2015/09/12 のログ
■リヒット > 「ひゃう………!」
ぴょこ、と時計塔の屋上端から真っ青な髪が飛び出します。
途端に屋上の床を舐める強烈な気流に煽られ、仰け反りそうになりますが、リヒットは縁を掴んで必死に我慢。
そのまま、転落防止用の柵をぎゅっと握りしめ、開けた空間へと躍り出る小さな影。
シャボン玉の単独登頂記録更新です。
「………ふわぁ。しまー」
軽い身体を錆びた柵に必死に縛り付け、まるで時期はずれの鯉のぼりのように風と並行にはためきながら、リヒットは周囲を見回します。
……島です。とんでもなく、島です。
周囲は海です。360度、切れ目なく海です。川なんかとは桁違いの水の量です。
リヒットは、これほどの壮観なパノラマは見た経験がありません。
そして、島という地勢も。山や森に囲まれた地形で育ったため、海はいわば世界の端っこみたいなものでした。
ご案内:「大時計塔」にリビドーさんが現れました。
■リヒット > ……では、すべての方角を『端っこ』で囲まれた、この『とこよじま』は。
言ってみれば、それ自体が閉じた世界であり、他に行き場のない牢獄。
リヒットには、『とこよじま』以外に陸地があるのかどうかさえ、知るよしがありません
くるりと身を翻し、屋上の床に裸足をつくリヒット。
地面に着いて割れなかったシャボン玉は、ちょっとの風にはびくともしなくなるものです。
これで一息つけます。
■リビドー > 「おや、何とはなしに足を運んでみれば」
大時計塔に通ずる扉を開けて、翠と紫のオッドアイを持つ年若き風貌の男の人がやってきました。
絶景に見とれるリヒットへを見付ければ、ゆっくりと近づいて声を掛けます。
「此処から見える景色はどうかな、リヒット。」
一応は立ち入り禁止みたいですが、それを言う事はありません。
彼だって巡回でも無く、何となくで入っているということも、あるのかもしれません。
■リヒット > 「……ぷ?」
塔屋の扉が開き、見たことのある人影が夏空の下へ現れました。
階段があったんですね。危なっかしい思いをして壁を登ってきたリヒットは早とちりです。
「リビドーせんせー。リビドーせんせーだー。こんにちわー」
くりっと紺碧の目を開き、笑顔は浮かべていないもののその声は陽気。
風に煽られてフラフラと重心をゆらめかせながら、おぼつかない足取りで歩み寄ってきます。
「けしき……すごいね。海がいっぱい。陸地はちょっぴり」
柵にしがみつきながらだったので、未だ景色をしっかりと堪能できたとは言い切れません。記憶というよりも印象から、感想をひねり出します。
「……あと、森が少ないね。おうちばっかり」
■リビドー > 「ああ。こんにちは。」
膝を曲げてかがんで、リヒットに眼を合わせます。
陽気な声を耳に受ければ、ゆっくりと微笑みを浮かべました。
「ああ、すごいとも。もしかしたらこの島で一番高い所だからね。
……ん、そうだな。ここは島だから、周りは海だよ。ずーっとずっと海だぜ。
おうちは、そうだな。森を拓いて、人が済むおうちを作ったんだよ。
森のかわりに、お家があるのさ。」
印象から零れたまっすぐな感想を受ければ、うんうんと頷いて言葉を返します。
■リヒット > 「ずーっと、海なの?」
首を軽くかしげ、ちょっとだけしょぼくれたような口調で、そう問います。
「……海のむこうは? この海のなかには、『とこよじま』だけ?」
