2015/07/22 のログ
蓋盛 椎月 > 「そもそも教師って言ったって人間なわけで、
 人間である以上はどうしても個人的感情っていうのは、
 ……まあいいやこの話はやめよう面倒くさい」

頭を振る。経験則上、こういうのは平行線しか辿らない。
ほとんど素うどんになったうどんを啜る。

「日常的に……いや、最近はあんまり使ってないけどね。
 一応《イクイリブリウム》と付き合って十年ぐらいになるし、サンプルは多いんだ。

 発現したての頃、全然効果がわからなくて、すごい不安でさ。
 で、一時期、とにかく自分の異能について知るために
 サンプルを集められそうな場所を駆けずり回った」

天井近くに一度視線を向け、それから顔を戻す。

「怖くないか、って言われたらそりゃ、めちゃくちゃ怖いよ。
 あんまりビビった姿晒すわけにもいかないし、表には出さないけどさ」

朽木にまっすぐと向き合って、平然と答える。
『今食べてるうどんの味付けは関東風ですけど?』ぐらいの調子で。

朽木 次善 > なんだか、教師ではなく女性を傷つけた気がして、
気が気でなく、口元がヒクツイた。
話題が話題だけに弁当は少しも減っていっていないし、
フライを持ち上げたらフライまで梅干しで真っ赤に染まっていた。自分は今世も殺されるかもしれない。

「ああ。そう、ですか……です、よね」
そこは、自分の中の想像と、それほどズレはなかった。
きっと蓋盛教諭は、自分の異能と真剣に向き合おうとしたんだろう。
大体の異能、特に権能の強い異能を持つ人であればあるほど、真剣に向き合う必要がある。
彼女の中にある怯えも、自分には容易に想像がついた。
と、同時に、それを口に出すことの特異さにも、少し気がいってしまう。

「……でも、それを、先生は公言している。
 いえ、その事情というよりは、えっと……異能があること自体を。
 代償が、サンプルを集めたとして、その異能がランダムであることを回避出来ないなら。
 もしかしたら、思った以上に記憶が「削れる」ってことも、あるわけ、ですよね」
上手く、言えない。直接的な言葉で言ってしまえば伝わるのだろうが。
直接的な言葉で言ってしまうには、自分の度胸が足りなかった。

「俺なら。
 臆病な俺なら、皆に、その異能があることを、教えない、んじゃないかなって。
 相手にリスクを背負わすなら……尚更……。
 先生は……何故それを、公言出来る、んでしょうか」
言えない。
救えないことで責められることも怖く、相手にこんなはずじゃなかったと失望されるのも怖い。
だから自分はきっと、蓋盛の異能《イクイリブリウム》を持っていたら、最初から助けられるかもしれないなんて、誰にも教えずに生きていくだろう。
聞きたかった。彼女の価値観を。知りたかった。「過ぎた」異能を持つ人間の視界を。

蓋盛 椎月 > 「ほお。いや、面白いな。
 そういう風に突っ込んで言及してくれるのは珍しいね。
 いや、面白い」
面白い、と二度繰り返す。実際、愉快そうに肩を揺らしている。

「いや。
 怖いから、明かすんだよ。
 こんなものは本来人間が持っていていいチカラじゃない。
 この世界は、有形無形の《免疫》がある、とあたしは考えている。
 秩序を破壊する《世界の敵》が現れたら、それを排除するための」

装飾のない湯のみを両手で持って、ゆっくりと茶を口に運ぶ。

「あたしはこの能力を隠さない。
 死神に気づいてもらうために。
 この能力が《世界の敵》となり得る力だったなら――
 あたしは世界を壊すか、死神の鎌の下にいるか、どっちかだろう。
 けれど今のところ、そうはなっていない」

