2017/01/13 のログ
ご案内:「教室」にミラさんが現れました。
ご案内:「教室」に飛鷹与一さんが現れました。
■ミラ > 夕刻、日も落ちほとんどの生徒が自室に帰ったであろう頃
普段あまり使われない講義室の一室に煌々と明かりがついていた。
そこには数人の生徒がおり、各自歓談に興じたり、課題に手を付けたりしている。
そんな中突然講義室の扉ががらりと開く。
そこには無表情な少女が立っており、ちらりと時間を確認した後
教室に目を走らせる。
「礼は要らない」
開口一番立ち上がりかける生徒達にそんな言葉を投げながら
とことこと教壇へと歩いていく。
余り生徒数は多いとは言えないが
そもそも掲示板に張り出した時点で
"課題多数、復習必須"とだけ書かれているような授業で
よほど熱心な生徒以外参加しようなどとは思わないだろうから。
■飛鷹与一 > 本日の何時もの授業を終えて、時刻はすでに夕刻。この時期になるととっくに日が落ちており外はもう暗い。
そんな中でも、とある講義室だけは煌々とした灯りが点っており、そこには数人の生徒の姿。
その数は10人にも満たない程度で、見た目も雰囲気も当然ながらバラバラだ。
各々が雑談したり課題に手を付けている中、一人ポツンと佇みながら課題を解き終えて一息つく少年。
相変らず、覇気も生気も全く感じられない死人のような瞳を一度周囲に走らせる。
…談笑に加わる気は特にない。基本的に受身型なので、話を振られたら答える程度だ。
と、そんな事をしていたら扉がガラリと開く。現れた姿に視線を向け…礼、は要らないらしい。
「………。」
周りが立ち上がり掛けた中、既に承知していたのか礼も立ち上がりもせずに佇む。
何人かが「何だアイツ」という視線を向けてくるが、その視線は受け流して解いた課題の確認をしておこうか。
課題はきっちり全部やってきたし、復習もしてきた。
だが、少年的に一つ引っ掛かる事があった。なので若干顔が浮かばない。
(今回の課題…解答は埋められたけど、別解があるような気がするんだよな。そこまで辿り着けなかったのは、まだまだ”理解が足りない”のかもしれない)
そう内心で溜息を零しつつも視線はミラ講師へと真っ直ぐ向けており。
■ミラ > 「授業を始める。
前回はこの世界における魔術の歴史についてけれど
近年の発達も含め各自で理解できたものだと思う」
教壇の向こうの横の台に乗りながら生徒を一瞥し
さり気なく要求レベルの高いことを当たり前に言い放つ。
「前回の課題は授業終わりに集める。
各自質問や再解説が必要な項目を理解し次第この子に渡して」
彼女が乗っていた台がガバリと口を開け、ぱくぱくと挨拶のような動きをする。
ずらりと並んだ牙は金属質の輝きが大変健康的で虫歯や錆とは無縁そうだ。
何処からどう見てもミミックの類にしか見えないかもしれない。
それは彼女を乗せたままいそいそと教台の陰に回り込んでいく。
そのまま彼女はそこに手をつき……
「さて」
ちらりと見渡して一言。
「課題を終わらせたなら当然質問があって然るべき。
そういう風に作成しておいた。
前回に参加していない生徒もいると思う。
進行上、数分質問に答える時間を設ける」
いきなり心を折られるようなことを言い出す。
顔を見合わせる幾人かの生徒達。
課題を最初に回収しないのにはこういう意図がある。
課題を終わらせて初めて次の授業についてこられるように。
回答自体はそう難しくはなかったはずだ。少なくとも彼女基準では。
けれど特に質問がないのは"こちら"の魔術に染まっているからか。
「……何もない?」
静まり切った教室を眺めながら小さく首をかしげる。
■飛鷹与一 > (……さて、どうなるやら)
既に彼女の授業の講義は何度か受けているが、まずこちら…生徒の心の隙間を突いて来る様なパターンが多い。
