2015/09/26 のログ
ご案内:「カフェテラス「橘」」に茨森 譲莉さんが現れました。
茨森 譲莉 > カフェテラス橘は、今日も授業を終えた学生で大変に込み合っている。
他にやる事が無いのかこいつらは、と思いつつも、現にアタシもこうして席につき、
机の上に置かれたオムライスを砂山を弄る小学生が如くつついているのだから、似たようなものだ。

特に意味も無く天辺に突き刺さった旗が、ゆらゆらと揺れている。
一人棒倒しゲームをやる趣味はないが、どの程度削ればこの旗は倒れるのだろう。
そんな授業終わりの頭に浮かんだ本当にどうしようもない興味が、
オムライスというなんの変哲もない食べ物を食べるという行為に、わずかばかりの楽しさを与えてくれるのだ。

茨森 譲莉 > 鞄の中には今日の授業で与えられた課題のプリントが詰まっている。

時間を有意義に使うには、この目の前にあるオムライスを可能な限り迅速に胃におさめ、
速やかにそのプリントを机の上に広げて、午後ティーと洒落こみながらシャーペンを握ったほうが良いに決まっている。
決まっていても、苦手教科の課題というのははじめるには随分と気合いを要するもので、
不幸にも今日のアタシは体育の授業でそれはもう馬鹿みたいに走り回ったおかげで疲れきっている。

―――だから、このままもう暫く休んでいても、罰は当たらないと思う。
それこそ、このオムライスのてっぺんで儚げに揺れる旗が、倒れるまでの間くらいは。

ご案内:「カフェテラス「橘」」に橿原眞人さんが現れました。
橿原眞人 > まずいときに来てしまったなと思った。
丁度時間帯が時間帯だ。当然ながら、カフェテラスは学生で溢れていた。
俺はあまり騒がしい場所で茶を飲む気分ではなかったから、すぐに踵を返してもよかった。
しかし、他の店もここと大して変わらない様相だった。
どうせ少し休憩するぐらいだ。狭苦しくてもなんでもいい。

「……やっぱり、間違いだったな」
トレイにコーヒーを載せた俺は、席を探してぶらぶらと歩いていた。
だが、見つからない。どこもいっぱいだ。相席もしたいわけじゃない。
そうすると、丁度空いてる席を見つけた。
取られないようにと足早にそこに向かい、腰を下ろす。

「あっ……」
そこで気づいた。目の前には先客がいた。
速く座ろうとする一心で気づくのが遅れた。

「あ、すみません……ここ、いいですかね」
腰かけた後でそう尋ねた。

茨森 譲莉 > アタシはゆっくり、ゆっくりと慎重にオムライスを削って行く。
危ういバランスで立っている旗は、スプーンを刺し入れるたびにゆらゆらとゆれる。

声をかけられて、アタシの手先がびくん、と震えた。
もはや風前の灯だった旗が、こてん、とオムライスの皿の上に無様に転がった。
あーあ、倒れちゃったか。と小さくため息をついて、アタシは現れたその顔を確認するべく顔を上げた。

黒い短髪、あと眼鏡。レンズが薄い、近年では当たり前の薄型レンズか、はたまた伊達か。
これといって特徴らしい特徴もない、普通の男子学生だ。
翼が生えてるわけでもないし、角が生えてるわけでも、耳が変な形をしているわけでもない。

「どうぞ」

この常世学園という場所では、飲食店は外の世界以上の人気を誇る。
構成している人間が学生ばかり、寮生が多い都合上親元を離れている人間が多い上に、
学生割引で飲食店の価格が外に比べて安いからなんだろうとも思う。
アタシもこの島に来てからは基本的に外食が多く、こうして相席する機会も必然的に多くなっていた。
―――外食が増えた事でついでに体重が増えているのではと、不安な事この上ない。

最初はいきなり席についてくるし、その後注文しながら事後承諾するような学生の多さに
「ご飯くらい一人で静かに食べさせろ」と困惑し憤慨したものだが、慣れればどうという事は無い。
相手はお腹が空いているのに、たった一人で2人席を占拠するというのも申し訳のない話だし。

