2016/10/10 のログ
■クゥティシス >
「―だったら!!」
いっそのこと、耳を塞いでこの場から逃げ出してしまいたい程に降りかかる言葉は残酷で。
このまま此処に居ても、己の身が、心が、切り刻まれて無くなってしまうように思えた。
それでも―彼は言ったのだ。
『そうしたかった』と。
それはつまり―
「したいなら、すればいいじゃん…何で、出来ないの…?
クゥ、バカだから…ケイを縛ってるのが何なのかは分かんない。
でも。何かに縛られて、動けなくなって、下を向いてる…そんなケイは、クゥの好きだったケイじゃない」
顔を、上げる。
彼は言った。
「そうしたかった」と。
であるのならば、それを妨げる何かに彼は縛られているということだ。
切り刻まれ、消えてなくなりそうだった心が静かに脈動するのが分かった。
この場所は―ここで過ごす時間は、自分のモノだ。
「ケイ、クゥはね…ルルフールなんだよ。
ルルフールは自分の縄張りを侵されることをすごく嫌うの。
クゥにとって…ここでケイと過ごす時間は、この世界で唯一見つけた自分だけの大事な「居場所」だったんだ。
それが、自分の縄張りがなくなるなんてクゥは嫌だ」
拳を握り、顔を上げる。
頬を伝う滴を拭い、目の前に立つ少年―獲物をしっかりと見据えて。
「話して。全部。
この時間は、この場所はクゥのものだから。
ケイを縛る何かがそれを邪魔してるっていうんなら、クゥが全部ぶっ壊してやる!!」
彼がどのような理由で自分を突き放すのかはわからない。
けれど、それが彼の望むことでないのだというのなら。
彼が抱えたものも全て、自分が「狩りつくして」やる。
だって自分はルルフール。誇り高き狩猟民族だ。
目の前にある獲物を―逃そうなんて思うはずもない。
一歩を、踏み出した。
先ほどとは違う色を瞳に湛え、獲物との距離を詰める―
■渡辺慧 > 一つ口を開けて、間抜けな顔をした。
そして、その意味を咀嚼した。
そして、また。
笑う。
「……簡単に言うなよ」
それは、つまり。罪悪感を超える、単純な怒りと。
縋りたくなる自分に対する反骨心でもある。
「……それが出来るならとっくにやってるよ」
静か乍ら、笑みを浮かべながら。それでも、確かにそれには怒気らしき何かが宿っていた。
口調を取り繕う余裕もなくなっていた。
「話したってどうにもならないんだよ。俺が、あの人の弟である限り」
ギリ、と口を強くかみしめた。そうだ、どうしようもない。
それが、誰かになんか、解決できてたまるかと。
「俺に異能がある限り」
視線を見下ろして、自分の体を見る。いつからか宿った異能は、確かにずっと自分の鎖としてそこにある。
「………………だったら」
酷く、グラグラと煮詰まった鍋の底から。汚泥の中から絞り出すような声。
「それをどうでもいいと思えるまで逃げるしかないじゃないかよ」
怒りの表情に似た笑みを、叫びににも似た声に変えて、彼女に叩き付けるように吐き捨てた。
そこから一歩も動くことはない。
■クゥティシス >
「そんなの、知るもんか。ケイが誰の弟だろうと、クゥにとってケイはケイでしかないよ。
ケイがどんな異能を持ってようと、クゥはそれを知らない。」
目の前の少年から発せられる怨嗟にも似た言葉。
吐き捨てられたそれに視線をやることすらせず、同じく言葉を少年へと叩きつける。
「ニンゲンってさ、ルルフールと同じで群れでいることに拘る癖に、群れであることの強さを、知らないんだね。」
更に一歩。
目の前の獲物が発する言葉は何一つ自分を揺るがしはしない。
ルルフールの爪を、牙を前にして。
心の扉をこじ開ける相手に対して、怯える相手が吐く言葉など、何の意味があろうものか―
「教えてあげるよ、ケイ」
一歩。
最早獲物との距離はほぼ無いに等しい。
「ケイが逃げ続けてる限り、「どうでもいい」なんて絶対に思えない。
