2015/08/27 のログ
■蓋盛 椎月 > 『好きな人』の話を、楽しそうに頷きながら聴く。
傷跡を露わにしたのを目にした時は、さすがに何度か瞬きしたものの。
「なるほど、本当に好きなんだね。……かなり苛烈らしいけど」
満面の笑みを前にして、感心したように、ふ、と息を吐く。
「つまりさ、きみの異能というのは、きみにとっては――
自転車の補助輪とか、今手にしているような杖とか――
そういったようなものなんだな。
杖がなくたって、補助輪がなくたって……
案外、歩けるもんだよ。
最初は地べたを這うような無様なことになってしまうかもしれないけどね。
それはまあ……仕方のないことだ。
で、さ。
きみの好きな人、っていうのは、
そうやって杖なしで必死で歩く姿を見て……
見放したり、嫌いになったりするような人なんだろうか?」
もしそんなような奴なら、一緒にいるのはおすすめできないね、と
からかうように口元を歪めた。
■薄野ツヅラ > はい、と言葉を返せばまたふわりと笑み。
されど続いた言葉を聞けばきょとん、としたのち焦燥が見え始める。
「……、あ、っは。そうかもしれない、ですね。
杖なのかもしれないし補助輪なのかもしれない、です。
それとも自分が自分であるための、ある意味存在証明、みたいな」
俯く。ただ俯くだけでなく笑顔を引き攣らせながら。
ぎこちない所作で、まるで電池が切れる寸前の目覚まし時計のようなぎこちなさ。
ゆっくりと、首を横に振る。
「公安委員にも、あのひとにも。
異能のない自分はまず"価値がない"だろうから。
『切れるハサミ』だから使って貰えていた訳で、居させてもらった訳で。
『切れないハサミ』と『切れるハサミ』だったらセンセイだって。
進んで鈍は使わないでしょ?
………、引き金の壊れた銃なんて、使わないでしょ?」
先刻の淡い弾丸を思い出しながら、淡々と言葉を落とす。
同時に異能のない自分を、どんどんと否定する。
「屹度要らない、って。ボクは言うと思う。
だって替えのあるものなら幾らでも取り替えるし。
燃え尽きた蚊取り線香の灰を後生大事にするヒトなんか聞いたこともないし。
燃え尽きたらまた新しく燃やせばいいと思うし」
ぎこちなかった表情もどんどんと解れる。
またゆるゆらりと表情を変えて、笑って。
「だってこれは片思い、だから。
モノでもいいから、傍にいさせて、って言ったから。
───、捨てられちゃうのが怖いな、って。
勿論、公安委員会にも。見放されるのは怖いな、って」
嗤って。
「センセイだって怖いです。道を歩く誰彼だって。
もう、どうしていいかわかんないんですよ」
「………、ゴメンナサイ。支離滅裂で」
また小さくぺこりと頭を下げた。
■蓋盛 椎月 > 「――――……。」
目を伏せて、デスクにあったボールペンをくるくると指で回す。
机に置く。
唇はまだ笑みの形を保ったまま。
「……さて、本当にそうかな。
たしかにきみが道具でしかなかったとしたら、そうかもしれない。
だけどきみは道具ではない。
人間を道具として見做すのは――自称冷血漢だって案外むずかしいんだよ」
身を乗り出す。
「あたしはその人のことは知らん。
どうすれば見放されないかなんて、わからない。
だがひとつ言えるのは――
きみがそうやって自分を閉じ込めていたら
やがて必ず見放すだろうということだ。
きみが本当にその人のことを好きなら、
杖の一本を失っただけで諦めてはいけない。
杖なんてなくたって歩けるんだよ。
できることを探せ。
諦めるな。考えることをやめるな」
笑顔はいつのまにか消えている。
「それができないとは言わせない。
道を歩く誰彼に怯えながらも、
きみはここまで、ひとりで自分の脚で歩いてきたんだから。
その勇気は――きみだけのものだ!」
熱情を演じる双眸がツヅラを逃すまいと言うように、捉える。
■薄野ツヅラ > 「………、」
言葉は出なかった。
