2015/09/13 のログ
ご案内:「学生通り」にリヒットさんが現れました。
リヒット > 雨のそぼ降る、9月の昼下がり。
前線が島の上にかかっているようで、厚く立ち込めた雲は陽の光の気配さえも感じさせません。
ザーザーと轟音を立てて降りしきる雨の中、学生通りを往来する人影はまばらで、一人残らず傘をさしています。

「ぷー♪ ぷー♪」

そんな中をただ一人、傘もささず合羽も着ずにふらつく影が1つ。つややかな青髪が雨に濡れる様は、まるで大きな水滴が浮いて漂っているかのよう。
小さな身体を包んでいる小さなスモックはすでにズブ濡れで身体にぴったりと張り付き、いかにも重そうです。

しかし、そんな不快感を不快とも感じていないのでしょうか。リヒットは、雨の中を踊るように、通りをふらふらと浮遊してます。

リヒット > 普段のリヒットなら、数個のシャボン玉を下僕のごとく周囲に浮かべ連れ歩いているものですが、今日はそのオトモはいません。
当然です、雨の中ではシャボン玉は飛ばせませんから。リヒットは雨でも壊れない、特別なシャボン玉なのです。
……端的にいえば、リヒットはもともと水の精。雨は大好きです。そして、雨が世界を支配している今、シャボン玉を飛ばすのは雨に失礼というもの。

 「っチクショー、こうも雨続きだとマジ気が滅入るよな……」
 「ほんとにねぇー、洗濯物も干せないし」
 「あーもう、靴下ビチョビチョで気持ち悪ーい!」

……しかし、周囲から聞こえてくるのは雨に対する呪詛ばかり。
故郷では9月の雨はたいそう持てはやされたものです。夏の陽気ですくすくと育った作物が、雨の養分を吸って実や種を太らせる大事な時期。
それに、リヒットの友達は雨でも構わず川に遊びに来てくれたものです。さすがに増水の危険があるときは無理でしたが。

「雨、こんなに気持ちいいのに……」

往来を行く傘の上を、くるりと宙返り。天にスモックの裾を向けると、冷たい雫がお腹やお尻をしばし濡らします。
本当は裸になって飛び回りたいところですが、ここは人間社会、それはご法度というもの。せめて誰も居ないところに行ってから。

半透明のビニール生地の下から、傘の持ち主がぎょっとしたような視線で見上げてきます。
しかし、異邦人の習性はその子には計り知れないようで、とくに咎めたり話しかけてきたりはしません。

リヒット > 学生通りは、どうやら細い『歩道』と、太い『車道』とで出来ている様子。
歩道は人間の歩く道、車道は鉄の馬車……たしかリビドー先生に教わったのでは『じどうしゃ』というらしいです……それが通る道。
重い物がとんでもなく速く走るんで、分けていないと危ないのだそうです。

……ふと、『車道』の真ん中に何かがあるのに気付きます。
雨の日とはいえ車の行き来はないわけではなく、車道に立ち入るのは危ないので、十分に高度をとって浮遊しつつ、そこに近づきます。

「……てつ?」

黒とも紺ともつかぬ固い砂利道(アスファルト)を割るように、まっすぐな鉄の棒が地面を這っています。
しかも、リヒットの身長より少し長いくらいの間隔をあけて、2本が並行に。
そしてこの鉄の棒が敷かれている箇所は、車も避けて通っているようです。さらにその上空には黒く細い縄が吊られています。

「なんだろ、これー」

車が来ないことを観察して確認すると、リヒットはその鉄の棒の間にふわりと降り立ち、ぺたぺたとその表面を触ったり、アスファルトとの間をほじってみたり。

リヒット > 故郷の世界でも、鉄は重要な金属でした。農具や調理器具、ときには武器など。
とはいえ、この世界での鉄の使われっぷりには遠く及びませんし、こんなに長大で整然とした加工を施された鉄具も見たことがありません。
興味深そうにコンコンと叩いたり、ときにはその表面を舐めたりしてると……。

「………てつが、歌ってる」

カタタン♪ カタタン♪ ……と、その鉄棒の表面がリズムを奏で始めたではありませんか。
この世界の金属とはなんとも不思議なものです。雨晒しでも錆びないどころか、嬉しそうに歌い始めるなんて。

………。

普通、雨の線路の上に人が、しかも普通の子供よりも小さな子が、傘もささずに佇んでいるとなど、考えもしないでしょう。
それに半ば『豪雨』と言っていいレベルの雨量。視界も効きません。さらに雨の色に溶け込んでしまいそうな、青色メインの外見。
……路面電車の運転手がリヒットの姿に気づいたのは、15mほどの距離まで近づいてからのこと。

