2016/11/13 のログ
ご案内:「古書店街「瀛洲」【常世祭期間中】」に石上守衛さんが現れました。
■石上守衛 > ――ああ、苛々する。
古書店街「瀛洲」の通りを一人の女が歩く。
長めの黒髪を風に揺らし、どこか鋭い眼差しを周囲に向ける。
制服の腕には腕章が着けられており、「常世再実行委員会」とプリントされていた。
ツカツカと足音を立てて歩くその様は、傍から見ても機嫌が良さそうには見えないだろう。
守衛自身、それは理解してはいた。自分は今、苛ついている。それを周囲にも感じさせてしまうのは褒められたことではない。
だが、どうにも押さえられない気持ちというものもあるものだ。
通りにあふれかえる人と書物を見ながら、彼女は歩く。
「常世再実行委員」として、学園祭期間中に不正などが行われないように目を光らせる役目を彼女は仰せつかっていた。
学園の公共と安全、秩序に殉ずる彼女にとってはうってつけの役割である。
そういう職務中に、彼女はつい感情を昂ぶらせてしまっていた。
■石上守衛 > さて、その苛々の原因というのは、彼女の周囲に並ぶ「魔術」に関する書物だ。
ここは、魔術書・魔導書が多く売られているエリアである。
一般に魔導書と呼ばれる類のそれがここでは多く取引されている。
勿論、禁書と呼ばれるような危険な書物は売られてはいない――表立っては。
そういったものの取引がないように守衛は目を光らせていた。
だが、守衛の苛々の原因は、禁書類についてではない。
むしろ、安価で買える比較的安全とされる魔導書が原因だった。
「……どうして、平然と売られているのかしら」
思わず、一人呟く。
■石上守衛 > 別段、魔術そのもの対して思うところがあるわけではない。異能についても同様だ。
現実にそれは存在しているのだから、社会はそれとうまく折り合いをつけていくしかない。それは理解している。問題は、用い方だ。
果たしてこの魔術というものの一般への普及は、如何なものかと彼女は考えている。
いくら危険が少ないとはいえ、扱いようによっては魔術は人をいくらでも傷つけられる。
それは異能も同様だ。異能は自分の意志で使えるようになるという性格ではないものが多いため、魔術とはまた異なりはするが。
自身の意志での発現ができないことの多さ、そして時によっては非常に危険な事態をも招く。
異能は、そういう意味では魔術より厄介であろう。しかし、守衛の現在の思考は魔術へと向く。
■石上守衛 > この安価で買えてしまう魔術書や魔導書は、果たして一般生活に必要なものなのか。
学園の公共と安全を、害する可能性を生み出すものではないか――
初歩的な魔術であれば、その理論などを理解すれば使うことができるようだ。であるからこそ、魔術を教える授業などが成立する。
魔術の素養が全くない人間など、例外もあるには違いないが。
しかし、多くの場合は安価で質の悪い魔導書でも、用いれば魔術を使えてしまうわけである。
勿論、自らの職業上必要な人間はいるだろう。魔術の平和的利用の研究とて、今では珍しくはない。
それでも、守衛はこの光景に慣れなかった。まるで、平然と銃火器が売られているような、そんな気分になるのだった。
かつての時代は魔術は秘されていたという。ならば、今は何故――そんな考えが、脳裡をよぎっては消える。
■石上守衛 > 自身の論理が強引であることも理解はしている。一方的な理解であることも。
別に魔術に限らずとも、このようなことは何にでも言えるのだ。
要は扱い方次第、ということになる。それを教えるのがこの学園のはずであった。
だが、現実としては必ずしもそうはなっていない、と守衛は感じていた。
何と戦うわけでもない一般人に、これは必要なものなのか……その思いは消えない。
公安委員会として、魔術や異能に纏わる犯罪に携わる度に、その思いは強くなった。
「そこ、書棚が歩道に溢れて危険です。店内に入れてください」
書棚や書物が路地にあふれ出て通行の邪魔になっているのを見つければ、守衛はそれを注意した。
半ば己の苛つきをぶつける形にもなってしまい、自身に対して嫌悪する。
私の感情を挟むべきではないのに――と。そして、また苛つきが募る。
その繰り返しであった。
先程の自分の思考も、おそらくは絶対に正しいというものでもない。
一面的な味方に過ぎないだろうし、半ば差別的であるのかもしれない。
自身の考えは、学園の理想とするものを遠ざけているのではないかという、煩悶が生まれ、守衛の機嫌をまた悪くさせた。
そして、そんな自身の個人的な考えが、職務にも影響を及ぼすであろうことが、何よりも腹立たしかった。
■石上守衛 > 「……切り替えよう」
書店と書店の間の路地。その影の中に入って立ち止まる。
自身を落ち着かせるように、言い聞かせるように深呼吸をする。
どの道、自分一人でどうにもできることではないし、どうにかできると考えるならばそれはおこがましいといえるだろう。
少々、疲れているのかもしれない。守衛はそう考えることとした。
元来の性格上、こういう祭事の際はそれは上手く運ばせようとして自ら動き、空回りすることも多かった。
今の精神状態で職務を行ってもあまり良い結果は得られないだろう。
逆に周囲を困らせるだけかもしれない。
そう考えると、スッと胸が楽になった。
少し休んで、職務に集中すれば良い。そうすれば要らぬ考えも頭には入らないだろう。
学園の秩序に忠実な一兵卒であればそれでいいのだ。
勿論、それはあまりに自己の判断を放棄するものであったが、今はそうした方が良いように守衛には思えた。
「行こう」
顔を上げて守衛は通りに出る。そのままツカツカと歩き出す。
とりあえず、委員会街の常世再実行委員本部に戻って休息を取り、再び職務に専念しよう。
そう思い立てば、行動は早かった。
彼女の脚は、委員会街へと向いていた。
ご案内:「古書店街「瀛洲」【常世祭期間中】」から石上守衛さんが去りました。