だから、アタシは特に気にすることはなく、
その席についた黒髪の男子生徒に一言、「どうぞ」とかえした。
旗が倒れてしまった以上、このオムライスはオムライスとして消費しなければ。

橿原眞人 > 「……どうも。いや、気づかなくてね」

俺と相席になってしまった女子学生は、何やらオムライスを直前まで見つめていたらしかった。
俺が来たことで、何か不都合でもあったんだろうか。ため息を吐く姿を見て、少しバツが悪い。
一度座ったにも関わらず、立ち上がるのもそれはそれで感じが悪い。
相手が良いと言ってくれたのだからと、俺はとりあえずそのままでいることにした。

そこで、ようやく目の前の女子に意識が行く。
特に見たことのない顔だ。この学園都市の生徒数は年々増えてきているらしい。
見たことがないほうが当然だ。
向こうも俺の事なんて知らないだろう。
見た感じ、普通の女子だ。異邦人というわけでもなさそうだった。

「……すみません、何か俺、邪魔しましたかね」

暫く沈黙していたが、それも気まずい気がして、声をかけた。
俺の登場で、彼女の行っていた何かを破綻させたような気分になったためだ。

茨森 譲莉 > 何やら気まずそうな顔をしてアタシの顔をじろじろと見てくる黒髪の男子生徒。
どこかで会った事でもあっただろうか。この間廊下でたまたまぶつかって、アタシが思わず舌打ちした子とか。

この常世学園は単位制を導入している為に、クラスメイトという概念は基本的にない。
ホームルームくらいはあるものの、授業の度に顔ぶれが変わって行くのでは、
ただでさえ馬鹿みたいに人数の多い学生の顔と名前を一致させる事なんて不可能だ。

つまり、アタシはこの目の前の男子生徒は見たことも聞いたこともない。
あったとしても川を流れる小枝の姿形を完全に記憶しておけるような能力はアタシにはない。

「いえ、そんな事は、ない、です。ケド。」

邪魔されたといえば、声をかけられたのでオムライスの上に突き立っていた旗が倒れた
とかそんな、アホとしか思えないような事だけだ。
その様子をしげしげと観察でもされていたのかと思うと顔が熱くなる思いがする。死にたい。

「オムライスの上の旗、倒れたな。と思って。」

スプーンで倒れた旗を指し示す。
いや、常識的に考えていきなりこんなことを言われても困るだろう。何を言っているんだアタシは。

「―――えっと、アナタは、ご飯?」

慌てて、アタシは話題を切り替えるべく口を開く。
オムライスの旗が倒れたなんて言われても気まずい空気が流れるだけで、
相手が洒落たジョークを返してくるような事は、多分無い。

橿原眞人 > 「……え? オムライスの上の、旗?」

スプーンで指し示された先を見て思わず言う。
確かにオムライスの旗は倒れていた。それだけだ。
自分で聞いておきながらかなり怪訝な顔をしてしまったと思う。
予想だにしない答えが返ってきた。オムライスの上の旗に彼女は気をかけていたらしい。何やら熱心にオムライスを見ていたのはそのためだったんだろう。

「……俺も昔、そんなことをした記憶があるな。
 オムライスの上の旗をどこまで保てるかとか、プリンの形状をどこまで維持できるかとか」

微妙に気まずい空気が流れたので、とっさに言い出した言葉がそれだった。
実際、女生徒とこうして話すのは得意なわけではなかった。
さらに、それに輪をかけるような状態だ。
不自然にならなかっただろうかと、少し顔を横に向けて思案する。

