2016/10/06 のログ
ご案内:「ロビー」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 放課後のロビー。
置かれたテーブルの一つに、つなぎ姿のヨキと、同じく作業着姿の女子学生が数名座っている。
ヨキを囲んでの和気藹々とした雰囲気からして、ヨキの教え子たちらしい。
女子校めいて遠慮のない姦しさに見守られたヨキはと言えば、傍らに魔術書を置いて大学ノートと睨めっこをしていた。
「……………………、」
ヨキがどうにかしなければ、明日にでも世界が滅ぶ、とでも脅されているかのような真剣さで考え込んでいる。
ややあって、唐突に明るい声を上げた。
「――おお!判った!判ったぞ!」
左手のシャープペンでさらさらと文字を書き付けてゆく。
急に活き活きとしてくるヨキの髪に、小さな青白い光が跳ねた。
メンバーの一人から、センセ、落ち着いて、と背中を擦られる。
センセ、興奮するとすぐ歯止めが利かなくなっちゃうんだから、と。
「お……落ち着く。ヨキは落ち着いておるぞ。
こうだろう?これで今度こそどうだ?」
何度も頷いて、自筆のノートを見返す。
そこには魔術学専攻の、いっぱしの学生にも劣らないほどの構文が組み上がっていた。
発動させればたちまち空間中に七色の光を発し、類まれな循環効率で魔力が増幅され、可能な限り効果が持続し……。
学生の一人が、及第点すね、とノートに赤ペンでマルをつけた。
「ほら来た!美しい!美しいぞ!」
喜ばしいガッツポーズを余所に、きゃあセンセ、また髪がハネてる、と慌てて押さえ込まれる。
何はともあれ、楽しげではあった。
■ヨキ > 結果的に、ヨキは魔術にも感情が乗りそうなタイプだという獅南蒼二の指摘は、全く正しかった。
それで、理性と知識で抑え込め、という言葉の通りにこうして自主学習を重ねている訳だ。
とは言え、ヨキが一人前の魔術師と呼ばれるためにはまだまだ先が長かった。
かつての神霊として、天賦の才のみで魔力を行使するヨキにとって、魔術学の体系化された術式は枷だった。
整理された構文に自らの魔力を当て嵌めてゆくごと、ヨキの魔術は見る間に萎縮した。
それはまるで、子どもの描いた絵のようだった。
額面通りの生半可な知識では、腕前が早々に頭打ちになることは目に見えていた。
「はあ……毎度付き合わせて悪いな。
教えてくれてありがとう。お疲れ様」
大問を切り抜けてふにゃふにゃとテーブルに突っ伏したヨキへ、学生らが笑って手を振る。
先生じゃあね、また明日、と、実に軽いタメ口だ。
腕を正面にだらりと伸ばした格好で、テーブルの上で長くなりながらひと息。
■ヨキ > 美術教師ヨキは、人間と化しても相変わらずそういう男である。
校則に厳しく、かと思えばお人好しで、学生のためなら自分の時間を容赦なく削った。
いつでも何故だか女子学生に囲まれていて、ふと気付けば独りで過ごしている。
どこか浮世離れしたように見えて、それでいて妙に俗っぽい在りようは、常に他者からの激しい好悪を招くものだった。
上体を引き起こし、ペットボトルの緑茶をぐいと煽る。
既にページの半分以上が埋まっている大学ノートは、魔術学の勉強を始めて数冊目になっていた。
ご案内:「ロビー」にフィアドラさんが現れました。
■ヨキ > 永遠に手が届かないと思われていた多くの物事に触れたとき、ヨキはまさしく衝動と欲望の塊と化した。
キャンバスへ叩き付けるように絵具を撒き散らし、読み尽くしたと思われたはずの本をもう一度読み漁り、
休日には異邦人街のカラフルな街並みを何時間も飽かずに歩き回り、食事はすべて写真に撮った。
目の前に伸びていた道はあまりにも急激に枝分かれして、闇ではなく眩さのために先が見えなくなった。
それで時どきこうして、充電が切れたようにぷっつりと動かなくなる。
テーブルに突っ伏したり、長椅子に伸びたり、ベッドに丸くなったりして、疲れるたびヨキは昏々と眠った。
その肌に半死人の気配は既になく、生きた男の匂いと血色があった。
一しきり休んだ後には、再びネジが飛んだように目まぐるしく動き回る。
やりたいことはいくらでもあったし、時間はいくらあっても足りなかった。
■フィアドラ > …色々な新しい事を知るのは楽しくてすぐに一日は終わっちゃいます。
今日勉強したことを思い出したり明日どんなことを勉強するんだろうって考えながら歩いていると
見たことのあるような、ちょっと違うような先生を見かけました。
寝ているのでしょうか?
