2016/04/30 のログ
ご案内:「屋上」に東雲七生さんが現れました。
東雲七生 > 学校の屋上から眺める夜の街並みは、いつも通り過ぎるほどにいつも通りだった。
桜も散って久しく、街路樹は既に緑の葉を繁らせ始めている。

「はあ~っ、気が付きゃ4月も終わりかあ。」

落下事故防止のために備えられたフェンスに腰掛けた七生は、まだ日の入りには少し時間のありそうな空を眺めながら独りごちた。

4月の初日に無事に進級を告げられてから、2年生として学校に通ってはいるものの、どうも実感が沸いてこない。

東雲七生 > 「つーか、もう1年経ったって事だよな、入学してから。」

それも実感が無い。
一応、入学してからの記憶は残っているし、それが確かに自分の記憶であるという実感はあるのだが、どうにも時間の経過が体感として認識できない。
同時に、心身における自分自身の成長も、である。

「少しは背とか伸びるかと思ったんだけど……。」

1cmも変化しなかった。
高校二年であるはずなのに、危うく中等部の教室に案内され掛けた。
そんな苦い思い出が蘇ったので、七生はひとまず記憶を掘り起こす作業を止める。泣きたくなるし。

「筋力……も、少しはついた気がするんだけど。
 こういうのって、あんま自分じゃ分からないんだよなあ。」

ぼやき続けながら、軽く自分の腕を撫でてみた。
入学当初の細さは確かに消えているが、同級生たちの腕と比べるとどうも見劣りする気がする。
元々筋肉の付き辛い身体なのだろうか、と一時期本気で疑った事もあるくらいだ。

東雲七生 > 「うぬぬ……。」

何か、このままではいけない気がする。
しかし、だからどうすれば良いのか見当もつかない。
このままつつがなく更に一年を過ごし、三年生になり、もう1年過ごして卒業を迎えるんだろうか。
その後は──

「……卒業したら、どうすんだ俺。この島出て行くとことかあるか?」

漠然とした思考が急に現実的な壁にぶち当たる。
七生がこの常世島を訪れる以前の記憶を喪ったのは昨年の夏の終わり。その状態から何も進展が無いまま、授業に追われ気が付けば半年以上過ぎていた。

「……やっぱ、“そこ”から何とかしねーとダメみてえだな……。」

忙しさにかまけて目を背けていた事も否定しきれない。
いや、むしろこれ幸いと考えることすら放置していたと認めざるを得ない。

七生は一つ溜息を零すと意味も無く上体を逸らした。
綺麗な夕焼け空を、雲がゆっくり流れていく。

東雲七生 > 「そーいや、トトや深雪は進級出来てんのかな。」

確か、昨年度まで同じ学年だったはずである。
前者の友人はともかく、後者はほぼ毎日の様に顔を合わせているのだが何故かそういった話にはならないでいた。
学校の外でまで学校の話をあんまりしたくはない、というのもあるかもしれないが、改めて考えてみると不思議なものである。

「ま、深雪には帰ったら聞いてみるとして。
 ──トトには、後でメールでもしてみるかな。」

すぐにメールをしようとしなかったのは、億劫だったから──などではなく。
今七生が居るのが屋上のフェンスの上、という非常に不安定な場所だからであった。
何かの拍子に手を滑らせてしまえば、自分は無事でも端末がそうである保証が無い。
能力を上手く使えば問題ないのだろうが、そんな事でわざわざ怪我なんかしたくも無かった。
昔ほど能力の使用に嫌悪感は抱いていないものの、使わないのならそれに越したことは無いし、使わないという結果に至る選択肢があればそれを選ぶのに躊躇もない。

東雲七生 > 「よっしゃ、帰ろ。」

世間は祝日。今日から大型連休なのだそうである。
だからこそ七生は私服で、こんな危なっかしい場所に居ても咎められずに居たのだ。
ゆっくりと、上った時と同じように慎重にフェンスを降りて、服の汚れを叩き落とす。

そして上着のポケットから携帯端末を取り出すと、現在時刻を確認した。

──午後5時30分。

まだ夕飯には早いかもしれないが、それでも帰るのに早過ぎるという訳では無かった。
居候先の家主は家に居るだろうか。居れば他愛無い話をしたり、進級の確認をしてみるのも良いかも知れない。
そう考えながら、七生はさらに端末を操作して、使い慣れたメール画面を呼び出した。

「えっと……何て書き出しにするかな。」

友人へのメールを少し悩みつつ、七生は屋上を後にした。

ご案内:「屋上」から東雲七生さんが去りました。