気圧された訳でもない。怯んだわけでも、怯えたわけでも。
ただ、他人に否定されたのは久方ぶりのことで。
その熱を孕んだ声を聴きながらまた小さく俯いた。
「───……」
ぎゅっとジャージの裾を握り締めた。
言葉にならない言葉をどう吐き出せばいいか解らない、といった様子で。
そうであればいいな、という期待と同時に不安に襲われて。
「……、うぐじゃないの?」
ツウ、と。頬を涙が伝った。
「勇気なんかじゃない」
それだけははっきりくっきり。
双眸に涙を湛えたまま、行き場を失くした気持ちをただ押し付けるが如く。
「歩いてきても、歩いてきたのは依存させてくれるかもしれない人がいたから。
いるって聞いたから、来た訳で、理由なくそんなこと出来ないし──……
勇気なんて高尚美麗なモンじゃない。
もっと歪んで、もっと矮小で、もっと醜いただの依存心。
此処にアンタが、いるっていうから、いるかもしれないアンタに依存して、」
「ここまで来ただけ」、と。
目の前の彼女から、ゆっくりと目を背けた。
■蓋盛 椎月 > 「…………」
ふう、と息をつく。
痛みを堪えるように、目を瞑って首を振る。
「ばかだな。
道具はそんなに器用に笑ったり泣いたりしないよ」
目を背けた少女に向け、両腕を伸ばす。
そして、ゆるやかに抱きすくめ、労るように背を撫でる。
「そんなふうに、自分を傷つけるんじゃない。あたしが悲しいよ。
きみがどう思っていても、あたしはきみが自力で歩けるって信じているよ。
いますぐじゃなくてもいい。あたしに依存してくれたっていい。
……あたしの仕事は、きみのような困った子を歩かせることなんだからさ」
■薄野ツヅラ > 「………だったらいいなあ」
空虚な視線でふと保健室の宙を見つめて。
その行動に意味があったのか、それともなかったのかはわからない。
されど、その双眸に湛えた涙は乾いていて。
「───ッ!」
抱きすくめられれば、一瞬びくりと身体を大きく震わせた。
ほんの一瞬刹那の出来事。
すうと息を吐けばまた何事もなかったかのように深呼吸をひとつ。
「………、どうも。ありがとう、ございます。
いつかそうなれたら、いいなあ──……なんて、思わなくもないですね」
そこでまた笑みを戻して。
「優しいですね、センセイ。甘くて、甘くて。
依存したくなっちゃうくらいには。会えてよかった」
ぽつり、洩らした。
■蓋盛 椎月 > そっと腕を離し、キャスターを動かして椅子ごとツヅラからも遠ざかる。
「……今、あたしが言ってやれるのはこれぐらいか。
あたしの力が必要になったら、また来なさい」
椅子の向きを変え、横を――デスクの方に向く。
きぃ、と音を鳴らして背もたれに身を預けた。
「ありがとよ。よく言われる」
横顔を向けたまま、皮肉めいて口の端を釣り上げた。
■薄野ツヅラ > 立て掛けた杖を片手にゆっくりと立ち上がる。
ギイ、と丸椅子が鳴いた。
「次に来るときは解決しました、だったりして」
また曖昧な笑顔を浮かべて笑った。
歪んだ、卑屈な笑顔は変わらなかったが、その胸中は、果たして。
残っていた緑茶を一気に呷った。
「お邪魔しました、それじゃあ」
かつり、音を立ててゆっくりゆっくりと歩みを進める。
ばたん。乱雑に保健室の戸は閉められた。
ご案内:「保健室」から薄野ツヅラさんが去りました。
■蓋盛 椎月 > 「…………」
ツヅラが戸の向こうに姿を消したのを確認して、表情を無にして天井を仰ぐ。
かすかな隔絶の意を感じた。
別にいまさら落胆などはしない。知っている。
顔を合わせたばかりの人間にかける言葉などたいした力はない。
それでも、強引にでも撃ち込んだ意思の欠片が種子となっていつか芽吹くことを祈るしかない。
自分の行いが、養護教諭としての務めが、無為ではないと、信じている。
それが証明されるのを見届けることが、できるとは限らないにしても。
煙草に火を灯す。
ご案内:「保健室」から蓋盛 椎月さんが去りました。