2016/06/03 のログ
■東雲七生 > 「……寝れない。」
ぽつり、と呟いてみる。
だからと言って気持ちに変化があるわけではない。
むしろより鮮明に自覚したことで眠気が更にどこかに行く悪循環。
こんなことなら最初から昼寝以外の選択を取れば良かったのだが、
「………もう何が何でも寝るしっ!」
ここまで来たらもはや意地である。
負けず嫌いな性分が災いしてしまっているが、どうせ夕方まで何もすることは無いのだ。
■東雲七生 > 深く息を吐いてから辺りを見渡せば、
午後の授業が始まっているのか周囲には生徒の姿も無くなっていた。
「……やっぱ自習か何かした方が良かったかな……。」
ずるずるとベンチの上から這いずる様に落ちて行き、
最終的に両足をベンチの上に残したまま地面に寝転がるという体勢に落ち着いた。
うつ伏せだと腰が痛いので仰向けになって、ついでに制服の上着から端末を引っ張り出す。
ご案内:「屋上」に蓋盛さんが現れました。
■東雲七生 > 「自習っても……なぁ……」
画面を指でなぞり、メールボックスを眺めながらの独り言。
居候先最寄りのスーパーの特売メールが来ている事に気づき、少しだけ頬が緩む。
夕飯の材料は何を買って帰ろうか、何を作って貰おうか。
そんな事をのんびりと考えて、
「えっと、何だっけ。……そうそう、自習自習。」
特にこれと言って授業内容が理解できないものは無かった。
というか、座学より圧倒的に実技の方が七生の履修内容を占めている。
■蓋盛 > 人気のいなくなった屋上のベンチに、スニーカーを鳴らしてひとつの人影が近づいてくる。
晴天の下、裾の長い白衣が鬱陶しい。
「妙な寝方してるな……」
かなり器用な寝方をしている少年を一瞥すると、以降は構うことなしに
同じベンチに座って、持ち込んだ紙パックの野菜ジュースの封を切って飲み始めた。
細かいことは気にしないタイプらしい。
「寝っ転がるならもっと適した場所があると思うけど?」
かすかな笑みのまま、あまり表情が動くことはない。
■東雲七生 > 「ぇ、ぁ。」
文字通り心底緩みきっていた所為か足音にも気づかず、
白衣姿がベンチに腰を落ち着かせ、声を掛けられた所で端末からそちらへと目を向ける。
誰も居なかったし、誰も来ないと思って居た所で虚を突かれ、慌てて身を起こして、
「あっ、いや、その!
……最初はちゃんとベンチの上で寝てたんすけどッ!」
ちょっと論点のズレた言い訳を始める。
だらしない格好を見られてしまった事が少しだけ恥ずかしかった。
■蓋盛 > 「はは。どんな寝方をしようが勝手だけど……
あまり油断していると、悪い人に攫われちゃうぞ」
慌てた様子の言い訳には泰然と肩を揺らす。面白そうなものを見ている表情。
少年の見かけが幼いせいか、女の態度は子供をあやすようなニュアンスがある。
空いた指で亜麻色の髪をくるくると弄る。
「眠いんなら、うちの保健室ならいつでも寝に来ていいよ。ベッドが埋まってなきゃの話だけど。
連れてってあげようか?」
冗談か本気かわからない誘い。
どうやら口ぶりからすると、保健室の先生――養護教諭であるらしい。
この女に関しては良い噂も悪い噂もあるが、目の前の少年が知っているかはわからない。
■東雲七生 > 「うぇ……それはちょっと、困る、っすね……。」
以前に一度だけ誘拐未遂の目に遭ってるだけに。
その時の事を思い出したのか、渋面を作りつつ端末を上着のポケットへと放り込む。
どうやら養護教諭のようではあるが、絵に描いた様な健康優良児の七生はそもそも保健室に縁が無い。
ついでに異能の性質上、怪我で利用する事も殆ど無かった。
その為かは分からないが、噂こそ知っていてもその内容と目の前の人物が合致しなかった。
