽい語を口にして、頭を掻いてはにかむ。
趣味のひとつらしい。

「君のお母様も、色々なものを沢山ご覧になってきたのだろうね。
美澄君なら、きっと自分だけの道を見つけられると思うな。
君を半人前だなんて、ヨキは全く思っていない。

初めは家族や友人と一緒でも、そのうち『こちらへ進みたい』と思える方向が見つかって……
そのうち、君が他の人を誘い出すようになる。それって、とても素敵なことだよ」

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#12 2016-09-26 14:47:48

美澄 蘭
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登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

「あー…『共有しがたいこと』も、その新しさというか、高みに意味がある感じでしょうか。異能美術とか、魔法美術なんかもそうですよね。
…あ、キュビスムの説明は、中学校の時に美術の先生にしてもらったんです」

ヨキの言うことを咀嚼するように、思案がちに視線を上に投げて言った後、「キュビスム」のあらましについて、にこ、と人好きのしそうな笑みを浮かべてこのように語った。
この女子生徒、中学校の時の教師に恵まれたようである。

「「好きなこと」「楽しいこと」が色々あるので…正直迷ってます。
学園生活も、四年で卒業するならそろそろ折り返しですし…考えなきゃいけないとは思ってるんですけど」

「とりあえず、次のピアノ発表会次第でしょうか」と苦笑する。
良くも悪くも、まだまだ将来に諦観を持てない、割り切れないでいるようだった。

「そうですね…私はあんまり講義で会わないですけど、そもそも人間からかけ離れた姿形の方々も、たまに見かけますし。

………そう、でしょうか。『本当に知識がないと、「分からない」ということが分からない』なんて話を聞きますけど。
…突きつけられたら、分かると思うんですよね」

『分からなさ』が分からない…というのも、ある種の問題ではあるだろう。
「まだまだ、私も考えが狭いんだと思うんです」とやや困り顔で付け足すあたり、全く自覚がないわけではないようだが。

「歌ですか…私も好きなんですけど、体力が足りないみたいでなかなか。専門はピアノなんです。
………あ、私もカラオケは好きですよ。好みが偏ってたり、好きだけど上手く歌いきれない曲とかが多くて、気心知れた人以外とはなかなか行く気になれないですけど」

そう言って、はにかんだ笑みを零す。この少女の俗っぽい面は、この学園では知る人がまだまだ少ない。

「…そう、ですね…結構変わった経歴みたいですから、その分普通の人とは違うものを見ているかもしれません。
………そう言われると、恐縮です」

「半人前だとは思わない」と言われて、少しだけ頬を赤く染めて、軽く俯く。
…が、その後の激励の言葉に、再び顔を上げてヨキの方を見た。

「…「大人になる」って、「自分で決められるようになる」ことだな、って、この学園に来て強く思うようになったんです。
ありがとうございます…自分で決められるようになるだけじゃなくて、無理のない範囲で他の人のことも支えられるようになるために…頑張ってみます」

「今日はありがとうございました」と頭を下げる。
…が、その後思い出したように「あ」と間の抜けた声を出すと、

「そうだ…先生の作品に「対比」シリーズってありますよね。
あれについても、お話ししたいな、って思ってたんです。もうちょっとだけ、いいですか?」

「長居してしまってすみません」とことわりながらも、そんな風に尋ねた。

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#13 2016-10-06 02:39:41

ヨキ
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Re: ヨキの美術準備室

「共有しがたい、というのは、それが自分や社会の通例から外れている、という点が大きいからな。
人の迷惑となるような発想なら言語道断だがね」

学園生活の明るさを表すような蘭の口ぶりに、ヨキも楽しげに受け答えを重ねる。
頑張ってくれたまえよ、と、発表会への応援を添えてから、考えるように視線を天井へ。

「世間の……世界中の“みんな”君のように聡かったら、どんなにか好かったろうと思うんだが。
気付いてくれない人、というものも、少なからず実在はしていてな。
まあ、つくづくやり甲斐があるというものさ」

呆れたような顔を作ってみせつつも、堪えてはいないらしい。
悪戯っぽく笑う。

「声を出す体力もそうだが、ピアノを弾くのも体力勝負だろう?
音楽をやる者のパワーというのは、凄いものだと思っていてな。
振り絞るように見えて、その実とても抑制されている……尊敬するよ」