自然、その辺りを理解している生徒は緊張を顔に滲ませたりしている。
そんな中、何故か一人だけパラパラとノートを捲って課題内容を再確認。
不真面目、という訳ではない。課題内容をこの期に及んで確認しているのはちゃんと意味が或る。
続くミラ講師の言葉に、やっとそこで顔を上げる。…あのミミックじみた台は取り敢えず置いておこう。
目撃するのはこれが初めてではない。事実、初参加の数人は驚いているが、自分を含めて既に目撃経験がある生徒は割と平静だ。
ともあれ、ミミック台はミラ講師を乗せたまま教卓の影へと移動。
授業が始まる――前に、彼女が発した言葉に、周囲の生徒たちが顔を見合わせて。
そんな中、徐に右手をゆっくりと挙げて。立ち上がる事はしなくてよさそうなので着席したまま。
「……質問です。魔術の発達による多様性の項目の12番目。魔力容量と適性値の相関関係ですが…容量は十二分にあると仮定して、適性値が無い場合はこちらの魔術への親和性が低いという事で間違いないでしょうか?」
その質問は意味がある。何故ならこの項目。この内容はズバリこの少年に当てはまるからだ。
魔力容量は十分あるが、肝心のこの世界の魔術への適性値が”0”。
つまり、この世界に生まれながらもこの世界の魔術が何故か全く使えない者。
■ミラ > 「……魔術の大きな要因として【大変容】があるのは各自理解していると思う。
近代史において急激に進んだ魔術という分野は大変容による他文化の流入という点を除いて語ることはできない。
この辺りは現地人や私より長くこちらにいる人のほうが詳しいはず。
なので特に語ることはしないけれど」
軽く見渡す。
「大変容以前の魔術は世間に認知を受けるほどの
実効性を所持していない。それが当たり前となったのはそれこそ極最近のこと。
同様の能力、効果を持つ現象を引き起こす行為が多文化から流入したからこそ
この世界の魔法は実体を手に入れた」
淡々と黒板に図を描いていきながら言葉を繋いでいく。
既に記号が多数入り混じった数式なども記入されているが彼女が手を止めることはない。
「そしてそれは世界に変革をもたらした。
違う生物、違う文化、違う技術、それらが少しずついりまじり、
この島のような社会を形成している。
そしてそれらをつなぐのは類似性。
人と姿が似ている、現象が似ている、響きが似ている
それらを共通識とすることで社会という土台に組み込んだ。
それが現状。課題の際に年表等眺めたと思う」
ここでやっと手を止め、生徒に振りかえる。
「……明らかに矛盾している。姿かたち、文化処か生育環境、惑星
惑星に影響を与える恒星、それ等が悉く違い
その違いが文化の発展と混乱をもたらし現状においても
解決しえない問題となっているこの世界で
どうして"魔法"という定義すらしっかりしなかったものが
それらすべての共通識として成り立っているのか。
もともと何一つ説明できなかったものを、別の全く説明できないものと"一緒"と何をもって断言するのか」
それはわからないものをわからないものとして一括で管理するに等しい。
手を出さないのであればそれでも良いだろう。
しかし力として振るう事が許されている現代において
"分からないもの"を振るう事がいかに危険か。
この世界はあまりにもそれに無頓着だと彼女は思う。
「むしろ同じ名称で呼ばれているだけで
世界が違うものは全く別のものとして扱うべきだというのは学術的に見て明白」
ここでやっと手を挙げた少年に目を向ける。
「つまりまったく別のものの総称である魔術において
一つの手段に親和性がないということは其れその物への適応性がないというのとイコールではない。
ただ同じ場所に行くのに車で行くか飛行機で行くか程度の違い。
