2016/11/09 のログ
■美澄 蘭 > 次は一般的なトリオにトランペットとテナーサックスが加わるジャズコンボのようだ。
お茶のカップを手に取りながら、期待の瞳で演奏エリアを見つめる。
始まったのは、割と近年のオリジナル曲のようで、蘭は知らないものだった。
それでも、ドラムやベースの作り出すエッジの効いたリズム感が身体に心地よく、控えめながら、蘭の身体が音楽に乗るように軽く横に揺れている。
「〜♪」
通常の授業がなくなり、ピアノの練習も追い込みではあるが…流石に、ずっと一人でピアノにはり付いていると息が詰まるのだ。
ジャンル違いだし、アマチュアの演奏ではあるが…それでも、こうしていると、音楽の楽しみの、原初に還れるような気分になった。
■美澄 蘭 > 練習も大詰めだ。
ミスは大分減っているが、流石に通しだとノーミスは難しいだろう。
演奏の表情の方は、以前先生に指摘された弱点はかなり克服出来たと思う。
(…あとは、本番で私が楽しめるか、やりきったと思えるかどうかよね。
もしかしたら、最後になるかもしれないんだし)
紅茶を啜りながら、演奏エリアで演奏している青年達に視線を注ぐ。
…笑ったりしているわけではないが…蘭には、彼らがとても気持ちよく演奏しているように感じられた。
ご案内:「教室」に有賀 幸作さんが現れました。
■有賀 幸作 >
「全く、とんでもない人出だ」
誰何にも無く男は呟き、摺り落ちた眼鏡を直して店内に入ってくる。
天下の常世祭ともなれば、往来は人でごった返し、足の踏み場も見出せぬ有様。
宛ら波間の稚魚の体で、あっぷあっぷと人波掻き分け、どうにか辿りついた先が此処。
しかし、生憎、満員御礼の体であり、空席は一つ足りとて見当たらない。
「いやはや、これは参ったな……」
呟く男は右往左往と視線を巡らせ、どうにか一つ、見つけたのは、女子が一人で座るテーブル席。
女子一人のそれ、声を掛けるも躊躇ったが、脚の疲れが背を押した。
「ええと、失礼、御嬢さん。相席、よろしいでしょうか?」
男当人も内心で驚くほど、その問いはさっと出た。
■美澄 蘭 > ジャズコンボの演奏が終わり、演奏エリアから退場する彼らを拍手で見送る。
…と、そこにかけられる、男性の声。
「………あ、はい。構いませんけど………」
躊躇いがちに頷く。左右で色違いの大きな目が、戸惑いを示すように瞬いた。
声の主は草臥れた背広の、あまり風体の良くない男性で、この店のような場所に興味があるようにはあまり見えないが…彼のような者をしてここに押し出し、蘭に相席を申し出させる程度には、今のこの学園都市は人で溢れているようだった。
「………ジャズ、お好きなんですか?」
何となく、男性にそう尋ねてみる。次は、ピアノとドラム、ギターという変わり種のトリオが演奏するらしく、準備を進めていた。
■有賀 幸作 >
「これはありがたい」
すぐさま、男は崩れ落ちるように椅子に深く腰を降し、背広を脱いで背凭れに掛ける。
背広の下のポロシャツもまた野暮ったい。
現れた店員にはすぐさまアイス珈琲を注文し、相席を許してくれたの少女の問いには、ぎこちなく笑った。
「嫌いではありません。
いや、より正確に言えば、音楽の類には明るくないもので……好嫌を仔細まで延べられるほど、造詣を持ち得ていないのです。
仰る御嬢さんは、やはりそれが好きでいらっしゃるのですか?」
どうにか一息つけた安心からか、男も饒舌に言葉を零す。
■美澄 蘭 > 「………随分、お疲れみたいですね」
ピアノの練習で消耗し続けていた自分が言える言葉でもないが、目の前の男性の崩れ落ち方があんまりにも極端で、つい苦笑いを零してしまった。
…そして、彼の風体から想像出来たのと大差ない答えが返ってくれば、疲れた彼に余計な気を遣わせまいと、にこ、と人の良さそうな笑みを作ってみせ、
「そうですか…でも、嫌いじゃなくて良かったです。
