2018/06/13 のログ
ご案内:「古書店街「瀛洲」」にアリスさんが現れました。
アリス >  
私、アリス・アンダーソンは今月頭に誘拐されました。
そのことは無事に解決したからいいんだけど。

パパとママが心配して泣くし。
前に私が勝手に怪我した治療費を払いたくてバイトしてるってバレて怒られるし。
何となく家にいたくない気分。

というわけで私は学生街の古書店街に来ている。

アリス >  
私は本が好き。
読書はぼっちでも成立する趣味だから。

知らない世界の出来事を見ている時、自分を忘れて夢中になれる。
没頭しすぎるくらい、本の世界に浸る。
それが私の読書スタイル。

「……!」

ふと、見かけた古書店『方丈』に入ると、とんでもないものを見つけた。
大好きな作家さんの漫画単行本!!
それもまだ読んでないやつ!!

私は漫画も好きです。
バンド・デシネも好き。一緒か。

「あの、ちょっと内容を見てもいいですか?」

私は店主に声をかける。
意訳:立ち読みさせて。

『ちょっとだけだよ』

これが老店主の答え。
意訳:ちょっとだけなら許すけど全部読むような迷惑な立ち読みは必ず死なす。

私は喜色満面に漫画を開いた。

アリス >  
漫画の内容はこう。

主人公がトウキョーという街で、変わった中華まんを探すという仕事を申し付けられる。
当然、仕事なので主人公は変わった中華まんを探すために街を彷徨う。

でも、コンビニの種類なんて高が知れているからすぐに行き詰るわけ。

そこで中華まんハンターの巨大なカエルと知り合い、
入り組んだ地下の一風変わった店を巡るというストーリー。
なんで蛙が中華まんを?
そんなことが気にならないくらい、珍奇で面白い現代ファンタジー。

日本人は仕事熱心だ。
漫画の中でもよく働く。
それが変わった中華まんを探すという、変わった仕事でも。

アリス >  
作者名、煙道風雪。漫画のタイトルは『灰の塵芥』。
そんなどこからどう見てもシリアス全開の漫画なのに。

主人公がカエルを相棒にブルーベリージャムまんを見つけて喜んでいるんだから、もう。

「ぷふ……!」

笑いがこぼれた。
その時、気難しそうな老店主が咳払いをした。
意訳:立ち読みくらい静かにできないのかぶっ殺斬り散らかすぞ。

「……すいません」

今まで何人も異能者と会ってきたけど、そのどれとも違うスゴ味を感じた。
買うべきか? 買って家に持ち帰ってゆっくり読むべきか?

大した値段じゃない。
けど、パパとママと大喧嘩した後に漫画を買って帰りましたというのは聊か格好悪い。

アリス >  
どうしよう。
今、漫画では主人公が新たなる中華まんである
豚の角煮&ハバネロカレーまんを探して
薄暗いトウキョーの地下に再び旅立ったばかりなのに。

店主がそろそろ買うか帰るかしろという視線を背中にひしひしと感じる。

その時、外にゴロゴロと雷の音が響いた。
空が……空が暗雲に!!

これはいけるか!?
ひょっとしたら傘がないので雨宿りついでにこの店にしばらくいさせてください的な…
そういうデリケートな雰囲気がギリ出せるか…!?

梅雨だし。天気予報こそ見てないけれど、ワンチャンある!!

「雷かな? アハハ、嫌だなぁー」

そんな前準備の発言を老店主にジャブとして打ち込む。
これは布石……! 後で活路を見出すための…圧倒的布石…!!

私の心の中でショカツリョー・コウメーが雨乞いを始めた。
雨よ降れ。雷よ鳴れ。この際雹でもゲリラ豪雨でも一切構わない。

アリス >  
外でポツ、ポツと雨が降り始めた。
三十秒と待たずに雨音はスタッカートを刻み始める。

やった!! このレッドクリフ・ウォーに私のコウメーは勝利したんだ!!
心の中でショカツリョー・コウメーがでっかい饅頭を河に蹴り落とした。

「あ、あー……雨降ってきちゃったなー、傘もないし困るなー」

しまった、棒読みだった。
でもこの老店主がいくら厳しい人でも。
傘を持たない少女を一人、雨の中帰れと言うほどの外道発言はすまい!!

『あんた、異能で傘くらい作れるだろ』

は?

