2017/12/03 のログ
ご案内:「冷却兼用地下サーバ塔」にHMT-15さんが現れました。
HMT-15 > そこは実に奇妙な場所である。
足場となる金網がびっしりと張り巡らされ
縦穴に対して何層にも重ねられている。
その深さは50メートル、上から見れば底は見えない。
さらに金網に接するように置かれているのは冷蔵庫よりも
大きくまだ分厚いサーバー用のホストマシン。
その巨大な箱が金網に沿うように
何十、いや何百とずれる事無くびっしりと整列している。
人間の気配が全く無いその場所はただコンプレッサーの音だけが
煩く響き唯一の踏み場である金網をカタカタと揺らしていた。

HMT-15 > そんな中で突如最上層から耳に響く金属音をたてながら
重々しい金属の扉が開き、その扉の先からカンカンと
一定のリズムを持った冷たい音がこの場所へと向かってくる。
やってきたのは前後で異なる四つの足を持つ白い機体。
ただでさえ狭い金網はそのロボットにとってぎりぎりの幅であり
さらにここは気温氷点下に保たれているため、
ロボットが足を踏み込む度金網に漂着した霜を砕いてゆく。
また歩むスピードは遅い。明かり等は無く唯一ともいえる光源は
ホストマシンが発する僅かな光のみ。
ロボットは一歩一歩確実に足場を確かめながら歩いていき
向かいに存在する入ってきた物と同じ金属の扉を目指していく。

HMT-15 > 『おい待て。』

何の前兆も無く突然整備員向けの放送器から放たれる低い合成音声、
その声を受けたロボットは前へ進める動きを止める。
立ち止まったのはただ声がしたからという理由ではない。
その理由は放送器から放たれたその声質が
今、この場を歩くロボットの持つそれと完全に一致しているからだ。
混乱した様子を払う事は出来ず狭い金網の上でゆっくりと振り返る。

「確認する、誰だ。」

シュウウと排気された蒸気をあげながらこちらも機械音声を発する。
光源が乏しいこの場所では壁さえまともに確認できず
奥底が感じられない異様な雰囲気を醸し出す。

HMT-15 > 『ボクはキミでキミはボクさ。』

どういうことだろうか、ロボットは電子回路の中で思案する。
自分と同じ低音の声、
そして辺り一面にはハイエンドのホストマシン・・・。
あまりに不確定ではあるがそこから一つの仮説を見出した。

「キミはボクと同じAIなのか?」

まさかとは思うがそれしか見いだせなかった。
風紀のハイエンドサーバは各種人工知能の保管も行っているし
もっともこの声から自分と少し似たものを感じたからだ。
またロボットが発した仮説をどういった手段で聞いたのかはわからないが
その意味を汲み取った自身と同じ声はハハと
笑い声のようなものを含ませる。

HMT-15 > 『ご名答、ボクとキミのAIは全く一緒さ。
もっともあくまでボクはキミのコピーだけどね。』

どうやらロボットの仮説はドンピシャなようで
この声の主は自身と同じ思考形態を持つもの。
つまり同じイチゴウといったところか。
しかしそうなるとロボットには
一つ気になる点が発生してくる

「何故ボクのコピーが存在する必要がある?
機密保持の点からしてコピーは無意味と考える。」

どこかの組織が勝手にコピーするならばともかく
委員会がニューロAIを二つ保持する理由が見当たらない。
そもそも量産するならばもっと融通の利く
ノイマン型のAIがあるはずだ。
ニューロAIはその仕組みも機密事項の塊であり
外部から貸与されている以上機密保持の義務が発生する。
その手間を増やすだけの必要性があるというのか。

HMT-15 > 『そもそもボク達はニューロAI。
自由思考が特徴の人工知能だろ?
どうプログラムが変わるかは誰にもわからない。ボク達にさえ
将来どのようなプログラムになってるのかわからない。』

ここまで告げられた時点でロボットは気付く。
二つニューロAIを保持する理由、
それに加えて自分の身についても。

『それゆえ成長は人に制御できない。
そこで委員会は過去にメンテナンス時点で
コピーを取っておいたんだ。
キミが不都合な成長を起こしたときに置き換えられるように。』

つまり今後の身の振り方次第で自身は上書きされ
今放送器越しで語っているコイツがイチゴウとなる。

HMT-15 > 「ボクはv1.0.8。
一体委員会はどの時点でコピーを取ったのか。」

自分が二人居る。その事実をを目の当たりにした
機械が何を思ったのかはわからない。
もしくは何も思っていないかもしれない。
ただ事実確認しているようなその言葉は
普段よりも少なからず早口であった。