両手を握ったり、開いたりして想像を巡らせる。
鍵盤を叩く指先や、弦を爪弾く仕草。

その手を膝に置いて、にっこりと笑う。
目尻に薄い笑い皺。

「ヨキも、はじめのうちは自分独りでは何も決めることが出来なかった。
何が正しいのか、何を優先すべきなのか、何を選べばよい結果に繋がるのか……
判断出来るだけの素地と材料を、持っていなかったんだ。

人びとと関わりを持って暮らしてゆくとは、その選び方を少しずつ学んでゆくことなのではないかな。
君は限りなく自由さ。独りで決断することも、他人の力を借りて選び取ることも」

蘭の会釈に、ヨキも一礼を返す。
と、相手がはたと気付いた様子に瞬きする。

「おや。『対比』について?もちろん、構わないとも。
時間は気にしないでくれていいよ」

遠慮深い蘭の様子に礼を添えて、深く座り直した。

「あのシリーズは、ヨキが考えてきたことの移り変わりが詰まっているようなものだからね。
ひとつひとつ見返すごと、これを作っていた頃には、こんなことを考えていたなあ、というのが蘇るんだ」

くすくすと笑って、どうぞ、と蘭の質問を促す。

オフライン

#14 2016-10-06 23:48:20

美澄 蘭
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登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

「『迷惑』の基準も難しいとは思いますけど…
でも、たまには社会通念を疑ってみるのも必要ですよね。

じゃないと、色々零れたままになっちゃいますから」

何でもない風で、そんなことを言う少女。
発表会の応援には、「ありがとうございます、頑張ります」と、頬を少しだけ赤らめながらも満面の笑みで応えた。
…が、「気付いてくれない人も少なからずいる」という趣旨の発言には、少し表情を陰らせる。

「………そういうもの、ですか………。

そういう人達にも届くようなもので、且つ新しいもの…って考えると、凄く、難しそうですけど………
やりがいも、ありそうだなって思います」

「応援しています」と、ヨキの悪戯っぽい笑みに、最後はこちらもはにかみがちの笑みで返す。
…と、自分の専門たる音楽の話になれば、笑みの硬さが抜けた。

「…そうですね…スポーツとは違いますけど、楽器演奏でも身体の動きの正確さとか、俊敏さみたいなのは要るので…。
『楽器が出来る人間に運動音痴はいない』なんて話すらあるらしいですよ。

ピアノとは小さいときからの付き合いなので、あんまり実感湧かないですし…内にあるパワーという意味では、音楽も美術も同じだと思いますけどね」

そう言って、今度はこちらが無邪気な笑みを見せる。
控えめな物腰ながらも、こういう表情をすれば、10代らしいあどけなさが前面に出た。

「…やっぱり、判断するためには、そのための素地…知識と、考え方を身につけないといけませんよね。
勉強も、こうして人と話をすることもそれにプラスになることだと思ってるんですけど………全然、まだ踏み切れる感じがしなくて」

「今度の発表会、きっといいきっかけになると思うんですけどね」と、苦笑いを浮かべた。

そして、『対比』の話題。
ヨキが了承してくれれば、

「ありがとうございます」

と、まずは背筋を伸ばしながらも頭を下げて。
それから、ヨキの解説をまっすぐに聞いた。

「ヨキ先生が考えてきたことの移り変わり…ですか。
私、金工で作られたのと異能で作られたのの区別が全然付けられなくて、凄いなぁ、という感想が大きくて、そういう風に見てませんでした…」

少し、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
…が、その後また真剣な表情に戻って。

「…それで、確かあのシリーズって、金工と異能と、同時進行で作ってらっしゃるんですよね。
技術と異能が寄り添うようにある様子が、興味深くて…先生も、そういうことを意図して作っていらっしゃるのかな、と思って。
詳しく、お話をお聞きしたいと思ってたんです。

…先生は、異能と、そうでない訓練で身につける技術の関係って、どういう風に捉えていらっしゃるんですか?」

そう、まっすぐヨキの顔を見上げながら、尋ねた。

オフライン

#15 2016-10-13 23:16:54

ヨキ
メンバー
登録日: 2016-01-04
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Re: ヨキの美術準備室

