2015/08/29 のログ
■畝傍 > ――しかし、千代田もまた、畝傍の言葉を拒絶する。
「≪『混沌』の力を持つ者が、必ずしも悪ではない……と?はっ、何を言うかと思えばそんな寝言を!『混沌』は万物を嘲笑する邪神……その力を持つ者もまた邪悪でない訳が≫」
「だまれ!」
千代田のその言葉に対してひときわ大きな声を上げ、強い口調で抵抗する畝傍。
これ以上千代田に喋らせておくことは良くない――そう判断していた。
その勢いに気圧されたのか、それ以上畝傍の左目から灰色の炎が溢れ出すことはなかった。
まだ他に誰もいない、保健室の中。しばし静寂が漂う。
「…………ボクは。ボクは……」
千代田の声が止んだ後。畝傍は一人、寝返りを打って。
「どうしたらいいんだろう。どうしたら……わかんない……」
その瞳に、涙を浮かべていた。
■畝傍 > 自分一人ではどうしようもない、悔恨の渦。
畝傍の瞳に浮かんだ涙は、少しずつ、少しずつ溢れ出し、枕を濡らしてゆく。
「(あのとき……ボクがなんていったらいいか……わかんなかった)」
異能を無くし、自身も精神的に不安定になっていた廿楽に、
よりによって自身の異能について事細かな説明をしてしまったのは、明らかな悪手だ。
しかし、あの場面でどのような言葉をかければいいか思い浮かばなかったのも、
それが言い訳にはなり得ないとはいえ、また事実である。
異能が無くたってなんとかなる。大丈夫。
仮にそのような言葉をかけていたとして、気休めにさえならないだろう。
そして、何よりも畝傍の心を抉っていたのは。
「(カミサマなんていない……か)」
薄野廿楽が去り際に残した、その言葉。
それは確かに畝傍の正気を焼いた『炎』の存在のみならず。
破綻した精神を崩壊から守るために畝傍自身が作り上げた『女神さま』への信仰をも、否定しかねないものだった。
この常世島に現れる魔物を、畝傍が狩り続ける理由。
それは魔物を自らの狙撃行為によって滅ぼし続けることが『女神さま』から自身に課せられた使命であり、
いつか『女神さま』に認められた時、自身の罪は赦され、救済される――という、彼女なりの信仰があるためだ。
「カミサマは……いるよ。女神さまはボクをまもって、みちびいてくれてる……」
レプリカの狙撃銃を強く握りしめ、すすり泣きながら漏らす。
■畝傍 > 「『生きている炎』は……ボクを……こんなふうに、して。ボクに、こんなちからを」
――あの日、畝傍に発現した異能。
かつては『九死一生』<デッド・ノット>、今では『炎鬼変化』<ファイアヴァンパイア>と呼ばれるモノ。
伝説上に伝えられる『生きている炎』と呼ばれる神性の力そのものを発揮する代わり、
行使するたびに代償として自らの正気を蝕む、呪われた力。
「……ボクだって。すきで、こんなふうになったんじゃ……ない」
そんな言葉で――否。どのような言葉でも。彼女を納得させられるはずがない。
薄野廿楽という少女は、恐らく畝傍とはどうしようもないほど相性が悪いのだろうことに、
畝傍自身もうっすらと気付き始めていた。
「……こんな、ちからなんて」
この力がなければ、石蒜を救うことができなかったのは承知の上だ。
――それでも。恩人を悲しませてしまうような『力』なんて。
自分には、要らなかった。
「女神さま。ボクは……ボクは……」
涙は、なおも流れ続ける。
■畝傍 > 声も上げることもできずに泣き続け、やがて涙も枯れた頃。
橙色の少女は瞳を閉じ、ゆっくりと意識を手放してゆく――
ご案内:「保健室」から畝傍さんが去りました。