2015/08/19 のログ
ご案内:「保健室」に薬師寺 瀬織さんが現れました。
■薬師寺 瀬織 > 「…………ぐ…………っ」
昼間の保健室、ベッドの上。紺色の髪の少女は言葉にならない呻き声を漏らし、その額からは脂汗を流している。
彼女、薬師寺瀬織を苦しめているもの――それは失われた右腕が発する痛み。
義手での生活にどれだけ慣れても未だに失われないその忌むべき感覚は、瀬織の心までをも苛みつつあった。
講義中、突如としてこの痛みに襲われた瀬織は、体調不良という名目で保健室を訪れていたのだ。
「(……ざまあないわね。保健課の生徒が保健室通いなんて。あの子が今の私を見たら嗤うかしら。……そんな子ではない事ぐらい、わかっているけれど)」
自らを嘲るように、力なく口角を上げる。
■薬師寺 瀬織 > 痛みと共に否応なく思い出されるのは、瀬織が腕を失うきっかけとなった事故の記憶。
それは瀬織がこの常世学園に入学する以前、本土のとあるビル街で起きた爆発事故であった。
偶然その場に居合わせ、逃げ遅れた瀬織の右腕は瓦礫とガラス片により、切断せざるを得ない重傷を負ったのである。
幸いにも一命は取り留めたものの、自らの異能で生成される回復薬を以てしても右腕の治療はならず、
腕を切断してからの瀬織は抜け殻のような日々を送っていた。
その後、偶然にも放浪生活を送っていた異邦人の義肢工と出会い、
現在装着している装甲義手の原型となる機械義手を装着することとなったことで、今に至るというわけである。
「……この腕が」
装甲義手『ヒュギエイア』。医神アスクレピオスの娘の名を冠する、紺色の装甲を装着した銀色の義手。瀬織の新たな腕。
未だ止まぬ痛みに打ち震えつつ、それを見つめ、呟く。
「この腕が、元に戻らないというなら。せめて……『力』が欲しい……もっと強い『力』が……」
誰に伝えるでもない、心の叫び。
■薬師寺 瀬織 > 自身が昨日の夕刻、常世公園において、友人――あるいは友人だった人物――鈴成静佳に告げた言葉が、自らの脳内において反復される。
超常の力で他者に害をなそうとする者が現れた時、所詮『普通の人間』でしかない者に対抗する手段は無い。
そうした『力』を付けずに他人を守ろうなどと、絵空事でしかない。
いかに正しい信念を持っていようと、『力』を伴わず信念だけがあれば、それは無力。
そして圧倒的な暴力の前では、信じる心すら無意味。
吐き捨てるように投げかけたその言葉は、誰より瀬織自身の心に、重くのしかかる。
■薬師寺 瀬織 > 瀬織の異能がひとつ、薬品生成の能力『天使の薬瓶』<ポーションメイカー>で生成可能なのは、
あくまで治療薬や一時的な身体能力の増強を行う程度の薬品であり、爆発物などの殺傷能力のある薬品は生成できず、肝心の治療効果についても制約が多い。
水を操り、水に守られる異能『水妖の加護』<ブレスオブウンディーネ>についても、水中で自らの傷を徐々に癒し、
装備なしで長時間の潜水を可能とするものだが、直接戦闘行為に使用できるものではない。
自分に何より必要だと考えている『力』が、今の瀬織にはない。それは瀬織自身が、一番よく感じていた。
だからこそ、今抱いているこの感情――劣等感、あるいは無力感は、消えない。
誰のどんな言葉を受けても、瀬織の心の内からこの感情が完全に消えることはないだろう。『力』を得ない限りは。
『力』の前に、『心』は無意味なのだ。
■薬師寺 瀬織 > しばしの間、失った右腕の痛みに悶え苦しんでいた瀬織であったが、
やがて、それまで感じていた痛みが徐々に退いてゆくと。
「……『力』を……」
その一言だけを漏らし、続く言葉もなく、瀬織の意識は徐々に眠りへと誘われてゆく。
せめて夢の中では、この痛みと苦しみ、そして感情のうねりと無縁でいられるだろうか――
ご案内:「保健室」から薬師寺 瀬織さんが去りました。
ご案内:「教室」に谷蜂 檻葉さんが現れました。
■谷蜂 檻葉 > 終業のチャイムが鳴る。
始業から3日目。
同じ授業を受けていた事のある人からは、少し意外そうな目を向けられたけれど。
