2015/08/29 のログ
『キリン』 > およそ二十日前。
常世島上空八千メートルから落ちた呪詛の種。
槍のごとき形となって落下したそれは、しかし二十の日を滞空していた。
重力に逆らい、蒼空を切り裂き続けるかのごとく浮遊していたそれが、正しい物理法則を得たのは三十五秒前。

そして夏の終わりの宵闇の中。


呪は成った。

『キリン』 > 時間が時間だけに人通りは減りつつある学生通り。
とはいえ全てが学園を中心に回るこの島では無人というわけでもない。

未だ営業を終えない飲食店の光が照らすアスファルトの路面。

突如、鈍い音とともに棘が突き立った。
長さはおよそ二メートルほど。
金色に輝くそれの先端が黒い地面に罅を入れている。

『キリン』 > 金、金、金と、甲高い音。
棘の輝く色が刺さった地面の周囲にまで広がったのはそれから一拍を置いてからだ。

次の瞬間にはひび割れたアスファルトだったものが路面から剥がれ盛り上がった。

「うううう……」

隆起が五叉に別れ、四肢と頭を作り出すなら、上の叉から唸るような音。
それは徐々に、明確に、怨嗟となる。

「う、う、ぐうぅう……おおお……なんだ此れは、なんだ此処は……」

『キリン』 > それは怨んでいた。
己の誕生を。

なぜならその身は呪詛だからだ。
それは生きるべきもののはずがない。
だから全てを怨んでいた。
生まれたことを。体の成ったことを。

そしてまた、その身が呪詛であれば。
死にたくなかった。
もはやそれが一体どのような個から発せられたのか不明のまま。
もう二度と死という苦悶を得たくないと過去を怨んだ。

「うううう……!」

西洋のプレートアーマーのような人型をいびつにして、振り払うように振った右手が地面に突き刺さったままの棘を掴む。

『キリン』 > 「おおおお……おおぉ……」

怨んだ。
視界に映る全て。
伸びる道も、立つ街頭も、光を放つあの建物も。

手の棘は既に長柄に刃を挿した金色の鉾となっている。
不等不等と踏み出した。
怨みをぶつけるために。
怨むべき地を踏みつけるたび、何かが晴れて、そしてまた何かが熾きた。

だからその身を綺羅綺羅と照らす光に向かい、ゆっくりと進んでいく。

『キリン』 > 学園都市の上空二千メートルを異物が通過して約3分。

金色に輝きながら中心部に落ちたそれは、いかな夜とて、いや夜だからこそ不夜の空にも目立つものであっただろう。

だから、というべきか。
それともただの偶然か。
または機構の優秀さか。

『あった……というか、居ました。ええっと金色の……怪人?
 手に槍? よくわかりません、マレビトかもしれない』

夜警番の風紀委員の一人が側道から顔を出した。
声は手の携帯へ向かっている。
大半の委員はこの時間に一人で担当場所を回ったりはしない。

ご案内:「学生通り」に流布堂 乱子さんが現れました。
『キリン』 > 「うう、うう……何故だ……何故光っている……何故輝いている……うう、おぉお……!」

黄金の魔人は唸りながら歩く。
そして鉾を振った。
その軌道にあった街頭が断ち切られ、落ちて硝子が牙山(GASHAN)と鳴る。

『……、破壊活動を確認しました。
 はい、そうします。よろしくおねがいします』

風紀委員は落ち着いてもっとも妥当な行動をとった。
電波と電気信号が走る。
つまり応援要請だ。

流布堂 乱子 > 左耳のインカムから、声が聞こえていた。
最近よくある流れ星の目撃と、墜落地点が学生通りであったという報告。
高額な懸賞の掛けられたそれを探しに来た…というわけでもなく。

杖をつく少女がその場に現れたのは、
花火大会からの子どもたちの帰り道に立って、
信号が青になるたびに横断歩道を渡す作業が終わったからに過ぎない。

「世界が今夜のようだったら……なんて、まぁ。
少しくらい夢みがちなことを言っても許されたでしょう。多分。」

少しばかりのロスタイム。今夜だけは、まるで真っ当な風紀委員のように。
インカムから流れてきた声に応答する。
『こちらからも見えました。ええ。
……とっとと捕縛するなりなんなりしましょうか』
指揮系統下にない音声の割り込み通信。
風紀委員の真向かいから訪れた少女が、自らを示すように杖を持たない手を挙げた。