転移荒野に落ちてすぐに海を観察した時から、気になっていたことを聞いてみます。とはいえ、今は常世島に馴染むのにせいっぱいですが。
「それに、この島のお家、どれも石でできてて頑丈。とってもきれいな形で、しかもいっぱい。
……だけど、きれいすぎて、頑丈すぎて、リヒットはちょっとびっくり。でっかい街にも、こんなおおきな時計はなかったし」
科学力の差は、リヒットの瞳には相当奇異に写っている様子。リヒットの故郷の世界から比べると文明の発展度合いはかなりの差があるのでしょう。
■リビドー >
「海の向こうには、陸があるよ。
それでも、ずーっとずっと向こうだとも。人だって住んでいる。でも、ちょっと遠いな。」
海の向こうには別の国があるでしょう。
とは言え、"海の向こうの人々"がリヒットをどう受け入れるかは分かりません。
そのことを憂いたからでしょう。やんわりと難しいと応えつつ、興味を逸らそうと試みます。
「そうだな。ここのお家はとても頑丈で、大きいとも。
どうしたら人間が住みやすいお家になるかをずっとずっと考えて、お勉強して、
他の人とも一緒に考えて、お勉強して、それをずっと繰り返すと、こうなるんだよ。
リヒットの故郷だって、長い時間を掛けたらこんなお家を作るようになったかもしれないぜ。」
このお家は考えとお勉強の積み重ね。実際にはちょっと違うかもしれませんが、そんなことを言ってのけました。
――リビドーはリヒットの故郷を知りません。
なんとなくリヒットの言葉からどんな街並みなのかを想像して、言ってみました。
小さな家とレンガの街並みに、ぷわぷわと浮かぶシャボン玉を想像します。
■リヒット > 「……ぷー、他にも陸地があるんだね。とこよじまだけじゃないんだ。よかった。なんか、ほっとする」
実際に行くかどうかはともかく、観測範囲では『陸地がこの島だけ』であるという息苦しい事実が否定されただけでも、リヒットには救いになった様子。
「おべんきょう、かぁ。みんながお勉強をいっぱいしたから、こんなに四角いおうちばかりになったんだね。
でも、丈夫なのは大事だよね……大雨や洪水でもびくともしないおうち。冬にさむくないおうち……うーん……」
……言いつつ、リヒットはぷるっと小刻みに肩を震わせました。
寒いからではありません。研究区を連れまわされた時の記憶……乾燥した冷たいクーラーの風に参りそうになった記憶を思い出したのです。
「この島の建物、夏なのにすごく寒かった。北の方の建物。リヒットにはつらい……。
……あ、そうだリビドーせんせー。リヒットはシャボン玉だけど、がくせいにもなったよ。ほら、このおようふくももらった!」
目線を合わせてくるリビドー先生に、リヒットは見せつけるようにスモックの裾を伸ばします。その胸には常世学園の紋章のアップリケが。
「てすと、たいへんだったけどね」
■リビドー > 「ああ。それは良かったとも。」
リヒットがほっとした様子を見せるのならば、安心した様子で頷きます。
「そうだとも。雨にも風邪にも負けず、大雨や洪水にも流されない頑丈なおうちで、冬に寒……ふむ?」
少し遅れて、震えるリヒットの姿に気付きます。
寒いのかと思ってみましたが、言う程ではありません。
あれこれ考えている間にリヒットの言葉を聞いて、ようやく察しました。
「北……ああ、あっちの建物は寒い事が多いな。大丈夫かい?