車に乗れないからと言って飛行機に乗れないなんて言うのはナンセンス」
バッサリと現代の魔術の教科書や扱いを否定しつつ
それは手段の違いでしかないとの回答を返す。
ただその方法が現状機能しないだけ。
そしてそれが将来そうであるかは定かではない。
■飛鷹与一 > 彼女の解説を生徒は黙って聞いている。質問したこの少年も、質問はしたが彼女の解説に口を挟む事はしない。
(…要するに、”急拵えの受け皿”なのが現状なのかな。このままだと当然皿から”溢れて破綻する”)
雑多なものを表面上だけしか類別せず、結局ごちゃ混ぜになったような状況が今として。
大変容からそれなりの時間は経過しているが、急激に流入した”外”からの文化や技術、能力をまだ受け止め切れていない。
死んだ瞳が黒板に書かれている数式や図形を眺める。それを即興で全て理解できる程に少年は天才ではない、が。
(…だから、類似性のある事柄を大まかに分別して一つに纏めている。
が、これだと”見た目が似ていても実は全く逆の特性を持つ”ものまで一緒になる。
そうなると、化学反応のように思いも寄らない事が自然と起きる)
そして、徐にこちらへの返答が返されれば小さく頷く。こちらの魔術の適性が無くてもそれで魔術そのものが使えない、という事にはならない。
何故なら、魔術はこの世界にあるものだけでない。異世界のを含めそれこそ星の数ほどあるだろうから。
「目標にいたる手段は決して一つだけではない。多様性ですね正に。車が自分は運転できない。じゃあそこで諦めず…。
また別の、飛行機なり電車なり自転車なり徒歩なり、”自分に最適な移動手段を模索して目的地まで移動する”事が肝心、と」
到達点が同じなら、そこに至るまでの道筋…過程を”変えていけばいい”。
今の自分は一つの選択肢が潰れただけだ。他の道はそれこそ未知数で。だからこそ幅がある。
■ミラ > 「その通り」
少年の回答に小さくうなずく。
方法が無数にあるうち、一つが使えないからと言って
それが向いていないなんて言うのはあまりにももったいなく、無責任だ。
「ここまで話せばそろそろ理解できているものと思う。
貴方達が普段絶対だと思っている科学や物理、
時には私たちの感覚自体がこの世界を紐解くためのツールに過ぎないということ。
手段を手段以上にも以下にも見てはいけない。
私達が扱うものはこの世界の感覚の"魔術"と一口で括ってしまえるほど
簡単でも、弱弱しいものでもない」
そう告げると片手を開く。
「……コール」
掌に小さな灯がともる。
この教室に集うようなものであればだれもが見たことのあるような簡単な火球を生み出す魔術。
……一つ違う点といえばそれが瞬く間に渦巻き、輝きを増しながら熱量を上げていくこと。
「こんな簡単な"魔術"一つでも
私なら貴方達の消費量の半分でこの教室程度吹き飛ばせる。
心して、覚えて。忘れないで。
私が教え、貴方達が振るうものはそれだけの可能性
……ヒトを殺しヒトを生かす可能性があるものだということを」
掌の火球……もはや火とは呼べない輝きを放つそれは教室に熱風をまき散らす。
それは今はまだやけどになるようなものではないが、
寒波に襲われ冷え込んでいた室内の温度を物の数秒で上げていく。
そのまま維持すればどうなるかは……文字通り"火を見るより明らか"だ。
■飛鷹与一 > 「分かりました、ありがとうございます」
質問をした手前、一言礼を述べてから息を一つ。要するに…。
自分が魔術を使えない、と決め付けるのは早計に過ぎるのだ。
偶々、この世界の魔術が思うように使えないのはもう個性として割り切る。
なら、別の手段で、または別の世界の魔術を使えるように努力、模索すればいい。
(そうなると、やっぱり自分に向いた…適性が高い方法を把握しないといけない、か)
