2015/07/23 のログ
遠峯 生有子 > 時間はそれほどかからなかったが、
複数人の大人たち(あまり教師らしくない者もいた)に相対しての面接は
かなりの気疲れをあとに残すものだった。

彼らが異能の状態の見極めのためにわざとそうしているという事情までは
生有子が知らないことである。

右手に持った冷たい林檎ジュースの缶を脇のテーブルに置いて、
鞄から手帳を取り出し、開く。

今日の日付のページに、面接に先立って受けたCTFRAの結果用紙がはさまれていた。

遠峯 生有子 > 評価試験は何を受けてもいいとされていたが、
受験のしやすさからこれを選んだ。
単位取得に影響するらしいという評判にも心を動かされたが、
今のところそちらの効用はあまり考える必要はない。

彼女の評価段階はI-0。
“規格外”である。

同じテストを入学時にも受けたが、
とにかく試験会場では緊張してしまって浮遊の「ふ」の字を出すことすら困難なのだ。

それに今回は、実技試験後の面接で、
先日訓練施設のベンチを圧壊してしまったことを正直に申告した。

試験官は、ああ、そう。と気のない返事をしたあとで、
じゃあおまけしてあげることは出来ないな。と言ったのだった。

遠峯 生有子 > 「あれがなかったら、おまけしてくれたのかなぁ?」
 おまけとはどういうことだろう。
 I-1段階がもらえたということだろうか?

 たしかに手元の用紙に印刷された“0”の文字にはすこし悲しいものがある。

 友人の何人かが(ピンキリはあれど)難なく異能を操って見せるのを見るにつけ、
 いかにのんびり屋の生有子とはいえ、
 そこはかない無力感を覚えてしまうのだ。

「ああ、もうっ」
 ぶんぶんっと首を振る。
「気にしてもしょうがないよ。
 それに異能が出ないならそのほうがいいし。」
 だから、“0”の評価自体は忌むべきものではない。

 問題はどうしてその評価になるのかということで、
 それは結局自分が意図しなければかなり頻繁にそれが発動するということで、

 このもどかしいものを、なんとかあの大人たちの前で披露して、
 その上で評価を下して欲しいと、
 思えば思うほど上手くいかないからこんなに疲れるのだ。たぶん。

 手帳を膝の上に置いて、缶ジュースのプルを引く。

遠峯 生有子 > 一口。
ひんやりとした飲料が心地いい。
今が夏だということもあるが、
心に蟠っていた疲れと焦りが希釈され、
薄められて消えていくような気持ちになる。

面談から開放された虚脱感が
彼女と彼女の腰掛けるソファーから重さを奪い、
するすると滑るようにロビーの反対側へと場所を変える。

「$#%&’”(*>*+‘{|¥!!!」

悲鳴は声にならなかった。

遠峯 生有子 > (今の!
 何?
 今の何、今の何、今の何?)

 怖かった。
 恐らく浮かび上がった時になにか別の力がかかってソファーが滑ったのだろうが、

「これちょっと、無理ー。」
 状態を後ろにひねり、背もたれに上体を預けて突っ伏す。

 いきなり視界が大きくずれるって、ちょっとした絶叫マシーンだった。

遠峯 生有子 > 口を開けた缶ジュースだが、もはや飲む気にならなくなっていた。
もう一度さきほどのことを思い出してみれば何か掴めるのかもしれないが。
もうちょっと落ち着いてから仕切り直しをしたい。
それが偽らざる本音だった。

そしてここが自室であれば、このままソファーに沈んでしまいたいのだが…、
公共空間でへたり込んでいればかなり不審である。

幸い今は授業中なのでさほど人の気配も出てはこないが。

遠峯 生有子 >  上半身を起こして見回すが、手近なところにこの手の缶を預けるちょうどよいテーブルがない。
 それは先ほどからロビーの反対側でさびしく居残っていた。

 仕方ないので立ち上がり、ソファーと彼女との間で押しつぶされる格好になっていた手帳と結果用紙を拾う。
 左手と右手の肘で、なんとかそれらを鞄に突っ込むが、
 たぶんぐちゃぐちゃになっているだろう。
「あとでちゃんとしよう。」

 それはそれでいいとして、
 この遠征中のソファーはどうすればいいだろう。
 見下ろす。

遠峯 生有子 > 結局都合よく異能が発動するということがないわけで、
かなり苦労して重いソファーをもとあった場所に戻すしかなかった。

さも始めからこの場所にあったかのように
そのまま置いて帰るという選択はないのだった。

彼女がその場をあとにする頃には
ほとんどチャイムが鳴りそうな時間になっていた。

ご案内:「ロビー」から遠峯 生有子さんが去りました。
ご案内:「食堂」に叶 明道さんが現れました。
叶 明道 >  銀のロフストランドクラッチを突きながら、食事を運ぶ少年が一人。
片手にはカレーの乗ったトレイ。入り口付近に運べばいいものの、やや不安定な様子で隅へと向かう。
「はァ…………」
 一歩一歩着実に。見るものが不安がりそうな歩み方で、少しずつ進んでいく。

