2018/01/28 のログ
ご案内:「学生通り」にアリスさんが現れました。
■アリス >
今日はパパとママの帰りが遅くなる。
共働きだからたまにこういう日がある。
だから私は、胸をときめかせながらどこで夕飯を食べるか考えている。
常世島で外食をするのは初めてで、とても楽しみ。
私は夕暮れの学生通りをぶらついた。
■アリス >
私は異能で食べ物も創り出せる。
けれど、それは食べてはいけないことになっていた。
成分検査が終わるまで人が食べるのに適しているかわからないから、だそうで。
それに自分が今まで食べたものしか創れない。
仮に食べられたとしても味気ない。
一人じゃなくて、店で食べたほうがいいに決まっている。
周りをキョロキョロしながら食事ができそうなところを探す。
■アリス >
ふと、足が止まる。
中華料理屋の前。
中華……中華も良いかも知れない。
以前家族とヌーヴェル・キュイジーヌ・シノワーズを食べに行ったことがある。
あれはとっても美味しかった。
店の中を覗けないか必死に伺う。
中にあんまり人がいたなら諦めよう……
角度を変えながら店の前でうろつく少女。
■アリス >
ふと、店の入り口が開いてコワモテの主人と目が合う。
思わず硬直してしまう。
やばい、怒られる。
と、思ったら店主は人好きのする笑顔で
『お客さんかい?』
と聞いてくれた。
ぶんぶんと頷いて、私は店の中に入る。
人は多くもなく、少なくもなく。
これは期待ができるかも知れない。
私はウキウキしながらカウンター席に座った。
■アリス >
カウンターに座るとメニューを広げる。
中国語で書かれていたらどうしようと思ったけれど、杞憂で。
日本語で丁寧に書かれていたメニューを見ながら笑顔で質問した。
「すいません、このエビチリってどういう料理ですか?」
すると、店主は私に応えるように笑顔で。
『豆板醤にケチャップと卵の黄身を加えたチリソースでエビを絡めたものだよ』
と言ってくれた。
「ふ、ふーん……?」
ケチャップ? なんだか凄く庶民的で親しみやすいけれど。
中華料理っていうかとっても日本テイストな響きだった。
私が知らないだけで、そういう中華料理があるのかも知れない。
■アリス >
「じゃあこの天津飯というのは?」
『中華風のオムレツに甘い餡をかけた料理だよ』
うん……うん?
四川っていうか天津にそんな料理があるのだろうか。
甘い餡をかけたシノワーズはちょっと食べたことがない。
「……このちゃんぽんというのは?」
『独特な麺と色んな具材を混ぜたちゃんぽんっていう、混ぜ物を意味する日本語の料理だよ』
「……!!?」
今、日本語の料理って言わなかった!?
何!? 何料理屋なのここ!?
心臓がドクドクと早鐘を打つ。
どういう料理が出てくるのだろう……
■アリス >
いけない、そろそろ注文しないと店の人に迷惑がかかる。
慌ててメニューを指差し。
「こ、これください」
と言った。しまった、よく見ていなかった。
『はい、餃子定食一丁』
餃子……定食…?
一体どんな料理が出てくるのだろう。
既に頭の中はシノワーズという雰囲気ではなかった。
しばらく放心状態で店のテレビを見ていた。
テレビでは、常世島の『門』が活発になっている、というニュースが流れていた。
■アリス >
『はい餃子定食お待ち!』
店主が笑顔で私の前に置いた料理。
焼いてある餃子に白いご飯、タクワンに玉子スープ。
……日本料理だこれ!?
そもそも焼いてある餃子ってなに!?
私が食べた中華料理って水餃子しか……!!