魔術という枠組みと常識に囚われすぎていてはいけない。固定観念を持ちすぎてはいけない。
まぁ、こう思うのは簡単だが、それを実践するのは矢張り難しいのだ。
そういう知識や先入観が既に或る状態なのだから。だが…。
「それを”理解する”。…まずはそこだな」
独り言のように小さく呟いてから、ミラ講師へと改めて意識を戻す。
丁度、彼女が簡単な初歩の火球の魔術を展開したところだ。
己は使えないが、この場にいるほかの生徒は多分普通に使えるだろう。
そして、彼女の言葉…それは警告であり、戒めであり、願いであり、思いか。
…もっとも、その間にも維持され続けている火球を熱源として教室の温度が急上昇している。
慌てる生徒の姿も出てきているようだが、少年の所だけは何故か極端に温度の上昇が”遅い”。
原因は単純で、少年の異能が勝手に危機感知をして影響を他所に押し付けているのだ。
実際、すぐ隣の生徒などは彼の分の温度上昇も受けて急激にヘロヘロしている。
(……うーん…魔術の行使とは違うのかもしれないけど)
そして、自分の異能はさて置き、少年は何故かミラ講師の片手で渦巻く火球を注視している。
その瞳は相変らず死んでいるが、よく見れば何かを映している…本人にもわかって居ないが。
「……記号…計算式…図解…モデル図?」
ブツブツと呟いていたが、フと我に返る。他の生徒は平気だろうか?
■ミラ > 一瞬恐怖の色が混ざった生徒達の瞳を無表情に一瞥した後
輻射熱で火が付く前にさっさと握り消してしまう。
「さて、ここからは制御の話に戻る。
ここからは貴方達にも分かるように出来るだけ此方の学問で解説していく。
私が学園から求められた授業は制御術であって道徳ではない」
そうして黒板に再び向き合い図を書き始める。
「この世界で最も使用されている魔術を私は感覚魔法と呼んでいる。
貴方達はまず授業でイメージすることを求められたはず。
確かに魔術に限らず特異現象を起こす事にはイメージ力は必要不可欠。
より強くイメージし、貴方達自身を回路とすることによって現実にそのイメージや願望を映す。
それが今現在魔術として流布している物の正体」
そのプロセスを図示し、続いて別の図を黒板に書き始め、
ふと教室を振り返る。ほとんどの生徒が先ほどの魔術の影響か惚けてしまっており……
「何をしている?授業はもう進行している。板書。
ノートに書かなくても理解できるなら構わないけれど」
その言葉で慌ててノートを取り始める生徒たちを眺めながら一角に目を向ける。
どうやら彼は無意識の発動型らしい。
なかなか面白い異能の持ち主のよう。授業はかなりわかりやすく受けられそうだ。
彼女が教える以上、それらは頻繁に出てくることとなるだろうから。
「私が授業してほしいといわれたのは
貴方達自身のみならず回路その物を構成、効率化するもの。
例として先ほどの火炎術式のプロセスは……こちらではこんな感じになる」
黒板に書かれた式を見て生徒の一部が目を白黒させた。
『嘘だろ……ってことはさっきの核反応じゃねぇか……』
そんな呟きが周囲の生徒にも聞こえたのだろう。
ぎょっとした雰囲気が広がるが講師は完全に無視していた。
放射線を出すようなそんな間抜けな事をするわけがない。
「少なくともこの数式程度は理解できなければ
この回路は"形成"出来ない。詳細の説明は省く。
各自復習して理解してほしい。慣れれば簡単」
なわけあるか!という無言の叫びが生徒から聞こえた気がするが
たぶん気のせいだと思う。だって簡単だし。
■飛鷹与一 > ちなみに、ただ一人だけ何時もの無表情と死んだ瞳で、ひたすら火球を凝視して首を傾げていた模様。
頭で理解するだけでなく、”視覚情報に置き換えて捉える”事にどうやら少年は優れているらしい。