……ふむ。リヒットは"がくせい"になれたんだね。」
確かに研究区域は機器の保全も兼ねてちょっと冷やす所があるよな、などの考えは横に置いて、スモック姿のりヒットを見ます。
裾を伸ばそうとするリヒットの素振りや、常世学園の紋章を見れば優しそうに目を細めて、微笑んでみせます。
「おめでとう、よく似合っているとも。そして改めて歓迎するよ。」
■リビドー >
「―――ようこそ、常世学園へ。」
立ち上がってから大げさに手を広げてみせるような、大きなモーションを取りました。
取った後は、すぐに体勢を戻して、頬を掻いて目を逸らします。
勢いでやったはいいものの、ちょっと恥ずかしかったのかもしれません。
「……と、他の人からも何度も言われているかな。
ボクの言う事ではなかったかもしれないね。」
■リヒット > 「つめたい風っていうか、からからした風がリヒットにはきびしい。リヒットは乾いちゃうと壊れるから。
フシギだね、部屋の中をあんなに冷たくからっとできるなんて。……そのフシギも、べんきょうすればわかるのかな」
研究区の無機質な建物、部屋のつくりを思い出します。天井になにか細い隙間が開いていて、そこから風が吹き付けていたような。
火も使わず昼間のように煌々と街路を照らすランタン、うなりを上げる馬のない馬車……この島はフシギなことばかり。
「うん、リヒットはとこよがくえんのがくせい。
『よーちえん』のおべんきょうから、って言われたけどね。よろしく、リビドーせんせい」
大げさなモーションで受け入れようとする仕草に、リヒットも礼儀正しくぺこりと頭を下げます。
先生と生徒です。教える人と、教わる人。勉強できることに感謝しなければなりません。
「……そーいえば、リビドー先生って、どーして先生なの?
それと……この島のほかにも陸地があるって言ってたけど、リビドー先生はこの島のひと?」
顔を上げ、率直にそう尋ねます。
■リビドー > 「ああ。それは"クーラーだね"。あれはとってもフシギなものだけど、
勉強すれば必ず分かる事だよ。」
お辞儀を見れば、もう一度笑ってみせます。
まじめにペコリとお辞儀をするリヒットをみると、やっぱりちょっとだけ恥ずかしかった気もします。
「ようちえんのお勉強も、立派なお勉強だよ、学ぶことに貴賤はないとも。
……ふむ、ボクはもともとは島の外の人だよ。でも、どうして先生かと言われると、難しいね。」
リビドー先生は、何処か困った風に唸ってしまいます。
暫く考えた後、一つ答えを出しました。
「ボクは学ぼうとする人が、考えようとする人が、ひたむきに努力する人が好きだから、先生をしているのかもしれないかな。
……実はあんまり考えたことがなくてね。たった今思いついたから、自分でも本当かどうか分からないけどね。」
考えた抜いた末に、そう応えました。
ウソのようにもホントウのようにも聞こえる言葉ではありますが、それはきっと、考えた抜いたの言葉なのでしょう
■リヒット > 「……ぷー」
リビドー先生が先生になった理由。その、どこかたどたどしい説明を、リヒットはまっすぐに見つめながら聞いています。
「むー、あまり考えないで、先生になったの? 先生って、いっぱいべんきょうしないとなれないんでしょ?」
人に教える職。それまでに蓄えた知識も膨大なものが求められるでしょうし、それを教えるためのノウハウだって計り知れません。
「……でも、べんきょうとか頑張りが好きな人が好きってことは、リビドー先生はリビドー先生のことが好きなんだね。
リヒットも、リビドー先生に好きになってもらえるように、頑張ってみるね」
言われた内容のみからの論理的帰着。どうでしょうか、合っていますでしょうか。
「リヒットは、べんきょうをしたことがない。とこよじまでも………『まえにいたところ』でも。
だから、べんきょうするなら、いちばん初めからだよね。リヒットは文字も書けないから」
正直、わからないことばかりです。
「……べんきょうすれば、『まえにいたところ』にも戻れるかな……」
俯き、そう呟くリヒットの声は、明らかに沈んでいます。転移してきた事実を思い出し、郷愁の念に駆られたのでしょうか。
■リビドー > 「ん、勉強はたくさんしてきたし、今だってしているよ。
だからこそ、先生になれたんだとも。勉強をしないで済んだとしても、勉強をするぐらいだよ。」
間違ってないし、嘘は言ってない。
内心でそう言い聞かせてながらも、ゆっくりと言葉を紡いでいきます。
「……そうだね、リヒットの事は嫌いではないよ。ちょっと好きだよ。もっと好きになるかは、これからだな。