「ああ。自分の中にある常識を疑うことは難しいものだし、同じように“気付かない”人びとへ一矢を届かせることもまた困難だ。
だからこそヨキは人との繋がりを大事に保ちたいし、やむなく繋がることの出来ない人びとのことも、絶えず考えていたいと思うよ」

音楽についての話には、感心した顔で相槌を打つ。

「烈しい音も、優雅な音も、やはり何事も人の心を打つには相応の習練が要るものだな。
小さいときからの付き合いというと……、ピアノはお母様の勧めで始めたのかな。それとも、自分からやってみたいと?」

蘭の歳相応の笑みに倣った調子で尋ねる。
《対比》への言及にも、気にした風もなく首を振った。

「いや。あれには解説も付けていなかったからね。秘めたことは、秘されたままで当然なんだ。
君がわざわざ訪ねてくれたことが嬉しくてな。キャプションの代わりとでも思ってくれ」

いずれの図録や美術雑誌を遡ってみても、そのような意図が明文化されていたことはない。ごくプライベートな心境なのだろう。
そして蘭からの「異能と技術の関係」についての問いに、なるほど、としばし目を伏せる。
十秒と経たぬうち、すぐに顔を上げた。

「結論から言うと……『ほぼ同一と見ていい』。
何故なら、どちらの能力にも『長所と補うべき点とが等しく存在する』からだ。

……いいかい。ヨキの考えは、こうだ」

相手の目を柔らかく見据え、ひとつひとつの言葉を丁寧に紡ぐ。

「『想像を絶する効果を発揮する』異能は数多く存在しても、本当の意味で『われわれ人間の想像を凌駕する』異能というものは、存在し得ないのではないかとヨキは思っている。
それはつまり、ヒトはすべてそれだけの能力の伸びしろを持っている、ということ――異能者と無能力者とに関わらず、遅かれ早かれ『同じ高みにアプローチすることが出来る』と信じているんだ。

地球の技術史や科学史を少々紐解いただけでも判るように、人間の飛躍というものは恐るべき速度と着実さで進んでいる。
かつて『天才』と呼ばれた者の中には、確かに異能の存在が少なからずあったやも知れん。
だがそれらの才能をすべて『異能の賜物であったのだ』と断ずるときにこそ、ヒトの進歩は停滞してしまうのだよ。

努力はいつしか、何らかの形で実を結ぶ。
その結果が、例え他者から『天才』や『異能』と称されようと――それは必ず、『天から賜った才』でも『ヒトと次元を異にする能力』でもない、己自身の苦悩と研鑽に基づく土壌に根付いたものなのだ」

蘭の二色の双眸を前に、相手の反応を見ながら言葉を続けてゆく。

「その一方で……異能者は、無能力者よりも遥かに速いスピードで『高み』に辿り着いてしまう。
当世のいかなる科学を以てしても再現出来ない現象や、不世出の名作を凌ぐ美さえも、一瞬で産み出してしまうだろう。

しかし単純にそれだけでは、驚嘆を呼びこそすれ、真の『感動』までをも呼び起こすことは出来ない。

そもそも異能というものは、発動から結果までの過程をほとんど省略してしまう。
だからこそ、自らもたらす結果が『本来はいかなるプロセスを経て産み出されるものか』『産み出した先でいかに活用されるべきか』を、よくよく考えなくてはならないんだ。

ヒトとしての社会経験や、学識や、思考力を磨かぬままの『強大なだけの力』など、所詮は上滑りに終わってしまう。
『産み出せる現象に相応しい佇まい』を身につけてこそ、より大きな結果や、心からの感動を与えられるようになるのさ。
そうでなくては、いわば『服に着られている』状態と言っていい。

詰まるところ……異能者にも無能力者にも、等しく『自分磨きが必要』ということだ」

言い終えて、緩やかに笑う。

「……どうだろう。少し話しすぎてしまったかな」

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#16 2016-10-15 01:04:22

美澄 蘭
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登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

