2015/07/10 のログ
『室長補佐代理』 > 書の杜を潜り、己の背丈を倍しても届かぬ書架の通りを抜け、移動書架のレールを敷居よろしく跨ぐ。
日差しを避ける様に配置された本棚は全て西日のかからぬ配置で、窓も遮光カーテンの帳で固く閉ざされている。
昼夜問わず必要最低限の明かりの灯る紙の迷宮を、先往く猫耳を眺めながらゆったりと進む。
海開きが最近あった事もあり、利用者もすくない。
コツコツと二人分の足音だけを響かせながら、ただ通路を進む。

「察しがいいな。まぁそういうことだ」
 
そういって、中指に銀の指輪がはまった左手で右腕の腕章を指差す。
公安委員会のそれである。
男はじわりと汚泥のような苦笑を漏らして、図書委員の少年に答える。
 
「要領がよけりゃ、もうちょっと楽も出来てるのかもしれねぇんだけどな。生憎そこまで優秀にはあらゆる意味で出来てない」

ヘルベチカ > 「そりゃ、図書館でまで公安の腕章付けてる人なんて、よっぽど忙しいか、
公安がいよいよ図書委員会に喧嘩売りにきたくらいしかないじゃないですか」
苦笑いしながら、目を閉じて。首をゆるゆると横に振る。
「腕章付けて大通り歩ける人に優秀じゃないっていわれちゃうと、
 俺達みたいな普通の人からすると苦笑いなんですけど……」
開いた眼。視線が左右に振れる。右の壁に8、左の壁に9のプレート。
ぴくぴくと猫の耳が震えた。左へ向けて足を進める。
すれば、通り過ぎる書棚、ちらりと見える背表紙に、「史」の文字が混じり始めて。
「でも、ま、なんでもできるんなら、そもそもこの島にいないですよね」

『室長補佐代理』 > 「腕章つけるのはまぁ半分は義務で、半分は自分の為だ。
いつ仕事があるかわからねぇし、出来ないことも多いからこそ『コイツ』に頼る場合もある。
風紀が腕章つけてパトロールしてるのとやってることは同じさ。
図書委員会執行部の『焚書官』共よりは慎ましい威のつもりだぜ」 
 
実際、男はこれを付けないで歩いた途端に不良に絡まれたりもするので、自衛の部分も多少なりある。
公安委員会としては、日常から『監視』の目が近くにあることを恐らく意識させたいのだろう。
まぁ、本当の真意のほどは不明ではあるが。
 
「さて、このへんか?」
 
書架の背表紙を猫耳の行き先にあわせて眺めながら、呟く。
ここからまた探すとしても、それはそれで気が遠くなる話だ。
天井まで埋め尽くされた本の壁を見ながら、小さく溜息をついた。

ヘルベチカ > 焚書官。その名が出れば、はは、と息だけで少年は笑って。
「あの人達は、図書委員会の中でも、なんとも是非がわかれるんで、なんとも言えないっていうか」
図書委員が本を燃やす。これだけ違和感のある一文もあるまい。
「まぁ、書籍の電子化の影響で彼らも先鋭化してるんで……」
勘弁してやってください、とも、さっさと潰してください、とも。
どちらの言葉も続けられるだろう。公安の青年に対して。
けれど言葉を続けずに、少年は書棚に手を当てて。
段と段を分ける、天板にして底板。その側面に手を添わせながら歩く。
つつつ、と指先を撫で過ぎる、コーティングされた木の感触。
不意に手を止めた。
「フランスはこのへんですね」
辿り着き、示したそこは、端的に言って、情報の塊だった。
大分野で分けられ、言語ごとに分けられ、少分野で分けられて、多少は見やすくなっているが。
「フランスの近代史、えーと現代史はこの辺りか」
書棚まるまる1つ分ほどで"済んだ"。

『室長補佐代理』 > 「何処の委員会でも苦労は絶えないな」
 
その物言いに、曖昧に笑っておく。
公安委員にそれをいう理由はいろいろあるが、どう転んでも『先鋭化』の一言で『どうとも』受け取れる。
どう転んでもいいのだろう。
『転ぶ』ならなんでもいいのだ。
曖昧かつ精妙な物言いの味わいに頷きながら、後に続けば、もうその時には『彼の仕事』は終わっていた。
 
「……はやいな」
 
素直に感嘆交じりの短い賛辞をのべて、少年の指し示す書架を見る。
確かに、己の求める物が一式見事に揃っている。
 
「機械で調べるよりも、やっぱり専門家に聞く方がよっぽどいいな」

ヘルベチカ > 「大変さで言ったら、公安や風紀に比べたら、とてもとても」
二人して、笑う。
間に交わされたのは、何だったのか。
片方だけがそう思っていて、両者に共有するものではなかったのかもしれない。
ただ、笑ったという事実だけが有って。
「あぁ、ちょっとズルしたんですよ」
ははは、と少年は、少し申し訳無さそうに笑って、手近な書棚を撫でた。
「書架と照らし合わせるICタグの話、したでしょう」
人差し指、爪先が、書棚の板を、かつんかつん、と叩く。
「もう、棚には埋め込んでるんですよ。で、探してた本と同じジャンルを探したんです」

