2016/06/16 のログ
ご案内:「教室」にヨキさんが現れました。
ヨキ > かつて2500を超える植物に名を与えた「植物学の父」と称される碩学は、50年余りも植物に恋をしてなお情熱冷めやらぬ人物であったという。
ヨキの脳裏に、スラムで出会ったアルミの言葉が残っていた。「キミは恋してる?」。

美と相対して陶酔することのできるヨキにはしかし、自分が恋の酩酊からはほとんど縁遠い男であるという自覚があった。
完全なるものへの指向性――それが自身を獣たらしめている最後の壁であることを、何度も突き付けられてきたにも拘わらず。

黄色やオレンジや黄緑や白、明るい色の大きな花々を挿した花瓶を、イーゼルの前に腰掛けたヨキが黙々と鉛筆で写し取っていた。
放課後の美術室。廊下に人気はなく、開け放した窓の向こうに、楽器の音色や学生らの声が遠く聞こえてくる。

ご案内:「教室」にヘルトさんが現れました。
ヨキ > 芸術に対する揺るぎない情熱が、果たして恋情かと問われれば疑問だ。
拠りどころなくして唐突に人間の姿と言葉を得、異世界に放り出されたヨキにとっての、唯一無二の生きる術だった。

“論理的なるもの”の下位から出発した、感性的な学問。
人間の生き死ににおよそ関わることがなく、けれども不可分にして、時に倫理と相反し、ときに崇高と結び付くもの……。

地道な創作に立ち戻るごと、ヨキは初心に返ることができた。
鉛筆のみで仕上げるデッサンよりも簡潔な描線が紙の上に現れると、椅子の横に置いていた画材の一式から水彩絵具を準備する。

ヘルト > 遠くからでも聞こえるだろう金属がぶつかり立てる音。
一歩また一歩とその音が美術室へ近づいてゆき、その目の前で一度制止した。

「うーっす、ヨキセンセいるか?」

ぬっとドアから顔を出すいかつい顔の男。
その手にはコンビニの袋がぶら下がっていた。

ヨキ > 振り返る。
その顔を見て、はじめに思い出したのは弧を描いて放られた干し肉だった。

「おや……ヘルト」

着彩に入る前に、筆やパレットの類を小脇の道具箱に置いて立ち上がる。
長いこと座りっぱなしで絵に打ち込んでいたらしく、ううん、と気持ちよさそうに伸びをした。
彼が手にしたコンビニの袋を一瞥して、旧知の友人のように出迎える。

「珍しいな、君が美術室を尋ねてくるとは。何か用かね?」

ヘルトとは二週間前、転移荒野で獣の姿をして遭遇したばかりだった。