実際の所、彼自身の異能はまた別でこの視覚情報化とは繋がりが無い。
ただ、異能が勝手に発動して影響を緩和したのに連動したのか、”別のもの”が発揮されただけだ。
(…ミラ講師に後で聞いてみるべきかな…何で図形とか数式が見えたんだろうか)
異能は別として、こっちの方は本当に自覚すら無かったので首を傾げて。
ただ、幸いというべきか他の生徒よりも早く復帰出来たので早速ノートに書き取りをしている。
当然、そうしている間も彼女の話は聞き逃さないように努める。こういう地道な姿勢が後に繋がるはずだ。
(感覚魔法…成る程、イメージ力か…そこに自分の魔力を回路として現実にそのイメージを重ねて映すと)
ほぅほぅ、と内心で頷きながら書き取りを続けていく。先ほどの魔術の影響はこの少年は殆ど無かった。
だからこそ、思考をそっちへとちゃんと集中する事が出来る。
もっとも、異能が発動していなければ、この少年とて流石に呆けてしまっていた可能性も高いが。
「………?」
で、黙々と書き取りをしていれば、ふと視線を感じてミラ講師と視線が一瞬合う。
…何か自分はやらかしただろうか?いや、した覚えが無い。
よく分からないが、一瞬だけ目線で会釈してから引続き残りの書き取りを行い。
(……核反応?…なら、放射能が出るはずだけど…ミラ講師がそんなヘマしないだろうし…ああ)
唐突に理解した。さっき見えていた数式やらアレは放射能を漏らさないように制御しているのか。
…そして、良いのか悪いのか視覚情報でそこまで見えてしまっていたので…。
「……あの数式にさっき見えたのを重ねれば出来るのか。成る程」
この時点で、殆ど回路の形成を可能としていた。頭で理解しきれない部分を視覚情報の延長で補っているのだ。
つまり、周囲が「無理だろ!」という中でこの少年だけ「成程」という感じの態度だった。
■ミラ > 「理解できなくても別に構わないけれど」
火をつけろと言われて核反応まで引き起こすような人物はそんなにいなくてもいい。
戦時中ならともかく、そこまでの事はたぶん誰も求めていない。
残念ながら彼女の場合その人物のうち一人なわけだが。
「感覚魔法には一つ大きな問題がある。
それはどこまでも術者自身のイメージに依存するということ。
火をイメージしろと言われてもそれぞれ違うはず。
ライターの火、ガスの燃焼、キャンプファイヤー、家屋火災
それぞれが火と総称され、イメージされ、現実に作用しようとする」
先ほどの魔術とに対する解説と同じだ。
それは様々な現象を一口に総称したものにすぎない。
「これには実は共通識があることが重要。
あれは世界が持つ共通識を回路としているから。
つまり回路自体はもともと存在し、そこに燃料を吹き込んでいる形になる。
それ故により許容量を持つものの作用は強力に、
打ち消されにくくなる。燃料が多ければ消えにくい。単純。
魔術戦が魔力総量の戦いと言われる所以」
けれど、と彼女は続ける。
繊細な文字は既に黒板の半分をびっしりと埋め尽くしつつある。
生徒が注視した場合自動的にその部分が拡大される事に気が付いているだろうか。
「現象の根源に近づけば近づくほど共通識とはかけ離れていく。
ミクロの世界に行けば行くほど共有者は少なくなり、その共通認識は細分化され
より各位、最初にその回路を形成したもののベースに近いものに置き換えられる。
そうなった場合適応者が少なくなるのは自明の理。
誰かのオーダーメイドを流用すれば体に合わないのは当たり前」
そしてその現象はより普遍化された術式でも当然起こりうる。
この世界において魔力はあれど使えない……という者のほとんどに対する
その現象への回答でもある。
多様性があるからこそ、枠から外れてしまうものはどうしても出てしまうのだから。
そうしてふと指を止める。