『室長補佐代理』 > 「毎日確実に仕事がある図書委員にそういわれると身が竦む思いだな」
 
人の動きは予想しえないものであり、一言がどう繋がるかはわからない。
故にそれはただの思い込みなのかもしれないし、波及する暗喩なのかもしれない。
確定はされない。
ただ、そういう可能性があるというだけの話だ。
ガス室に入れられた猫のような話を猫耳から聞きながら、本棚を漁る。 
 
「なんにせよ、道具を使いこなした上で自分の知識にも照らし合わせているなら見事なもんだ。
じゃ、これとこれの貸し出し……は、課題図書だからだめか。
生憎片手なんでな、一冊もってくれるか」
 
そういって、本棚から取り出した本を一冊差し出す。
結構大きな本だ。

ヘルベチカ > 「いや?そうでもないですよ?そりゃ、来れば仕事はありますけど、非番っていうか休みも普通に有りますし」
相手がまさか、フランス現代史どころか量子力学的に不吉なことを考えているなどつゆ知らず。
少年は書架から、ついっ、と手を離した。
「先輩はまだおとなしい方ですけど、酷い人だと暴れるので……必要に応じて慣れただけですよ」
差し出された本を、両手で受け取る。
賞状を受け取るような手つきで持って、渡された瞬間、本の重みでわずかにぐらりと揺れるけれど。
落とす前に、胸元に抱え込んだ。
「えぇと、そっちの本は無理ですけど、こっちのでかい方なら貸し出せますよ。リストにないので」
手続きするならカウンターですけど、と、本を抱えたまま、指だけで元来た方を指さして。

『室長補佐代理』 > 「じゃあ、それは借りていこう。仕事を増やして悪いな」
 
そういって、少年に渡した本に負けず劣らず大きな本を左腕の小脇に抱える。
体格差のせいもあってか、二人並ぶと同じようなサイズの本を持っているようにはみえない。
騙し絵のようだ。
 
「こっちの本はそれじゃここで読みながら課題を片付けるとしよう。
そっちはそのままカウンターに持ってってくれるか?
帰りに寄るときにそのまま借りてく。
それとも、まずはそのへんでカートみたいなのでも探してきた方がいいか?」
 
大儀そうに本をもつ少年をみて、男はそう提案する。

ヘルベチカ > 「いや、仕事なんで大丈夫ですよ。貸出させません、とか延滞者以外には言わないですって」
よいせ、と小声を漏らしつつ、本を持ち直して。
右の手、手首から先だけを使って。
相手が本を抜き取った部分、本が倒れぬように。
本を左右から少しの隙間を持たせて寄せて、空隙を埋めた。
「カートはないですし、これくらいなら余裕ですよ。蔵書点検の時なんか、クソ分厚い辞典運ぶんですから」
からからと少年は笑って。右の手首から先だけぱたぱたと、招くように振る。
「じゃあ、これカウンターで預かっとくんで。帰りに学生証提示してください」
そして少年は、ごゆっくり、と公安の青年にひと声かけて。
近くに置かれたテーブルにちらりと視線を飛ばしてから、その場を後にした。

ご案内:「図書館」からヘルベチカさんが去りました。
『室長補佐代理』 > 「ならいいんだけどな。わかった、それじゃあ帰りにまた」 
 
そういって去っていく少年の背を見送り、男も近くに置かれた備え付けのテーブルにつき、本を広げ、鞄からノートを取り出して広げる。
再び、図書館に響くのは紙擦りの音だけ。
夏の日差しを遮る暗幕と、熱気を追い出す空調の音のみ。
そして、男はまたふと呟く。
 
「……前に借りた本、延滞してなかったっけか?」
 
事実確認のほどは、一先ず後回しである。

ご案内:「図書館」から『室長補佐代理』さんが去りました。
ご案内:「図書館」に谷蜂 檻葉さんが現れました。
谷蜂 檻葉 > 閉館間際。

檻葉は図書館に顔を出しに来ていた。
用件は貸出と返却。

谷蜂 檻葉 > 「………もう、みんな帰っちゃったかな。」


既に明かりは一度落とされており、檻葉の手でまた照明を付け直す。
蔵書を閲覧する人も、委員もいない。

コン。コン。 と自らの足音だけが嫌に大きく響いていた。

谷蜂 檻葉 > カウンターに持ち込んできた本を置き、そのまま明かりをつけた書架の方へ向かう。

探しに来たのは――――




「……『前鬼後鬼に至る迄』……『天空序列百科』……あった『水妖辞典』」



表紙に荒れ狂う海で躍る名状し難き何かが描かれている本を取り出す。
棚の分類は、『人文学・民俗学』の書架。

谷蜂 檻葉 > 【棚に背を預けて中身を見聞している……】