2017/10/22 のログ
咲月 美弥 > 「判っているならやめれば良いですのに。
 なんていうのは野暮……なのですよね。
 理解はしにくいですけれど共感は出来ます」

座っていた場所からまるで重さが無いかのように飛び降りる。
いや実際殆ど重力の影響を受けていないのだろう。
ふわりと降り立ったつま先は地面に触れておらず
それに合わせるように風に煽られた緋色の髪が
流水のように広がったあとゆっくりと落ちていく。

「過去の範疇、ですか。
 これは何だか詩的な表現ですね。
 好きですよ?私は」

そのままゆっくりと滑るように近づき
見慣れた顔を覗き込んで……

「……?」

少々戸惑ったように投げかけられた抗議に
頭の上に疑問符が見えるような表情で首を傾げた。

「とんでもない……ゆめ、ですか?
 そういえば先日はお休みになられていたようですね」

完全に無邪気、というよりも無自覚だったようで
その夢の内容に関しては想像が追い付いていない様子だった。

暁 名無 > 「なーるほど、お前さんに悪意が無い事は分かった。」

これでも嘘を見抜く目には自信がある。
とはいえ、特に理論的なものではなく、ほぼほぼ直感みたいな感じだけども。
それによると、この夢魔は本当に親切心から俺の安眠だけを願ってあの呪いをしたという事らしい。
……性質悪い~~~!

「まあ、うん。別に良いか。
 ありがとよ、良い気分転換にはなったさ。」

こちらを見上げる顔を見下ろしつつ、無造作に頭でも撫でてやろう。
校舎内でやったら、やれセクハラだの何だのと外野が騒ぎ立てるけど、此処なら誰も居ないしな。
それで、何の話してたっけか。そうそう、煙草煙草。

「いやー、習慣ってのは一度染み着いたら落ちないもんでねー。
 ま、生徒が近くに居る時は止めるけどな。女子の場合は尚更。」

というわけで、口に咥えていたものは口から離れると同時に瞬時に燃え上がって虚空に消えたのだった。

咲月 美弥 > 「お気遣いありがとうございます。
 ふふ、やはり気を使っていただけるというのは嬉しいものですね。」

風に流されていく灰を目で追いつつ
穏やかに微笑む。
たばこの煙を吸わないよう
さり気なく風上に居たもののその気遣いはやはりうれしいもの。
そのまま生徒と教師にしては幾分か近い、
抱きしめたならその腕に収まるような距離で見上げながら
撫でられる感触に猫のように目を細める。

「しかし悪意……ですか?
 気分転換になりましたなら良かったのですけれど
 悪意と言われるようなものは特……に……は」

何かをやらかしたのかしらと首を傾げて
独り言のように呟かれていた言葉が
唐突にゆっくりになる。
どうやら自身の性質に思い至った様子。
一瞬その目が見開かれると同時に
甘い香りが目に見えるかのように濃度を増した。

暁 名無 > 「気遣いって程じゃあないと思うけどな。
 お前さんの場合だと折角の匂いが煙に邪魔されちゃ悪いし。」

何度か顔を合わせる事でその匂いの効果にもだいぶ抵抗が出来てきた気がする。
元より特殊な環境への適応は得意な方ではあったけども。
気を遣うのも、遣われるのも出来れば堅苦しくて御免こうむりたい俺としては、
せめて今こうして会っている時くらい、体質も性質も気にせずいて欲しいという思いもある。

「お、その顔は何か思い当たる節があるな?
 ……はは、まあなるもんは仕方ない、お前さんに他意が無かったんならそれで──」

それで良かったんだけども。
幾ら催淫にある程度抵抗できるとはいえ、それはあくまで「ある程度」で。
その基準値を超えた場合は、ううん、ちょっと困る。
俺は目の前の生徒の肩を抱こうとする手を懸命に留めつつ溜息を溢した。

咲月 美弥 > 「ああもう……
 これはこれで中々不便なのですけれど……
 むしろ紛れてしまった方が厄介ごとが少なくて済みます」

何処か困った様子で俯きながらぼそりと零しながら
動揺で一瞬制御を失ったそれをまた制御下に置く。
ある程度抵抗が出来ていたから良い物の
そうでなければまた意識を奪ってしまったかもしれないと戒めながら。
勿論他意はない。他意はなかったのだけれど……

「……クス」

微笑むとともにその両手をゆっくりと自身の体をなぞる様に滑らせた。
片方は豊かな胸に、もう片方は控えめな腹部に。
じれったいようなゆっくりとした動きは
まるで愛撫するかのよう。

「――ねーぇ、せんせ
 夢の中の子は、どんな、姿でしたか?
 どんな、こと、して、
 ……どんな声で、啼いていたんでしょう」

表情を見せないよう俯いたまま笑い声を含ませて問いかけた。
ゆっくり、ゆっくりと確実に聞き取れる、
けれど吐息のような囁き声が耳朶を擽る。
夢の中の誰かのように
否応なくその夢の内容を思い出す様に。

暁 名無 > 「ホンット……厄介と言うか何と言うかだな……!」

骨の髄まで甘く痺れるような感触に抗うのも、何度目だろうか。
どうにか抗えてはいるものの、本当にどうにか抗えてる、くらいの状態なので油断は出来ない。
そもそも油断なんてしてなくてもギリギリなんですけど!!