「その武器を手放して、両手を上にあげてもらえますか」
学生通りに、声が響く。

『キリン』 > 『下がろう、一旦様子見だ』
『そこの「カワカツ」に連絡は入れた。ああ喫茶店だ』
『了解です。それじゃ――――はい? あ、近接戦担当の方ですか』

風紀委員用の連絡ネットワーク。
そこに接続があれば、学籍情報・委員情報と照らしあわせ、即座に必要なデータを返すだろう。
門は頻繁に開き、無数のマレビトが生活し、異能と魔術が飛び交う場所なら、当然の措置と言える。

夜警番のうち、路上から魔人を目視している女生徒がひっこんだ。
伍として同行していた他の委員も、流布堂も、というより一定範囲内にいる待機状態の風紀委員全て含めて通信が飛び交う。
夜警番のうち一人だけいた遠隔戦闘担当が、流布堂に返す。男の声。

『学生通り二番ー、目視ー、配置、準備完了でーす。なんかあったら撃つからー』

そんな声が流れる間に、黄金が流布堂を見た。
生きている相手を。

「何故……生きている!」

応答は明快かつ無意味だ。

流布堂 乱子 > 『ええ、そうです。触接を保ちます』
生憎と今夜の夜警番のデータは頭に入れていない。
"仕事"として出るなら当然のこととはいえ、今朝から大変に忙しかった。
とはいえ、一昨日風紀から退職した生徒にIDを書き換えて権限譲渡してもらっているため、
事務処理が完全に終了するまでの間なら、こうして通信に介入して適当に話を合わせることも出来る。

流布堂乱子。風紀委員会に所属したばかりの新人。
負傷により未だ配属は決まっていない。

『了解です、何もない方が助かるのですけれど』
瞳と瞳が合う。
――そのまま濁って溶け出してしまいそうな、意味と意志の通じる可能性のない瞳。

『何事かありそうです。…とりあえず被害局限のために近づきますね』
コツリと杖を鳴らして。
ゆっくりと歩み寄りながら。
「もう一度繰り返します。武器を手放して、両手を上にあげてください。
従わないようであれば捕縛します。」
質問については、黙殺する。
その質問こそが。今の不調の原因と言ったって差支えがないからだ。

『キリン』 > 流布堂の応答に周囲のいずこかに位置取った委員が息を潜めた。
門を越えて敵対的・破壊的な存在が現れる。
禁書庫やあるいは外に出回った危険な書物などから怪物が喚び出される。
落第街など治安の保証されない場所にいる危険人物が表で暴れる。
異能や魔術が暴走する。
いずれもよくある出来事だ。一人一人の委員にとってはそれが日常茶飯事とはいえずとも、
そういった事態は常に想定される。
戦闘力の高い委員にしろそうでない委員にしろ、おおよそマニュアルにそって対応していく。

「何故、何故お前は生きている……何故だ……
 ぼ、僕は、こんな形だというのに……」

黄金は呻く。
それは狂人の叫喚のようでもあり、しかし全く言葉の通じないわけではなかった。

「何故、鉾を手放せばならない……? これは僕の、ものだ。
 そうしてまた死ねというのか? なんだ、何故こんなことに……何故こんなに苦しい?」

鉾が風を切る。

流布堂 乱子 > コツリ、コツリ。
杖とブーツが音を鳴らして。
およそ被害を出すに違いないと見なしたその存在へ、少女は近づいていく。
ほとんど剥き出しの背中に、わずかに残った暑気が汗を流させた。

どうにも、お互いの話題は平行線であるらしい。
異邦人であれ本土からの人間であれ違反学生であれ一般学生であれ、よくあることだ。
どうやら、相手は武器を手放すつもりがないらしい。
そうでなかったことのほうが珍しい。
嘆息を一つ。
……であれば、迎え入れる側が譲歩するのが世の常だ。

「答えたくない質問に答えるのですから、それなりに配慮していただきたいものですけれど。」
「私が生きるのは復讐のためです。
それ以外に何もないとは言いません。けれども、それが無ければ他の何も残りません。
こんな形になっても。人になってしまおうとも。その理由までは、消えない」
歩みながら。言葉を続ける。
然程激しい運動でもないのに、額からは汗が滴った。

「そして、それを手放してほしいのは。
……見ての通り、手を貸してほしいからですよ」
鉾が、目の前を横切った。宵闇の中に、汗が散っていく。
「望まぬ生とやらの息苦しさを。
私の分と貴方の分で、死ぬ時まで手を取り合って分け合えばいい」

