2017/03/14 のログ
ご案内:「保健室」に宵町彼岸さんが現れました。
宵町彼岸 > 学園にいくつかある保健室のうち一つ。
丁度担当教諭が席を外している一室のドアの鍵がカタリと鳴る。
当たり前のように鍵を開けて中へと入っていく人影が一つあった。

「ふぁー……おじゃましまぁす
 寝に来ましたぁ……」

誰もいないと判ってはいるけれど、何故か挨拶をしつつ真っすぐに
部屋の片隅にあり、間仕切りで隔離されたベッドへと向かう。
そこは窓の近くにあり、彼女のお気に入りのベッドのうち一つ。

「よぃしょぉ……」

靴を無頓着に脱ぎ棄て崩れ落ちるようにベッドに倒れこむと
ふと気が付き足をのばして器用にカーテンを閉めていく。
幾分ゆっくりとした動きで仕切り終わればそのままお布団に身をうずめた。

「ポッカポカだぁ」

本当なら布団に潜り込むべきなのだろうけれどそこまで寒くないし
そうしようと思うと一度除けて布団に入りなおさなければならない。
それはそれで面倒だった。なにせ面倒過ぎて足でカーテンを閉めるくらいだから。
倒れこみ、その弾みで乱れた着衣も、カーテンを閉める際に捲れあがっている事も気にもせず、
行き倒れのように倒れた姿勢のまま目を瞑る。

宵町彼岸 > 「……」

赤子もかくやといった速さで規則的な寝息が聞こえてくる。
異常に寝つきが良いのかそれとも疲れていたのか……
彼女の普段からすればそのどちらとも言えた。
基本研究をしていない時は授業中以外ほぼ眠っている。
一日の約半分は睡眠時間という生活を送っている為単位が足りているのか心配されてはいるものの
成績さえよければ試験を受けさせてくれる担当教諭が多い為実際に受講しているクラスは思いの外少なかったりもする。
それに彼女自身、どうせこの学校からしばらくは逃れられないのだから
ダブっても気にもしないかもしれない。

「すぴー……」

こんこんと眠り続ける彼女の横にはいつのまにか大きな人形が座っている。
喪に服した西洋貴族のような見た目のそれは一見すれば人のように見えるかもしれない。
それはただじっと眠り込んだ彼女のそばに座り、同様に眠りについているように俯いていた。

宵町彼岸 > この保健室は普通の例に漏れず一階にある。
少し奥まった場所にある為グラウンドなどは見る事は出来ないけれど
棟と棟の間にある庭園部分は誰も居ないためとても静かに草木が揺れている。
時間的にはもう帰宅部の学生はその殆どが家路についているだろう。
もしくは街に繰り出して気になる店でものぞき込んでいるかもしれない。
部活を行っている生徒は今頃それに精を出しているはずだ

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運動系部活の学生の声だろうか。
掛け声のようなものと、人の多く居る場所特有の騒めき
エアコンの送風音に風向きで時折聞こえてくる吹奏楽部の演奏の音……
藍色に染まる空を殆ど沈みかけた夕日がかすかに紫色に染め上げ
浮雲を己が色に染めて……その合間に瞬き始めた一等星達

何にもない、穏やかで平和な毎日のワンシーン

宵町彼岸 > 「……ん、ぅ…」

ふと寝息が途切れ、その瞳がゆっくりと開かれる。
何だか見覚えのある初めて見る夢が、彼女を日常へと引きずり戻していた。
行き倒れの格好のまま、首だけをゆっくり動かして窓の外を見る。
既に夕日は沈み、こんばんはのあいさつが違和感なく発されるであろう空模様。
夜と、昼が交じり合うこの時間が昔、何だか好きだった気がする。
逢魔が時とはよく言ったものだ。

「へーわだねぇ……」

誰に呟くでもなくうめき声のような声を漏らす。
そういえば今日は何だか……そう。何かを渡して一喜一憂する日。
誰かが誰かに、特別を伝える日……らしい。数秒前まで忘れていたけれど。

宵町彼岸 > 彼女にはヒトの顔が区別がつかない。
個人を情報として見れば、記憶する事は出来る。
けれど顔の形、その表情、それらを区別する事が出来ない。
濃い顔も薄い顔も綺麗な人も醜い人も、泣き顔も怒った顔も
……皆同じに見える。見えているけれど認識できない。

「……」

ぼんやりと窓の外を見続ける。
だからこそ、彼女には理解できない。
こんなにたくさんの人が居て、どうしてそれを区別できるのだろう。
いや、区別できると錯覚しているのだろう?
あまつさえ何かを渡して一喜一憂する…?訳が分からない。
一応言われた通り大量のチロルチョコは仕入れ、出会う人皆に押し付けている。