「え、ああ。飯はまあ、いいかなってさ。
 これだけでいいんだ。別に食べないことも多いから」

トレイの上のコーヒーを指さして言う。
そのカップの中に、いつものように大量の砂糖とミルクを入れる。

「あー……。
 俺は橿原眞人、一年だ。
 ちょっと休憩しに入ったんだけど、どこもいっぱいでさ」

茨森 譲莉 > 少し顔を背けて、気まずそうに思案する黒髪の少年。
いや、過去に似たような事をしていたという事でなんとなく親近感は沸いたのだが、
こうして顔を背けられると「やるよね!!」と大盛り上がりのチンパンジーのように手を叩くわけにはいかない。
プリンの形状をどこまで維持できるか、というのは、確かにアタシもよくやる。
土手の部分を少しずつ削っていって、べしゃっと潰れたらアウト。意外と丈夫なのだ、プリンというやつは。

しかしながら、アタシは男子生徒とこうして顔を突き合わせて喋るのはそれほど得意というわけではない。
男と付き合うには相手の話をニコニコと聞いていればいいとよくいうものの、
アタシはニコニコと笑うのが苦手だ、頑張って笑みを形作ろうと口を動かしたが、
いきなり笑い出したら不気味だろうとすぐにやめた。そもそもアタシの笑みはそれほど可愛いものではない。

「え、ああ、アタシは茨森譲莉、シノモリユズリ。
 アナタと同じ一年よ。………同学年ならタメでいいかしら。

 えっと、で、それだけ?………異能者とか?」

大量の砂糖とミルクに顔を顰めながら首を傾げる。
アタシもコーヒーには砂糖とミルクを入れる派ではあるが、
ここまで大量には入れない。あそこまで大量に入れては、もはやコーヒーと呼べる味はしないだろう。
味を想像してアタシの口にまで砂糖が入っている気がして、手元にあった水を飲み干した。
確実になんとなくだか、ほんのりと甘い。

―――しかし、どこからどう見ても一般的な男子高校生にしか見えないこの少年が、
コーヒーだけでご飯を済ませるというのはなんとなく不思議な光景に見える。
冗談5割、本気5割、どんな異能があったとしても、この場所ではおかしくないのだ。

橿原眞人 > なんだか不機嫌なんだろうか……目つきが鋭い目の前の女子を見て思っていた。
だが反応を見るにつれ、別にそういうわけではないとわかってきた。
怒らせていないなら、まだ話しやすい。
それでも、咄嗟に出した過去の話も滑ったのか、特に反応はなかった。
失敗したな、とまた心中で呟く。

「茨森か。そうだな、同学年なら別に気を遣うこともないな。
 何百歳も生きたとか、そんなのも珍しくないけど……たぶん、そうじゃないだろ?」

コーヒーは大量に砂糖やミルクを入れて別の色に変わっていく。
それを見た相手は怪訝な顔をしていた。当たり前だ。
いつもの癖でドバドバと入れてしまっていた、人前ではしないようにしていたのだが。
……これもまた、失敗だ。彼女なんて出来そうにないなと自分にあきれる。

「これは、あれだよ。甘党なんだ、俺は。
 ……ん? 異能?」

それだけ? 異能者とか? という言葉に俺は反応する。
異能者かどうかというのが気になるのか? 俺は入学してからしばらく経つし、そんなことはもう気にもならなくなっていた。

「……ああ、それだけだよ。俺は、“異能者じゃない”
 といっても、魔術は勉強してるんだけどな。ちょっと特殊なやつだけど」

甘ったるくなったコーヒーを飲みながら言う。
俺は嘘を言った。俺は異能を持っている。《銀の鍵》という異能を。
だけど、それを相手にいうことはない。この力で俺は、様々なセキュリティの鍵を開けるハッカーになったからだ。
そして、茨森の顔を見て。

「もしかして、ここにきて日が浅かったりするのか?
 いや、もし気に障ったのなら謝るんだが……俺はここに慣れすぎてね。
 出会う相手が異能者がどうとかとか、あんまり気にならなくなったんだ。
 前に、自称破壊神にも出会ったからな……」

茨森 譲莉 > 「いや、普通は珍しいでしょう。……何百年も生きたって。
 
 もちろん違うわ。アタシは普通の人間。普通の女子高生よ。」

そんなものが居る、という事は理解できる。
この常世学園という場所には、何が居ても別段おかしくはない。
異邦人、異能者、色々な理由で「人の枠」を外れた人間が、この島にはごくごく当たり前のように存在している。
アタシの住んでいた場所では少なくとも「化物」と言われていた、人を食べるとまで言われ、
恐れられていた存在が、この島では普通に学生や先生をしている。