このままだと板書に追いつけなくなるだろう。そう思って。
すでに追いつけていない生徒のほうが多いのだけれど。
■飛鷹与一 > (……何だろう、理解できないはずなのに理解できる場合はどうしたらいいんだろうか)
頭で考えても理解しきれない部分を特異な視覚情報で補い、両者の情報を無意識に統合する。
そうする事により、自覚が薄い彼自身からすれば、理解が追い付かない筈なのに何でか分かる、という感覚に陥っていた。
一先ず、その感覚はさて置きミラ講師の解説と黒板の文字へと意識を戻す。
「…つまり、千差万別…まぁ当然か、一口に火といっても、それぞれイメージする…印象に焼きついているものはそれぞれ違う筈だし。
…で、世界を回路としてそこに個々で燃料を与えて現象として表出させる、と。
で、単純に容量が多い程に作用が強くなり、そちらが優先される…これが魔術戦の有利不利に繋がる。
…魔力総量、か。俺の魔力総量どのくらいなんだろうな…」
ミラ講師の話を聞きつつ書き取りを行いながら独り言。ただ、かなり小さい独り言なので他の生徒の気を散らす事にはならないだろう。
そして、黒板にビッシリと書き込まれた文字を追っていると気付く。
注視した場所がクローズアップされているのだ。目の異常ではない。
これも彼女の手によるものだろうか。ともあれ、枠組みから外れた一人が自分なのだろう。
(まぁ、でも要するに進化と同じだよな。個々の特性、環境、そういうので”先”が違ってくるのは当然だし。
それに、他人のモノを借りても上手く使えないのは当たり前か…俺の適性とか本当、どうなんだろうな…)
焦ってもしょうがないが、自分に合う方向性を見つけたいものだ。
と、考えている間にも既に書き取りは終わっており、取り敢えず手を止めて一息。
周囲を見れば、まだ殆どの生徒が書き取りや彼女の話の理解に悪戦苦闘しているようだ。
■ミラ > ひと段落ついたあたりでまた指を走らせる。
足元のミミックは器用に彼女を運び、彼女が板書するのを助けてくれる。
もっとも届かなければ飛ばすだけなのだけれど。
「先ほどの例の場合、火の共通識が酸素との結合だった場合
燃焼性のガス、例えばC3H8の酸化現象を火と捉えている人物のイメージは共通識の範疇に含まれる。
一方で先ほどの式に代表される熱術式は火として扱われないことになる」
まぁ最もそこまで理解して魔法を使用している人物は
天才といわれるようなごく一握りなわけだけれど。
こんな説明はまず間違いなく他の授業では行われないのだから。
「当然前者の式を利用すれば後者は火を発現することはできない。
彼は自身でそのイメージに沿う回路を編み出す、もしくは世界にある無数の式から
感覚でその式を引きずり出すその日まで火に関する魔法は使えない」
これはあまりにも勿体ないと思う。
誰かの作った式でしか世界を見ることができず、世界に干渉できないということは
その色を直接見ることなく、誰かの色眼鏡でしか世界が見られないということ。
「解決方法は簡単。
最も自身のイメージに合う術式回路を自分で生み出してやればいい。
自分を回路から切り離すことなく、自身で制作、拡張してやるべき。
与えられた術式に適応するだけでなく、術式を自身に最適化すること。
魔法を自身に合わせ進化させること。それがこの授業の主とする内容」
その為にこの世界の物理、化学、数式、そして自分自身というツールを使うのだ。
この感覚は魔術に適性のあるものからすれば非常に難しい。
そんな事が出来るのははっきり言って最先端を走る魔術師だけだろう。
この世界での魔術適正=雛形との親和性だからだ。
さらっと言っているがこの世界においては術式を開発しろと言われているに等しい。
今までの感覚を捨てなければ彼女の求める世界は見えてこない。
