2026/02/07 のログ
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」に佐々木 伊織さんが現れました。
■佐々木 伊織 >
僕は。
佐々木伊織は。
街を騒がす悪党、カタストロアだ。
■佐々木 伊織 >
夕方の電気街、買い物を済ませてポケットに手を入れる。
憂鬱だ。
あの日。
カタストロアという人格は僕の中に入り込んだ。
彼が主導権を握るとトカゲ男になって暴れまわる。
ポケットの中に買ったものを握ったまま、
モニターが陳列されているコーナーに来る。
展示中の複数のモニターにカタストロアが負傷者を出して逃走したニュースが映し出されていた。
■ニュース >
『常世に現れる異能犯罪者』
『風紀委員による分類では甲種不明犯と呼ばれる彼らは』
『過去に多くの犠牲者を出しており』
『いやぁ、物騒なものですね』
『我々には風紀を信じることしかできません』
『ありがとうございました』
『なお、過去に起きた事件ではダスクスレイが逃走中に風紀委員と戦闘になり死亡』
『テンタクロウの際には捕縛後に病死と常世島に暗い影を──』
■佐々木 伊織 >
どうして僕なんだ。
どうして僕が甲種不明犯。
どこにでもいるただの学生なのに。
これがバレたら……僕も地下補習施設で獄死するのだろうか…
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ!!
ポケットの中で握りしめていたUSBケーブルの箱が汗で滲んだ感触があった。
■佐々木 伊織 >
モニターではカタストロアが通行人に重傷を負わせた時の再現映像が流れている。
そうだ……あの時…
冬の枝を折るような感触が、この手に。
そして風紀の銃弾が僕の眼を貫通し脳に……
吐き気がする。
僕の中にあった平穏の青は消え果て。
僕のどこかに開いた孔から赤い砂が止め処なく流れ続けている。
ざらざらと。
ざらざらと。
終わることなく、ずっと。
無論、幻覚だ。
僕は今……口元を手で抑えたまま展示品のモニターでニュースを見ているだけの…
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」に蒼空 奏さんが現れました。
■蒼空 奏 >
家電を買いに行きたい…という友人の用事に付き合わされて。
またね、と別方向へ帰る友人と別れ、バス停へ向かう途中。
普段あまりこない、人通りの多い場所に少々気疲れを感じる中。
「……?」
ふと見かけた、少年の姿。
なんだか気になったのは…その顔に覇気がまるで感じられなかったことと‥
「…あの」
なので思わず、通りすがりに蒼髪の少女は声をかけてしまう。
「気分、悪いんですか?
あちらのベンチで休んだほうが……」
心配そうに、口元を抑える彼へとその眼差しを向ける。
■佐々木 伊織 >
声を掛けられて視線を向ける。
冬の夜空の一等星を想起させるような、よく通る声。
蒼い髪、瞳もまた空のように蒼く。
蒼。平穏。
「ああ、いえ……」
「その、ニュース」
モニターを指して。
「陰惨でちょっと目眩が……はは…」
嘘で固めろ、佐々木伊織。
正体がバレたらゲームの発売日なんて待てないぞ。
あっという間に学生裁判だ。
「見なければいいんですよね…はは……」
そう言ってモニターから視線を切る。
■蒼空 奏 >
「ニュース…」
言われて、少女もまたモニターへと視線を向ける。
最近島を騒がせている事件のニュースだ。
当然、島で生活している少女もその事件のことは知っている。
「学園の生徒が怪我をした…事件ですよね。
私も今日は、一人だと怖いから…って、友達のお買い物につきあわされちゃいました」
一般の生徒の生活にも影響はでている。
そんな事実を少女は口にしながら、顔色のよくない彼を心配するように視線を戻す。
「ショックの強い事件ですよね…。
顔色もよくないですし、少し休みましょう」
私、保健委員なんです。と自分の立場を言葉に付け加えながら。
報道の内容のショックが大きかったのだろうと。
繊細な人なんだろう、そう思ってすぐ近くのベンチへ腰掛けるよう促して…。
■佐々木 伊織 >
「はい、そうなんですよ……」
「いやぁ、再現映像とか要らないんじゃないかなって…」
「人型のシルエットでも見たらウエってなりますからねー」
普段より饒舌に喋る。
喉が乾く。
保身の嘘なんて日常的に吐きたくなかった。
「え……………保健、委員」
これは断ったほうが不自然なんじゃないか?
参ったな……そそくさと立ち去るつもりだったのに。
と、とにかく座るだけ。
少し休んですぐにベンチから去ってしまえば……
「それじゃちょっと座っていきます、か…ね?」
ありがとうございますと心にも無い感謝の言葉を口にしてベンチに座る。
気がつけば汗をかいている。
誰がどう見ても具合を悪くした人に見えただろう。
「嫌な事件ですからね」
「僕はあんまりテレビは見ないほうがいいのかも知れません」
■蒼空 奏 >
感受性の強い人なんかは、そういうものを自分のことのように思ってしまい、強いストレスを感じてしまう。
そういったストレスで自律神経を失調してしまうと血圧が低下したり、冷や汗をかいたり…。
要するに具合が悪くなる人は実際にいる。
だから、少女は彼の言葉を疑うこともなくベンチへと誘導して。
「あ……、使ってください。
肌寒い時期ですし、放っておくと身体も冷えてしまいます」
汗を滲ませている彼に、服のポケットから取り出したハンカチを手渡す。
薄い青色に白いアラベスク模様の入ったハンカチ。私物だろう。
「そうですね。具合が悪くなるようなら、
そういった情報は遠ざけても良いのかも…?