叶 明道 >  瞳は据わったまま。気だるげな様子で。何かから遠ざかるように――。
 学生たちの集団に差し掛かったところで、その速度を上げたところを見ると、それはそのものずばりと言った具合だ。
 アスリート系部活集団。彼らから逃げるようにして、叶明道は食堂の隅へと逃げ込んだ。
 クラッチを壁に立てかけると、そのままテーブルに向き直る。
 テーブルに置かれたトレイ。その上には片栗粉をふんだんに混ぜたような粘質のカレールーがこれでもか、というほどに注がれている。
 スプーンを手に取り、付け合せの福神漬けをぐちゃぐちゃとルーにかき混ぜながら、一度だけ部活集団に目をやった。
 ――自意識過剰だな。
 四年前のことなど誰も覚えてはいないだろうに。それでも意識してしまうのは……。
「未練がましい」
 自分の態度を吐き捨てて、カレーを口へと運ぶ。まずい。
ゴロゴロとした野菜、ゴロゴロとした肉。
こうした食堂の割にはふんだんに使われた具は評価が高い。
 しかし、この冷めても大丈夫、といわんばかりのカレールーのまずさが絶妙であった。

叶 明道 >  どろりと持ち上げたカレールー。この"具"が彼らだとすれば、ルーは自分だ。
泥濘のようにまとわりつく、馬鹿馬鹿しい過去の栄光。
 思った以上に、どうやら自分は在りし日に執着しているらしい。
 それを思うだけで笑いがこみ上げてきた。
「できるなら、この福神漬みたいな人生でありたいもんだな」
 カレーのアクセント。混ぜても単体でも美味いカレーの脇役。
甘くて噛みごたえのあるそれが自分。自分への評価が高すぎて笑ってしまいそうだ。
「無しだな」
 まずいルーも、ごろごろ入った具も、福神漬も。全て一緒くたにして噛みこんだ。

叶 明道 >  野菜の甘味。ルーの中途半端な辛み。福神漬けの味わいと合わせると、甘みのほうが勝つ。
味わいは明らかに出来合いのものではないはずなのに、こうも珍妙なルーを作れるのは才能か。
 それとも、"異邦人"らの味覚に合わせた味付けだったのだろうか?
 ただ黙々と、変な笑みを浮かべながらカレーを貪っていた。
『なァ! 聞いたかよ。こいつ、10秒58出したんだぜ』
 そんな中、向こうから聞こえてくる騒がしい声。
『マジかよ。まだ一年だろ? 次の大会じゃ貰ったな』
 100mで何秒出しただの、こいつはやればできるだの。
 聞けば聞くほどうんざりして、口いっぱいのカレーを放り込む。
まるでリスのように頬をふくらませながらそれを咀嚼した。

叶 明道 >  口いっぱい。喋れないほどのカレーを口の中に放り込んで、ただ無心で咀嚼する。
具も、ルーも、福神漬も、米も。全部一緒くたに巻き込んで、少しずつこれをペースト状に。
 意味なんて無い。ただそうしたかっただけ。安い憂さ晴らしだと我ながらに思った。
もう四年になるというのに、あの夢を諦めきれない己にほとほと嫌気も刺すものだ。
 据わった目のまま、淀んだ視線で食堂内を睥睨する。
常世戦線異常なし。今日も今日とて変わらぬ毎日だ。
 この毎日を変えるためにはどうしたらいいか分からない。
落第街にでも顔を出すべきかしらね、なんてカマっぽく脳裏で呟いた。

叶 明道 >  ――授業に出るのも今日は億劫だ。
たっぷりのカレーを飲み込みながら大きく肩で息をする。
 保健室でベッドでも借りて寝ているのがいいだろう。
どうせ次の講義は出席率に甘い千草の経済学だ。
 そうと決まれば、まずいカレーをかっ込んで、それをたっぷり咀嚼して。
早回しに食事を済ませていく。中休みとばかりに水を何度か挟む頃には、カレーも全て片付いていた。

叶 明道 >  億劫な手つきでクラッチをなぞる。なぞったまま、それを装着し、ゆっくりと立ち上がる。
片手にはトレイ。右足を引きずりながら食堂を歩み始める。
食器を所定の場所に片付けると、
「ごちそうさま」
 なんて挨拶だけして歩いて行く。その様は憂鬱そのものな背中だ。
足を引きずり、硬質な音を食堂に残して。
 明日は天ぷらうどんかな、なんて考えながら食堂を後にした。

ご案内:「食堂」から叶 明道さんが去りました。