「……っ、ぐ……
 やーめなさいっつの。
 大人をからかっても良い事なんてそうそう無いぞ?」

否応にも思い出されるは淫蕩に耽った夢の記憶。
実際に見た夢そのものとは多少異なる気がするのは、それが夢だから。
とはいえ、その記憶は随分と目の前の少女に合せた色付けになってるのは、今の状況がそうさせてるのだろう。

「……だぁっ、もうっ!」

これ以上はマズイ。
ともかく現状を打破すべく、俺は半ば強引に目の前の少女の身体を掻き抱こうとする。

咲月 美弥 > 「……揶揄う?
 私が揶揄っているとお思いですか?
 それとも、そう思いたいのですか?」

今回のきっかけは本人は無意識であったものの
夢魔という名前は伊達ではない。
夢は彼女らにとってはとても大切な道具であり舞台。

「揶揄って……居ると思いますか?
 ね、せーんせ。
 本当に、私は揶揄っているのだと、思いますか?」

胸元で俯いたまま囁くように吐き出されるその声は
何処までも真意がつかめない
けれど冗談には聞こえない様な問いかけ。
漂う香りは再度濃くなり、殆ど解放状態にある。
彼女は今、自らの幻惑の香りを抑える事をやめていた。

「そう思って、距離を作られているのではないですか?
 慎み深い事は……素敵ですけれど」

……彼女らの夢に捕らわれた相手は
何度も何度も夢で彼女らに出会う事となる。
それこそ欲望を具現化したような形で。
それを何度も何度も繰り返し、欲望を叶える夢を何度も見ながら
目を覚まして燃えるような渇きに苛まれてしまう。
そう、それは夢だと初めは判ってしまうから。

「ねぇ、せんせ、は、どうしたいですか?
 揶揄っている事にして、逃げてしまいますか?
 それとも……」

けれど繰り返し繰り返し夢を見続け
幻惑と欲の狭間で夢と現の境目すら曖昧になった状態で
文字通り夢にまで見た四肢が目の前、手の届く距離に与えられたなら……
渇望と覚醒の繰り返しでお預けされ続けた夢の中の出来事を
現実に出来るとおもえたなら……
――そこまで至ってしまえば抗える者は極々僅か。
己が信ずる神にその身を捧げ、祈り続ける修道士ですらも
その甘く深い夢に抗いきれる者など殆どいなかった。
そう、甘い夢こそ彼女らという華そのもの。。
目前の彼の場合、夢の直前の最も動揺しているタイミングから少し
落ち着く事が出来る時間があったという事は不幸中の幸い。
今なら、そう、間に合うかもしれない。

「せんせ、の、したいコト
 私は”許して”あげられますよ?
 その胸に隠している、願いも。
 だって私は……夢魔ですもの」

抱きすくめられた細い体の
その白い喉から吐き出されたのは
……甘い甘い蜜のような誘惑。

暁 名無 > 「本気で思ってるわけじゃねえさ、お前さんは夢魔だものな。
 きっとこうして俺を誘って来るのも、お前さんとしては当然の事なんだろう。」

華奢な体を強く抱き締めながらどうにか絞り出すようにして声を出す。
気を抜けば、いや気を抜かずとも奪われそうになる思考をどうにか保って、懸命に抗う。
どんな時だって、戦って、抗って、切り抜けてきたのが俺の人生だったし。

「ああ、そうだろうな。お前は許すだろう。
 今此処で、俺がお前を押し倒してその身体をむさぼりつくしても、だ。
 でも、それは出来ない。しない。
 お前が俺を『先生』と呼ぶ限りは、俺はお前の狙い通りには動かないさ。」

お生憎様、といったところだ。
咽返るほどに甘い匂いを発する少女を、事もあろうに腕の中に抱いて、
我ながらどこにそんな精神力があるのかと思うほどに抵抗を続ける。
それはどこか自分自身を殺すことにも似ている気がした。

「そういう事は好き合った者同士でって決めてるんでな。
 最初にも言ったが、俺を誘惑するなら俺を惚れさせてからにするんだな。」

悪いがそう簡単には落ちない。落ちてやらない。
人間はそこまで軟じゃないという事を、しっかり学んでもらわないとだ。

咲月 美弥 > もしも腕の中で俯く顔を覗き込んだなら
その表情が言葉とは裏腹に明確に動揺している事に気が付けたかもしれない。
目は泳ぎ頬は明らかに紅潮していて……しかし何処か覚悟を決めたような表情。
そう、覚悟を決めていた。
たとえこれから身を捧げたとしても自身の責任で片をつけるために。
けれど”教師”の言葉を聞くと同時にすっとその焦りが色を潜める。
代わりに浮かんだのは何処か疲れたような、透明な笑み。