常世学園において髪の色が「奇抜」だという事は無い。
以前は鮮やかな虹色のグラデーションの生徒もいたし、
橙の髪色というのは、まだ「ちょっと染めた」とか。 そういう範疇でしか無いのだろう。
次までの宿題をノートの端に書き込んで、鞄に一式仕舞いこむ。
今日は、これで授業も終わりだ。
適当に時間を潰してから図書館での交代に備えないと。
■谷蜂 檻葉 > 「…………。」
ふと、外を。
遠くに見える、時計塔を眺める。
■谷蜂 檻葉 > (なんで、こんなに気になるんだろうな。)
不可思議な感覚の始まり。というのであればそうだろう。
夢遊病のようにベンチで寝ていた、というのは心に疑問を残していた。
窓辺に寄って、机に腰掛けるようにして薄ぼけた尖塔を見つめる。
既に、教室には誰も居ない。
1人、静寂の中で物思いに耽る。
(渡辺、か。)
しかし、檻葉に取っての”しこり”は場所よりも人にあった。
不可思議な謝罪をした少年。
……ひどい顔をしていたあの少年は一体何だったのだろうか。
変わった人、というのは傍目に何度も見て来てはいたが、それが自分に向けられると中々どうして後を引く。
■谷蜂 檻葉 > そのまま、最初から行き着く先のない感情がグルグルとその場を巡り
何をするでもなく、ただ外を眺めているだけで時間が過ぎていく。
■谷蜂 檻葉 > ふと、気がつけば大分長い時間を過ごしていたことに気づく。
どうすればこの気が晴れるのか。
これからする仕事の事の合間に、答えは見つかるだろうか。
ご案内:「教室」から谷蜂 檻葉さんが去りました。
ご案内:「屋上」に倉光はたたさんが現れました。
■倉光はたた > まだ太陽が真上に昇らないぐらいの時刻。
白い少女は誰もいない屋上で、ぼんやりと空を仰ぎながらさまよっていた。
長い木の棒を、支えに、ふらつきながら。
死体安置所から抜けだして数日が経ったが、
ふつうの人間のように歩くことに慣れるにはもう少しかかりそうだった。
この木の棒はすぐ転んでしまうはたたのために用意された杖だった。
「あべっ」
それでもまだ何もない場所で転んでしまう。
少女には目的がなかった。
だから、歩いて行く方向が、歩き方が、定まらない。
■倉光はたた > カタカタと、杖が転がって鳴った。
よろめきながらも、立ち上がる。
以前は、転んでしまったら、なかなか起き上がることが出来なかった。
大した進歩なのだろう。
数日の間、はたたは様々なものを見た。
いろいろなことを教えてもらった。
鏡と呼ばれる平たい板で、自分の姿も見た。
知らない人物だった。
自分はヒトと呼ばれるものであるらしい。
立ち上がる。狭い視界に微かに動くものが映った。
フェンスの上。茶色く小さいもの。つぶらな瞳。細い足でつかまっている。
「すずめ」
はたたはなにしろおりこうなので、すずめについて知っていた。
■倉光はたた > すずめから、ちょっと離れたフェンスの下、
そこから手と足をかけて、フェンスをよじよじと登る。
そして、フェンスの上に二本の足で立つ。すずめと同じように。
「すずめ」
背の翼状突起が、ふわりと広がる。
シャツ(背に『瞬間排撃』と筆文字である)にあけてしまった穴は、
今はすっかり補強されていた。
無表情に、フェンスに対して平行に向いて止まるその様子は、
たしかにふつうの人間とは言いがたいものではあったが、
すずめにも見えない。
■倉光はたた > しばらくその体勢で固まった後、
ふと思い出したように、歩みを進めていく。
足の先が向いているのは、フェンスに止まっているすずめだった。
覚束ない足取りで、今にもフェンスの内側か外側かのどちらかに
倒れて落ちてしまいそうだった。
もう少しで、すずめが手の届きそうなところまでたどり着いた……
というところで、はたたの接近に気づいたすずめが、飛び去ろうとしてしまう。
(ああ)
(さわりたいのに)
手を伸ばす。そろわない指。その先から雷が延びた。指の延長じみて。
ご案内:「屋上」に上那賀 千絵さんが現れました。