「いやあ、時間空いちゃったからそれなら寝るかって思ってただけで、
もうすっかり目が冴えちゃったんで良いっす。
えっと……先生っすよね、保健の。」
確かめる様に訊ねて、首を傾げる。
研究員という可能性も無い事もなかったが、
それはそれで学校に居る事の理由が思いつかなかった。
■蓋盛 > 「おっと。冗談のつもりだったけど、冗談にならなかったかな。
悪い悪い。きみ、なんか攫われやすそうな顔してるし」
あまり悪びれた様子もなく言う。
ストローを吸うと、ズズズとあまり品の良くない音が立った。
いつのまにかすっかり飲み干していたらしい。
「そ。保健室の蓋盛。
わかるなあ。中途半端な時間帯に中途半端に暇になると、持て余しちゃうよね。
校内にもゲーセンとか出来れば足を運ぶのに。
……あ、我ながらすごくいい思いつきだな。こんど職員会議で提案しよ。
いいと思わない? ねえ、ねえ」
喋っているうちに自分の小学生みたいなアイデアが気に入ってしまったらしい。
目をキラキラさせ始めた。
■東雲七生 > 「顔で攫いやすいとか攫いにくいとかあるんすか。」
そんな事は初耳だし、百歩譲ってあるとしても心外だ。
とはいえ不満を露わにするのも失礼に思えたので、極力冷ややかな視線を送るに留めた。
名乗りを聞けば、あー、と感心した様に手を叩いて。
「蓋盛先生っすか、知ってます知ってます。
なるほど、言われてみれば確かに聞いてた通りの……ゲーセン?」
──何言ってるんだろうこの人。
きょとん、とした顔でキラキラした目を見て。
半ば本気で言っている事に気付くと、少しだけ困った様に笑みを浮かべる。
「え、ええっと……俺あんまゲーセン行かないんすよねぇ。」
■蓋盛 > 「あるある。あたしぐらい経験を積むと顔を見ただけで大体わかるんだよ。プロだからね。
攫われやすい顔とか、壁ドンされそうな顔とか、童貞っぽい顔とか……いろいろと」
まじめくさった顔で語っているが、その内容を本気で捉える者はあまりいないだろう。
知っていると言われれば、有名人はつらいねえなどと宣って頭をかく。
「あ、行かないんだ。そっかー。
んじゃ、暇な時は何してるの? 野球? 野球場作る?」
ゲーセンと野球というかなり極端な二択。
教えろよ~とばかりにベンチの上で身体を寄せてぐいぐいと側面を押し付ける。
急に所作が子供っぽくなってきた。
■東雲七生 > 「何の経験で何のプロなんすか。
……ていうか童貞っぽいは当人の問題だから放っといってやって欲しいっすよ!!」
流石にほぉーすげぇーと感心するほど子供ではない。見た目だけ。飽く迄見た目だけだ。
酷くいい加減なところまで聞いてた通りだ、と思った心にそっと蓋をして、
「野球もあんましたことないっすね。
……暇な時は大体島中走り回ったりしてるんすけど。
ていうか近っ……近いっす先生。」
文字通り島中。あっちこっちだ。
やたら馴れ馴れしく絡んでくることに戸惑いつつも、蓋盛先生の為人についてそれとなく観察する。
すん、と一度だけ小さく鼻が鳴った。
■蓋盛 > 「そりゃ養護教諭としてのだよ。
えー、あたし童貞は別に悪いと思ってないけど、やっぱり男の子って気にするもんなの?
限りある童貞なんだから、もっと大事にしようぜぇ」
にひ、と目を細めて笑う。
からかいがいのある相手と見なしているのは明らかだ。
「島中走り回ってるって、多分初めて聞く趣味だなぁ。楽しいのそれ?
なんか野生児っぽい。もっとこう……文化的な活動にご興味は?」
強引な動きではないが、拒まなければ腕を回してどんどん遠慮せずにひっついて、顔を近づける。
絡んでくる蓋盛の身体からは、染み付いた煙草のにおいがする。
■東雲七生 > 「養護教諭ってそういうトコまで見る仕事なんすか……?
別に俺は気にしないっすけどぉ!