「……ウソツキ」

腕の中のそれの雰囲気が明らかに今までとは別の物へと変わる。
ぽつりと呟かれた言葉は誰に向けられたのだろう。

「そうやって、自分に暗示をかけて
 踏み出してくれないのでしょう?
 そうしてまた、皆と同じように過ぎ去ってしまうのでしょう?
 ……知っているんですから。」

零れた言葉を具現化するようにぽたり、ぽたりと
何かが月明りを反射しながら落ちていく。
震える声に構う事なく腕の中でゆっくりと顔を上げる。
数秒前まで何処か禍々しいような、人類の天敵とも言うべき気配を纏っていたそれは
今は静かに貴方を見上げ、瞳から透明な雫をただ溢れさせながら
澄み切った湖のような色と凪いだ笑みを浮かべていた。

「それなら……つかの間、
 たった一瞬だけでも、そこに本当の愛がなくとも」

「――愛する事に正直になっても良いではないですか」

そう、嘘つきだ。
……何よりも私自身が。

暁 名無 > 「ああ、嘘吐きだとも。」

此方を見上げる瞳は涙が溢れている。
正直、人心を惑わす香りよりも、其方の方がよっぽど心に悪い。
反射的に前言を撤回し掛けるのを、どうにか踏み止まる。
薄っぺらだが、俺にも一応矜持がある。

「嘘吐いて、偽って、
 それでもお前らを正道に導くのが、俺の仕事なんでな。
 たとえお前さんに恨まれても、俺はお前を抱く事なんて今は出来ないよ。」

そんな顔されてれば尚更だ。
いや、夢魔としては死活問題なのかもしれないが。
俺としても、大いに死活問題なのである。

「ただ、通り過ぎはしない。それだけは約束しよう。
 それはしない、というか、出来ないって方が正しいか。
 仕事であればこそ、生徒がちゃんと卒業するまでは傍に居てやらんといけない義務もある。」

ただ、義務で傍に居るというのも、それはそれで何か嫌だなと思う。
なのでどうにか他の言葉は無いかと探して──結果、己の語彙の無さをプチ恨んだ。

「第一、名前も知らない相手を易々と愛せないだろ。
 いい加減、「お前さん」や「お前」で呼ぶのは他人行儀だしな。
 生憎と、互いを知らずに一晩の愛に耽るなんてその手の店はいっぱいあるんだぜ?」

だから、と言葉を続けながら、俺は少女の頬を伝う涙を指で拭う。
どんな顔をして話せばいいのか、皆目見当もつかない。
なるようになれで浮かべた表情は、多分俺らしくも無い優しい微笑だろう。

「俺は誰かじゃなくて、いずれお前をちゃんと愛したいのかもな。
 今は生徒として、しか愛せなくとも。そこからお前という存在をちゃんと知っていって、さ。」

うーん、自分の心を言葉にするのって難しい。
ましてや異性に伝えなきゃならないとなると輪をかけて難解だ。

咲月 美弥 > 「……人とはやはり不便で不思議な生き物です。
 そうして感情と心を切り分け縛って
 その先に在るものは苦しみだけではないですか」

教師だから、生徒だから、
子供だから、大人だから、etc、etc、etc……
ただそこに在る願望を、分類してタグ付けて
別の物に仕立て上げて蓋をして鍵をかけて。
それでも苦しくて、悲しくて、泣き続けてしまう。

「愛される事は難しいのですね。
 望まれる事は簡単ですのに。」

――けれど、それをどうしようもなく美しいと感じてしまう。
弱者であり、不自由であるからこそ
誇り高く生きるヒトの生き方を愛せずにはいられなかった。

「嗚呼……、私は今はまだ行きずりの相手としても
 愛されることも、抱かれる資格も無いのですね。」

そう、”生徒”であり続ける限り。
そして彼が”教師”である限り。
”私”が愛される事は無いのだろう。

「……とても残酷だと思いませんか。
 そんなに手酷く袖にしておいて
 それでも希望を持たせるなんて」

目元を拭い困ったような笑みを浮かべる。
ある意味彼女に未だ個としては魅力がないと
言われたような物なのだから。
一方でそんなつもりはないと判ってしまうからこそ
苦笑以外しようがない。
ああ、これ以上涙を零してもきっとこの人は困ってしまうだけだろう。
それは本意ではない。
だから……

「……やっぱりウソツキです。」

様々な感情をその一言だけに込めて。

暁 名無 > 「はっはっは。
 まさに返す言葉も無い。うん、その通りだな。
 不便で難解で不自由だ、人間というものと、感情というものは。」

種族全体が潜在的にマゾヒストなのかもしれない。
でも、そうでもなければここまで繁栄を極めたりしなかった事だろう。
不便という苦境に抗い続けたからこそ、他の生物とは一線を画したのかもしれない。