 「!!? ひ、非常ブレーキ……ッ!!」

いくら徐行運転とはいえ、この距離で停車することは不可能です。
けたたましい警笛の音と、ブレーキが噛み合う不快な金切り声が、通りにこだまします。

リヒット > ……バツン。

電車を揺さぶりこそはしませんでしたが、運転手は確かに感じました。何か柔らかい固体を、車輪で踏み潰した感覚を。音を。

リヒットは、路面電車の下敷きになってしまいました。

急停車に騒然とする、路面電車の車内(閑散としてはいますが)
あわてて運転席から飛び降り、事態把握を行おうとする、顔面蒼白の運転手。
往来の傘たちは警笛に一瞬驚き、視線を向けこそしたものの、とくに近寄ってきたりはしません。

 「………んん!?」

確かに、小さな子供が線路の上にいて、轢き潰してしまったハズ。避けたような様子は見ていませんし、衝撃はありました。
……しかし、車体の下には人影も、血のあとも見受けられません。
どういうことでしょう。忽然と消えてしまったようです。幻だったのでしょうか。それともどこか遠くへ弾き飛ばされた?

……注意深く観察していれば、雨を逃れて車体の下の狭い空間で所在無げに漂う、小さなシャボン玉に気付けたかもしれません。

リヒット > 「リヒットは、死んじゃったよ。てつとてつの間に挟まって、潰れて壊れて死んじゃった」

雨音を縫って背後から奏でられた声に、運転手はビクッと肩を震わせながら素早く振り向きます。
運転席へ続くハシゴに、青髪のスモックの児童が腰を掛けています。
お客さん? 否……その容姿は確かに、さっき轢き潰してしまった子供の姿に相違なく……。

「リヒットはかわいそう……じゃないね。リヒットが悪い。ここは、でっかい車の通り道だったんだね」
 「……え、えと、キミ……大丈夫かい? ケガはない?」

スモックから伸ばした細い足は真っ白で、擦り傷1つありません。それでも、混乱する思考を人命救助の義務感で無理やり制御しようと、運転手は話しかけます。
そんな彼に、リヒットはハシゴからお尻を離してふわりと浮くと、地面近くまで高度を下げ、ぺこりと頭を下げます。

「リヒットは大丈夫。今は壊れてない。車止めちゃって、ごめんなさい」
 「あ、ああ。大丈夫ならいいんだ。それと、これは『車』じゃなくて『電車』、『路面電車』だからね」
「ろめんでんしゃ……」

くるっと首を回し、背後の巨大な鉄塊を見上げます。ガラス窓からは何人かの客の視線を感じます。
どこか、乗合馬車めいた雰囲気。『車』といい『電車』といい、どうやって馬なしで動いているのやら。

リヒット > 会話を交わしたせいか、あるいは雨に打たれて頭を冷やしたからか。
徐々に冷静さを取り戻してきた運転手は、もとの業務に戻るべきであることに気付き、そしてこの児童に業務を妨害された事実に気付きます。
彼は背の低い児童をキッとにらみ、つややかな青い髪のまんまるな頭頂部に手をポンと……『叩いた』とギリギリ形容できる力加減で手を載せ、

 「……キミ! 線路や道路で遊んじゃダメだからね! たくさんの人に迷惑がかかるんだからね!」

と怒鳴りました。リヒットもさすがにその剣幕には肩を竦ませ、こくこくと無言で頷くのみ。
運転手の手の中で、妙にツルツルとした髪が流れ、まるで清流に手を浸したかのような心地よさを伝えましたが、彼の焦りや怒りを解くまでには至らず。
彼はその手をズボンのお尻で拭うと、素早く運転席に飛び乗り、軽いアナウンスの後に力行を再開しました。

「わわっ……」

無数の野の獣が一斉に鳴いたかのようなけたたましい音をたてて、巨大な鉄塊がひとりでに動き始めました。
その様子にリヒットは雨に逆らってふわりと高度を取り、距離を離します。

道路とはなんとも怖い場所です。やはり、人間も妖精も、生身の時は歩道を使うべきですね。

リヒット > リヒットはそのまま歩道の方へと翻り、歩道と車道を仕切るように疎に並べ植えられた街路樹の梢に掴まります。
3mほどの、さほど高くはない常緑樹。『タチバナ』でしょうか。葉の群れの中に、緑や橙の実もいくつか見て取れます。
梢はリヒットの体重を受けてわずかにしなりますが、リヒットは軽いのでそのまま跨るようにそこに落ち着きます。