「本当は、もうあたしは世界を破壊してしまっているのかもしれない。
 こうやって過ごしている一秒一秒の間にも、
 世界は壊れているって考え方もあるらしいしね」

言葉を一度切って、ふう、と息をつく。

「……なんて、トンデモ話には興味ないかな。
 わかりやすく言うとさあ、強すぎる能力って隠すのは最初から無理なんだよ。
 どうしても使えそうなときは使いたくなっちゃうし。
 一人で抱え込むほうが、よっぽど危ないじゃん。フェアじゃないしね」

一般論だ、と言わんばかりに。
当然のあり方である、そう告げる。

朽木 次善 > 「すいません。性分も、あると思います。
 失礼なことを言っていたら、教諭として注意を与えてくれて構いませんので」
生活委員会の男は面白がる教諭に、前置きとしてそう告げた。

「つまりは……自浄作用に期待してる、ってこと、ですか。
 逸脱すれば、どこかからの作用が加わって……
 その作用によって万が一逸脱していたとしたら、自分という逸脱は是正される、ってこと、っすか……」
一つ一つ、相手の言葉を読み解くように口に出す。
向き合っているのは蓋盛椎月という相手というよりも、
そういった相手がどういう視界を持って、どういう方向性を持って動くかということそのもの、
無意識ではあるがこれも蓋盛がサンプルを集めた作業と同じような工程だった。

「上から押さえつけられる力が存在していることを信じているからこそ、
 その異能を十分に振るう事が出来る、ってこと、になりますかね……。
 逆説、そのより強い力が自分を挫かないことが、世界っていう箱庭を維持出来ている証拠、ですか」
荒唐無稽な話とは、思えなかった。
世界が、先の妄想のように、何か大きな意思によって「かくあれかし」という形に収められているのだとしたら、
それは自分にとっても納得しやすい話だ。それを蓋盛は<<免疫>>と表現し逸脱を<<世界の敵>>と呼んだ。
それは、ヨキ教諭が口にした理論とは全くの逆であると、個人的には思った。
彼は自分を、「物語の登場人物ではない」と、そう言っていたから。

「じゃあその記憶を失うという代償は、最初に与えられた蓋盛先生の意図的な枷であり、
 自由に使えなくすることで、逆に逸脱をしないように調整が働いた、んですかね、先生の理論だったら。
 ……もう一つ、その上で質問していいですか。
 もし、その枷……代償として対象が記憶を失うという枷がなかったら。
 先生は、無差別に、何かを治しますか。……治し尽くしますかね」

『それ』はもう蓋盛椎月ではない。それは承知していながら、尋ねた。

蓋盛 椎月 > 「お、そうそう。自浄作用。いい表現だね、今度からそれ使うわ。
 朽木くんは頭の回るやつだなあ、感心しちゃうよ」
自分の考えを噛み砕いて口にする朽木の様子に舌を巻く。

「調整、か。それもまたなかなかおもしろい考えだ。
 あたしが副作用に対して出した結論とは実はちょっと違うんだけど、
 そういう可能性は大いにあるね」

丼を持ち上げて、つゆを啜る。

「《イクイリブリウム》に副作用が、なかったら?
 そーねえ――……」

割り箸の先を咥えて、うーん、と唸る。

「両手を切り落とす、もしくは潰すかな?
 この能力、手がないと使えないんだよね」

平然と言う。
言った後、あ、今のはオフレコで! と慌てて付け加えた。

朽木 次善 > 「ハハ、すいま、せん。いつもこんなことばっかり、考えてるせいで」
とてもじゃないが饒舌になってる自覚はあったので、褒められた心地がせずに苦笑で返す。

「……っ」
息を、鋭く吸った。
こともなく。――両手を切り落とすと告げた蓋盛は。
この僅かな時間でも、それが冗談であるとは思えないくらいに、そう、まるで。
――ずっと前からその事実と向き合い、覚悟してきたかのように、自然に告げた。

そこに至るまでに、どれだけの苦悩と、どれだけの煩悶があったのか。
18年しか生きていない自分には、その異能を持たない自分には、想像も出来なかった。
これが。理解の壁かと。思った以上に、自分の登る道の険しさを感じ、足元がぐらついた。
脳裏に、ヨキ教諭の言葉を思い浮かべて、どうにか踏みとどまる。