「違うよ、逆だ。
 行きずりの相手にするには勿体無いくらいだ。
 だからこそ、半端な気持ちで抱く事なんか出来ない。
 たとえお前さんが許しても、俺が俺を許せないんだよ。」

本当に、不自由な性分だと思う。
でもこれは人間が、というよりも俺個人の問題の方が大きい。
過去にそういうしがらみから逃げ出してしまった反動なのかもしれない。
……本当に、本当に面倒臭い男だ。

「ああ、今は何とでも呼べば良いさ。
 ただ、いつか先生でもウソツキでもなく、
 もっと違う呼ばれ方をされる日が来るのを期待したいもんだな。

 ……ところで、いい加減お前さんの名前を聞かせてくれないか。
 でないと出席簿も書けやしない。」

咲月 美弥 > 「理解は出来ますが共感は難しいです。
 ……負けず劣らず私も面倒な性格をしていますけれど。
 はぁ……長い間人の間にいたせいでしょうか。
 それとも……」

吐き出されるため息には実感と困惑がこれでもかと込められていた。
何かを言いかけるも口をつぐみ、小さく首を振る。
これは今彼が知る必要はない事。
そしてきっといずれ知る事になる。
けれどそれはその時でいい。

「……そういう事にしておきますね。
 曲がりなりにも傷心中ですから」

本当に面倒なヒトを相手にしてしまっているかもしれない。
ある意味最も相性が悪い相手かも。
この世界は欲望に忠実なヒトなど掃いて捨てる程いるというのに
ここまで心を切り分けようとする相手を選んでしまうなんて。

「咲月……いえ、『トリルキルティス』……です。せんせ。
 長い名前ですし私達に本来伝えるべき名前はありませんから……」

覚える必要はないと笑みを浮かべる。
夢に名前を付けてしまえばそれは別の
具体的な何かになってしまうから。

暁 名無 > 「ま、そんなもんさ。
 何もかんも面倒だから、この世界は面白い。」

くつくつ笑いながら、腕の中の少女の頭を撫でる。
ああは言ったものの、やっぱりこの少女は大変に興味深い。
人と、魔の間を行ったり来たりと、非常に不安定だ。
そこに、彼女の言葉を借りれば、とても共感が沸く。

「ふふ、くく、いやあ、傷心の夢魔というのも、中々見れるもんじゃないな。
 これは珍しい現場に居合わせたもんだ。もっとよく見ておこう。」

我ながらいけしゃあしゃあとよく言ったもんである。
いや、言ってる最中は酷く真面目だったけどな。俺らしくも無く。

「ふむ、トリルキルティス……か。
 確かに長いし、言われてみれば夢魔に名前があるというのも変な話だけど……」

トリルキルティス。油断をすると舌を噛みそうではある。
いや、よっぽど油断していたらだけど。

「うん、……それでも聞けて良かった。」

へらへらと薄っぺらな笑みを浮かべていたつもりだったが、ふと素直に頬が緩んでしまう。
無造作に手渡されたビー玉が、かけがえのない宝物に思えた時の様に。
よく『たまに先生がするその笑顔、ちょっとズルいですよね』って言われるアレだ。

咲月 美弥 > 「……理解不能です」

呟くとその胸に体を預けて少しだけ目を閉じる。
とくんとくんと聞こえる鼓動の音に
ただ静かに耳を澄ませた。ああこのヒトは今ここで生きている。
それだけなのに何だか無性に落ち着く。

「……ええ、珍しいですね。
 私達自体が珍しい花ですもの。
 これでもレアケースなのですよ?」

純粋な夢魔というのはそう多い物ではない。
特に彼女ほど夢魔の概念に近い存在は……おそらくその中でも少数派。
最も良い事なんてほとんどないけれど。
人により近い同族は昼間でもその姿を現せるのだから羨ましいくらい。

「そうしたのは誰かちゃんと自覚してくださいね。
 優しいと残酷は紙一重ですよ?
 その内へたれって言われても私擁護しませんから」

軽口に同じように軽口を返しつつ
ふわりと優しい笑みを浮かべながら片手を伸ばし
頬を包み込むように片手を這わせる。

「……本当にズルい人」

言葉とは裏腹に
貴方の無邪気な笑みにつられるように
決して誘惑する為の物ではない、
けれど包み込むような笑みをこちらも浮かべていて。

暁 名無 > 「そうかそうか。
 ……まあ、そう理解出来るもんでもないさ。」

緋の髪を弄ぶように優しく撫でる。
さらさらと指の間をすり抜けていくのは、自分の髪に似て手に馴染んだ。
だいぶ落ち着いたらしい彼女を改めてそっと抱き締める。

「……そうか、そうだな。
 言われてみれば確かにその通りだ。
 それならやっぱり、散らしてしまわないように大事に大事にしないと。」

軽く肩を竦める。
夢魔の種族間での差異は詳しくは無いが、彼女は確かに今此処に居る。
それを確かめる様に、緩やかに髪を撫でた。

「ええー、俺の所為?
 誰かさんが女としても夢魔としても半人前だったってだけじゃあないかなあ?」

まったく身体ばっかり育って情緒の方は人一倍幼いんだから。
こういう手合いが一番厄介だというのに。本人は解ってるのか居ないのか……
いや、解ってても分からない様に振る舞うか。