「…ヨキ先生?あっ!」
間違えました!
見た目はヨキ先生にそっくりなのですが犬みたいな耳は無いし、よく見ると指が五本あるのです!
そして、なによりこの人の感じは完璧に人間です!ヨキ先生はもう少し犬っぽい感じの人なのです!
「ご、ごめんなさい人違いでした!!」
小さな声で謝ってから
人違いをしてしまった恥ずかしさから私はどこかに行っちゃいたくなります!
口からだけではなく顔からも炎が出そうなくらいに顔が熱くなってます!
でも!あのそっくりな人も悪いと思います!
■ヨキ > ヨキ先生、と呼ばれてがばりと身を起こす。
先生と呼ばれることにかけては、ヨキは人一倍敏感であった。
「……む。フィアドラく……」
名前を呼び掛けて、悲鳴のようなフィアドラの声。
「――フィアドラ君!タンマタンマ、ストップ!待った!」
椅子から尻を持ち上げながら、知っている限りの語彙で呼び止める。
「ヨキだよ!済まん、人違いではない!フィアドラ君……!」
五本指の手を突き出し、ぱたぱたとサンダルを鳴らして追い掛ける。
何しろ以前は踵のない足でハイヒールしか履いていなかったのだから、ソックリさんと間違われても仕方のない話ではある。
半ば阿鼻叫喚であった。
■フィアドラ > 名前を呼ばれると少し落ち着きます。
…なんで私の名前を知っているのでしょうか?
もしかして…
「…偽ヨキ先生?」
前に、そんな話を他の先生としたことがあります。
もしかしたらこれはヨキ先生の記憶をコピーした偽物なのかもしれません!
凄い【くおりてぃ】ですが私の眼は誤魔化されません!
でも、偽物は偽物でも良い偽物かもしれないのです。まだ様子を見なきゃ!
「…本当に本物なんですか?
私が知ってるヨキ先生は犬の耳が生えてましたし、もっと人間ぽくなかったですよ!」
…あんまり信じられません。
一歩後ろに下がって見てみます…。
…良く出来た偽物です。
■ヨキ > 「に……偽……!」
確かに少なくない人々から疑われはした。幼い子どもには泣かれさえした。
そして今再びの危機である。まさかの偽ヨキ先生!
「信じてくれ、フィアドラ君。全然違うけど、本物なんだよ。本物のヨキ。
犬の耳も牙もなくなって、まるきり人間になったんだ」
何しろ魔術と呪術が関わる経緯のために、ヨキ本人にもうまいこと説明ができないのだ。
自分と相手だけが知っているはずの記憶を辿って、言葉を絞り出す。
「ええと……ほら。一緒に図書館で、人魚姫の絵本を読んだろう。
それからスマートフォンの話もしたし……」
記憶をコピーした、という観点からすると全く何の弁解にもならない。
よくよく見れば体型も肌色も以前より健康的だし、目の色も違う。
完全に2Pカラーのパチモン状態である。
■フィアドラ > 「…本当に人間になったんですか!?」
もしそれが本当だったとしたらとても、とても羨ましいです!!!