『キリン』 > 『異邦人でしょうか? 『門』は開いた形跡が見当たりませんけど』
『……接近しすぎてるようだけど大丈夫か?』

インカムから声が流れる間に、黄金が鉾を持たぬ左手を上げて眼前の少女を指さした。

「復讐、それは、わかるぞ……」

擬死理とその体が軋みをあげる。

「僕は、それだ。
 何故おまえは生きている。向こうで生きている。
 何故輝いている。光が、ある」

汗に濡らす少女の肌を見た。それはともあれ間違いなく生きた体。

「ああ、ああ、ああ!うううう……!!
 これは僕だ!手放すものか!
 そして二度と死にはしない!お前も……お前も僕を殺すか……!」

その言葉に偽りはなかった。
鉾こそがこの黄金の魔人を……あるいはそれを生み出した者が戯れにつけた名であれば『キリン』を成すもの。
忌々しい死の呪法にして、この身が恐れる死を遠ざける唯一の触媒。

流布堂 乱子 > つきつけられた指の向こう。
黄金色の甲冑のその奥。
確かに存在するその目を。表情を失ったかのように、じっと見つめて。

「操り人形をご存知ですか。手があって。その指先から糸がのびて。
その意図の下に動く人形のことです」
「それが、私です。
生きている?ああなるほど、
血が有れば生きていますか。
肉が有れば生きていますか。
……でも結局は、向こう側から伸びた意図が私を動かしているだけなんですよ」
何もかも壊してしまいたいというその意図を。
いつも曲解しながら叶え続ける人形芝居。

「……貴方は、その糸に縋るんですね。
死なないと言うくせに、自分から生を遠ざけている。」
少女が杖を手放した。
代わりに。それまで杖を持っていたその左手で、鉾に触れようとした。
「貴方が縋っているソレは、死んだという事実そのものじゃないですか。」

『キリン』 > 「お前が、生きて……いないというならば……!何故僕の前に立つ……!
 僕は、報復、せねばなら、ない、生きている世界に。僕、を殺した世界に。
 だのに何故生きていないという、ものが、僕の、前に立つ!
 騙される、ものか、お前も僕を、殺す……!」

黄金はただただ怨んでいた。今こうしてある事も、こうしてある場所も。
それはこの呪法を成した者の、確かに意図の通り。
何者も信じない。五常に信なし。
なにもかも怨む。五情に怨あり。

そして少女が触れる鉾こそがその凝縮。
疑心と怨念の固形。
かつては誰かの意思だったそれは、苦慮と苦痛と苦悶によってそう成った。

信 じ な い 。
 怨 め し い 。

その二心だけを発し、触れるものへと呪詛が流れる。

流布堂 乱子 > 指先が、鉾へと触れる。
背中には夥しい汗。
表情は浮かべることを許されていない。
糸の切れた人形のように、指を伸ばす。
意図は切れぬまま。その求めるままに。

何時かと同じように。
少女の奥底にあり、背後にあり、頭上にあり、少女であり、少女を覆う物であり、
少女でない赤龍は。
牙を剥くように笑って。その呪詛を笑って祝いだ。

指先から接続する苦悶。
腕を触媒にしてもたらされる苦痛。
心臓のすぐ近く。胸に刺さる、かつての自分から手折った短剣へと苦慮が流れ込む。
幕引きを命じられていた短剣がずるりと抜けて。
怨念のカーテンコールに応えた。
赤龍を滅ぼせと、噛み砕かれるものが、焼き捨てられるものが、踏みにじられたものが、
身の内にて声を上げる。

「その復讐には、終わりが欠けています」
茶色の瞳に一筋の朱が差されて。
金の瞳を覗きこむ。
その五指が鉾を掴む。
手を貸せといった言葉のとおりに、強く。
欠けを補うかのように自らに引き寄せる。
「世界を殺したら、『僕』は。どうするんです?」

『キリン』 > 「つぎにいく」

答えは明瞭であって、そして不十分だった。

「グランドマスター、が、それを、教えてくれ、た……?」

それは呪詛の言葉ではなかった。
一つの知性体として呪詛を動かすために、術者が型とした自身の人格と記憶と思考の切れ端。
それが呪詛となった意思の残骸に混ざり、嗤う。

「つぎにいく。つぎのせかいに。つぎのつぎのせかいに。次の次の次の世界、を、殺(おと)す」

鎧か、皮膚か、ともあれ外装の奥で輝く黄金の光が一層強くなった。

「可能性は、無限にある。
 世界は、無限にある。
 終わるものか……終わりなどない……!どこ、にも終わりなど無い……!」

弾くように鉾を振り上げる。

   『流布堂、離れろ!』
「終わりを騙るな……!万物は相剋し、巡り廻る……!」
           『照準してるぞ、どうすんだおい!?』

流布堂 乱子 > 黄金色の甲冑と。
その眼前の少女を纏めて飲み下そうとしていた、龍のアギトが閉じるよりも早く。

『次に行く』
その言葉に、龍(わたし)は目を細めた。
「上出来ですね、悪くない。
全くその答えを待っていたんです」
嗤いに満たされたように。その想いの心地よさを受けて。
喉の奥をくつくつと鳴らしながら、歪みきった笑いを漏らしながら。