あなたも大変でしょうし…折角演奏する彼ら彼女らも、可哀想ですから」
と、演奏エリアの方に目を向けた。
変わり種のトリオは男女混合のメンバーで、ギターとドラムが女性というこれまた変わり種。
演奏し始めるのは、往年の名曲のアレンジのようだ。
「………ええ、私は専門はクラシックですけど。
聞くのは、色んなジャンルが好きですよ。クラシックも、ジャズも…現代音楽も、ロックだって聞きます」
演奏を邪魔しないように、ボリュームやトーンを抑圧した、やや囁き気味のソプラノで語って。
少女は、はにかむように笑んだ。
■有賀 幸作 >
「ははは、いや、人混みはどうにも苦手なもので」
また摺り落ちた眼鏡を直し、癖毛を撫でつけながら、ハンカチで額の汗を拭う。
苦笑には苦笑で返して、男は改めて椅子に座り直し、ぐるりと店内を見回して、答える。
「なるほど、御嬢さんはそうなると、音楽に対しては博識でいらっしゃるようだ。
いやはや、それじゃあ、門外漢の私では中々気の利いた事が言えませんで、申し訳ありません」
これまた、返す答えは、苦笑交じりの下手っぴ笑い。
少女の可憐なはにかみ笑顔とは、まるで互い違いの体である。
三人組の三重奏を背景にしながら、注文した珈琲を待つ。
「御嬢さんは、私とは違って、自分の好みでこの店にいらしたのですか?」
■美澄 蘭 > 「…私も、あんまり人ごみは好きじゃないですけど…
こんな時期に一人で篭りっぱなしなのも、息が詰まっちゃって」
おどけるように、少しだけ肩をすくめて笑う。
静かな編成の邪魔をしないように、笑い声はくすりとひそめて。
「…博識、でもないですよ。自分の専門分野で精一杯なので、他のジャンルはあまり。
特にジャズなんかは、リズムの捉え方が大分変わっちゃいますしね」
「聞くのが好きなだけです」と、口元には笑みを刻みながらも首を横に振る。
謙遜ではなく、ジャズの演奏知識はさほどない。
…それでも、内心(…ジャズにしても、このテンポの揺れは不自然なような…?)なんて、たまに思ったりしているのだが。
少女の不意の瞬きが、彼女が抱く違和感を示していなくもないが…少女と相席をした男性が、それに気付くかどうか。
「ええ…といっても、音楽実習棟から近くて、来やすかったっていう方が大きいですけど。
こういう場所なら、音楽に浸っていれば一人でもそんなに不自然じゃないですし、息抜きに丁度良いと思って」
「自分の好み」という点は肯定するが、その他付随する部分が、不純といえば不純だった。
■有賀 幸作 >
蓬髪と眼鏡に合わさった男の笑顔はどうにもぎこちない。
嘘の笑みではなく、単純に笑うのが下手糞なのだ。
「ははは、となれば、この店の音楽家の皆々様は、音楽家冥利に尽きるでしょうな」
声色は低く、互いに響くだけの声に男もなるたけ留めて、相変わらずの下手糞な笑みを返す。
「人混みを避け、一人で安らぐ息抜きに、正しく心安らげる術として己の技を使って頂けるのならば、奏者としては喜ばしい事でありましょう。
何せ、自分の奏でた音と流れに、身を任せて頂いているのですから」
音楽に対して、ああだこうだと言う知識は男にはない。
素人了見でしか男は物を言えない。
だからこそ、単純に思った事を、そのまま口に出した。
■美澄 蘭 > 「…そう、ですね。きっと彼らもそのつもりで演奏してくれているんでしょうから」
男の思いに対して、少女の反応は、ややぎこちない笑みで返った。
蘭が今練習している曲は「安らぐ」なんてものではないし…その音楽作りだって、「顕示」のためにやっているものだ。
こういう場の「伴奏用」の演奏であれば、そのように準備するが…今の自分のピアノは、そんな「イイコ」ではない。
…けれど、音楽に明るくない彼相手に、そんな話をぶつけても、誰も得をしないから。
…と、そうこうしているうちに変わり種トリオの演奏が終わる。
少女は、退場する彼らを拍手で見送り…それから、立ち上がった。
