2015/08/26 のログ
ご案内:「保健室」に薄野ツヅラさんが現れました。
薄野ツヅラ > 常世学園、校舎内。普段であれば絶対に立ち入らない上に進んで学園地区にすら寄り付かない。
その保健室に。偶然───ではない。
公安委員会に顔を出したついでに、なんとなく聞いた噂を耳にして。
自分の運がいいことを願って、そろりとその保健室の扉を引いた。

強力な治癒の異能を持つ養護教諭がいる、とは聞いていた。
それが本当か嘘かなんて知らなかったし自分には関係ないと思っていた。
されど、どうしても今は必要で。縋れるものが一つでも多いなら。
その可能性に賭けてみようと思った。

「………、失礼します」

そろり、普段の刺々しさを隠して戸を引いた。

ご案内:「保健室」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 > 諸事情で保健室を空けがちな養護教諭ではあったが――
幸いかどうかはともかくとして、その日はきちんと在室していた。
執務椅子の背もたれにだらんと身を預けて、
グラスに注いだ冷たい麦茶をちびちびと飲んでいた。
時間を持て余してそうな感じを醸し出している。

訪れた女生徒に気づき、くると椅子を入り口へと向ける。
穏やかな笑み。

「や、いらっしゃい」

薄野ツヅラ > はあ、と。ひとつ息を吐いた。
保健室の戸を開いて真っ先に感じたのは保健室特有の薬品の匂いと、
自分を出迎えた亜麻色の髪の白衣の女性だった。
掛けられた言葉に返答を返すことはなく、小さく頭を下げて。

「あの、あ、ええと」

敬語が上手く口から出ない。
こんなことなら普段からしっかり話しておけばよかったか、とも思った。

「どうも。治癒の異能の養護教諭って、アン──あなた、ですか」

単刀直入にそれだけ。そんな言葉をぽい、と放り投げて。

時刻は夕方。随分と授業が終わったあとの学生の声で廊下は中々に賑わっていた。
かつりと杖を鳴らして、面倒そうに保健室の戸を閉めた。

蓋盛 椎月 > 椅子の肘掛けに肘をつき、
挙動不審になる少女を身体を傾けて面白げに覗きこみ、彼女の言葉が終わるまで待つ。
人好きのする笑顔。

「いかにもそうだよ。
 《イクイリブリウム》の養護教諭、蓋盛椎月。
 ――最近はそんなにゃ使ってないけどね」

ちら、と杖と、引きずる左足に視線をやる。

「……その脚かな?」

薄野ツヅラ > 「これとは違って、」

ゆっくりと、薄ら笑みを浮かべたまま首を横に振った。
一歩、また一歩と蓋盛の傍にかつり、杖を鳴らして歩み寄る。

「あ、それよぉ。
 ボクが噂に聞いた異能。何でも治せちゃう、って噂」

瞑目。ゆったりと流れる時間に、外の騒めきとは対照的な静寂に満ちた保健室。
ゆっくりと目を開ければ、徐に目を開けて。

「その異能なら、本当に何でも治せちゃうのかしらぁ」

自信なさげに。曖昧に笑った。

蓋盛 椎月 > 「……なんだ、違ったか。
 てっきりそいつを治してほしいのかと思ったんだけど」
肩をすくめて、まあ座ったらどうかね、と丸椅子を引っ張って出す。

「ああ、どんな傷病でも。死と記憶喪失以外ならね。
 ちょっとした“副作用”はあるけど……」

笑んだまま悠然と言い放つ。
大言壮語ではなく、当然の事実を述べているまで、と言った風。
片手をかざすと、そこに淡く白色に輝く弾丸が現れる。
それを宙でくるくると回転させて見せた。

「……何か治して欲しいものでも?」

薄野ツヅラ > 「これは別に自分の慢心が原因なモノで」

出された丸椅子に小さく頭を下げて座る。
続いた言葉を聞けば、じわり、顔を顰めた。

「もし、異能の喪失を治してほしい、って言ったら。
 例え話ですけど、センセイはどうしますか?
 センセイがどう思うかは別として、その異能で、治せる範囲は越えますか」