観念して餃子を箸で取って食べる。
カリッとした歯ごたえに、中から肉汁と野菜の風味が広がって。
「お、美味しい……」
なんなのだろうこの敗北感……
それと同時に日本という国の外食産業、恐るべしとなった。
ご飯がすすむすすむ。
■アリス >
食べ終わってから代金を支払う。
変わった体験をしたけれど、帰ったらパパとママに楽しく話ができそうな気がする。
「ごちそうさまでした」
そのまま席を立って私は学生通りの住宅街に歩いていった。
ご案内:「学生通り」からアリスさんが去りました。
ご案内:「学生通り」にメイジーさんが現れました。
■メイジー > 取り返しのつかない出来事、というのは誰しも多かれ少なかれあるものだと思う。
その総数は人それぞれで、中にはその気にさえなれば「取り返せる」こともあるのかもしれない。
取り返しのつかないことなんて、少ない方がいいに決まっている。
よく注意を払っていれば避けられるものならば、きっと誰しもそうしている。
それでも。
この身を待ち受ける定めは、いつも思い通りにいかないことばかりで。
ふと目をつむれば、昨日のことの様に思い出す。
忌まわしい失敗の記憶を。
無辜の碩学を追い詰め、主と仰いだ人を傷つけた霧深い夜のことを。
「…………………」
ぼんやりと熱を持つ右の眼を押さえ、片肘に体重をかけて自問する。
この身の成してきた行いは、この世界では……悪と呼ばれるそれではなかったか、と。
■メイジー > すぐ目の前に広がる熱源から、肉の焼け焦げるような匂いがする。
ぱちぱちと、水気を含んだ薪が爆ぜて燃えゆくような音がする。
五感を揺さぶり、意識の内側に流れこむものたちがこの身を現実へと引き戻す。
「…………んん……」
眠っていたわけではない。少し考えごとをしていただけだ。
誰にともなく証を立てるように、あたりを見回す。
ここは学生通りと並行に走っている裏通りの人気店。
オールドスクールなダイナー風の内装で知られるハンバーガーショップ。
どこもかしこもピカピカに磨き上げられていて、赤く白く銀色に輝いている。
店内に流れているのは……この世界では古典に属するという、古風な大衆音楽だ。
高いカウンターテーブルに向き合う、これまた背の高いスツールのひとつ。
だらしなくも少し背を丸めて腰かけて、料理が出てくるのを待っているところだ。
ホールドハースト卿の目にとまればお叱りは免れないところだけれど、かつての主はここにはいない。
そう、誰もいない。あの戦列に伍した人々も、それを指揮した老人たちも。
この身に恐怖を受けつけた、忌まわしい仇敵さえも。
■メイジー > 違う。仇敵がいない、というのは誤りだ。ひとつだけ、こちらに来ている。
「あれ」はまだ、この学園都市のどこかに身を潜めているに違いない。
人を欺き、貪欲な顎にかけながら、誰に気付かれることもなく次の獲物を探し回る。
もしも「あれ」が、こちら側に転移した唯一の個体ならば、これ以上増えることはないはずだけれど。
確証なんてどこにもない。この身はもう……あの魔獣を追うことをやめてしまったのだから。
空は青く水は清く、大気は清澄にして自然の実り豊かな世界。
重機関都市群の吐き出すガスと煤煙に染められ、汚濁に満ちた世界とは何もかもが違う、楽園のような場所。
ここには水源を侵す汚染物質も、毎年のように増え続ける原因不明の奇病も存在しない。
だから、ここでは何もかもが美味しい。
今でも口にするたび、ふと涙がこみ上げそうなほどに。
オーダーが通ってからパティが鉄板に乗り、熱い肉汁を滴らせてこんがりと焼き目がついていく。
その隣には白いセサミの乗ったパンズが一対、横に切り分けられて伏せられている。
「………………」
所在無く脚をゆらゆらさせ、背の高いグラスに満たされたジンジャーエールの、真っ赤なストローを口に含む。
くぅ、とお腹が鳴りそうになって、胃のあたりをそっと押さえた。
■メイジー > 肉汁の染み出る重厚なパティ、味付けといえばごくささやかに塩と胡椒だけ。
瑞々しく青いレタス、みじん切りになった生のオニオン。
輪切りのトマトにピクルスがふた切れと、向日葵みたいな色をした四角いチェダーチーズが一枚。
ケチャップとマスタードはテーブルに備え付けのものを、お客さまのお好みで。
永遠にも思える時間が過ぎ去り、白くて丸い大きなお皿に料理が乗ってやってくる。
白い包み紙をベールのようにまとって、その奥底に熱い肉汁を滴らせながら。
