2016/05/30 のログ
ご案内:「屋上」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 美術教師ヨキは凝り性である。
料理、麻雀、マンガ、将棋、映画、音楽、ネットゲーム。
ひとたび興味を持ったら最後、寝食も忘れて没頭するのが常である。
昼を過ぎ、湿気を孕んだ初夏の陽気が降り注ぐ屋上。
屋上でしゃがみ込んだヨキの足元には、大きな模造紙が広げられていた。
四隅を養生テープで止めた白い紙の上には、太い油性ペンの筆跡でみっちりと文字が書かれている。
それは魔術の術式だった。
ヨキの傍らには、獅南蒼二から受け取った防護の魔術書の他に、入門用の魔術書があった。
当然ながら、獅南に渡された本がいきなり理解できるはずもない。
彼がひたすら書き出しているのは、防護魔術の中でもごく初歩のものだった。
魔術を習い始めて間もない者さえ、その魔術はほんの一言で発動するだろう。
だが、ヨキにはできなかった。
どうしても阻まれて、そのたび紫電を浴びて感電した。
なぜ自分が魔術を用いることが出来ないのか、何となく推察はつく。
“妨害”から逃れるためにヨキが試し始めたのは、術式をひたすら回りくどく分解することだった。
1+1=2。その数式を、どこまでも長く、冗長に。
■ヨキ > 図書館に籠もり、インターネットを駆使し、スマートフォンと睨めっこして、
魔術学の講義を取っている教え子を捕まえてはあれこれ質問した。
いかに難解で読みづらいコードを書くかを競うプログラミングのコンテストが存在するように、
ヨキはいま非常に読みづらく、難解で、回りくどい、不細工な術式を書き殴っていた。
見る者が見れば、その醜悪さに卒倒するだろう。
そうでなくとも、真っ白な模造紙を埋め尽くす数字や記号やアルファベットの羅列は異様だ。
「……よし。できた」
模造紙の隅まで辿り着いて、油性ペンのキャップを閉める。
書きすぎてカーペットの模様のようになった文字列を前に、いそいそと発動の支度を進める。
右手の指輪を外し、手の内に転がす。
黒光りする金属が音もなくしゅるりと伸びて、短い杖の形になった。
「《 》」
スイッチとなるべき詠唱を一言。
そうして、杖の先で油性ペンの魔法陣を一突き――
乾いた破裂音がして、紙の中から紫電の雷球が迸った。
ヨキの頭が後方に弾かれて、尻餅を突いて背中から引っ繰り返る。
眼鏡が軽い音を立てて床に落ち、屋上の床をからからと滑ってゆく。
中央が焼け焦げて穴の空いた模造紙を尻目に、裸眼のヨキは大の字で仰向けになったまま空を仰いだ。
「…………。
ヨキが試したいのは……防護魔術なのだが……」
紫電に打たれた鼻先が、薄らと赤くなっていた。
■ヨキ > 「これはこれで、どうにか役に立たんものかな……」
放電があまりにも短いために、魔力として役には立たない、と生徒には断言されてしまった。
他人の魔術を浴びるだけ浴びて、自分が扱えないのでは満足できない。
「……………………、」
むくりと起き上がる。
手にした杖が融けるように形を変えて、むくむくと大きくなってゆく。
平たい形に変じた金属が、ちょうど盾に似たフォルムを取ったところで――
「だめだ」
次の瞬間、金属は元の小さな指輪の形に戻ってヨキの手のひらに転がった。
「だめだ。異能で魔法に勝っちゃだめなんだ」
術式を書き出していたいたときと同じ、いわゆるヤンキー座りの体勢でしゃがみ直す。
指輪を人差し指に嵌めて、息を吐いた。
「……もっと、」
空疎でない戦いを。
■ヨキ > 自分を殺しに来る相手が最も信頼する友であることは、ヨキの中では決して矛盾していない。
だが今はとにかく――自分は死ぬべきではないのだし、相手を死なせる訳にもいかなかった。
人差し指の指輪は厖大な魔力を貯蔵可能なスペックのくせ空っぽで、
自分は魔術の初歩中の初歩さえクリアできない。
それでいて、魔術を一から知ることは退屈ではなかった。
単語があり、文法があり、整理された構文は筋が通っていた。
理知的で冷徹で、合理的で、美しかった。
頭を掻く。
立ち上がって、のろのろと眼鏡を拾いにゆく。
常になく、考え事に耽る顔をしていた。
ご案内:「屋上」に雪城 括流さんが現れました。
■雪城 括流 > 初夏の屋上。
日向ぼっこには絶好のベストスポット。
出入り口など無視して(元々ドアを開けたりできないのでいつもそうなのだが)
壁面をにょろにょろと小さなピンク色の蛇が登ってくる。
暇なひととき、ちょっと日向ぼっこでもしにきたようだ。
なお普段の教師姿もだいたいはこの小さな蛇である。人型も隠しているほどではないが。