「人との繋がり………そう、ですね」

不意に、蘭の視線が落とされた。…あまり、コミュニケーションとは関係のない形で。
それでも、音楽の話には顔を上げる。

「そうですね…どう鳴らせばどんな音が出るかは、個人差がありますけど、ある程度決まってるので。
それを確実に出せるようにするための練習は大事です。…個人的には、「どんな音を出すか」楽譜を見て考えることも、同じくらい大事だと思ってますけど。

ピアノは…母の薦めというか、ピアノを触れるくらいになるまで母との距離感が微妙だったので、それを埋めるため…というのが大きかったです。
小さい頃はよくぐずってました…両手で弾けるようになってから、どんどん楽しくなっていって今に至るんですけど」

演奏の話は熱を帯びた瞳で滔々と語ったが、自分が始めたきっかけについては、苦笑い混じりでどこか語りづらそうだった。
「乳幼児期に母親との距離感が微妙だった」という、奇妙な生育歴も関係あるのかもしれない。

「キャプションの代わり…ですか。
図録とかでも見たことないような「キャプション」って、凄く「特別」感がありますね。
…美術を専門にしてない私が個人的に聞くのには、ちょっともったいないくらい」

明かされたヨキの心境に対しては、そのように言って、どこかくすぐったそうな笑みを浮かべる。
しかし…「異能と技術の関係」について、ヨキが少し考えてから丁寧な語り口で持論を述べ始めれば、その表情は真剣なものになり、ヨキの目をまっすぐ見返す。
そのまま…時にうんうんと頷くような仕草を返しながら、ずっとヨキの話を聞いていた。

…そして、ヨキが語り終えた後。「少し話し過ぎたか」というヨキの言葉には、首を横に振り。

「いいえ…とても、有意義なお話だったと思います」

と。それから、考えるように顎に指を当てて。

「そうですね…人の想像力も、可能性も…まだまだ、積み重ねた先の先があると思います。
………特に芸術関係の場合、異能が凄くても表現が新しくなかったら、拍子抜けしちゃいそうですよね。大事なのは異能より想像力なのかな…」

そして、考えるような、やや上目遣い気味の表情のまま、今度は胸の前で両手を合わせた。

「…でも、旧来の『天才』が異能者………考えたこともなかったです。
単純な能力がもの凄い人は分からなくもないですけど…ほとんどの人は努力と、ほんのちょっとの閃きの成果だと思っていたので。

………異能とか、超常のものの事ばっかり考えて、それに引きずられて…今積み上げてあるものを大事に出来なければ、どうしようもないですね。
私には今のところ異能はないみたいですけど…今後、何があっても、「自分磨き」は大事にしていこうと思います。
…何を頑張るにしろ、その先にしか道はないと思うので」

最後にはそう言って、はにかむような…それでいて、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。

「今のところ異能がない」という蘭の自己認識は、実は正しくない。
しかし、「異能」と「そうでない技術」に大した差はないという話の流れにおいて、その誤りは大きな問題ではないだろう。

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#17 2016-10-28 09:51:15

ヨキ
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登録日: 2016-01-04
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Re: ヨキの美術準備室

蘭の視線を深追いせず、ただ返された言葉にのみ答える。

「あれだけの多彩な音が、黒一色の五線譜に落とし込まれているのだものな。
それを読み解くための力は、音楽の外でもずいぶん信頼がおけるものになるだろう。
ずっと大事にしていってほしい能力だ。

ほう、ピアノが君とお母様とを近付けてくれた訳か。
よかった。ただピアノがその手段となるばかりでなく、君の楽しみとなってくれているのなら言うことはないよ。
出会いはどうあれ、今の君に繋がっているのだからね」