ふと頬を撫でる手に気付いて、目の前に浮かんだ笑みに目を眇める。

「ああ……その顔、好きだなあ。」

幾度も笑みを浮かべるのを見て来たけど、
今の笑顔が一番、何と言うか、彼女本人の笑顔って気がしたのだった。

咲月 美弥 > 「理解しきれても困るものですきっと」

そう、分からないからこそ美しいと思える事もあるはずだから。
これだけ抱きしめられても少しずつしか伝わってこないように。
傍目から見ればここまで抱きしめられていてそれでも
恋人ではないのかと突っ込まれてもおかしくないけれど
これはこれでこのヒトとの在り方。

「……せんせ、なら散らしても良いんですよ?」

特に誘惑する意図もなく爆弾発言を口にする。
時折無自覚かつ意図もなしに
さらっとこんな発言をする辺り本人も結構酷い。

「未熟なのは確かですね……
 その為の苦労を見せないというのも
 淑女の大事な嗜みですもの」

それの片鱗を匂わせた時点でまだまだ未熟だと自分でも思う。
最も……理想の意味で完璧に振舞える時というのは
自分でも来ないだろうと薄々感づいてもいるけれど。

「……顔だけですか?」

手を這わせたまま目を細めて
今はそれだけで満足する事にしよう。
……無意識に体力や魔力、生命力を
奪い去っている事は別として。

暁 名無 > 「ああ、違いない。」

そして必ずしも理解する必要も無い。
そういうもののように思う。

「散らしませんー。
 もう少し生けて愛でたいという方が強いんですー。」

さらりととんでもない事を言ってのけるのは種族故か。
いちいち真に受けていてもしょうがない、とはいえ真に受けないとならない時がある、
というのを今日改めて思い知ったのだった。

「そうかそうか。
 ならこれからは悟られない様心して苦労するこった。」

また一つ、この子と会う時の楽しみが増えた気がした。
とはいえほどほどにしないとまた泣かせてしまうだろうことは容易に想像がつく。
昼間の生徒以上に扱いが難しい。難儀なもんだ。
……でも、それを楽しく思う自分も居て、輪をかけて難儀に思う。

「ええと……あとは胸と腰回りも俺好みかな?」

すっ呆けながら肩を竦める。
じわじわと体力の消耗を感じるが、むしろ心地良いくらい。
さっきまでの神経すり減る様な時間と較べればよっぽどマシだ。
それほどに、女の子の涙というのは心をえぐってくるものだから。

咲月 美弥 > 「……まぁ多少ミステリアスな位な方が
 きっとせんせの好みのタイプですよね?」

無自覚だからこそ酷く純粋で偽りない内容の時もある。
そして同じように軽口に本心を隠す癖があるからと言って
……痛くないわけではない。
似ているからこそ判る本当に面倒で、厄介過ぎる性質。
まるで……

「努力はしますが……もう少し詰めの甘さを何とかしなくては
 悩めるお年頃ならいざ知らず……
 私悩めるお年頃でしたねそういえば。」

やはり体は思っている以上に心を振り回すもの。
本人に自覚はないものの艶やかさと幼さが混在している分
思わぬところで純粋だったり、思っていた以上に積極的だったりもする。
その分我慢しすぎたり、簡単に傷つくことも多く……
もしも本気で関わるなら辛い手探りが待っていること間違いなし。

「……そんな事言っていざって時には
 手を出せないと先ほど証明しましたのに。
 説得力に欠けます。」

腕の中で見上げてぷくりと頬を膨らませる。
違うそうじゃないという突っ込みを入れる人は誰もいない。
そして変な所で生真面目でもあった。

暁 名無 > 「さあ、どうだろうなあ?」

けらけらと笑って誤魔化すしかない。
迂闊に好みを知られればあっという間に主導権は向こうに移る事だろう。
その事を果たして向こうは判っているのかいないのか……。

「見た目はな。
 ま、何歳であろうと悩んだりすんのは成長への第一歩だ。
 青春を謳歌すりゃあいいさ。ここは学校なんだぜ?」

実にちぐはぐで見てて話してて飽きることが無い。
そんな生徒は割かし多くいるこの学校だ。彼女も例にもれずってところだろう。
その相手をするのも、まあ、悪くない。

「うっ………
 だってほら、だってさー……
 そもそもお前さんそんなに襲われたいのか?」

もう少し時とか場所とか選べよ、と思わなくもない。
いや、二人しかいない夜の屋上とか、それなりに適してる気がしないでもないけど。でも!