「それでは、私はそろそろ自分の練習に戻りますね。
…お身体、お気をつけて」
治癒魔術とはいえ、学園祭の出店の中で魔術を発動させるわけにはいかないと判断して、治癒魔術の申し出はしなかった。
■有賀 幸作 >
演奏に一応の拍手を送りながら、立ち上がる少女に視線を戻す。
「練習? ああ、そういえば、専門はクラシックと申していましたな。
実習棟も近くにあるとかなんとか……」
少女の内に秘めたる懊悩、男に知れる筈もなく、最初の通りの下手糞な笑みを返しながら、男は喋る。
「御嬢さんも、近々どこかで公演か何かを?」
■美澄 蘭 > 「ええ…音楽の実技授業を取っている学生が出る発表会に、私も出るんです。
…ずっと好きで、いつかやりたいと思ってた曲を選んだので…悔いが残らないようにしたくて」
「公演の予定」を聞かれれば、そのように答える。
…が、ふと、名を知っていてもらわなくては、日程を調べることも出来ないことに気付き。
「…ああ、そうだ。私、美澄 蘭(みすみ らん)って言います。
実技はピアノをやってて…プログラムはネットに出てますから、もし、ご迷惑でなければ」
そう、名乗った。
相手が音楽に造形のないことを考えてか、誘い文句は随分卑小だったが。
■有賀 幸作 >
「それは大事だ。
好きな事をやりきるというのは、確かに悔いを残しては勿体ない」
など、男もぎこちなく笑って返す。
「これは、御丁寧にありがたい。自分は出向研究生の有賀 幸作(ありが こうさく)と申します。
美澄さんの公演、この縁の印と思って、是非とも聴かせて頂きます。
プログラムの検索もネットでわかるなら安心だ。
パソコンの方でしたら、音楽と比べれば覚えはありますので」
名乗りに対して、男……幸作も名乗り返して、小さく頷いた。
■美澄 蘭 > 「ええ…もうそろそろ、進路のことも考えないといけないですから」
そう言って、口元には笑みを残したまま、やや目を伏せる。
ピアノを続けていくことについて、少女が迷っているのは想像に難くないだろう。
「有賀さん、ですね。
…私がやるの、あまり「安らげる」曲じゃありませんけど…それで良ければ。
…研究をされてる人でしたら、ネットでの検索くらいはわけないですね」
そして、相手から名乗り返されれば…はにかんだ笑みを返した。
「…それでは…寒い時期ですけど、有賀さんも体調にはお気をつけて」
そして…蘭は出入り口の方にしゃきしゃきとした足取りで向かい、会計を済ませてジャズ喫茶を後にしたのだった。
ご案内:「教室」から美澄 蘭さんが去りました。
■有賀 幸作 >
「ええ、それは、それこそ美澄さんもお気をつけて。
公演前に体を壊しては、それこそ大事だ」
そう言って、手を振りただただ、少女を見送る。
丁度、擦違いに注文したアイス珈琲がテーブルに届けられ、幸作も一口それで喉を潤す。
そうして、完全に少女……美澄の姿が視界から消えてから、大きく、溜息を吐いた。
「やれ……輝かしい青春じゃあないか」
好きを続けた先で、恐らくは進路に迷う。
それはとてつもなく、幸作からすれば輝かしい若気に見えた。
■有賀 幸作 >
「全くもって、苛立たしい」
口に出して、珈琲を啜る。
別に苛立たしいといっても、美澄に対して苛立つわけではない。
若い美空で己の有様に悩み、今後や行く末に一喜一憂する。
あの少女くらいに若い時分、それこそ幸作はそのような事は出来ていなかった。
それを、果たそうとしている美澄の直向きさに感心するより先に、「なんだ立派な御身分じゃないか」と嫉妬する自分に、思わず幸作は舌打ちしたのだ。
大の男が、一体どれだけ情けないのかと。
「己が如何者であるのか……あの子には知れた事なのであろうか
いや、知る為にこそ、挑んでいるのではなかろうか」
知る意気地も無い自分とは、比ぶるべくもない。
ただ、幸作は溜息をついて、浮世の如く、苦いばかりのアイス珈琲を啜った。
ご案内:「教室」から有賀 幸作さんが去りました。