言葉に詰まる様子に対して、優しく笑ってみせる。
一連の語りを「勿体ないくらい」と評されると、それもまた軽やかに笑い飛ばす。

「君の真摯さが、『語って損はない』と思わせてくれたからさ」

次いで、自らの長い話にも真面目な顔で受け答える蘭へ、二三頷く。

「異能の使い方が想像力次第というのは、何も良いことに限った話ではない。
例えば犯罪にだって異能が使われることもあるだろう。
それだって、人間の発想がものを言う。

良くも悪くも、我々人間は想像力に振り回されてしまうのさ。
今となっては、往年の天才や稀代の悪党が異能者であったか否か、想像するより他にないように。

だが君の言うような『努力』と『閃き』は、誰しもの成果の裏に間違いなく根差しているものさ。
異能者にしろ、無能力者にしろ――名を残すほどであるなら、尚更に」

蘭の笑みに、にやりとして答える。

「ああ。本来、人間が生きてゆく上で、異能の有無は支障となってはならないはずなんだ。
異能などなくたって、人間の生には何かと苦しみが付き纏うものだからな。

ヨキは前へ進もうとする君を限りなく応援したいし、もしも君が行き詰まったときにもその支えでありたい。
そんな教師のひとりになれたら、それ以上の幸せはないよ」

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#18 2016-10-29 02:38:26

美澄 蘭
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Re: ヨキの美術準備室

追求されたら辛い部分を深追いしないでくれる距離感が、蘭には有難かった。
安堵もあってか、音楽の話をする蘭の瞳の輝きが強さを増す。

「表現の内容は、五線譜の傍に結構指示がしっかり書かれてるんですよ。
…まあ、その指示を「どういう風に」、「どの程度」表現するかも、極端な話奏者の裁量なので…
演奏しながら、探っていくしかないんですけど。

…そうですね…ピアノが楽しくなってきた辺りから、話せることがどんどん増えてきて…
今は、歳の離れた友達みたいな感じです。
ピアノも…母との繋がりだけじゃなくて、もう私の一部みたいな感じになっちゃってるのは確かですね。
何だかんだ言って、母とは演奏の好みとかも結構違ってきてますし」

母との関係の中で生まれ、抑圧されている感情は、掘り起こされることもなく。
優しく笑いかけられ…安心したようにゆるんだ、柔らかい笑みを返しながら、平和な関係性だけを語った。
…が、自らの真摯さを褒められれば、少し頬を赤らめて

「…あ、ありがとうございます…」

と、わたわたとぎこちない様子で頭を下げる。
蘭自身には、特別なことをしている感覚はないのだ。
だから、「人間の発想」の負の面を語るヨキの言葉にも…同じように、まっすぐに耳を傾け、語るヨキの方を見つめる。
…ただ、その眉の間には、少女らしい面差しに似合わぬ皺が寄っているのだが。

「…折角の想像力なんだから、皆が幸せになれる方に使えば良いのに」

そんな言葉を、ぽつりと悲しげに零したが、それも少しの間のこと。

「…いくら何か能力があったとして、それを活かそうとしないところに何かが降って湧いたりはしませんしね。
動かなきゃ、どっちの方向にしろ得られるものなんて大したことないでしょうし」

と、成果の裏に間違いなくあるもの達について語るヨキの言葉に頷きを返しながら、少し悪戯っぽいくらいの楽しげな笑みを零した。

「…そうですね…異能の有無とか、出身とか、種族とか…そういうものに関係なく、悩みがないような人なんていませんからね。

………ありがとうございます。その言葉だけでも、凄く励みになります。
今日は、ヨキ先生とお話をしに来て良かったです」

「本当に、ありがとうございました」と…ヨキの激励の言葉を受けて、改めて、深々と頭を下げた。

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#19 2016-11-02 01:41:12

ヨキ
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Re: ヨキの美術準備室

教師らしい憚りのもとに、言葉を続ける。

「作曲者が『このように演奏してほしい』と望んだ部分もあれば、
『その演奏者でなければ表現し得なかった』ものもあるのではないか。
まるで両者の取っ組み合いだ。

生まれが人間でなかったヨキには、元から母がないからな。
親子であるからこその苦楽は、想像するばかりに留まってしまうが……。
君と言う人間を知るための、取っ掛かりのひとつであることは間違いない」

“苦楽”と表現するほどには、血縁というものを学んではいるらしい。
蘭の表情の変化を見守りながら、くすくすと笑う。

「想像力も、異能も、力が大きくなればなるほど『自分のために使いたい』と
ひとたび考えてしまったとき、後戻りが出来なくなってしまうのだろうな。
君にその憂いがある限り、美澄君のことは安心して見ていられる」

笑って礼を告げる蘭へ、こちらこそ、と頭を下げる。

「何か困ったことがあれば、いつでもヨキのところへ相談においで。
頼れる相手を一人でも多く作っておくことに、損はないからね。

これで君も、今日からヨキのかわいい生徒の一人さ」

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#20 2016-11-03 02:22:05

美澄 蘭
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登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