「なのでこの授業では一般的な術式の雛形は発動しないように排除させてもらっている。
ひとまず簡単な式を板書しておく。
これを理解すれば一般的な雛形とは違う形で火を起こせるはず。
今日の記述はここまでとする。質問は受け付ける。
理解したものから実践に移って。適当にグループを作ってもいい。
残り時間はその練習にあてる」
若干絶望感漂う生徒たちを眺めながらいそいそとミミック君から降り、
彼に腰掛ける。
幾人かの生徒が板書を終え、首をかしげながら試行し始めるも
炎どころか温かさすら発生しないままで、それでも挑戦し続けるのは
自身達はエリートであるという自負故だろう。
それを切っ掛けに教室内にいくつかのグループができ、独特のざわめきと
授業内容に当てられ吹き飛んでいた熱気が教室内に戻ってくる。
■飛鷹与一 > (…これは…俺達みたいに、この世界のこの学園で一般的に教えている魔術の知識が先入観としてあると大変かもな、本当に…)
まるで他人事のようにフと考える。自分に最も合う式を見つけ出す。
それはこの少年にとっても例外ではなく、そうしなければ間違いなく”この先”には行けない。
だからこそ、繰り返し何度も己に言い聞かせている。まずは”理解しろ”と。
”自分の力で世界に干渉する”…誰に真似でもなく、助けも借りず。
ミラ講師の言葉に、やっぱりそうか…と、僅かに瞳を細める。
自分で考え自分で見出し自分で組み立て自分で最適化する。彼女の言葉は切っ掛けをこちらに与えてくれた…気付かせてくれた。
そこから先は各々の努力と閃き次第。早速、教室のあちこちでグループや単独であぁだこうだ、という論争や式の模索が始まっている。
周りが喧騒に包まれる中、一人だけ席に座ったまま、考え得るように宙を仰ぐ。
(…火…通常とは違う…雛形を捨てる…自分に合った…組み立て…最適化…むぅ)
難しい。流石に、今までの魔術の常識をポイ捨てするというのは難易度が高い。
それは、比較的理解力があっても変わらない事で。さて、どうしたものかと。
議論を交わしたり、既に実践を開始しようとしているほかの生徒を一瞥しながら考え込む。
(…何か切っ掛けがあれば…何だろう、何かが足りない?…そういえば、さっき見えた数式と図形…発火…ん?見立てる…)
ブツブツと呟きながら、唐突にその場から立ち上がる。そして、何やら一度目を閉じて一息。
パチリ、と右目だけを開き一点を凝視する。頭の中で銃の撃鉄をガチリ、と起こす感覚をイメージ。
発砲…失敗。…再装填…発砲。…失敗。再装填…発砲。…失敗。
(違う、もっと明確に組み立てないと駄目だ。基準点は己の視界に設定するのはイイ線だとは思うけど)
■ミラ > 「次回までの課題にする。最初は手こずるはず。そのうち慣れる
時間いっぱいまで適当に見て回る。」
わっさわっさと動くミミックの上に腰かけたまま
教室内を移動する姿はたいへんシュールだけれど
それを気にする生徒は今となっては殆どいない。
彼女が語る授業はこの世界における天才の視点を解説しているのだから。
魔術の才ありといわれる人物であればあるほどこの話を理解することが
どういったことに繋がるかを理解できるだろう。
雛型の創造者……この世界においてはそれだけで研究所に赴任できるような
役職を約束されるといっても過言ではないのだから。
同時に深い深い深淵への招待状でもあるわけだけれど。
そんなものを目の前にしていればミミックに座っていることなど些細なことだろう。
そうして誰に邪魔されるでもなく、目的の場所へとたどり着く。
どこか遠くを見ているような、少年の前に。
「……君にとっての"発火"はなに?
理解し、解説し、疑う
求められているのはこれだけ」
ぼそりと呟いてその前をのんびり通り抜けていく。