この場所は、違いというものに異常なまでに寛容なのだ、と暫く過ごして思っている。
それこそ、アタシの顔が多少怖いくらいは気にせずに話しかけてくるくらいには。

アタシの、いや、アタシの住んでいた場所が律儀に守っていた「常識」は、この島では通用しない。
この常世学園という場所では、むしろアタシのほうが非常識なのだ、という事を、
この眼の前の少年のそんな些末な発言を聞いて感じる。

「ああ、ただの甘党ね。なんだか、どうしても疑心暗鬼になって。
 変な事をしている人を見ると、なんでもかんでも異邦人だとか異能だとか、
 そんな風に考えちゃうのよね。………ある意味では慣れたって言えるのかもだけど。

 そんなわけで、お察しの通り、アタシはまだこの学園に来たばっかりよ。」

『異能者ではない』という彼、橿原眞人の言葉を聞いて僅かに安堵の情と共に親近感を覚える。
別に異能者に対してなんらかの悪感情を持っているわけではないのだが、どうしても多少身構えてしまう。

「神までいるのね、この学校。」

そこまで行くと、もはや白旗を上げるしかない。
アタシの常識なんていうのは、きっとこの島ではちり紙ほどの役にも立たないのだろう。
むしろ、ちり紙のほうが有用だと思う。

「アタシは無能力者だから、どうしても気になるのよ。
 ………アナタ、異能者じゃないんでしょ?負い目とか感じた事はないの?」

異能者が山ほどいる学園で、自分だけは異能が使えないという疎外感。
異能が使える人間には出来る事が出来ない、という無能感。
そういうものを、この眼の前の少年は感じた事はないんだろうか。

アタシは、思わずそんな事を聞いてから、後悔の念と共にオムライスを口に運んだ。

橿原眞人 > 「……そうだな、普通は珍しいはずだな。忘れていたよ。
 普通なんて言葉は、こういう場所だとデリケートな意味だからな。
 一応は、ここにいる全ての存在に平等な権利とかが与えられていることになってるんだ。
 俺も差別主義者に見られたくないからな。自然とそうなったんだろう」

考えてみればそうだ。俺も入学した当初は、驚いたものだった。
明らかに人間とは違う容姿の存在、本土ではここまでの数を見ることができなかった魔術師に異能者。
“かつて”の世界だと、世界の変容以前の世界だと、到底受け入れられるはずのなかったものたちが普通に暮らしている。
だから、慣れた。慣れざるを得なかった。
そして、そうできなかった者たちが、違和感を延々と抱いていくのだろう。
かつての俺も、そうだった。

きっと、目の前の少女もそうなのかもしれない。
彼女のいた場所と、ここの常識は離れすぎている。
世界の変容を目撃した人々に比べればましだろうが、それでも異常と感じるに違いない。

「来たばかり、やっぱりそうか。まあ、それならわかるよ。俺だってそうだったからな。
 まあ、ここで“普通”に暮らしていきたいのなら慣れることだ。
 多分、自分と違うだのなんだの言われれば、気を悪くするやつもいるから。
 ……って、俺の甘党にまでかよ。まあ、こういう風に糖分を取らないと体が維持できないっていう異能の奴もいそうだからな。
 でもこれに理由はねえよ。仕方ないだろうけど、そう疑心暗鬼になると多分大変だぜ、この先」

異能者ではないと言った。
たぶん、それで目の前の少女は安心しただろうと思う。
俺も、異能が発現する前は異能を羨んだりなんだりしたものだ。
コンプレックスもあった。本土にいたから、そこまで大したものでもなかったが。
異能者への思いは複雑なはずだ。それが“普通”として受け入れなければいけない世界はやがて来るはずだから。
そして、気づいた。
この答えも、誤りだったのではないかと。