クゥだって、この世界に放り出されて、誰も味方が居なくて、一人で生きてやるって思ってたよ。
自分を脅かす相手からは逃げて逃げて、文化の、世界の違いなんてどうでもいいって思えるようになると、信じてた。
でも違ったんだよ。ニンゲンの社会じゃ、一人でなんて生きていけない。
逃げたって絶対に逃げられやしないんだよ」
彼を縛る鎖の全容なんてこれっぽっちも見えやしないけれど。
それでも、彼が一人で逃げ続ける限り何一つ状況が好転しないのは分かる。
ニンゲンは群れ成すことでしか生きられない弱い生き物だ。
だからこそ、群れを成し、他社と繋がり会うことで「社会」を形成し、敵を排斥して生きている。
それが、自分がこの世界で生きてきて学んだことだ。
ニンゲンの社会に属している癖に、一人で抱え込んで一人で逃げ出して。
それで状況が好転なんてするわけがないのは分かる。
だから――
「ケイは一人じゃ逃げられないよ。ケイを縛る鎖からも。
クゥからもね」
■渡辺慧 > 多分。怖かったんだと思う。
自分について回るそれが。それを、暴かれることが。
怯えた様に一歩後ろに下がった。
近づいてくる彼女が、まるで救いにも見えて。だからこそ、怯えて下がった。
そして、彼女の言葉が真実でもあるんだろうと、思ってしまうが故に、怯えて。一歩、後ろに下がった。
「それでも……………」
怯えた体を、叱咤して、絞るように声を出した。
「……それでも、俺は“逃げなくちゃ”いけないんだよ」
自分が出す言葉がまるで意味をなしていないことも理解している。
自然とこぼれた言葉だ。これではまるで――苦しみがあることを理解して、だからこそそこにとどまらなければいけないみたいじゃないか。
そんな自分に混乱して、もう一歩下がる。
苦しみを傍受しているみたいじゃないか。
そんなの、おかしいだろと首を振って。後ずさる。
「……クゥ。……キミはすごいよ。俺はダメな奴だ。キミにすがりたいと思ってる俺もいるよ、だけど、だけど……」
分からない。何を言おうとしたのかわからないように、首を振って。
混乱の極みにいた自分は、だからこそ。本来の行動であった、逃亡を選択した。後ろへ、前へ進むことを拒絶して、鎖であるはずの異能を脳内で弾かせて。後ろへ弾かれたように駆け出した。
今の自分の顔は見せたくもなかった。
ご案内:「大時計塔」から渡辺慧さんが去りました。
■クゥティシス > 「ケイ!!!」
本来なら反応できる筈の無い速度に対し、手を伸ばし、名を叫んだのは野生故か。
塔内に響く足音で、彼が逃げ去ったことを知覚し、小さく息をついて肩を落とした。
「……バカ」
漏れ出た言葉は誰に向けてのモノだったのか。
逃げ去った少年なのか、それとも彼を縛り付ける因果になのか。
或いは、その両方か。
「だったら、縋ってよ!!クゥを安心させてよ!!!
ここに居てもいいよって!クゥの居場所を奪わないでよ!!
クゥを、一人にしないでよ……ばかぁ」
糸が切れたかのようにその場に力なくへたりこむ。
彼が救いを求めていたように。
彼女もまた、救いを求めていたのだ。
日々積み重なる世界と自分の価値観のズレ。
必死にそれを擦り合わせようと神経を摩耗させていく毎日のの中で。
自分にとって、下界から隔離されたこの庭園で彼と過ごす時間だけが数少ない安らぎでもあったから。
それが。
その安らぎが己の手をすり抜けていったことに今更途方もない絶望感が襲い来る。
「一人は、いやだよ…。ケイぃ………」
時計塔に、世界にたった一人ぼっちになってしまったようで、あふれ出る涙は今度は止まってはくれそうにもない。
けれど――
「諦めてなんか、あげない…。
クゥは、一人にはなりたくないから。絶対、捕まえてやるんだから。
ケイの、バカァーーーーーーーッ!!!」
せめて彼に届けと。
月夜に一匹の狼の遠吠えがいつまでも響いていた――
ご案内:「大時計塔」からクゥティシスさんが去りました。