私も尻尾も!角も!鱗も無くして!人間になりたい!!
本当だったとしたら私も人間になれるチャンスかもしれません!
「確かに、人魚姫の話もしましたけどヨキ先生はその時、確か…
『ヨキは何かに変わるなら人間よりもっと別の姿がいい。木か、トカゲかそう、女の子に変わりたい!!』
…みたいな感じの事を言ってませんでしたっけ?」
確かそんな事を言っていたような気がするのです?
…うろ覚えです。
「それともヨキ先生はそんなに人間になりたい理由でも出来たんですか?」
声を失ってまで人間になった人魚姫みたいに。
そこまでして人間になってまで一緒に居たい誰かができたのでしょうか?
…王子様にあったとか?
■ヨキ > 「た……確かに女の子になってみたいとは言ったが、そこまで力強くはなかったはずだ……!」
エクスクラメーションマークが二個くらい重なって聞こえた。
念のための訂正である。
「でも夏の間、一週間だけだが女にもなったぞ。なかなか楽しかったな」
実際のところ、完全なエンジョイ勢である。
女にもなったし、今やすっかり人間に成り代わったのだから。
「うん。犬のままでも人間とそう変わらないとばかり思っていたが……大違いだったよ。
何もかも、根っからがらりと変わってしまった。見るもの触れるもの、全部が楽しくて」
頭を掻く。
「異能がなくなって、魔法が使えるようになって……。
だから今、みんなに説明して回るのがすごく大変でな」
人間になりたい理由を問われて、うーん、と元のテーブル席まで戻ってゆく。
勉強道具が広げられた椅子に座り直しながら、フィアドラを隣へ招いた。
「理由というか、目標というか……。
言葉にするのが難しいんだが、犬のまんまじゃダメだ、ということになってしまってな。
友だちに随分と助けてもらって、人間になることが出来たんだよ」
■フィアドラ > 「そうでしたっけ?」
確かにそこまで強くはなかったような…。
でも、確かに言ってました!そして、実際になってたみたいです!
人を手軽に女の子にできるそんな絵本の魔法使いのような人がどこにいるのでしょうか?
「…ヨキ先生だけズルいです!私も人間に…またしばらくして楽しさが収まってきてから人間になりたいです!」
今でさえ全部が楽しいのにこれ以上楽しくなったらどうなってしまうのでしょう!?
少しだけ怖くなって、もう少し今が楽しくなくってから人間になることに決めました!
「うーん…。
じゃあ、私も何か理由があって、友だちに助けてもらえたら人間になれるようになったりしますか?
…ヒュドラは難しいでしょうか?」
確かにこの間、会った時は何となく疲れてそうなかんじだったのに今は凄く元気です。
特に私はヒュドラで困ったことはないのです…ちょっと皆と違うくらいで…。
…困ってもないのになんで人間になりたいんでしょう、私…。良く分かりません。
■ヨキ > 「ははは。デーダインという魔術教師を知っているかね?
彼に魔法を掛けてもらったのさ。えらいこと楽しませてもらってしまったから、礼を言わなくてはな」
今が十二分に楽しそうな様子のフィアドラに、つい笑みが零れる。
「ズルいかあ、やっぱりそうか……。
ヨキも、すごく考えたんだ。異能で悩んでいる教え子たちが居るのに、異能を失ってしまってよいものかとね。
そうだよな、抜け駆けだもんな」
眉を下げて、困り顔で笑う。
困ってはいるものの、あのこびりついているかのような気怠さの払拭された、明るい顔つきだ。
「もしフィアドラ君のためにすごく頑張ってくれる友だちが出来たら、きっと手立ては見つかると思うんだ。
ヒュドラか。ヒュドラが人間になるのも……不可能ではないことだと信じたい。
なりたいと思って、なれないものは存在しないと思うのだよ」
悩む相手へ向けて、静かに微笑み掛ける。
「何かに憧れることに、そんなに明確な理由などなくたって構わないのではないかな」