「次は……やあ、朽木君か。受講してくれて有難う。
はは、そんなに縮こまらなくて構わんよ。
逡巡していたようだね。だがこの絵にも、きちんと彼らしさが出ている。
良くも悪くも『ひとつひとつのモチーフに忠実である』ということだ。
特にこのブロック。物体の質量というよりは、
素材の表面が持つ凹凸……テクスチャを描き取ることに苦心している。
質感の見方について、良い方に作用しているのがこちらなんだ。
一方で、悪い方に出てしまっているのが、リンゴの方。
今回は、リンゴを単体で描き移すことに注意が向いていて、
全体のバランスが崩れてしまったのだな。
けれどもそれでいて、実はリンゴ自体が持つ質感はよく表れている。
奥行きが死んでしまっている反面、彼の場合……
物体の持つ『輪郭』と、その『表面』に目が向いているのだろうな。
我々にとって、普段意識をしていないが、知っていることがある。
それは、物体には『回り込み』と『裏側』がある、ということだ。
一般に『絵を描く』というと、どうしても輪郭線を写し取ることに
気が向いてしまいやすい。だがこういったデッサンの場合、
『裏側まで透けて見えるくらいに描いてやる』、
これくらいの気概があってもよい訳だ。
輪郭線は空間を切り取るものではなく、回り込みの『破線』に過ぎない。
物の見方を変える、というのはなかなか難しいところではあるがね。
何かしら勉強にはなったろうか?以上だ。お疲れ様、朽木君」