「私は…楽譜から作曲者の指示をどう読み取るかって、楽譜を通した「対話」だと思ってるんです。
「その演奏者でなければ表現し得なかった」表現にも憧れはありますし、結構自分の好みに走っちゃいますけど…
やっぱり、今の時代まで残るクラシック曲って半端なものじゃないっていうか…作曲者の意図にぴたっとはまったんだろうな、っていうときの演奏効果って、凄いので。
…それを目指すだけでも、上を見ていったらきりがないくらいですよ」

「両者の取っ組み合い」と評したヨキに対し、この女子生徒は「対話」と表現をした。
音楽の道の高みを遠大そうに語りながらも、その瞳は生気をもって輝き、口元には楽しげな笑みが刻まれている。
…が、ヨキの出生の話を聞いて、きょとんとした表情で目を何度か瞬かせた。

「………元から、お母様がいらっしゃらない…ヨキ先生って、随分複雑なお生まれなんですね…。

…”苦楽”…そうですね。「家族」って一番近い人間関係ですから、良くも悪くも色々あって…簡単に、切れるものじゃないですから。
…私は恵まれている方だと思うので、「苦」の方を強調したら色んな人から叱られそうですけど」

(犬はほ乳類だから、お母さんはいると思うんだけどなぁ)などと疑問には思うが、口には出さなかった。
相手が踏み込まないでくれたように、自分も節度を保とうと思って。

家族の”苦楽”については、思案がちに私見を述べるが…自分の「苦」の部分については、取り繕った感の強い笑顔でお茶を濁した。

「…「自分のため」だけで、そこまで力の使い方を大きくしたいと思える気は、あんまり、しないです…それよりは、「皆のため」と思い込んでるときが怖いかな、って。
…ほら、どんな悪巧み仲間でも、仲間内では「皆」で、主観的には大事だったりするじゃないですか。

私、魔術も勉強してるんですけど…そういう怖さがあるので、「他人のため」に使う力は治癒だけ、って決めてます。
………それでも、治癒魔術に拒否感を持つ人もいるから、単純じゃないですけどね。拒まれたこともありますし。

………そんなこんなあって、私、そっち方面ではあんまり自分を信用してないんです。
取り返しがつくなら…謝って、その後気をつけるようにするんですけどね」

「評価してもらえるのは嬉しいです」と言いながらも、その笑顔は眉が寄った若干困り気味のもの。
…が、「困ったことがあればいつでもおいで」「かわいい生徒の一人」とヨキが声をかければ、ほっとしたように表情を緩めて。

「ありがとうございます…進路のこととかで悩んだら、またお話にくるかもしれません。
その時は、よろしくお願いします」

改めて頭を下げると、席を立った。

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#21 2016-11-12 00:04:09

ヨキ
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Re: ヨキの美術準備室

「君はやはり真摯だな。
美澄君に弾いてもらえる楽器や楽譜は、幸せだ。

……複雑な生まれ?ああ、大した話ではないよ。
犬といっても、本当の犬猫ではなくてな……、」

何と説明したものか自分でも少し考えた末、「精霊のようなものさ」と笑った。

「だから君と家族のことについて、無責任なことは言えないがね。

力を持ち、力について学んでいる者がそれだけ熟慮していれば、道を踏み外すことは防げるよ。
もしも君が危うい方へ引き込まれそうになったとしても、君を知る者たちがきっと助けてくれる。
この常世島で、自分を知り、他人を知り、互いに知り合うことには、そういう意義があるんだ。

ヨキ自身も、治癒魔術はあまり使われたくない性質でね。
元から回復が早いこともあるが、身体が自分で治すことを怠けそうで。
野菜の好き嫌いと同じで、典型的な言い訳さ」

席を立つ蘭に続いて、自らもソファから立ち上がる。

「こちらこそ、今日はどうも有難う。
これからは君のことを、ずっと応援しているからな。
後悔とやり残しのないように、頑張ってくれたまえ」

笑って会釈を返し、蘭を見送ることになる。

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#22 2016-11-14 02:12:14

美澄 蘭
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登録日: 2016-05-31
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Re: ヨキの美術準備室