「……蓋盛先生。
 すいません。思ったより、踏み込んで聞いてしまって。
 ……代わりに一つだけ。俺の、夢を聞いてもらっていいですか」

動揺を飲み込むように。
そして自分の踏み込みにも真摯に答えてくれた教諭に、少しだけ声色を変えて呟いた。

蓋盛 椎月 > 「…………」

肘を付いて、朽木をじっと見据える。

『副作用がなかったらどうするか――』

ということに関しては――実はそう深くは考えたことはなかった。
なぜなら、《イクイリブリウム》の効果の全容を知り、その意味に気づいた時、
腕を切り落とすべきかもしれない――そう考えたから。
今でさえ、そうしたくなることがある。
けれど、それはあまりにも面白くない。

「いいよいいよ何でも話しな。
 ちょうど、きみという人物にも興味が湧いてきたころだからさ。
 むしろ、教えてくれよ」

ゆったりと目を細める。

朽木 次善 > 蓋盛の試すように細められた目に、身体を蓋盛の方に向けて言葉を告げる。

「この島が、蓋盛先生の言うような自浄作用によって。
 あるべき姿……異能が<<世界の敵>>にならない程度の逸脱に収められてるのだとしたら。
 そこで暮らす俺たちは、逸脱をした瞬間その<<免疫>>によって弾かれる、んですよね。
 もしかしたら島ごと、最初からなかったことになるかもしれない。より大きな力によって」

自分の手に、視線を落とした。

「……俺は、蓋盛先生ほど、強くなれません。
 多分怖いからでしょうけど<<免疫>>に弾かれることを了承出来ない。
 でも異能も百凡だし、優秀な生徒でもない。個人でそれに抗う力はないです。
 ただ、その逸脱を許容するような、逸脱すらも飲み込むような、強力なインフラを整備すれば、
 それ自体が逸脱じゃなくなり、<<免疫>>に抗えるんじゃないかなんて、夢を描いてるんです。

 『空を飛ぶ人間』が『自由に空を飛べる環境』を。
 『傷を癒せる人間』が『癒せない人間と共に歩める状況』を。
 『神の如き強さを持つ誰か』が『何の力も持たない人間と共に暮らせるルール』を。
 今までの当たり前を切り崩して、新しい当たり前を作り上げれば。
 その<<免疫>>なんていう馬鹿げた外側からの手が加えられずとも、俺達は逸脱せずに済むと。
 箱庭なんて形で上から眺める誰かに、箱庭の中に居ながら中指が立てられると、そう本気で思っています。
 俺達は異能のモルモットじゃない、この島で生きてる人間すから……」

若さゆえだろう。体制に組み込まれることを是と出来ず、個の主張をさげられない。
何か大きな意思が存在するとするなら、それに抗い、稚拙ではあるが個人として進み続けたい。
そんな意思が、瞳に宿っている。それは軽い怒りにも似ていた

「……俺は、実は、そのために生活委員会に所属してるんすよ。
 もし、蓋盛先生が<<イクイリブリウム>>について制約を失い、それを無尽蔵に使えるようになったとしても、
 それすらも日常の一部になるような『環境』<<インフラ>>を作り上げられれば。
 『蓋盛先生』は『両手を切り落とす必要』がなくなる。……俺は、それを目指したい」

大きく息を吸って、吐いた。

「すいません。……こちらも、オフレコで。若者が夢物語語っただけすよね、これ。笑ってくれて、いいす。
 ……それにベッドに誘ってくれた先生の手が失われたら、男子が受ける保健の授業の項目も減るでしょうし」