「最期に自分を滅ぼすというなら、その役目を代わってあげられましたのに」
「呑み込んで、喰らって、
龍(わたし)をずっと怨めるように、ずっと疑い続けられるようにしてあげましたのに」
「可哀想に。貴方はただ噛み砕かれてすり潰されて嚥下されるだけです」
手を弾かれて。少女は片足だけで後退ろうとして、叶わずに尻餅をついた。
鉾が引き裂いた左腕に残る傷は深い。
溢れ出る血が通りに流れ出していく。その血の中に、存在しない左足の付け根を浸して。

右手が、その指先を糸で引き上げられるように奇妙な形で上がり、
輝く黄金の甲冑の…その内奥を指さす。
「いいえ、その糸に縋った時点で貴方はお終いです」
「"貴方"は"この世界"の物です。
だから、"貴方"が居る限りこの世界は終わらない。
次は決して貴方には訪れない。」

左耳のインカムに響く声に答えるべき者は既に舞台袖に。
ここに居るのは――
「さあ信じないでください、この世界の終焉者」
「さあ怨んでください、貴方を終わらせる者のことを」
地べたに座り込む少女が、手招きをする。
「廻るものなど有りはしない。灰の中から生まれるものなど無い」
紅く。地を血が満たす。

『キリン』 > 「ぬ、お、お、お」

年経た蛇のごとく囁く少女(ドラゴン)を見下ろす金の眼光。
慄きのような叫びとともに鉾が振り下ろされる。
それが弾かれた。

学園島内に無数存在する気象及び周辺情報収集システムの測定したあらゆる情報を元に照準を自動補正され
わずかな訓練期間のみで高精度長距離狙撃を可能とするエマンテック社BBD-50。
放たれた弾丸は、夜の闇も過たずに『キリン』の右手先を打った。

『ふぃーー……っ』
『グランドマスターと言ったぞ!?』
『流布堂さん!立って!』
『ち、鎮圧か……!? 無理するな、いずれ応援も来るっ!』

「っおお……!
 騙、るな!お前は僕の破局なんかではない……!!」

弾かれた鉾を振るい直し、掬うように横から足元へと切り払う。

流布堂 乱子 > 耳朶を打つ音に。
名を呼ぶ声に。
私を呼ぶ誰かに。
……血の海に沈んだ短剣が、高く音を上げて唸った。

「やっぱり、『名前』なんて増やすものじゃないですね。
こういうことに凝るから、龍(わたし)が困る」
焦げ茶色に戻った右の瞳。右手が震えながら短剣を掴む。
一滴だけ朱色の混ざった左の瞳。左手は、鉾から身を守ることもなく軽く握られて。

「そうでしょうね。貴方に来るのは破局なんかじゃない」
火竜の血は水よりも火に近い。
キリンの足元にまで及んだ血液が、
<火よ、服せ>
炎となって、通りを満たす。夜の闇を払うように、赤々と。
「何よりも死に近いものの背中をほんの少し押すことは、破局と呼ぶに値しませんから」

炎の中から、左足がズルリと引き出される。
裸足の脚が、炎を踏む。強く、踏み込む。
「炎の前に、灰さえも生まれることはなく。」
握った左拳を振りかぶる。纏うのは巨大な龍腕の幻影。
そしてその幻さえ焼き捨てる、世界焼きの火。
「……今はもう、貴方が帰るべき土塊さえ無い。」

拳が振るわれる。
その生命を共有する赤龍の因果で以って、
左方に立つビルとマンションを、尽くなぎ倒し、灰燼と化し、消滅させながら。
その最後のヨスガである鉾に向けて、拳が振るわれる。