『先月は大変だったみたいだね』

そう言って老店主が読んでいた新聞を私に見せる。
そ、それは――――私が誘拐された時の新聞記事ッ!!
あの中にはきっと私が物質創造系の異能であることも載っているッ!!

しまった、異能バレ―――――ファッキンガッデム五里霧中!!

アリス >  
自分の息が荒くなってきたのに一拍遅れて気付く。
これ以上の立ち読みは難しい……!?
で、でもまだ漫画のページは半分以上ある!!

心の中でゲゲーンという効果音と共に『コウメー、敗走!!』というテロップが流れた。

手に持っている漫画の中で主人公が相棒のカエルと共に大量に買った中華まんの一つを食べながら言う。
『諦めるくらいなら最初からやってないよ』
その台詞は私の心にスプーン一杯分の勇気をくれた。

「その……外で異能を使うのは禁じられてて…」

苦しい! こんな苦しい言い訳が通るわけがない!!
異能を大っぴらに使ってはいけないなんてルールを便利な異能持ちで守っている人はいない!!

『いいさ、店先で傘を作るくらい見逃すよ』

うぼぁー!!!
ゲボッと血を吐く心の中の軍師。
諦めるべきなの!? こんなに面白い漫画を!!

ご案内:「古書店街「瀛洲」」に神代理央さんが現れました。
神代理央 > 久し振りに所用の無い放課後。偶にはあてもない散策も良いだろうかとふらり出歩いたが運の尽き。
良書を求めて鼻歌交じりに彷徨っていた古書店街で、文字では無く水滴の雨に打たれる事になる。
所有者の為に本日の天気予報を一生懸命通知していた高性能な携帯端末は、素知らぬ顔で主の鞄に収まっていることだろう。

「…まあ、こういうのも何かの縁になるのだろう。雨宿りだけしていくというのも、申し訳ないものだしな」

慌てて避難した古書店の軒先。『方丈』を銘打たれたその店で、雨宿りがてら買い物を楽しもうと扉を開く。
特に欲しいものがある訳では無いが、魔術か異能の本があればラッキー。趣味の分野の本でもあれば良いだろうと思って店内に足を踏み入れたのだが―

「………御邪魔だっただろうか?」

店内では、如何にも『古書店の主』といった風体の老人と金髪碧眼の少女が一人。
だが、どうにも雰囲気がおかしい。厄介事の最中ならば雨宿りする場所を変えるべきだろうか。
険悪な雰囲気では無さそうなので、取り敢えず二人に聞こえる様に声をかけてみた。

アリス >  
「!!」

一触即発。いや、多分私が鎧袖一触に蹴散らされる寸前。
その人はやってきた。
整った顔立ちの、多分男性。

チャンス!! チャンスだ!!
今のままでは討ち取られるのを待つだけの空気を変えるッ!! チャンス!!

「ううん、なんでもないの。ちょっと店主さんとお話を」

老店主も咳払いをして新聞に視線を落とした。
人前でやり合うには、まだ私に対してそこまでの悪感情を抱いてないらしい。

外の雨と同期するように、漫画の中でも土砂降りの雨が降り出していた。

私を救ってくれた乱入者に声をかける。

「あはは、本、好きなの? 私もよ。漫画も小説も、どっちも」

言いながらも必死に手の中の漫画『灰の塵芥』を速読。

神代理央 > 「…そうか?なら、別に構わないんだが」

此方が声をかけた事によって何か変化があったのだろうか。
先程までの微妙な雰囲気は霧散し、本の匂いが充満するだけのありふれた古書店へと姿を変える。
外はすっかり土砂降りだ。先に買う本を選んで、精算してから読む場所を借りようかと思案していた矢先。

「…ん、ああ。本なら何でも好きだな。今どき紙媒体の本なんて、と言われる事もあるが、頁をめくる感覚に勝てるものはないからな」

此方に話しかけてきた少女に一瞬キョトンとした様な表情を浮かべながらも首肯する。
しかし、その少女の目線と、手元に開かれた本に交互に視線を向ければ―

「…そこまでするなら、買えば良いんじゃないか?本好きなら、買ってやった方が本も喜ぶと思うがな」

流石に大声で注意するのも憚られる。それ故に、少し声量を落として囁くように、呆れた様な視線と共に言葉を投げかけた。

アリス >  
「そうね、『箔切れを聞く』という日本語を知っているかしら?」

相手が完全に自分と同じ外国籍という前提で話を進める。
だって格好が格好だし、髪色が髪色だし。

「昔の本は頁を金箔で薄く封じてあって、初めてその本を読む人は箔が切れる音を聞いたという話で――」

合ってるんだか間違ってるんだか、聞きかじった豆知識で話を繋げながら漫画を読む。
主人公がついに幻の中華まんを見つけ出した。感動的な展開だ。

その時。

「う」

短く呻いた。買えば良い、そう。買えば良い。
そうすれば店主とバトルする必要もないし、本も喜ぶ。

正論だ。

正論は正しい。
わかる――――けどわかるわけにはいかないのよ、私は!!