従者を務めるのは薄く狐色に揚がったカリカリのフライドポテトと、小鉢に収まったピクルスたちだ。
ポテトを避けてできた空間にケチャップをしぼり出し、熱々のパンズの中にもすこし加える。
両手にずしりとかかる重量感。長くは持っていられない程の熱気を放つふわふわの塊。
ふるさとで待つ人々の下に持ち帰れたら、どんなに喜ばれるだろう。
かつての主も長期の不在を不問に付してくれるかもしれない。
いつか帰る手立てが見つかった時には、テイクアウトを頼んでみよう。
「……いただきます」
食べてもいいと確認するように口にして、はしたなくも大きな口を開けてかぶりつく。
オーダーが途絶え、カウンターの向こうの店主が手持ち無沙汰になって、テレビのチャンネルを回していた。
■メイジー > 細切れになった音がニュース番組につぎ直される。
仕立てのいいスーツを着込んだ人々が順々に映し出される。
『―――……となると、霧の夜には気をつけないといけませんねえ』
『………いえね、まだたしかなことは判らないとのことですが―――』
異能犯罪の事件報道だ。
楽園の島にも、人の悪意というものは存在する。
蒸気都市のそれとよく似た悲劇も。罪と罰も。
『……事件があったのは27日の未明、あの日は一晩じゅう土砂降りの雨だったんですよ』
小休止にポテトをつまみ、塩味の強いパワフルな味わいをジンジャーエールで流し込む。
『―――となると、今度の《赤ずきん》は雨の日にも出ると?』
「………ッ…ごほっ!! ごほごほっ……ん…っ!」
《赤ずきん》。聞き間違えでなければ、アナウンサーはそう口にした。
どこかの記者が面白半分に付けた名前だった。
もうどこにもいないその存在を、その名を呼ぶ声が聞こえた。
店内の注目を不用意に集めてしまった。大丈夫かと問う声にぎこちなく笑って頷く。
『ええ。すでに犠牲者が出ています。皆さんも、不要不急の外出は控えられます様に』
『霧の夜だけじゃありません。雨の夜にもお気をつけを』
■メイジー > 訳がわからない。
《赤ずきん》はずっと前に活動を終えている。もうどこにもいないのに。
胃のあたりに鉛を呑んでしまった様な重みがかかり、食欲が失せていくのを感じる。
「…………そんな、どうして……?」
『風紀委員会は28日付で捜査本部を設置しました。中継が繋がっています……木下さん?』
『はーい! こちら《赤ずきん》連続通り魔事件捜査本部から、木下がお送りします!』
『まだ詳しい事実の公表は差し控えたいとのことで………あっ、ご覧下さい。会見が始まる様です!』
臨場感たっぷりにカメラが即席の会見場へと流れこんでいく。
テレビの画面から目が離せない。悪い夢でも見ている様で、急速に現実感が失われていく。
会見場の入口には《赤ずきん》連続通り魔事件、と大書された看板が映りこんでいた。
主も今ごろ、学園都市のどこかでこの報道を目にしているのだろうか。
そして、人知れず失望と疑念を深めるのだろうか。眩暈がして、身体じゅうの力が抜けていく。
■メイジー > 『………ええ、彼らは…彼女かもしれませんが、自身の異能(ちから)に酔い、衝動に身を任せる』
『危険なことです。いかなる理由があろうとも、決して許されることではありません』
『ですが、ご安心下さい。学園都市の安全は風紀委員会がお守りします。まずは夜間の巡回を増やし―――』
捜査主任を務める学生の涼やかな言葉に、新聞各社…もとい、各部のフラッシュが一斉に焚かれる。
画面が白く瞬き、すかさず注意を促すテロップが表示された。
「……………………」
模倣犯の出現。もしも意図や狙いがあるとすれば……それはこの身に繋がることかもしれない。
《赤ずきん》の真意を知る人物は、「あれ」を置いて他にはいない。
誰ひとりとして知らないはずだ。一度は主と仰いだあの人でさえも。
もしもこの身が、まだ「あれ」に危険視されているのだとしたら。
「……………ごちそうさまでした」
ハンバーガーを半分以上残したまま、代金を置いてカウンターを離れる。
どこか心配そうな顔をしている店主にごめんなさい、と小声で謝って店を出ていく。
―――危険が迫っていると、動物的な直感が訴えていた。
足取りが徐々に早歩きに変わり、小走りになって、駆け出してしまう。
もしもこの身が悪ならば、この世界に居場所など無いのだとしたら。
今度こそ決着をつけないといけない。全てが手遅れになる前に。まだ取り返しがつく内に。
ご案内:「学生通り」からメイジーさんが去りました。