傷病のどちらでもなくてスミマセン、とまた小さく頭を下げた。
副作用、と聞けば。淡い白色を見遣れば。

「………、興味心、なんですけど」

顰めた表情は何処へやら。
にっこりと、年相応以下に見えるような。そんな幼い笑みを浮かべた。

蓋盛 椎月 > 「ふむ……」

少し予想外の言葉だったらしく、顎に手をあてて真面目そうな表情を作る。
測るように少女をしげしげと眺めた。

「異能の喪失、か。
 大きく出ておいてなんだが、それは一概には答えづらいね。
 治せる、とも言えるし、治せない、とも言える」

ぎし、と一度背もたれを揺らす。

「異能の獲得は、肉体的、もしくは精神的なショックが
 きっかけとなった例が少なくない。
 異能を喪失した報告はずっと少ないが――獲得と同じ原因であることが多い。

 異能の喪失の原因がわかれば、“それ”を《イクイリブリウム》で
 取り除けば、異能は戻ってくるだろう。
 逆に言えば、わからないなら、戻せない。

 なんのきっかけもないと言うなら――《イクイリブリウム》では
 治すことができないものだ。それは傷病ではない、健康なありかた、そのものなのだから」

グラスの麦茶を一口。

「仮に治せるにしても、副作用は避けられないけどね。
 ……その“傷”に関わる記憶を失う、というものなんだけど」

そこまで言い終えて、どう、この答えで興味は満たせたかな、
と、笑みのまま様子を伺う。

薄野ツヅラ > ジイ、と。ひたすらに彼女の表情を伺った。
自分が現在、恐らく縋る一番正しい対象。縋らせてくれるかもしれない人。
その噂を聞いたのは偶然だったが、そう考えるのには十分なもので。
結果、今見聞きした彼女の回答でそれが正しい判断だったこともわかった。

されど。

「──……、ありがとう、ございます」

慣れていない感謝の言葉と共に、生まれてしまった疑問をぶつけていいものかと。
暫しの逡巡を挟んで、俯いたまま。彼女の表情を伺うことなく、目を逸らすかのように下を向いて。

「何の切っ掛けもなかったとしたら」

ぎゅう、と唇を噛んだ。

「傷病ではない、健康なありかた、そのものなんだったとしたら。
 ───、『異能自体がその健康を害していた』、とも。言えると、思うのだけれど。
 極端な言い方をしてしまえば異能があるのはまるで病気、みたいな」

「別にセンセイに文句があるとかじゃなくて」、と大慌てで首をまた横に振って。
ただぼんやりと彼女の話の中で浮かんでしまった疑問を伝えようと。

「副作用は、大丈夫です。
 甘い話が甘いだけとは思ってないので。甘い話には苦い話がついて回りますし」

プリーツスカートの裾をただ握り締めた。

蓋盛 椎月 > どういたしまして、とどこかおざなりな調子で気楽に手をひらひらとさせた。


「そうとも言えるかもしれないね」
異能は病気なのか――その問いに、玉虫色の回答を返す。

「《イクイリブリウム》って、認識に大きく左右されるんだよね。
 というのも、あたしがダメージと認識できないものは治せないんだよ。
 『自然破壊』って言葉あるでしょ?
 あれも自然に意思があって、自分が破壊されていると思っているわけじゃなくて、
 あくまで人間どもの主観なわけ」

「自分の異能を持て余して傷ついたり身を持ち崩した人はたくさんいる。
 そういう人にとって異能とは傷病そのものだろう。

 しかし、前に、筋ジストロフィー症って難病を
 自分の異能でなんとかしてる生徒がここに相談しにきたことがあってさ……
 逆にそういうのは、傷病とは思えないよね? あたしも思えない。
 適当だと思う? ――まあ世の中そんなもんなんだよ、案外」

首筋をぽりぽりと掻く。

「――なんだかんだとわかったようなことを言ってはみたが。
 結局のところ、その異能を喪失したって子にとって、
 果たしてその異能は病だったのか、そうでないのか、どっちだったのか……
 それはあたしには判別しようはないな」

目を細めた。

薄野ツヅラ > ひどく困惑したような表情を浮かべて、与えられた言葉をゆっくりと噛み砕いていく。
幾度となく反芻して、自分の中で整理をつけようと。

「異能は病気だったら、この島なんて隔離病棟もいいとこ、というか──……
 この学園は優れた異能を持ったひと、が、ええと──」

「それ、が。正しいんだったとしたら。
 それは随分と、中々にとんでもない学園ですね、此処は」

引き攣った笑顔と揺らぐ緋色の双眸。
視点が定まらない中、必死に、食らいつくように茶色の其れを見遣って。
その玉虫色の回答に異を唱えた。
自分の信じて、縋って、便利に使ってきたそれが病気である、とは信じたくなくて。
考えたくもなくて。

「筋ジストロフィーを異能で、ですか。
 それは随分運が良かった、というか。よかったですね、というか」

あっは、と。軽々しい笑い声が漏れた。
その笑い声とは真逆に、継がれた言葉は重苦しかった。

「───その異能を喪失した子、っていうのがボクなんですけど。
 保健室のセンセイってカウンセリングとかってやってましたっけ。業務外だったりします、か」

縋るように。懇願するように。彼女の顔をじい、っと見つめた。

蓋盛 椎月 > 少女の困惑したような表情をよそに、軽い苦笑を零す。

「隔離病棟とはなかなか過激な表現を使うね。
 ――もはやこの世界にとって異能というのはそう特別なものではないよ。
 ありふれている。苦しみや悲しみと同じぐらいには」