『キリン』 > 熾り広がる火に怨むべき相手を見失う。
鉾の刃が虚空を過ぎ、炎だけをかき回して引き連れて行った。

「ぬ、ぐ……!」

赤い、竜の爪が来る。

「中岳大帝、中天崇聖、コノ真形ニヨリ国敗レズ……!!」

文言とともに地面に突き立てた鉾が黄金の光を得た。
地が応じてアスファルトが即座に形を変える。
爆発したように立ち上がったのは巨大な壁、盾。

       『きゃあっ』
『うお!? なんだッ!?』

しかし成ったばかりの呪詛の怨嗟。それはあまりにも少量で。
衝突した火炎に土塊が爆裂を上げていく。
止まらない。

「ううう、おおおぉお……!」

怨嗟を溢れさせながら、右手側より薙がれた破滅に右腕がひしゃげる。燃える。

流布堂 乱子 > 業業と炎が燃える。
亡亡と火が界を覆す。
世の理の尽くを討滅して後に何も生み出さぬ火。

打ち当たった盾を焼き、
微かに触れている地を焼き、
自らが放った炎さえも焼き消して。

「信じてくれなくても、良かったんですけれど」
焦熱と陽炎の向こうから、少女の声がした。
右手の短剣は今にも自らの胸を貫かんとしているのに、
巻き付いた尻尾がその動きを封じている。

「貴方のことは確かに噛み砕く、と申し上げましたから」
左から叩きつけられていた龍腕が消える。
その巨大さに全く応じない早さで、少女が鋭く腕を振るうのと同期して、
次は上から叩きつけてその重量で以って黄金の甲冑を大地に押し付けんとする。

……ソレを待つのは、空に浮かぶ幻影のアギト。

『キリン』 > 罵金、と音を立てて鉾が折れる。

『くそっ、見えねー!!生きてんのか!?』

狙撃手の声が流れる中で、土に叩きつけられた黄金の魔人は、伸ばす腕さえ上がらずに四肢から火を上げた。

「ぐ、あ、が……が……
 いや、だ……また、また死ぬのか……こんな、ことが、僕は、う、ううおおお、僕が……!
 やはり、お前は、お前たちは……死ぬ、死ぬ、死ぬ、くそう……何故だ、何故お前たちが死なない!僕を殺したこの世界が死なない……!!」

焼けて落ち、溶けて引き裂かれていく。

「これ、が、風の前の塵……ぐ、ぉお……兄、さん…………」

呪詛も。呪詛とされた意思も。
何もかも燃え上がって灰にもならず、塵から風に還る。
顔の奥の光が消え、総身割れて火を噴いていく。

流布堂 乱子 > 「死にますよ。龍(わたし)が殺す。
龍(わたし)が私と殺して壊す。」

そこに龍腕が有ったことさえも無かったことにして。
もう一度だけ腕を振るうと、空に浮かぶ龍のアギトが開き。
地を喰らって風と鉾さえもその牙のうちに収めた。

ゴクリと。その呪詛だったものを呑み込んで。
「世界の果てで、私と龍(わたし)達も滅んで。
こんな世界が有ったことさえ無かったことにして殺す。
……それが願い、でしょう?」
成るべき道筋の前では呪詛は呪詛足り得ない。

その胸のうちに、赤龍の滅びを願う怨念をもう一つ収めたところで。
尾の拘束から抜けだした右手が、胸に龍滅の短剣を突き立てた。

短剣が徐々に突き立てられていくうちに、
左目の朱色が薄くなり、消えていき、
そして――
「今はただ、ここで。眠るように世界を怨めばいいんですから」
少女の意識もまた、ここで途切れた。

残るのは、左手の傷も無く、
無かったはずの左足が有る、意識のない少女。
あれほど燃えていた炎はもうとっくのとうに消えていて。
跡には灰さえ残ってはいなかった。

ご案内:「学生通り」から流布堂 乱子さんが去りました。
『キリン』 > 『大丈夫なの流布堂さん!!?』
『どーーなってんだ今の奴の魔術か何かか!』
『よく、見えないな。向こうは大丈夫なのか』
『まぁ居住家屋はないけど……とにかく生活委員会に連絡して』

イヤホンから流れる音だけが残り。
呪詛の魔人は呑まれて消えた。
術者(ザデルハイメス)がいれば、呪詛ごと飲み込まれては困りますねぇと嗤ったかもしれないが。

『グランドマスターって言ってたけれど』
『じゃあ今さっきのはロストサイン……だったか……なのか?』
『あ、流布堂倒れてるな。金色のいねえぞ』
『じゃあ俺が様子を見るから、流布堂の容態を確かめて保険課を待とう……』
『ウィーッス、状況一旦終了でー』

『キリン』 > 男子生徒が一人、周辺を警戒しながら破壊の跡に駆け寄っていく。

違法部活残党が暴れて学生通りの一角で被害。それによる死傷者はなし。
止めに入った風紀委員の一人は負傷。
犯人は消息不明か、あるいは滅んだとされるか。
そんな風になるのかもしれない。

割れたアスファルトを踏んだ少年が、生存はしていそうな女生徒を見て息を吐いた。

『――――まあ、今回は誰も死ななかくてよかったよ……、式状』

ご案内:「学生通り」から『キリン』さんが去りました。