最後に、それが冗談であると。
まだ冗談でしかないと言いながら、何かに宣言するように、青年は蓋盛に告げた。

「ありがとう、ございます。
 少しだけ、視野が広がった気がします、蓋盛先生。鈴成サンにも感謝しないと」

いつも通りの苦笑を浮かべた。少しだけ、すっきりしたのは確かだった。

蓋盛 椎月 > 朽木が苦笑を浮かべた頃。

パリン、という音。
蓋盛の持ってきた湯のみが、テーブルの上から消えている。
中身は殆ど飲み干されていたらしく、飛び散ることはなかったが……
湯のみは粉々の破片になった。

それを追うように、速やかに屈みこむ蓋盛。
テーブルに遮られ、その表情は見えなくなる。

「あ――……、こりゃだめだな。
 割れちゃったなあ――……
 食堂の人、呼ばなきゃだめか――……」

緩慢な動作、緩慢な声。
必要以上に時間を掛け、ゆっくりと、身体を起こし、体勢を元に戻す。

「失礼、失礼。
 いやあ、はは、びっくりしちゃった。すごい夢だな、それ」

にこり。殆ど瞳が見えなくなるぐらいまで、目を細めた笑み。

「……でも、間違いなく立派な夢だ。
 嗤いやしないよ。
 夢は大きいほどいいって誰かも言っていた。
 すべては無理かもしれないが、その理想の一部は、
 あるいは実現できるかもしれないね、いつかは」

親指を立てて見せる。

「なあに、礼には及ばないよ。
 こんな話、出来る相手なかなかいない。こっちも貴重な時間を過ごせたよ」

朽木 次善 > 「ああ……大丈夫、すか。
 割れた、すか……? 破片とか……」

何かの食器が割れた音に、少しだけ焦る。
机の陰になっていたので被害の程度は知れなかったが、
自分が余計な話をしたので気を散らせたかと首の後ろを掻いた。
蓋盛の僅かな変化にも気づかない。
それは、もしかしたらいつもの朽木なら気づけたかもしれないが今は語った夢想に少なからず酔ってもいた。

蓋盛に微笑みを向けられると、苦笑を返し。

「……いや、今はただの冗談でしかないです、ね。
 まあホント、先生の言うとおり、ただの夢物語ですから。
 でも、そうですね。……まあ、その一歩目として、目の前のことに取り組んでいきます」

時計を見る。
思ったよりも話し込んでしまった。
次の現場に行くためには、梅干しと格闘している暇はなさそうだ。
勝負は延長線へとズレ込み、弁当を仕舞い、鞄に入れた。

「ありがとうございました。
 蓋盛先生。保健課に足運ぶときあって鈴成サンに会ったら、良い縁をもらったと言っといてください。
 んじゃ、お先に失礼します」

息を吸い、生活委員会の朽木次善は、保健課の蓋盛椎月に手を振って食堂から去っていった。

ご案内:「食堂」から朽木 次善さんが去りました。
蓋盛 椎月 > 笑顔で朽木の去るさまを見送る。
そうして、完全に姿を消したのを見届けて。
だらん、と椅子の背もたれに身を預け。
一本の煙草と、ハンカチを取り出す。煙草は火をつけず、咥えるだけ。
ハンカチは広げて、顔の上にベールのように乗せる。
それでもう、蓋盛がどんな顔をしているかは、誰もわからなくなる。
その体勢で、駆け寄ってきた食堂のアルバイトと二言三言会話をする。
いや申し訳ないね。いえいえ。ありがと。
片付けられていく湯のみの破片。去っていくアルバイト。

ぼそぼそと、誰にも聴こえない声で呟き始める。

「朽木くん。これは誰にも言ったことがないんだけどさ。
 《免疫》に排除されるのが恐ろしいのならば。
 《免疫》として振る舞えば、《世界の敵》とは見做されなくなるんじゃないか。
 って、考えたんだよね――……
 多分、同じ考えの奴も、結構いるんじゃないかな」

想像もしなかった。そんな野心を抱いている生徒がいるだなんて。

「……気をつけたほうが、いーよぉ」

くく、とハンカチの下で笑った。

ご案内:「食堂」から蓋盛 椎月さんが去りました。