2016/01/20 のログ
ご案内:「ロビー」に鈴成静佳さんが現れました。
■鈴成静佳 > 昼下がりの教室棟ロビー。
立ち並ぶテーブルと椅子の並びには、この時限の授業がないと見える生徒たちが何人もたむろし、談話したり自習したり。
その中で制服姿の静佳はひとり、目の前に教科書のたぐいを並べ、缶コーヒーをちびちびと啜っていた。
「…………むぅ、やっぱり缶コーヒーってのはまずいッスね。ロビーにコーヒーメーカー置いてくれないかなぁ」
ひとりボソリと呟く。
ここ数ヶ月の間は、静佳の周囲ではこれといった騒動もなく、平穏な学園生活を送れていた。
もともと騒動の類に縁があったり首を突っ込む性格でもなければ能力もない。
他の大多数の学生たちと同様に、勉学に励み、遊び、異能への理解も深め、平凡な常世学園の生徒らしい生活を送っていた。
……まぁ、たまに娼館で仕事したりなど、やや模範から外れた行動も多かったが。
さてしかし、静佳も大人びてはいるが一応は思春期の少女である。16の年頃の4ヶ月で、生活に一切変化がないなどということはありえない。
「……………むぅ」
ブレザーの厚い生地の上から、自らの二の腕を揉んで見る。左腕全体には相変わらず、微かな振動が走り続けている。
……そう、太ったのだ。
秋口の彼女の体重は55kg。今は65kg。なんと10kg増、割合にすれば2割近い増加具合だ。
当然その変化はシルエットにも如実に現れている。
■鈴成静佳 > もともと痩せてたとは言いがたい静佳だが、そんな彼女がここまで太った理由はいくつかある。
1つは運動不足だ。
彼女の異能(の応用)である瞬間移動能力は、1回の移動は短距離だが連発でき、疲労もほとんどない。
距離10mの転移を1秒弱の間隔で行えれば、長いスパンで見た移動速度は実質時速40kmにもなる計算だ。
それをほとんど疲労を感じずに常用できるとなれば、普通に歩いたり走って移動する気も失せるというもの。
夏休みの間はまだランニングの習慣を保ってはいたが、一度怠惰な癖が付いてしまえば雪崩式。
今ではもう、日常生活のちょっとした移動や体勢変更にすらついつい異能を使ってしまう始末である。
他には、彼女自身の異能の変化(正確には異能の本質の発覚)に伴う心境の動きだ。
自分自身の異能が攻撃的な側面を持ちうることに気付いた静佳だったが、他人を傷つけることに敏感な性格がある意味災いし、悩み知らずが自慢だった彼女もさすがに苦悩を抱えた。
それは今もまだ解消しているとはいえない。
そしてその心理的ストレスは過食に繋がった。まぁ、健康を大きく害するほどの過食ではないが、確実に食う量は増えた。
あとは、どうも彼女自身に「冬場に太る」遺伝子があるとかないとか。
実際故郷でも冬が来るたびに数kg太っており、それを知っている母親は先手を打ってやや大きいサイズの部屋着などを荷物で送ってきてくれたのだ。
……しかし、それも着れなかったというのだからショックはひとしお。入学時に買った制服の冬服も買い直すハメに。
「……運動、しなきゃなぁ……」
まぁ色々と挙げたが、太った一番の要因はどう考えても運動不足だろう。
■鈴成静佳 > 現実逃避……もとい楽観的に生きるのがモットーであった静佳だが、さすがにこの身体の変化をも無視しきることはできなかった。
というのも、先述の『娼館勤め』さえも解雇されかねないと知らされたからだ。
正月休みに本土へ帰り、始業に間に合うよう常世島に戻ってきた彼女を待っていた、娼館《ハニー・バレット》からの宣告。
『シズちゃん最近ちょっとニッチな体型になってきてお客さんも減ってるから、そういう趣味のお客さんが来た時に呼ぶからそれまで待機ね~』