……とは言え自分の事はあまり好きではないな。もしかすると、嫌いかもしれない。
自分のしたいことには素直に従って、大事にはしているけれどな。」
勉強する人が好き。頑張る人が好き。だからリビドーはリビドーが好き。
……論理的には間違っていないように思えますが、リビットは否定してしまいます。
順序が逆なのかもしれません。努力や勉強が好きだから自分が好きなのでなく、
自分を好きになる為に 努力や勉強、そして哲学に身を浸らせているのかもしれません――
――困った様子で、さっきよりももっと困った顔を見せました。
……そうして言って見せてからしまったと我に返り、驚いた顔をしてしまいます。
「ごめんな。今のは忘れていいよ。
そうだな、勉強するなら初めからだ。ここの先生がちゃんと教えてくれるから、安心していいとも。
……前に居た所、か。」
本位でない転移だったのでしょう。
明らかに沈んだ声から察する事が容易い程に、沈んた声色を聞いてしまいました。
「ああ、いっぱい勉強すれば、帰れるかもしれないよ。
この島はそういう研究だって、門の研究だって、行っているとも。」
■リヒット > 「リヒットは、シャボン玉だから。きれいに丸くなったり、服をきれいにしたりして、好かれてた。
……それ以外に、人間に好かれる方法があるなら、リヒットはがんばるよ」
リヒットに対するリビドー先生の感想には、素直にこくこくと頷きます。
まぁ、本当は『はじめからすごく好き』でいて欲しかったのですが、虫のいい話というものです。
「……むぅ、リビドー先生は自分のことが嫌いなんだ。うーん、べんきょうする人が好きなのに、べんきょうする自分は嫌い……?」
続く言葉は、言葉面どおりに受け取り、不思議そうに首を傾げています。
「おべんきょう……先生になるための、先生でいつづけるためのべんきょうが、うまくいってないとか?
ずーっとべんきょうだなんて、先生は大変だなぁ……リヒットはべんきょうもしたいけど、あそびたい」
勉強とは、リヒットが思い描いていた以上に深刻なモノのようです。
成長して寺子屋に通うようになった(故郷の)お友達が、事あるごとに勉強や宿題についての愚痴をこぼしていたことを思い出します。
「……でも、『帰る』ためにべんきょうが必要なら、リヒットはべんきょうしなくちゃ……そして、けんきゅう……」
スモックにシワをたっぷりと刻みながら、リヒットは腕組み。唇を尖らせ眉を潜ませるその姿は、真剣に思い悩んでいる様子。
■リビドー > 「ふむ。綺麗なのはボクも好きだ。綺麗なリヒットは見たいとも。
……それと、そうだね。勉強する人が好きだから、勉強をしているのかもしれないな。」
やや短く告げると、一旦黙ってしまいます。
……それでも思い悩むリヒットを見ると、口を開いて安心させるような声色で語りかけます。
「ん、違うかな。勉強は上手く行っているんだけどね。
……そして大丈夫だとも。ボクだってずっと勉強している訳ではないし、遊ぶ事だってある。
だから、ずっと勉強する必要はないよ。嫌だと思いながらする勉強は良い事がない。それに、遊ぶことだって大事だとも。」
柔らかく笑みを浮かべてから、リヒットへ向けて手を伸ばします。
「そうだ。折角だからボクと遊ぶかい?
ちょっとした遊びならボクにだって付き合えるし、あるいは興味があるならこの"がっこう"を一緒に探検したっていいとも。
せんせいだって、ボクだって遊びたいと思うんだ。リヒットが遊びたいと思う事は悪いことではないんだよ。」
■リヒット > 「ぷー………」
リビドー先生は、先生自身のコトが嫌いな……少なくとも、大好きというわけではない様子。
そしてその理由についてははぐらかされてる様子。自分でもうまく理解できていないのかも知れませんが。
リヒットはそれにガッカリというよりは、改めて『大人』の気難しさを理解させられたような気分になり、口を尖らせます。
向こうでもコッチでも、大人というのはどうしてこうも、謎めいた部分が多いのでしょうか。この謎も勉強すれば分かるようになるのでしょうか。
……しかし、遊ぼうという提案には、真一文字に戻った口の端はちょこっとだけ吊り上がり、目もきらきらと丸く見開かれます。
「うん、リビドー先生もあそぼう。晩御飯の時間まで。
えーと、シャボン玉を飛ばすのは……風が強いからむずかしいよね。
それじゃあ川でお魚追いかけたりきれいな石を探したり……うーん、川はちょっと遠いよね」
いくつか遊び方を提案しますが、どれも場所にあってなかったり過分に子供っぽかったり。というかそもそも……。
「……リビドー先生は、どういう遊びがすき?