「真摯…そうですね、今は好きな曲に重点を置いて割と自由にやれてるので、その分突き詰めて考えるようにはしています。
…それ以外だと、結構適当なところもあったりしますよ。悪い意味で」

そう言って、少し悪戯っぽく笑う。この女子生徒、態度の割に、意外とムラのあるピアニストであるようだ。
そして、ヨキが少し考えた末に自らの起源を「精霊のようなもの」と語れば、きょとんとした表情で目を瞬かせ。

「………精霊、ですか…それじゃあ、世界そのものが親、みたいなものでしょうか」

そう言って、ことりと首を傾げた。

「あ、いえ、いいんです。もう済んじゃったことなので」

家族の話については、そう言って笑いながら手をひらひらと振る。
いわゆる「イイコ」が、いかにもやりそうな空笑い。
…が、「互いに知り合うこと」について話があれば、その空笑いすら少し力が萎えて。

「…そういうところまで踏み込み合えるような知り合い、あんまり多くないんです。
お世話になっている先生からも、「勉強を頑張るのも良いけど、友人関係はどうなの?」みたいに聞かれちゃったりとかあって…。
…前よりは、頑張ってるつもりなんですけどね」

瞳が、少し寂しげに陰る。
この女子生徒が、一般教養において同年代の学生とは履修傾向が異なることを、ヨキも聞いたことくらいはあるかもしれない。

「…でも、ヨキ先生もそうなんですね…
いえ、でも、気持ちの問題って身体を治す上で大事ですよ。…流石に、気持ち「だけ」じゃどうにもならない時くらいは、頼ってくれた方が私達も安心ですけどね」

「ですから、先生も無理はなさらないで下さい」と、笑った。
治癒魔術を「苦手」とする人達と接することに、この1年あまりで随分慣れたようである。

「…本当に、ありがとうございました。

今年の発表会…悔いを残さないで済むように頑張ります。先生も、もし都合がよければ聞きに来て下さると嬉しいです」

立ったところで、改めて頭を下げ…そして、顔を上げて自らの決意を語る。
決意の「結果」を披露する場にヨキを控えめに誘って、はにかんで笑った。

出口で改めて頭を下げ、美術準備室を後にする足取りは、随分と軽やかになっているだろう。
もう、ここは「見慣れぬ場所」ではないと、体全体で表現するかのようだった。

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#23 2016-11-25 00:35:16

ヨキ
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Re: ヨキの美術準備室

「例えば、料理のコツなどを覚えて手順を省略できるようになったとしても、食材や食べる人間を蔑ろにしていることにはならないだろう。
『適当』と『おざなり』の違いさえ弁えていれば、悪いことなどないさ」

悪い意味で、という言を、肯定も否定もしない。
自身の出自については、一週間前の夕飯を思い出そうとするような目線で天井を見遣る。

「世界そのもの……どうなのだろうな。きっと、そうではないかと思う。
実のところ、自分でもよく判っていないんだ」

蘭の言葉に、顔を引き戻す。

「知り合いなどいつの間にか増えるものであるし、距離は時機が来れば自ずと近付いているものだ。
君のやりやすいように自然で居ながら、いずれ身の周りに残った者らを大切にすればよい。
意識などせずとも、それが『親友』たり得るのだから。
無理に作った縁など、長くは残らんよ」

冗談めかしたぞんざいさで、『おざなりな縁』を払うようにぴらぴらと手を振る。

「ああ。お陰でヨキは頼る場所も人も多くてな。
もしものときには、魔術にも異能にも甘えるとも。だから安心していてくれ。
自然体を説くほどには、このヨキも無理をすることは嫌いなんだ」

この姿勢が自分の自然なのだと、胸に手を当ててみせる。

「演奏会、楽しみにしているよ。
必ず足を運ぶから、もしも会場内で会えずとも、どこかの席でヨキが君を見ていると思っていてくれ。
美澄君の晴れ舞台とあらば、聴かなくては男が廃るというものさ」

明るく笑って、身長差のある蘭をゆったりと見下ろす。
長身だが、威圧感を自制するほどには人付き合いに慣れた佇まいだ。

会釈を返し――部屋を後にする相手を、軽く手を振って見送った。

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