一発解雇ではないにせよ、体型が戻らねば(あるいはこういう体型趣味の人が島に溢れない限りは)仕事はなく、出来高制である以上は解雇とそう変わりはない状況。
そして、冬が来るにつれて太ったとはいえ、春になったら痩せる保証なんてどこにもない。
何より、こうもはっきりと『太ってる』と言われたことで自覚せざるを得なくなったのだ。
「ぐぬぬ……女の子なんてちょっとふくよかなくらいがちょうどいいんスよぉ……」
これは母親によく言われていた言葉。残念ながら、今の彼女は『ちょっと』の域を越えてしまっている。
自習のためにとロビーの席に腰を下ろしたはいいが、なかなか教科書を開く気が起きない。怠惰ここに極まれり。
■鈴成静佳 > 「これも、異能の悪影響ってやつなんスかねぇ……」
ずず、と缶コーヒーを飲み干し、溜息をつく。背もたれに身体を深く預けると、椅子がギギッと鳴った。
ある時期から静佳をずっと悩ませ続けている、『異能がヒトにもたらす心境の変化』について。
攻撃的な能力を得た者たちがその力に溺れ、犯罪を犯し、島の社会から爪弾きにされる
落第街やその周囲の治安を落とし、場合によっては学園の中枢さえも被害にあう。
静佳自身も、全くの人畜無害だと思っていた自身の能力《過激な握手》の悪用が可能であると気付いてからは、その変化が自身に及ぶことを危惧せざるを得なかった。
自分が『悪い奴』になってしまうのではないか、と。
それについては幸い現時点で抑制がしっかりと効いており、『異能を攻撃的に使わざるを得ない状況』に遭遇することもなかったので、杞憂で済んでいる。
しかしやはり、異能というのは少なからずや自身の生活様式や態度へと影響をもたらす。
静佳の場合はそれが攻撃的な形ではなく、度を超えた便利さに伴う怠惰癖という別の形で現れたというわけだ。
つまるところ、太った理由は元を正せば異能のせいなのだ。
今、何らかの奇跡が起こって静佳の異能が綺麗サッパリ消えてしまえば、体型は元に戻るであろうことは明白。
「……同じような悩み抱えてる人、いそうだなぁ。いるかなぁ……?」
■鈴成静佳 > 「むぅ、一人で悩んでても時間の無駄ッスね。とりあえず次の講義の予習しとかないとっ」
ギッと上体を起こし、空になった缶を指でつまみながら腰を捻って軽い運動。
そして、とりとめのない懊悩で頭が疲れたのを感じると、追加のカフェインを得るべくバッグから財布を取り出し、ロビーの端にある自販機の前へと瞬間移動……
「……む、しまった。アレだけ色々悩んでおいて、つい……」
苦々しい顔のままチロッと舌を出し、軽くその先端を噛んで自らを戒めると、再びの瞬間移動で元の席へ、座った姿勢へと戻る。
そして重たげな仕草で椅子から腰を持ち上げ、自販機の方へと歩みなおした。
なんとも滑稽な所作である。静佳もそれは自覚していて、己の行動のアホくささに半笑いだ。
いつの間にかゴム手袋を嵌めた右手で自販機を操作し、ホットの缶コーヒーを買うと、一瞬だけ逡巡したのち、歩いて席へと戻る。
「さぁて、勉強勉強っと。勉学に体重は関係ないッスからね」
これだけ太って、悩み事も増えたとはいっても、静佳の根っこにある明るく前向きな性格は失われてはいない。
誰に言うともなく皮肉を口にすると、静佳は教科書とノートを開き、コーヒー片手に自習を始めた。
■鈴成静佳 > 「………やっぱり、糖分もないと頭回んないッスね」
椅子の横に置いたカバンに手を差し込むと、中から出てきたのは開封済みの板チョコ。
銀紙を割いて一欠片とり、口に含んで溶かしていく。
「あー、やっぱりチョコはいいッスね♪ 頭がギュンギュン回るッスよ! これは勉強のためだから仕方ないし!」
こんな調子である。静佳が元の体型に戻るのはかなり後の話かもしれない。
ご案内:「ロビー」から鈴成静佳さんが去りました。