咲月 美弥 > 「……夢を覗き見ればある程度は把握できるのですが」

まぁそれで確認すればいいやと実にあっさり話題を終わらせる。
夢を渡る彼女らからしてみれば願望が出やすい夢の世界というのは
嗜好に関しては資料の宝庫ともいえる。

「……これ以上私が成長するというのも何だか問題な気がします。
 少なくとも幻惑能力はもう少し抑えられるようにはならないといけませんね」

能力をセーブできていないというのは由々しき事態。
そもそもこの体になって元の感覚と勝手が違いすぎる。
制御しようにも体が付いてこない。馴らす時間もそう多いわけでもない。

「この場所なのは私の都合でもありますし、ある程度は仕方がないかと。
 最悪私達は夢を渡れますのである程度であれば好みの場所に移動は出来ますし」

別に狙っているわけではないがそういった場面に出くわすことは多い。
どうしてもそう言った場面に引き寄せられる性質があるからだ。
それに屋上というのは割とデートスポットなのだからそれも道理。

「そもそも私は夢魔ですもの。
 食事の一環と考えれば憎からず思っている殿方の
 求めに応じるのであれば吝かではありません。
 それにこういった場所の方が良いという方も中々多いようですよ?」

風紀委員に進言されてはいかがです?なんて
この島でそういったことが日常的に起きているのは学校では?と
言葉の端に匂わせる。
小首を傾げながらさらっと発言するのは種族故もあるものの……
加えて別に襲われたいわけではないけれど、
それが最も手っ取り早い事は否定しない。
そもそも彼女がレアケースというのはもう一つ理由があって……

「そういった接触交渉を限定するのでしたら
 私性交渉の経験はありませんので
 なんともお答えしかねます。」

暁 名無 > 「プライバシー軽視はよくないんじゃないかなあ!?」

考えてもみなかったが確かに種族柄、そういうことは可能だろう。何も不思議ではない。
ただ、そんな事を聞かされたら迂闊に寝れなくなる。
どうにかして自分で夢の内容をある程度操作できるようにならねえと……!

「成長と言っても人間的なというか、精神的な方面の話でな?
 ……まあ、目下のところ能力の制御は課題だろうなあ…。」

どの夢魔も初めのうちは能力の制御が利かないもんなのだろうか。
それとも彼女特有の問題なのだろうか。
彼女特有としたら、それは何故なのか。次から次へ疑問が沸いてはそれを抑え込む。

「便利だな、夢を渡れるって……
 だったら毎回屋上でなくても構わないわけか。

 ああいや、でも屋内で相対するのは流石に怖いわ。
 逃げ場が無さ過ぎる。」

屋上特有の開放感、というよりは屋内の閉塞感に加えて幻惑の香りは危険極まりない。
しかしそれ以上に危険極まりない発言が聞こえた気がする。

「え。
 キルティス、お前……経験、無いの?」

香りのみならず言動でも誘う様な事ばかりなのにか、と俺は目を瞠った。
いやいや、流石にいくらなんでも処女の夢魔ってどういう……いや最初は誰しもそうだろうけれど!

咲月 美弥 > 「私に見られて困るような事でも?
 夢の中ですもの。ある程度でしたら別に気にしませんよ?」

違う見られた方が気にするという声なき突込みには気が付かず
良い笑顔で安心させるように微笑みかけた。
羞恥心ベクトルはやはり普通の女生徒とは大きくずれている。

「これでも実体を所持するようになったのは最近になってなんですよ?
 今まではそんなこと気にしたこともありませんでしたもの
 形ある体というのは色々とデメリットも大きいですね」

特に純種であるが故に他種族と比べ深夜にしか実体化できなかったり
光を浴びる事がとても苦痛に感じるなどデメリットも多い。
むしろデメリットの方が多い位で不便な体という表現はあながち誇張でもない。
夢の世界の制御と実世界の制御は大きく勝手が違う。
それは精神の在り方自体も。
経験値自体はあれど、実世界ではそれこそ彼女は赤子に近い。

「私はそもそも純種ですので今までは直接接触の必要はありませんでしたもの。
 そもそも実体化した体自体が必要ありませんでしたし。
 基本実体持ちの方はそういった行為で直接摂取する事が多いようですが」

彼女の気質は噂や伝承に影響されるものの
彼女自身の本質はもっとアストラルな領域にある。
それらに伝わる手段が主にそれで、実際にそれを行うものが多いというだけで
行為自体は彼女らにとっては手段に過ぎない。
それ故に今までは問題なく過ごせてきた。
それこそ夢を見せてその快楽に酔っている間に色々と頂いてしまえばいい。
夢の中で抱かれるのは空想の彼女であって実際の彼女である必要すらない。
必要に駆られれば同族からすら奪取が可能なのがレアケースたる彼女。

「食事と同じです。より触感や味、質や量が良い物の方が好まれるでしょう
 とは言えそもそも食事という形でなくとも摂取できる場合もあるのですよ」

ご存知かと思いましたがと一言余計なことを付け加えながら首を傾げる。
要は純種故の高スペックが幸いして教育や知識としてはあるものの
箱入り娘として育ってこれてしまっていると言う訳で……