宵町彼岸 > 殆ど自覚は無いが彼女は狂人で、それ故に普通……という感覚が欠如している。
そういう物なのだろうと受け入れ、忘却するのには殆ど時間は必要ない。
求められているのは冷静に自身の狂気と普通の境目を見極める事だけ。
大事な事はそれを悟らせないために必要な行動は何か。それだけで、
とりえずチョコを押し付ける日。それが分かれば十分だ。
どうせ相手何か区別できないのだから全員に押し付ければいい。

「難しいなぁ……」

これでも彼女なりに普通ではあろうと気にはかけているつもりだったりもする。
幸いにも周囲は彼女の突飛な行動を見てももはやほとんど気にしない。
狂っているとまでは気が付いてはいないものの、一般的な普通の世界で生きていない事は
最早受け入れられていたのだから、変わった子だから仕方がないねで済んでいる。

宵町彼岸 > 変人だから……で受け入れられるラインを探り、
"変わっているけれど優秀な学生"の領域内で行動している事に
気が付かせない程、彼女は冷静に周囲の反応を観察していた。
区別がつかないからこそ、冷静にそれを研究者として見つめ分類し
こうすればどういった反応が返ってくると見極め……
その最低限範囲内で行動する。

「ヒトって面白いなぁ」

彼女にとって"個"は世界に殆ど存在しない。
なら、沢山いるニンゲンを標準化して考える事はたやすい。
そうしたならあとは簡単だ。
目の前に簡単で分かりやすい答えを提示し続ける事、それだけを続ければいい。
高度な演算さえあれば感情も、好意も模倣できる。
あとはわかりやすい反応を選んでそれが本当の感情だと見せてやればいい。

「……不安にならないのかなぁ?」

こんな薄氷の上に社会が成り立っているという事に。
多かれ少なかれ、きっとこれは他のニンゲンもやっている事のはずだ。
そのまま受け取り続けるほどニンゲンは馬鹿ではない。
だからこそ、その喫水線を探り、警戒し続けているわけで
その異常な精度こそが彼女を狂人たらしめているのかもしれないが……

宵町彼岸 > 世の中には有りの儘を受け止めてなんて台詞が流行っているらしいが
彼女からすれば失笑以前に何を言っているのか理解が出来なかった。
そんな都合のいい話があるならそんな事を言わなくても受け入れられている。
世界はそんなに優しくないし、受け入れられるだけの価値がその本人にない。
それだけの事なのに、何を言っているんだろうと。

「……まいっかぁ」

心を否定する学問も彼女の研究の中には含まれている。
より動物、機械的なものとしてニンゲンを捉え、その反応を探る。
今のところ、それ以上の反応を見せるダレカの事は記憶にない。
……忘れてしまっているのかもしれないけれど。
だから、こんなこときっと

「ドウデモイイコト ダヨネ」

全て綺麗さっぱり忘れてしまう。
数秒後にはそんな事をぼんやりと考えた事すら忘れてしまい、
ただ、寝起きのぼんやりとした表情で夜の空を眺め続ける。

宵町彼岸 > 「……"コノサキ"に何があるんだろう」

ゆっくりと窓の向こうの星に向かって手を伸ばす。
何時からだろう。もう思い出せない。
忘れてしまった。何時からか、考えなくなった。
考え方それそのものを忘れてしまったのかもしれない。
何処までも、平凡で、とびきり普通の有り触れていた筈の『  』も。
それの望み方も。

「……」

きっとニンゲンは笑うだろう。
星を掴もうなんて、馬鹿げた子供の夢だと。
背伸びをして両手を翳しても、それには届かないんだよと
困った顔で笑うように諭すだろう。

「……負けないよ?知ってるもん。
 私の星は、皆が手が届くものだったはずだから
 それが届かないなんて嘘だもん」

直向きに、それを追いかけ続ける。
手段も問わず、それ以外の事など気にかけない。
大事な物さえ手に出来れば、その他すべてが枯れようと
そんな事に興味すらわかない。

「……でも、なんだっけ。
 私の"星"って、なんだっけ」

それももう、記憶にない。
目的地も、なぜ望んでいたのかも、もうわからない。

宵町彼岸 > 目的が、正義が無ければ人は本来走れない。
信じる神も、願う物も、生きていくためには必要なもの。
何処に向かって走ればいいかわからなければ、
何処に向かって手を伸ばせばいいかもわからなければ
どう走っていけというのだろう?
望むモノすらわからないのに。

「思い出せないから大事な事じゃない、よね?
 おねーちゃん」

けれど、それをしてしまう者がいる。
足元すらわからないまま愚かな旅路を続けるものがいる。

「大事なのは、走り続ける事。
 それは覚えてる、から、大事」

非効率この上ない、理論も何もない滅茶苦茶な方向に
ただ狂ったように走り抜ける……目的も未来も見失って。
それこそが狂人と言われるものかもしれない。
それすら忘れてしまった狂人は、平和でどうしようもない、
穏やかで狂った世界の中で再びゆっくりと目を閉じた。

ご案内:「保健室」から宵町彼岸さんが去りました。