2017/12/02 のログ
ご案内:「禁書庫」に咲月 美弥さんが現れました。
ご案内:「禁書庫」から咲月 美弥さんが去りました。
ご案内:「禁書庫」に咲月 美弥さんが現れました。
■咲月 美弥 >
常世祭が終わり、それでもまだ祭りの後の独特な高揚感と残滓の残る様相の中
普段ならば明かりも消えているような時間の禁書室に、今日は温かな灯が一つ灯っていた。
部屋の中央付近にある白い丸テーブルの上に置かれた燭台の明かりが
ゆらゆらと風も無い中で僅かに揺れ、部屋には甘い香りが立ち込めている。
テーブル前に丁度入り口に向けて背を向けるような方向を向いて
安楽椅子が置かれており、その繊細な造形がそれに座る者の影と合わさり
影絵のように光を切り取り浮かび上がっている。
そのサイドに零れた赤い絹糸のような髪が
揺れる椅子に少しだけ遅れて僅かに揺れていた。
「……ふぅ」
そこに座っていたモノは手にした本を読み終えると、小さく息を吐き
既に読み終わっていた7冊の上にその本を、さらにその上にリーディンググラスを置くと身を起こし、こめかみを抑えた。
横に流していた髪がまるで流水の如く流れていき、そしてその動きが止まるまでじっと止まったあと、
ゆっくりと手を離し、本に目を向け、口を開く。
「ちゃーんと、今回も順に、読み終わったわ。
これでしばらくはまた大人しくしておくのよ?」
穏やかな口調でそう口にしながらゆっくりと表紙を撫でる。
それに呼応するかのように8冊の本は小刻みに振動し
まるで羽音のような音が金書庫に響いた。
■咲月 美弥 >
「……だからそうはしゃぐのはそろそろやめて落ち着いて頂戴?
お祭り気分は判るけれど、このお祭りは人にちょっかいを出して良いお祭りではないのだから。
連日連夜お祭り騒ぎしたのだから欲を出さないの。」
僅かに振動する本を撫でていた手を止め、
嗜めるような口調とともに人差し指でトントンと小さく叩く。
それに応える様に魔術に精通する者ならば理解できるような”言葉”が
まるで宙を泳ぐ金魚のように本から浮かび上がり、ゆっくりと消えていった。
「……確かに多少羽目を外すのは時々は必要だけれど
だからと言って信じやすい子に色々吹き込むのはどうかと思うわよ?
神出鬼没の占い師さん……だったかしら?
まぁ、嘘は言ってないですって?それって詐欺師の手法でしょうに」
呆れたような口調で、いや実際に少し呆れてはぁと小さくため息をつく。
あちらの倫敦以来の友人である”彼女”の行動基準は
面白半分の部分が非常に大きい事は最早長い付き合いでお互いに理解している。
勿論本のままという事が気に入らないという趣旨も幾分かは含まれているけれど。
「仕方がないでしょう?
貴方はもう体がこれしかないのだから。
むしろ記されている分自我を保ち続けられるのだから
私としてはうらやましい位」
困ったように笑いながら口にされた言葉に
一瞬の静寂の後、再び文字が宙に踊った。
■咲月 美弥 >
「……ええ、みたい、ね」
それを眺め、ゆっくりと立ち上がると少しだけ顔を背け目を伏せる。
陰で隠れた表情が再び明かりに照らされた時、そこに在ったのは穏やかな微笑。
「ありきたりだけれど、長いようで短い、素敵な時間だったわね」
胸に手を当て、夢見る様に瞳を閉じる。
この世界に来て、時には陰で、時には月明かりの元
過ごした時間を思い返すかのように。
それは彼女と、彼女と時を共有した一握りの誰かだけの
ありきたりで、けれどどうしようもなく愛おしい、宝石のような時間。
「……貴方の事、それだけは本当に心残り。
また残してしまう事になるわね……。
でも、きっと大丈夫。この世界なら
だれかが貴方を見つけてくれるはず。
だから、そんなに寂しがらないで
できるなら貴方にはその人と仲良くなって欲しいもの。
その妨げにはなりたくないの」
ぽつりぽつりとつぶやきのような言葉を空に綴る本を再びそっと撫でる。
この島ならば再び孤独になる彼女の事を見つけてくれる者が現れる。
その時に悪戯好きの彼女がその時どうするかは判らないけれど……
きっと、紆余曲折しながらも、その誰かを支え続けるだろう。
また独りぼっちになる事よりも、別の事を一生懸命に心配する今のように。
「……本当に貴方は優しいのね。
私は私の事ばかりだというのに。
そうね……彼には……伝えない方が良いと思うの。
私は夢だもの。夢はいつか醒めるものよ。
それに……人魚姫が報われる結末があっても良いって
……私は思いたいの。だから、ね」
愛し人への恋路を邪魔する別の誰かは
人魚姫が泡になってしまう前に、そっと身を引こう。
あの物語の結末の後、描かれなかった王子の幸せな未来は
誰かと誰かの間では紡がれる事は無いのだから。
ならばせめて、せめて、残った者が報われる物語であってほしい。
その想いを彼女も痛いほど理解してくれるのだろう。
宙に浮かぶ文字はためらいがちに、けれど何処か納得したかのように
ゆっくりと消えていき、僅かな間静寂が訪れた。
「……それにね?
こういう結末なら、私にしては悪くないなんて、思えるの
幸せなのよ?今の私は、本当にとても幸せなの」
物語の後も続く生の為に、そして何よりも自身の為に
……心からそう願っている事は決して嘘ではない。
そんな美しい結末を、ずっと愛し続けてきた。
その一部として在れるのであれば、
それはなんと幸せな最期なのだろう。
思い出せないほど昔からそうありたいと願っていた。
常に心のどこかで願い続けていた、私を私たらしめる大切な想い。
それに殉ずる事すら厭わないと思えた瞬間は本当に幸せだった。
けれど、けれどどうして……
「……だから、だからね?」
ぽたり、ぽたりと小さな音が部屋に響いた。
蝋燭の灯を映した雫が煌めきながら
頬を伝い、いくつもいくつも落ちていく。
「私は、哀しくなんて無いのよ。
これは、私が願っていた事のはずだから」
――どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。
こうして涙を零す事など、もう何も無い筈なのに。