「ぷー……リヒットは怒られた。道路はあぶない……」

くるり、と梢を軸にして、学生通りのパノラマを眺めます。先ほどの路面電車は、坂を登り、学校の校舎の方へと走り去って行きます。
大通りを挟むように立ち並ぶ建物はどれも高く、まるで迷路のよう。

リヒットはしばらく、砂っぽい雨の匂いとさわやかな橘の匂いにつつまれながら、傘の花たちの往来を眺めて過ごしていました。

リヒット > 『車』と『電車』の走る街。それに跨がり、狭い島の中をさらに狭くせんと走り回る人間たち。
リヒットの68cmの身長とシャボン玉の飛行速度では、この島は広すぎます。
しかし昨日、高い高い時計塔から眺めた常世島は小さく、そして閉鎖的な印象さえ受けました。それはきっと、海の威圧感もあってのことでしょうけど。

 『森を拓いて、人が済むおうちを作ったんだよ。森のかわりに、お家があるのさ』

リビドー先生の言葉を思い出します。いま視界に入る緑は、整然と道に沿って並べられた『タチバナ』の木の丸っこい葉のみ。
しかして、緑でない色は四方八方に満ち溢れています。
茶色の壁の喫茶店、銀色にギラギラ輝くアパレルのショーウィンド、傘の群れだって目がくらむほどに色とりどり、模様もさまざま。
理髪店の前では赤青白の縞模様が絶えず上に昇っています。

「………ちかちか」

雨の中だというのに、とてもカラフル。でも、なんか目が痛くなる色の洪水です。
この世界の人間は、こんなに直線的でこんなに無秩序に彩られた『森』に暮らしたい生物なのでしょうか。
リヒットにとっては、タチバナの木の緑に隠れた橙色くらいのコントラストで、十分に綺麗だと感じられます。

その後もしばし、街路樹の頂上で雨浴びを堪能したのち、リヒットは異邦人街の方へと去って行きました。

ご案内:「学生通り」からリヒットさんが去りました。
ご案内:「学生通り」に渡辺慧さんが現れました。
渡辺慧 > 街には街頭による明るさと、また、どこかの店から漏れ出す光だけで照らされるようになっていく。
日が暮れる時間も早くなった。
秋。どことなく、寂しさを感じる季節。
それの入り口が近づいてきている。

一人、その明るさを放つコンビニの前で。
買い物袋を持ち、口をもごもごと動かし咀嚼する。
片手には、白い饅頭のような……言うなれば、肉まんだ。

渡辺慧 > 咀嚼をする最初の内は、すこしあかるげだったその顔は繰り返すうちに。
憂鬱そうな、飽き飽きとした、というような。そんな顔へ変わる。

買い物袋の中身は……複数個の肉まん。

食べたくなったのだ。猛烈に。肉まんを。
調子に乗って、そこにある肉まんを複数個も買い込むまではよかった。
それを楽しみに、口に頬張った後までもよかった。

だが、そう。
単純に。

(一口目で飽きた)

渡辺慧 > それが入ったものと。
今なお手にもつ、齧りかけの肉まんを、憎々しげに見つめる。

不良在庫としてはひどく優秀なそれ。
食べるのにも、もう気分が乗らない。
かといって、持ち帰っても――すぐ、食べるのが、おいしいのだ。

ごくん、と一口目のそれを飲み込み終えると。やるせなさげに。
「……どうすっかなー」

これ。と、一人呟いた。

ご案内:「学生通り」に四十万 静歌さんが現れました。
四十万 静歌 > コンビニでお菓子やジュースを買った帰り道、

肉まんを憎憎しげにみつめながらも、
食べる様子をみて、
興味を引いたので――
そっと近づき、その呟きを聞いて、
少し離れた所から首をかしげて――いうだろう。

「どうするんですか?」

と。
いや、何を悩んでいるのかは分からない。

買い物袋の中身は何分見えないのだ。

渡辺慧 > 「どうするもなにも…………どうしようね」

ふとかけられた声に、反射的に。
特に、思考する間もなくそう返すと。
そこでやっと気づいたかのように――かけられた声の方へ向いた。

「……こんばんは?」
誰かも知らない、が。
こういう時は言葉は便利だ。ある程度、決まった言葉があるのだから。

同じように。首をかしげながら。

四十万 静歌 > 「こんばんは。
 良い夜ですね?」

なんてクスリと笑って――

「何かお困りごとでもおありですか?
 難しいことなら力になれませんが、
 力になれそうな事なら、力になりますよ。」

とじっと目を見て尋ねるだろう。