「……パパとママと喧嘩して家を出たから、漫画を手に帰りづらいのよ」

自分で口にしながらなんて情けない理由。

神代理央 > 「いや、恥ずかしながら初めて聞いた言葉だ。まさか外国人である君から、新しい日本語を学べるとは思っていなかったよ」

奇しくも、少女と全く同じ理由を以て『彼女は外国人だろう』という体で返答を返す。
彼女が此方を外国人だと思っているなんて考えてもいなかったのだが、微妙に話が噛み合ってしまったのは他愛も無い雑談故か。

とはいえ、うめき声を上げた少女を見れば、思わず苦笑いを一つ。
次いで口を開いた彼女の言葉に耳を傾けて―

「………ほとぼりが冷めるまで学校にでも置いておけば良いんじゃないか?」

何とも可愛らしい理由が耳を打てば、暫しの沈黙の後思わず吹き出してしまう。そもそも、パパとかママなどという単語を聞いたのは何時ぶりだろうか。
兎も角、崩した表情を改めつつ、打開策を呟いてみる。
此方からすれば下らない、そして可愛らしい理由ではあるが、彼女からすれば深刻な問題なのだろうし。

アリス >  
「……あなた日本人なの? 驚いたわ、その髪は染色かしら?」
「私は外国人よ、日本にいた時間はちょっと短め」

はぁ、と重く溜息を吐く。
どうしようもない。でもこの漫画を置いていくのは忍びない。
そんな中、出された解法は。

「あ……!」

それだ。心の中の軍師が病床から飛び起きた。
学校のロッカーに置く。こんなシンプルな解決案が!!

「すいません、この本ください! あとこの本と、この本も」

同じ作者の漫画を三冊買った。
どうせ学校に置いておくのだったらこれくらいは。
私と店主の間の関係もデタントがなされた。

満面の笑みで買った本を抱えた。

「えへへー、買っちゃった。ありがとう、あなたのアイディアは最高だったわ」

外に手を突き出し、雨水を分解し適当に元素を作り替えながら傘を創り出す。

「はい、お礼。私はアリス・アンダーソン。異能は見ての通りよ。あなたは?」

そう言いながら彼に笑顔で創り立ての傘を差し出した。

神代理央 > 「残念ながら自毛だよ。所謂ハーフという類だ。余り日本人らしい容姿には恵まれなかったみたいだけどな」

少女の言葉に僅かに肩を竦めてみせる。

「…それにしては、随分と日本語が得意じゃないか。御両親の教育の賜物か、それとも君の学習意欲の為せる技か。兎も角、声だけ聞けば十分日本人で通用すると思う」

外国人だろうとあたりはつけていたが、日本の滞在時間が短いという言葉には少し驚いた様に、そして感心した様に言葉を返すだろう。

そして、目を輝かせて本を購入する少女の姿を微笑ましいものを見る様な目でのんびりと眺めた後、本を抱えた少女に一言。

「どういたしまして。喜んで貰えたなら何より。後は、所持品検査には十分注意する事だな」

今日は風紀委員の腕章も制服も身に纏っていない。
それ故に、簡易な忠告だけに留めておく。流石に、次の再会が生徒指導室というのは余り宜しくない事だし。

「…物質想像系の異能か。中々便利なものだな。羨ましい限りだ。ん、私は理央。神代理央。風紀委員を勤めている。異能も魔術も行使出来るが…まあ、人様に見せるには向かない代物だ」

差し出された傘をくるくると回しながら感心した様に呟く。
次いで、彼女に応える様に自身の名を名乗るが、流石に異能を披露するのは憚られた。この閑静な古書店街で、彼女の様な可憐な少女相手に金属の異形をひけらかすのは流石に気が引ける。
もう少し見栄えの良い異能ならなあ、と内心溜息を零してしまった。