2016/02/23 のログ
ご案内:「学生通り」に東雲七生さんが現れました。
東雲七生 > 「参ったなあ……」

放課後の学生通り。
街路樹の下に据えられたベンチに腰を下ろして、七生はため息交じりに呟いた。
憂鬱の原因は目の前に溢れる仲睦まじい男女たち。

──そう、いわゆるカップルという番い共だ。

「……1週間ちょい、か。」

端末を取り出し、日付を確認する。
クラスで軽く村八分にされた2月14日から既に1週間以上が経過していた。
なお、村八分自体は15日──月曜日に七生が手ぶらで登校した瞬間に解除された。男子高校生とは現金である。
そのかわり七生の周囲には地味にイチャつく連中という憂鬱の種が芽を出していたのだった。

東雲七生 > 「逆恨みっつーか、八つ当たりっつーか……」

勝手な感情である事は百も承知だった。
他人の恋愛事情に口出しする権利はもちろん無い。
だが、行く先行く先で仲睦まじくする男女を見ていると肚の底に黒くて粘性の高い感情が渦巻き始めるのである。
──同時に幾許かのトラウマも音を立てて抉じ開けられる。

「いつつつ……」

物理的でない、精神的な痛みに顔を顰めて天を仰ぐ。
いつまでも引き摺るものではない事も、それこそ百どころか千も承知だ。
終わった事は終わった事、叶わなかった事は叶わなかった事と割り切ってしまうのが良い。
そもそも、自分の想いに気付いた時点でもう、遅かったのだから。

「……はーあ。」

先程コンビニで買った、小さな小さなチョコレートの包装を解く。
茶色というよりは黒に近い色のそれを、七生は努めて軽い動作で口に放り込む。

「………にっがい。」

包装に表記されていたカカオ濃度よりも、よっぽど苦く感じた。

東雲七生 > 「……よし。」

小さなチョコはあっという間に溶けた。

「……やめだやめ。」

しかし、まだ喉の奥に確かな苦みが残っている。

「うじうじしてても何も変わんねえしな。」

それもじきに、消えてしまうだろう。

七生は大きく背伸びをして、冬の澄んだ空を見上げる。
課題や試験やその他諸々に追われて気付かなかったが、まだまだ日は高い。
ついこの間まで、今の時間でも空は橙がかっていたはずなのに。

「……春が近いんだなー。」

ぽつりと呟いて、満足いくまで空を眺めて。
心なしすっきりした気持ちで視線を下ろす。


──それはそれとして、やっぱりカップルアベックに囲まれているというのは気に食わない。

東雲七生 > 「落ち着け俺……落ち着けー……」

逆恨みも良いところである。
これではバレンタイン前に自分をムラハチにしたクラスメイト達と何ら変わりは無い。
七生は大きく呼吸をすると、意味も無く端末を取り出して操作し始めた。
別にカップルがいっぱい居ても僕は寂しくないしネットに友達いっぱい居るもんアピールである。

「……くっ。」

言い知れぬ敗北感が襲ってきた。

東雲七生 > 「別に別に、周りがイチャイチャしてたって全然寂しくないし。
 やっぱ彼女とか俺には全然早いし。時期しょーそーってやつだし。」

ふん、と無意味に見栄を張って声を上げるも、誰の耳にも届かないだろう。
それほどバレンタイン明けの学生通りは賑わっていた。色んな意味で。

というか、と七生はふいに我に返る。

「仮にもし、俺に彼女が出来るとして。
 ……どういう子だったら良いのか、とかさっぱり思いつかねえなあ。」

今ここで初めてその事に思い至る。
好みの異性のタイプ。クラスメイトたちとの話題にたまに上がる事もあったが、どういう訳か自分の事は訊かれなかったので考えた事もなかった。
そもそも、考える必要なんて無い物だと思っていた。

「改めて考えてみると……んー?」

軽く首をひねる。
そもそも、どういう感情を抱けば好みの異性となるのだろうか。
その答えを出すには七生は少し単純で朴訥に過ぎた。

東雲七生 > 「んんー……。」

考えれば考えるほど解らなくなる。
もしかしたら本格的に恋愛沙汰には不向きなのかもしれない、
と気分がブルーになったところで七生はおもむろに席を立った。
これ以上はドツボにハマると判断したのだ。

「帰ろう!」

ぐっ、と握り拳を固めて宣言する。
今はただ、喉の奥に残った苦みをホットココアで流してしまいたい気分だった。

東雲七生 > 人群れを掻き分けるというよりは、するすると合間を縫うように通りを駆け抜ける。
その姿は春を間近に吹き抜ける微風の様でもあったが。

まだまだ春は近いようで、遠い。

ご案内:「学生通り」から東雲七生さんが去りました。