ていうか気にする気にしない関係無くそっとしといて!」
──童貞よりも大事にしなきゃいけない物があると思う。
──そう、例えばデリカシーとか。
……などとは思っても口にはしないのは、目の前の保健の先生を、一応大人として、一応敬っているが故である。
からかわれている事も、薄々勘付きながらも付き合いの良い性分からか大仰な反応を返してしまう。
「楽しいっすよ。障害物だらけで。
異邦人街なんて家の形もあれこれ違うし、飽きないっすよ。
……文化的と言うと、えーと……うーん…?」
パッとは思い付かなかった。
考えてる間にも顔が近づき、思わず身体ごと後ずさる。
わずかに香るタバコの残り香のなかにアルコールのにおいを探したが、
(……嘘だろ、素面なのかこの先生……!)
■蓋盛 > 「めっちゃ気にしてるように見えるけど気のせい?
あたしそういうのよくわかんないんだよねぇ~」
本当にわかっていないのかわかっていてなのか、判別はいまいち難しい。
「いやあ、ただ走り回るだけだと同好の士とかいなくて寂しいんじゃないかって。
陸上とかはやらないの? それともそういう秩序にはとらわれたくないタイプ?」
世間話をしながらも、ごく当たり前のように、どんどん密着度合いは高まっていく。柔らかい箇所も押し付けられる。
徐々にスキンシップはエスカレートして、あちこちをぐにぐにぺたぺたと好き勝手触りはじめる。
男を色香で煽っているというよりは、少年のことをクッションか何かぐらいにしか思っていない気配がある。
「あ、パッと見より鍛えてるなぁ。走り回ってるってのはほんとみたいだね」
無邪気なコメント。
残念ながら蓋盛は素面でも初対面の相手に過剰な接触を行うことがある良識に欠けた教員だった。
拒む姿勢を見せないと大変なことになるかもしれない。
■東雲七生 > 「わか……んないっすよねぇ!
きっと気のせいっすよ、ハイ!」
わかってたまるか、と勢いで言いそうになって慌てて舵を取る。
いや、もしかしたらもしかするかもしれないとは思ったが、もしかしてたまるか、という思いの方が勝ってしまった。
「いや、部活とかはあんまり……その、他にも色々することあったりするんで。
ていうか近いっす先生、先生!」
最初は戸惑いが大きかったが、次第に気恥ずかしさが勝り、頬が赤らんでくる。
異性との接触が無い訳ではないどころか、同年代の同性と比べたらよっぽど多いんじゃないかと言うことに気付き始めたとはいえ、
それでもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「ちょっ、どこ触ってんすか!
くすぐっ……そりゃ、鍛えてますよ!でも思ったほどマッチョにならなくて……!」
組んず解れつするには些か晴天の下で気温が高過ぎる。
ナチュラルなのかどうかすら分からない過度なスキンシップに、流石の七生も制止の声を掛けた。
「てか、ちょっ、ストップ!すとーっぷ!」
■蓋盛 > 「そっかぁ……君なら常世の陸上の星になれると思ったんだが。
実に惜しい。うむ、実に惜しい……」
実際に走ったり駆けたりするのを見たわけでもないというか初対面のはずなのに
平気でこういうことが言える人間であった。
「なにってほら、いろんな肉を触って健康状態を確かめてるんだよぉ。
こうやって生徒の健康を把握するのも立派な養護教諭の仕事なんだよ?