「……負い目?」

彼女に尋ねられ、少し硬直する。
俺は基本的に、異能を隠してきた。何の変哲もない、無力で無害な存在を装うとしていた。
俺がハッカーで、周囲にそれを気取られないため。
だけど、結局のところ、異能を持たない人間の気持ちにはなりきれていなかったのだろう。
俺は異能を隠していても、異能は持っている。だから、異能を持ってから、負い目なんて感じたこともなかった。
発現した事件は、俺が望んだものではない。むしろ、否定したかった事件だ。家族の犠牲と同時に、この異能は発現した。

「……そりゃ、あるさ。だが、ここまで色々ある場所だとな。別にどうでもよくなるよ。
 魔術でも学べば、少しはそれを補う事もできる。
 ……異能者だって、別に皆が皆望んでなったわけじゃない。発現の原因だって、まだわかってないしな」

この答えは、あまりに悟りすぎていて、現実感がなかったかもしれない。
説得力などなかったかもしれない。結局俺は、彼女の側に永遠に立てないのだろう。
加えて、少し擁護するようなことを言う。
俺自身が異能者だから、ついその本音が出た形だ。

茨森 譲莉 > 「そうね」

アタシは短く、そう肯定する。

「アタシも「普通」の女子高生、なんて言ったけど
 この場所だと、アタシのほうがむしろ普通じゃない、のかもね。」

「差別主義者」という言葉が、ぐさりと心に突き刺さった。
アタシは結局、差別主義者なんだろう。アタシの「普通」を「普通」と信じて、
それを振りかざしてこの島の人間を「異常」であると判断している。

異様なまでな寛容性、異様なまでの多様性、異様なまでに良心的な思想。
それらを「異様」としているのは、ただのアタシの主観で、アタシの元居た場所の、
この男子学生の言う、「差別主義者」が過ごしている場所の価値観だ。

分からないものを分からないと切り捨てて、知ろうとせずにただ怯えて、
ただ只管にぬくいコタツの中でくるくると丸まって生きている。
そのコタツの中が、余りに多くの雑菌に塗れている事も、
あるいは、外の世界の美しさや、空気の美味しさも知らずに。

世界が変容したという事を、全く知らなかったとは言わない、
アタシの居た場所にも、異能者や異邦人の存在は知らされていた。
でも、アタシの居た場所は、その存在を知りながら拒絶していたのだ。

……ただ、怖いから。あるいは、妬ましかったから。

「アナタも、気を悪くしたなら謝るわ。
 でも、疑心暗鬼になるほうについては時間が解決してくれることを祈るしかないわね。

 やっぱり、気になるから、相手が異能者かどうか。」

それもやっぱり、怖いから、なんだろうか。
自分が相手に銃を構えて引き金を引かなければ危害を加えられないのに、
異能者は、アタシに何か危害を加えたいならただ引き金を引くだけでいい。

それとも、妬ましいから、なんだろうか。
相手が異能者だと、相手と話すのにどうしても負い目があるから。

そんな事は、どうでもいいことだ。
理由はどうあれ、気になるものは気になる。それ以上でも、それ以下でもない。

「確かに、アタシが気にしすぎなのかもしれないけれど、
 アタシはやっぱり負い目は感じるし、他の無能力者がどう思っているのか、気になるじゃない?
 
 変な事を聞いて悪かったわね。」

長い間居れば、気にならなくなるんだろうか。
異能者には出来て、自分には出来ない事があったとしても、
異能者を妬ましいとか、羨ましいとか、憧れるとか、そういう事は、なくなっていくんだろうか。

―――アタシは、正直そうは思えない。
現に、アタシはこの常世学園に居ればいるほど、その思いを強くしていた。

「望んで異能者になったわけじゃない人も居る。
 ……そうね、そういう人も、いるのかもしれないわね。

 でもそれなら、逆が居てもいいと思わない?望んでも異能者になれない人が居ても。
 アナタだって、魔術でも学べば少しはそれを補う事もできる。って思ってるんでしょう?
 ―――もっと手っ取り早く、異能者になりたいとは思わないの?」