……ちょっとだけ、失礼しますね」
そう言うとベンチの隣へと腰を降ろして、彼の背中をそっとさするようにして掌を当てる。
催した吐き気は僅かに和らぎ、混乱した副交感神経が穏やかに正されていく…ような、感覚。
「……す、少しは楽になりましたか…?」
物理的な怪我以外にも僅かながら効果がある…らしい、自分の異能。
自然と発露する癒し手(ヒーリング)の力。
昔はこれを使うことは怖かったけれど、この島に、学園にやってきて少しだけその恐怖も薄れてきていた。
■佐々木 伊織 >
彼女はハンカチを差し出した。
見た感じのイメージカラーに合っている…私物?
優しい人だ。
自分で望んで保健委員に入ったような。
そんな妄想が動いた。
しかし…ハンカチ?
僕がカタストロアに変わっている時は血が緑だ。
体の組成そのものが違う。
現場に血を残しても爪や切れた尻尾が落ちていても。
僕だとバレることはない。
でも、でも。
この人が実は風紀委員のエージェントで僕の汗からなんらかの照合を……試みたり…
いや! これは虚妄だ。ただの妄想なんだ!!
「ありがとうございます…」
素直にハンカチで汗を拭った。
ふわりといい香りがした。
そして僕の背中に手を当てると見る間に体調が良くなった。
これは…なんらかの、異能なのだろうか…
「あ、はい。随分と良くなりました」
「不思議なことで……」
異能社会で素っ頓狂なことを言ってしまった。
そしてハンカチを手に。
「すいません僕なんかの汗で汚して……!」
■蒼空 奏 >
「良かった」
少しでも具合が良くなった…その様子に自らの手を合わせ、破顔する。
「私の異能の力。人の傷なんかを治せるんです。
だから身体の不調にも少しだけ効くみたいで」
ほんの少し、かもしれないけれど。
ちゃんと効いてくれたらしいことを嬉しげに語る。
自分の力が誰かの役に立っている…それが本当に嬉しそうに。
そして、ハンカチを汚したことに言及されれば思わず目を丸くして…
「ふふ、いいんです。
ハンカチなんて、汚れるためにあるものなんですから」
そういってふわりと笑みを浮かべた。
疑念の妄想なんて振り切ってしまうような、澄み切った笑顔だ。
■佐々木 伊織 >
良かった。
そう彼女は言った。
異能で、人を治せて、良かったと思う。
正しい機序がある。
僕とは違う。
僕の中で膨れ上がる悪性腫瘍のような人格とは、違う。
「感謝します、保健委員の方」
「おかげで自分の足でバスに乗って帰れそうです」
このままでいいのか?
自首すればこの人みたいないい人がカタストロアに傷つけられずに済む。
でも僕は保身のために嘘を吐いている。
また僕から赤い砂が流れていく……
ザラザラ。ザラザラ。
ザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラザラ。
「家に帰ったらゲーム以外でモニターをつけないことにします」
「テレビも携帯デバイスも現代では情報過多ですしね」
「僕はどうやら自分で思っていたより繊細で脆いみたいで…」
──お喋りだな。
自分の中でリザードマンの低い声が響いた。
■蒼空 奏 >
「一年の蒼空奏です。
学園だと保健室にいることも多いので、具合が悪くなったらいつでも来てくださいね」
保健委員の方。
そう呼ばれればそう自己紹介をして、微笑む。
彼の中で何かが増大しつつあり、
彼が保身のための嘘を並び立てているなんて気づくこともなく。
「男性の人でも、結構多いんですよ?
学生さんでも疲れちゃつ人なんかはいますし、そういうタイミングなんかと被っちゃったのかもしれないですね」
自分でバスに乗って帰れそう、そう聞けば『よかった』とベンチから立ち上がる。
「無理はしないでくださいね。
私もバスで帰るんですけど…同じ方向、ですかね…」
学生街のほうに帰るつもりであることを伝える。
同じ方向であるなら、バス停まで一緒についてくる…そういうつもりなのは明らかだった。
大丈夫…と言われてもまだ心配しているような眼差しを時折向けている…裏も表もない、そんな少女の顔。
■佐々木 伊織 >
「あ、そう名前…」
「僕は畜産科二年の佐々木伊織です」
「今日はありがとうございました、蒼空さん」
頭を下げる。
そして他の人の症例で安心させ、帰る方向が同じならバス停まで送る。
そんなことまで言外に告げているのだ。
■頭の中の声 >
いい人だな。
いい女だ……伊織、お前この女の血の色が見たくはないか…?
オレならできる……ネコを見つけたフリでもして数秒、監視カメラのない場所に連れていくだけだ。
お前に非日常の楽しみ方を教えてやる。
■佐々木 伊織 >
「僕なら大丈夫です」
ポケットからケーブルを取り出して。
「ケーブルとつなげるためのゲームが必要ですからね」
「新作ゲームだけ急いで買って帰りますよ」
「蒼空さん今日はお世話になりました、それでは」
ハンカチを返すと笑顔で辞去。
今の嘘はまぁまぁだ。
もう出てくるな……僕はお前なんか要らないんだ…
やめてくれ、カタストロア。
■蒼空 奏 >
「そうですか?
うん、それならあんまり足止めしちゃうのも…ですし。
新作のゲーム、面白いといいですね」
それじゃあ、と此方も頭をぺこりと下げる。
ちょうどその時、二人の横の道路をバスが通過してゆく。
数十メートル先のバス停へとそのバスは停車し…。
「あっ…バス来ちゃった!
さよならです。佐々木さん!」
そうして慌てた様子でバスへ。
乗りますーー!なんてらしかぬ張り上げ声をあげながら
奇しくもそれは、笑顔と共に彼がハンカチを返そうと差し出したタイミング。
少年の手元には青色のハンカチが残されたまま──少女はバスの中へと消えるのだ。
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」から蒼空 奏さんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」から佐々木 伊織さんが去りました。