「ですのでどのような事を望まれるか自体は
 ちゃんと把握しておりますのでご心配なく?」

それがこの若干ずれた発言とアンバランスさの原因だったりする。

暁 名無 > 「お前が見るタイミングで絶対お前に恥ずかしい格好させた夢見ててやるからな……」

いっそ特殊なプレイの対象としてドン引きさせてやろうかとすら思う。
しかし、彼女の言うそれが夢魔としての当然の感性なのだろう。
そこは理解出来る。理解できるが納得は出来ない。
そして存外この少女は改めて自分がそういう対象になってる現場に居合わせれば恥じ入りそうではある。
あくまで俺の勝手な予想だが。

「なるほど、なあ。
 色々事情があるんだな、お前さんにも。」

先程伝えるべき名は無いと言っていた理由に合点がいった。
実体を伴って存在する場合、名前というのはどうしても必要となる。
それでも名前は無い、と。それはつまり本来は名前を必要としない──実体のない存在だったのだろう。
それがどういう経緯で実体を持つに至ったのかは、まあ今問い質す事でもないか。

「食事とは言うが、……なるほど、言い得て妙だ。
 思ってた以上に興味深い生態だな、夢魔って。
 ふんふん、俄然興味が湧いてきた。」

資料を読み漁るよりも本人に訊くのが手っ取り早い場合は多々ある。
資料自体が少ない存在と、逆に多過ぎて様々な風説が混ざり合ってる存在。
機会があれば色々確認してみたいと思ってはいたが、まさかこんな形で実現するとは。

「もっと色々教えて欲しいところだが、流石に全部聞くまで俺の気力が最後まで持つか怪しいな……。
 後で魔力で補うにしても、疲労は感じるわけだし……全く不便でしょうがない。」

改めて話を聞こうと少し身体を離した。
途端に今まで吸い取られていたのが膝に来て、がくんとその場に膝をついてしまう。
そんなに長いこと引っ付いていただろうか、と考える間もなく、
身長差が逆転したことで俺の眼前には豊かな丘があった。

咲月 美弥 > 「今までで認識すらされたこともありませんが……
 それは期待しておきますね?
 せんせがどんなハズカシイ事、願っているのか興味があります」

そんな夢を見ているそれすなわちそこには往々にして願望が混ざっているわけで……
恥ずかしかったりアブノーマルな状況にすればするほど好み大公開という
諸刃の剣どころか火のついた角材を振り回すような行いだったりする可能性が高い。
それはそれで楽しそうかもしれない。

「名前は……以前同じ場所にいた友人に貰ったものですので……
 その……」

少し赤面して目を逸らしながら口元を隠す。
その名前の意味は実はかなり情熱的な物だったりする。
真名とはまた違った意味であまり人に教えないもの。

「……これでもかなり抑えている筈なのですが」

気力が持たないという言葉に困ったように眉を顰める。
触れているだけでも多量の気力や体力を
時にはその存在すら奪ってしまう性質は
……これでも彼女の中ではかなり抑えてある。
より効率的な状態で箍が外れた時……どうなるかが少し怖い。

「あ……」

そんな事を考えていたせいか崩れる体を抱き留める事が少し遅れてしまい
顔が埋もれる感触に戸惑い……

「……えっと、その……せんせ?
 お望みでしたら直接でも平気ですけれど
 もし事故であればそろそろ離れていただいても……?」

頬にさっと朱が差した。
胸元に顔を押し付けるような形で抱き留めたまま
そこでじっとしているあなたに気弱な響きの声を漏らして……
主導権を握っている時なら平気でも
そうでない時はやはりまだ反応に困ってしまう。
……実際見た目や普段の言動に反して案外断れないタイプだったりする。

暁 名無 > 「どうにかして明晰夢を身に着けてやるからな……!」

意図的に夢に手を加えられれば良いだけの話だ。
それに万一失敗しても、現実では実行不可能なものにすれば大丈夫。たぶん、きっと。

「うん?良い名前じゃないか、トリルキルティス。
 そーかそーか、友人からもらったと。なら尚更隠すことも無いだろ。」

何故か恥ずかしがる姿に首を傾げる。
真名ならともかく、どうやらそう言うわけでも無さそうだし。

「俺が大体此処に居る時ってのは、仕事明けだったりするからな。
 その所為だろ、多分。」

変に気を遣わせない様、軽く弁解をしてみる。
お前だけの所為じゃない、と格好良く決めてみるも、如何せん胸元に顔を埋めたままなので色々と台無しだ。

「やー、俺も離れたいとは思うのだけど。
 見た目以上に何て言うか、圧が凄……あ、良い匂いもする……」

これは大変離れがたいな。危険だ、危険すぎる。
そんな阿呆なことを考えていた俺だが、回復した気力を用いて彼女から離れ、再び立ち上がった。
これはもうそろそろ帰った方が良いのかもしれない。