っていうか、このせかいの人間、どういう遊びをするの?」
まずはそこが疑問なままでした。
■リビドー > 「この世界にはいっぱいの遊びがあるからその質問に答えるのはちょっと難しいけど、
ボクがキミと遊ぶとしたら、そうだな……。」
目を瞑って思案します。
自分が好きな遊びとは、何だったのだろうかと思案します。
――幾つかの物事が脳裏に浮かびましたが、どれもリヒットと遊ぶには少々難しそうです。
中にはリヒットに言えないようなものも、あったでしょう。
それでも、もう少しだけ思案を重ねて絞り出します。
「――"絵本"には、興味が有るかな?」
自分が好きな遊び。転じて趣味。
自分とリヒットが楽しめそうなもの。
近場で楽しめそうなもの。
考えた結果に導き出したものは、絵本でした。
■リヒット > 「ぷー、答えられない? 先生でもわからないほど、いっぱい、あそびがあるの?」
背伸びをし、たんたんと裸足の踵で床を鳴らしています。
その様子は不服というよりも、『遊びがいっぱい』という響きに心浮かれているのかも。
「えほん? ……しってる。文字よりも絵のほうが多い本。リヒットでもわかる。
向こうでもちょっとだけ、人間の家にお泊まりしたときに見せてもらったことあるし、たのしかったよ……あっそうだ」
リヒットはそう言うと、スモックの裾をパタッと軽くはためかせ、小さなシャボン玉をひとつ作ります。
それが風に連れて行かれないうちに手早く指でつまむと、それが一瞬の内に、一冊の冊子になってしまいました。
リビドーさんは似たような手品を以前、落第街で見たと思います。
「これ、もらった。『きょうかしょ』。これもなんか絵本ぽかった。
リヒットはこれを読んでべんきょうするんだって。まだ……あまり読めてないけど」
中身を見てみれば、そこには可愛らしいイラストで色んなモノが描かれており、その下には名前がひらがなで書かれています。
リンゴやイヌ、車や家、飛行機やロケットなど、実に様々な『地球のモノ』図鑑。
「……もしかして、べんきょうは、あそび? あそぶことが、べんきょうになったりって、するの?」
■リビドー > 「ああ。いっぱいあるよ。
危険な遊びも安全な遊びも、いっぱいあるとも。……ふむ。」
シャボン玉が物品に移り変わる光景を見る事は二度目です。
出てきた"きょうかしょ"を確かに見れば、小さく頷きます。
「そうだな。遊ぶ事が勉強に繋がる事もあるよ。
勿論全部の遊びが勉強の道に通じているかと言うと難しいけれど――
――遊びを知る事は、確かに勉強だとボクは思うぜ。」
開かれ、捲られる『地球のモノ』図鑑をゆっくりと眺め、再び頷きます。
この世界に何が有るかを可愛らしく、とても分かりやすく楽しく、
小さな子でもわかるように解説しています。
少なくとも、リビドーにはそう見えました。
「これはリヒットに丁度良いかもしれないね。
ボクが見た小学生や幼稚園の"きょうかしょ"の中でも、格段に楽しくて分かり易い教科書だ。
きっとリヒットみたいな子に楽しく学んで欲しかったから、頑張って作ったのだと思うとも。」
■リヒット > 「あぶないあそび……」
……と言われて思い出すモノも結構あります。主に、故郷で人間の友達がやってた遊び。
台所から火種を盗んで枯れ葉の山に火を付けてみたり。寝ている馬の後ろにそっと近づいたり。
滝の上から滝壺に飛び込んでみたり。チャンバラごっこをしたり。鍛冶屋の仕事場でかくれんぼしたときなんか、親父さんに赤熱した器具でお仕置きされかけたものです。