嘘だけど」
好き勝手されながらもちゃんと返事をしてくれる律儀さが面白い。
全国の真面目な養護教諭に、そろそろ謝ったほうがいい。
「あ、はい」
制止の声が上がれば、驚くほど簡単に身を離して、首筋の汗を白衣の袖で拭った。
今までの行為がウソだったかのように、平然とベンチに座り直す。
こうして止められることまで含めて、慣れっこなのかもしれない。
「触っても怒らなさそうな顔してたから、つい。
かわいいねえきみは」
相変わらずの悪びれない笑顔。淫らな興奮の影はそこにはない。
■東雲七生 > 「別に、あんまり目立ったりする事はしたくないっていうか……
つーか全力で適当な事言ってますよねさっきから!」
いい加減にしろ、と裏手でツッコミを入れる。
どうにも異性の、年上の先生という認識を薄れさせてくる言動にどう対応すれば良いのか当惑しっぱなしだ。
少しだけ上がった息を整えつつ、同じくベンチに座り直すとぐったりと背凭れに体を預ける。
途方もなく疲れた気がする。
「別に怒ってるわけじゃないっすけど。
……ただ、ああいう風にグイグイ来られるのは、ちょっと……」
恥かしいっす、と顔を背けながら呟く。
ある程度気心知れた仲であったとしても恥ずかしいのだから、
初対面とあればたとえ健康状態を確かめてるのであっても恥ずかしいのだ。
まあ、嘘だったのだけど。
■蓋盛 > 「おやおや失礼なことを言ってくれるじゃないか。
これでもここ数年で最高に真面目な蓋盛と言われているんだ。
モンドセレクション金賞も多分かたいね」
モンドセレクションが何かを蓋盛はよく知らない。
露骨に疲れ恥ずかしがる彼の姿をにこにこと菩薩の表情でしばし眺める。
「なるほど。じゃあグイグイ行かなければいいんだね。
お友達から始めてみようか?」
うんうん、と一人頷いて、
そーっと少年の手に自らの手を重ねようとする。
■東雲七生 > 「当人比何%の真面目さなんすか!
……はぁ、あー……もう。」
調子狂うなあ、と頭を掻いてから大きく息を吐く。
どうも同級生の、それも同性と話している様な気がして、
うっかり言葉が崩れるのではないかと、さっきから気が気でならないのだ。
別に目の前の保健教諭がそういう事を気にするようには見えないが、偏に七生側のポリシーの問題である。
「お友達からって……一応、先生と生徒っすよ?
……あ、でも蓋盛先生って……。」
彼女にまつわる噂の事を思い出す。
複数の生徒とも関係を持つという噂だが、自分とは無関係な世界の事だと思って気にしないで居たのだが。
お友達から、と添えられた手を見て、逡巡の後。
「んまあ、良いっすけど!
……馴れ馴れしくすることは無いっすよ、少なくとも学校では。」
にぱっ、と無邪気に笑みを浮かべて頷く。
噂はあくまで噂、それが事実であれ“そうなるようにしてなった”のであればそれが全てというわけでもない。
であれば、変に訝しむ方が失礼に値するというものだ。
──少なくとも、七生はそう考える。
■蓋盛 > 「あたしにとっちゃ、全部が真面目で――全部が遊びさ」
彼の見せた逡巡に、気づいた素振りは見せず。
手を軽く握る。
「立場じゃあ人をスキになる気持ちは縛れないさ。
そして仲の良い相手は多いほうがいい。
仲良くしてやってくれよ、よければ……程々にね」
にぃ、と歯を見せて笑う。少年の笑みを鏡に写したような、屈託のないもの。
少なくとも、邪な意図は、そこには混じっていない。
手を離し、立ち上がる。
「なかなか有意義なサボりの時間を過ごさせてもらった。ありがとう。
次はスタジアムで決着をつけよう」
腕を大きく振りかぶる。虚空に向けて投球のモーション。
機嫌よさそうにスキップしながら、屋上を後にしていく。
ご案内:「屋上」から蓋盛さんが去りました。
■東雲七生 > 「あはは、遊ぶのにも真面目なんすね。」
好感を持っていいのか、悪いのか。
まあ真面目一辺倒の教師も居ることだし、バランスも良いのではなかろうか。
そんな双方に失礼な事を考えつつ、握手を済ませて。
「まあ、それはそうかもしんないっすけどね──
んっす、こちらこそっす。」
互いに邪気の無い、屈託のない笑みを交わして。
ベンチを立ちその場から離れる白衣の背を目で追って。
……だから俺、野球しないって言ってるじゃないっすか、と苦笑交じりに呟いてから。
「……俺も、自習でもしよう。」
今度具合が悪くなった時は保健室、行ってみようか。
そんな事を思いつつ、頭に描いたバットを一振りして屋上を後にした。
ご案内:「屋上」から東雲七生さんが去りました。