咲月 美弥 > 「明晰夢って疲れますよ?
 多分思っている以上に。
 それはそれで見ていて楽しそうではありますけれど。」

今来るかいつ来るか待ち構えて色々している姿を遠くで見るのは
多分楽しいだろうなぁと思う。
とりあえず目下の問題は……

「あの……息が……」

埋もれたままの顔を抑えていたことに気が付いてそっと腕の圧を緩めて
照れたような困ったような笑みを見せながら少しだけ斜めになった。
やはり実体の感覚というのはまだ少し慣れない。
体自体を持ったのはもう何か月も前になるというのに。

「そろそろ日も昇りますし……
 名残惜しいですが……そろそろ。」

力が抜けるようであれば休んだ方が良いとやんわりと伝える。
さもないと体は動かないのに一部制御が聞かないという
悲しい状態に陥りかねない。
夢を見ただけでも結構な衝撃を受けてしまう所があるのに……あ。

「あの、せんせ?
 おまじないはその……その……
 あの、夢の中で我慢できなくなったら……ちゃんと責任は取りますから……」

解けなかったらごめんなさいと恐ろしい一言をそっと呟いた。

暁 名無 > 「マジで?
 ……まあ、でも、特殊な訓練を積めば大丈夫だろ!
 問題はどこでその訓練が出来るかだけど……。」

ぐぬぬ。寝てるのに疲れるのは嫌だなあ……
でもどうにかしてこの夢魔をぎゃふんと言わせたい。

「いやあ、今度から限界が近くなったらこうやって回復すれば良いんだな。
 勉強になったなあ、忘れないようにしとこ。」

そんな事を言いながら膝を叩いて埃を落とす。それにしても見た目以上に肉感的だった。
と、言われてみれば、確かに東の空が白んで来ているような。

「ああ、本当だな。
 それじゃあトリルキルティス、また今度な。」

軽く挨拶をし、ついでに頭の一つでも撫でよう。
お陰で今日もぐっすり眠れそうだ。
見る夢の中身はちょっと不安があるけれ……ど?

「え、何その……不安な注釈。
 だ、大丈夫だって!結局あのあと2、3日しか見てないし!
 けど、うん……ちょっと自信無いから、まあ
 まだ一人で何とか出来る範疇だからそ、そこまで心配すんな!」

最悪、また休みを取れば良いんだから。

咲月 美弥 > 「スタッフは特殊な訓練を受けており……って
 テロップでも流す訓練でもされるんですか……」

夢という舞台においてはかなりの自由度を誇る夢魔相手に
何とかできる訓練とかあるのだろうか……正直思い浮かばない。
あったらあったで愉快なことになりそうだと思う。

「……できれば他の解決法を見つけていただけると」

とりあえず胸に埋もれる以外の気力解決法を見つけて貰わないと
毎回これをすることになるのは少々恥ずかしいと
若干湯だった頭で順序が逆な心配をする。
それ以上を覚悟していた少し前はどこかに行っていた。
頭を撫でられながら本当に困った顔で言う辺り、やはりどこか
覚悟しきれていない部分があったのは確かだろう。

「抵抗力がない方はそのまま壊れてしまう事もありますので。
 おそらく平気だとは思いますが……
 平気です、よ、ね?」

務めて冷静な声を心がけながらゆっくりと離れる。
夢の中の自分はきっと随分と
イイ声で啼いている筈だから、それと区別できるように。
……却って悪化させるような気もしないでもない。
繰り返し繰り返し具体的かつ直接的な夢を見ると考えると
早めに夢の内容を制御する訓練を始めて貰った方が良いかもしれない。

「……お休みなさいませ。せんせ。
 今度は余計な事しないで帰り、ます、ね?」

完全に身を離す直前、すっと背伸びをして耳元へと口を寄せて
吐き出す吐息のような口調で囁く。
完全に無意識な動きなものの折角の冷静な声の直後に
まるで睦言の最中のようなささやきを残して……
それに意識を取られたならそれを切っ掛けであったかのようにその姿は
また形を失い夜の闇へと溶けていった。

暁 名無 > 「良い子は真似しないでね、も付けないとな。」

もっとも、良い子が真似しなきゃならない状況では無い気もするが。

「おっけー、なるべく早く見つけられるように努力はするさ!
 ……まあ見つからなかった時は、諦めてくれ。」

努力が必ず報われるとは限らないもんだ。
いや、本当に解決法は探すよ?探すとも。
あんまり気乗りはしないけどね!

「俺の精神力に関してはお察しの通り。
 ちょっとやそっとの淫夢じゃ壊れたりしないさ。

 はいよ、おやすみ。
 すでに余計な事してるからな、自覚ないだろうけど。」

流石にこの別れ際の囁きも、だいぶ耳が慣れた。
……まあ、慣れても一瞬戸惑うのは変わらないけれど。
夜闇に溶けていった彼女の声が、まだ仄かに耳に残っているのを心地良く思いつつ、
俺は屋上を後にしたのだった。

ご案内:「屋上」から咲月 美弥さんが去りました。
ご案内:「屋上」から暁 名無さんが去りました。