リヒットは見てるだけだった遊びもあれば、加担した遊びもいくつかあります。
……遊びから、そして危険から学んだことだって、いくつもあるでしょう。ただ、リヒットはそれを学びとはまだ認識できておらず。
「そうだね、あそびって、いっぱいあるよね。きっと、この世界にしかない遊びだって。
教わったら、『もとのところ』の友達にも教えたい……それもまた、べんきょう」
夏空を見上げ、すっと目を細めるリヒット。遊びのことを考えると、いつもこころがウキウキします。それはやはり顔には現れませんが。
「その『きょうかしょ』、いろんな絵が描いてあるけど、半分以上は見たことのないものな気がする。
……あと、まだ文字読めないから、名前もわかんないや。先生、おしえて?」
島内の翻訳魔術により、少なくとも話し言葉は通じているのが僥倖と言えましょうか。
もともと文字を読めなかったリヒットでは、やはりひらがなすら読めないのも致し方ないですが、それは勉強の余地が残ったともいうこと。
きっと、リヒットとリビドー先生、両者にとってよいことと言えましょう。
■リビドー > 「ああ。そうだとも。この世界にしかない遊びはいっぱいある。
そして、それが良いだろう。『べんきょう』をして、『もとのところ』の友達に教えると良い。
……それができれば、リヒットだって立派な『先生』だよ。」
明るく笑ってみせ、語りかけます。
やはりリヒットの表情からはあまり動かず読み取るには難しいものではありますが、その声色からは好奇の感情を読み取る事が出来ました。
「勿論。ボクでよければいくらでも教えるよ。
……ふむ、それなら、そうだな。図書館で一緒に読んで、遊びながら学ぶとしよう。
おいで、こっちだよ。」
改めて軽くかがんで、手を伸ばします。
「手を繋いで、歩くかい?」
手を繋ぐのならば、ゆっくり繋いで歩いて向かうでしょう。
手を繋がないならば、並んで歩くでしょう。
――いずれにしても、この場を去って図書館に向かいます。
そして、二人で"きょうかしょ"を読み、遊びながら、学んだことでしょうか。
もしそうだとすれば、少なくともリビドー先生にとって心地良い時間であった事は確かです。
ご案内:「大時計塔」からリビドーさんが去りました。
■リヒット > 「リヒットが、せんせい……?」
思ってもいなかったことです。つい先日まで、勉強の概念さえ持たなかったというのに。
……否。じゃあ、故郷で数々の遊びを教えてくれた人たちもまた、先生だったでしょうか。歳のそんなに変わらない子供たち。
「……せんせいに、なりたいなぁ」
リヒットは、何かを他人に教えられるのでしょうか。伝えられるのでしょうか。残せるのでしょうか。
勉強したこと、勉強以外で知ったこと……きっとそこには差はなくて。
リヒットがここで見聞きしたことがすべて勉強で。すべてのひとが、できごとが先生で。それを伝えられるようになったらリヒットも先生。
「つたえたい……」
遊びを伝えるには身振り手振りで十分なことが多いですが、多くの場合、伝えるという行為には言葉も必要です。
まずはそこから。
「……うん、図書館、いく。歩いていく」
伝えてくれる先生の手を握り、その体温を感じます。リヒットの手は冷たいです。
リヒットはそのままリビドー先生に連れられるまま、図書館へと歩んでいきました。浮遊せず、先生と同じように、地に足をつけて。
いまは、先生の一挙手一投足を真似したいようです。その歩幅はとても小さいので、時計塔を降りるだけでも相当の時間がかかってしまうでしょうけど。
ご案内:「大時計塔」からリヒットさんが去りました。