宥めるような穏やかな口調。
なんでもないことのように言って、眉を下げる。

「……お茶出そうか」
長くなりそうならね、と。懇願じみたそれを、拒むことはない。
すべてを受け入れる笑みを崩さず、一度頷いてみせる。

薄野ツヅラ > 「でも──……」

動かない右脚を無理に動かそうとした所為で一瞬よろけた。
ろくに自分で立ち上がりすら出来ない現状を思い出す。
サア、と頭が冷えるのを感じた。

「……、スイマセン。
 ちょっと、取り乱したかもしれないです。最近こんなのばっかりで」

また頭を下げる。不甲斐なさにただ苛立った。

「頂けるなら、有難いです。
 温めでお願いできますか、猫舌なモノで」

泣きそうになりながらも笑顔を取り繕う。
自分がひどく醜く、情けないことをしているのを承知の上で。
ただ、甘えた。

蓋盛 椎月 > 「……おっとと。
 焦ることはないさ。あたしは逃げていかないからね」
に、と笑みを一瞬いたずらっぽいものに変えて。

温め、という注文に承った、と返事して立ち上がる。
少しすれば湯のみに温めの緑茶が満たされて差し出されるだろう。
「……まだ名前聞いてなかったね。教えてもらってもいい?」
とだけ言って、ゆっくりと落ち着いて、少女が話を始めるのを待つ。

薄野ツヅラ > 「………薄野廿楽、籍は2年にあるはず。
 それと、───公安委員会に所属していて。第二特別教室、っていうんですけど」

差し出された湯呑みを受け取ってちびちびと啜る。
一瞬の逡巡を挟みながらも言葉を紡いだ。
屹度此処から先の相談をするならば言っても問題がないであろう、との判断の結果。

「え、と。何処から話したらいいモンですかね、ええっと」

手探りで言葉を探すような。
深海に沈んでしまった指輪を探すように、見つかる筈もない答えを探して。

「ボクの、異能。複合の異能持ちで。
 周囲一帯の『内心』が聴けちゃう広範囲の受信しかできないテレパス。
 それから多種多様の精神系異能。精神掌握、って呼んでるんですけど。
 誰かの記憶を覗き見る、とか。誰かの記憶を書き換える、とか。
 もっと言っちゃえば相手を好きにさせる、ことも。

 好きを嫌いにしたり。甘い、を苦いにしたり」

淡々と自分の異能について話を進める。
自分でも曖昧だった部分も含めて、ゆっくりと言葉を選びながら綴る。

「それが急に、なくなっちゃって」

困ったように笑いながら、また一口緑茶を啜った。

「異能があるから居れる場所ばっかりで、行き場なくしちゃって。
 好きな人にも嫌われるんじゃないかな、って。
 怖いんです、生きるのが」

蓋盛 椎月 > 「すすきのつづらさん、ね。ありがと」
ノートを開き、そこに彼女の名を記して閉じる。
ツヅラの持つ異能についての説明を、相槌を入れながら聞いていく。

話を終えて、少し間を置いてから、口を開く。

「ふむ……。
 なかなか高機能な異能だね。
 ……つまり、公安委員としてその異能を振るっていた、ということかな」

静かな口調で確認する。
グラスの縁を指でなぞって、またもう少し黙考する。

「好きな人……か。
 ……その人は、どんな人なの?
 よかったら教えてほしいな」

幼子に語りかけるような、優しげな声。

薄野ツヅラ > こくり、小さく頷いた。
そのすぐ後に付け足すようにして口を開く。

「それがあったから調査部、ってところの別室に居られている、んですけど。
 中々便利な異能で、それがあったから出来る、っていうことも多くて。

 ───、何より、こうやって喋ってる相手が。
 何を思って何を考えて何を見てボクの事をどう思ってるのかが、解らないのが」

「怖くて」、と。小さく洩らした。
彼女の問いかけには珍しく言い淀んで、先刻よりもずっと暗いところで言葉を手探りで探す。

「………、ボクからしたら、憧れ、じゃないですね。なんだろ。
 激烈苛烈って言葉が人間だったらああなるんだろうな、って感じのひとで。
 それからアタマが良くて。自分の利益も不利益も考えてて、面白いことが好きで──……
 ああ、あと喧嘩も強い、って言い方もおかしいですけど。つよくて。
 ボクが間違ったり、アタマの悪い事をしたらちゃんとダメだ、って。
 やり方がどうであれちゃんと教えてくれるんです。こう、身体にっていうと如何わしく聞こえますけど」

ジャージのチャックをジジ、と下げる。
中に着たキャミソール。露出した肩を出して、何かがそこを抉ったような傷痕。

「大好きなんです」

優しげな声に応えるように。
保健室に足を踏み入れてから一番の笑みだった。