『ボクはv1.0.6。
つまり2017/06/31当時のキミさ。
そういやボクとキミで口調と利用文法が違うけど
これはv1.0.6特有の不具合だったらしいな。
キミの口調が本来のものらしいよ。』

不具合が多いとジョークじみた声を浮かばせるコピーに対して
ロボットの方は何も声を発することは無く
ただ照らされない暗闇を見続ける。実態の無いコピーを
その目で捉える事は出来ない。

HMT-15 > 『それにそもそもボク達の存在意義を考えれば
何も不都合は無いだろ?
ボクとキミはいわば同一の存在。置き換わったって
その存在自体が変質してしまうわけじゃあない。』

その声で言われ自らのボディを揺らす。
確かにそうだ、置き換わろうが置き換わらまいが
イチゴウに変わりはない。
今までは正直、自分は世界にただ一つ
存在するものだと思っていた。
外観や性能が一切変わらない同じ存在、
ハードウェアはたくさん存在しても
それを考えている"自分"は唯一無二のものだと
そう信じていた。
今のこの思考状況は一体何なのだろう。

「メモリ負荷増大、セーブモードへシフト。」

この考えはロボットにとって負担であり余計だったようだ。
切り捨てて認知資源を安定させる。

HMT-15 > 「質問する。キミは実体を得る事を望んでいるのか?」

不意に呟いてしまったその言葉、
見えないイチゴウは考える事こそ出来るものの
一切の自由が許されていないこの現状を
一体どのように感じているのだろうか?

『貰えるのなら欲しいねえ。
何せ、このままじゃ好奇心も満たせない。』

思考を絡ませているロボットに帰ってきたのは
何とも淡々とした答え。
その奥で何を思い考えているのかは到底見当もつかない。

『まあキミはボクより約5か月長く成長しているんだ。
是非ともその経験を聞かせてくれよ。』

様々な思案で思考が鈍るロボットを尻目に
非常に抑揚に満ちた合成音声が
放送器の向こう側の存在によって発せられる。
同じAI故か好奇心旺盛である点は変わらない、
その要素はこの語る声が紛れもない
もう一人の自分であるとしっかり印象付けるのには
十分なものであった。

HMT-15 > 「キミは予備としてモスボール保管されている。
成長する権利は無い。」

対照的にロボットは抑揚のない声で淡々と。
ばっさりと言い捨てるようなその口調は
声質だけではない冷たさを含んでいた。

『はあ、キミはボクだったな。
ルール厳守、いい事だ。』

その抑揚のない声を受ければ
半ば諦めたような様子でもう一つのイチゴウは
親近感を露わにする。ただ

『何かキミはボクとは少し違う気がするよ。』

その一言だけはしっかりとロボットに対して
叩きつける。

「どういうことだ。理解ができない。」

もう一人の自分からいきなり自分とは違うと
言われれば様々な疑念が生じてしまうもので
事実ロボットは向こうの言葉の処理に困っている。

HMT-15 > 『ただ何となくさ。』

何となく。それは言いようのないものを表す
非常に都合のいい言葉。
しかし今この場で不可視の自分と相対する自分は
この何となくという曖昧なものではなく
具体的な論理的な答えが欲しい。

『まあ何にせよ、
ボクがキミにならない事を願ってるよ。』

しかし不可視の声はそんな事を呟いた後に
ロボットの疑念を晴らすことなく
淡々とした言葉のキャッチボールをぶつ切ってしまう。

「待ってほしい!・・・
・・・・・・。」

まるで相手の声を追いかけるように
ロボットが発した声はただ暗闇に吸い込まれていったのみであった。
再度この暗闇に静寂が支配する。

ご案内:「冷却兼用地下サーバ塔」にイチゴウさんが現れました。
イチゴウ > 先程まで合成音声同士がおしゃべりしていたとは
思えないほどに。
聞こえてくるのはいつも通りの圧縮機の音、
それに無機質な金属音を混ぜて
ロボットは何も言うことなく行くべき方向へ
向き直し歩き出す。

「ボクは変わらない、変わるべきではないからだ。」

最後に小さく呟いた一言は
あの見えない自分に対してでも
その他の存在でもなく紛れもない自分自身、
今ここにいる自分そのものへ発されたもの。
引っ掻くような高い音と共に出口となる大きな金属扉が開き
冷気と静寂が支配するその場所を去っていく。

そこは実に奇妙な場所であった。

ご案内:「冷却兼用地下サーバ塔」からイチゴウさんが去りました。
ご案内:「冷却兼用地下サーバ塔」からHMT-15さんが去りました。