オムライスの塊をスプーンの先で転がしながら、相手に聞き続ける。
自分と同じ無能力者の少年に。無様に共感を求めて。

橿原眞人 > 「……いや、いいよ。俺も色々好き勝手言って悪かった。
 自分の価値観とは完全に違う場所に来たんだ。早々慣れないのも当然だ。
 異能者になるのもなれなかったのも、自分の意志なんかじゃないことが多いもんな。
 それに、こういうことは誰でも感じてるだろうさ。
 ……数十年前、この世界には“表向き”には、魔術も異能も、異世界も。架空のものだっていわれてたんだ。
 それを考えれば、ほんの数十年でこんな都市が出来たのが、不思議なくらいだ。
 ……普通なら、怯えられて、異質なものとされても、おかしくはない。
 たとえ、それがどれだけかつて“普通”だった人間たちよりも強大でもな」

相手の言葉に合わせて、繕うように言う。
罪悪感があった。
俺は、違うんだ。
君とは違うんだ。
本当は異能者であるのに、偉そうにこんなことを言っている。
そう思うと、罪悪感があった。
きっと、彼女はかつて“普通”だった世界の人間の延長線上にいる。
そんな人間が、そう簡単にこの世界の今を受け入れることなどできないのは、わかる。
異能者になってしまった俺が真に理解することはできないかもしれないが、想像することはできる。

そういう世界に生きてきた人間に対して、嘘をついてしまった。
今、正直に話せば俺は軽蔑されるだろうか。
異能の無い者を弄んだようなものだと。

「気にならなくはないな。俺は負い目を感じてないけど、あんたは感じてるわけだ。
 確かにできること、できないこと、色々思いはする。
 だけど、それもなんだろうな、身体能力みたいに考えればいいかなと思ってる。
 たぶん、異能とか魔術が表に出てくる前の世界でも、天才は天才で、何をやっても届かないような存在はいたはずだ。

 ああ……いいかもしれないな。
 だからこそ、今でも異能の研究がされてるんだ。人工的な異能の発現のな。
 結局のところ……最後は、そうなるのかもしれないな。
 これが進化の結果なのかはわからないが、最終的に人間は皆、そうなるのかもしれない。
 ……異能者には異能者にも苦労があるはずだ。俺たちでは考えられないようなものもあるだろう。
 それを考えると、別に今のままでもいい。他の事でなんとかしよう、そう思うよ。
 ……それに、俺たちだって、いつそれが発動するか、わかんないんだからな」

胸が痛む。
俺は何を言っているのだろう。とても偽善的な言葉だ。
全て、嘘なのだから。
いや、確かに異能を持つ前はそう思っていた。だからこそ、他に活かせる技術ということで、ネットワーク関係に強くなろうとしたわけだ。
だが、今はもう異能者だ。
彼女の側にいない。

今まで会う人間は皆、異能者ばかりだった。
20世紀の、異能も魔術もなかった時代に思いを馳せることはよくあった、けれど。
今もこうしてリアルに、それを抱えている人間がいることに。
今更ながら、この異能者と魔術師と異邦人のユートピアで。
それに気づいたわけだ。

コーヒーをまた口にする。

「――茨森は、思うのか? 異能者になりたいって。
 もし、異能者になれる薬とか機械があったら、それを使ってみたいと、思うのか?」

おかしな話だ。きっと、俺の言葉からは異能者への妬みなど感じられないだろう。
俺が異能者である故に。彼女は俺の言葉を信じているのだろうか。

茨森 譲莉 > 繕うような言葉に、気を使われている、と、そう感じた。
この橿原眞人という少年にはきっと、何か異能の他に「出来る事」があるんだろうと思う。
それこそ、勉強していたらしい魔術の腕が凄まじいとか。あるいは、他に何か、彼にしか出来ない何か。

………アタシには、そんなものは一切ない。魔術も相変わらずからっきしだ。
携帯のライトのほうがまだマシと言えるような光を指先に灯せるだけ。

何か出来る事がある事が当たり前になったこの世界で、アタシには何の役割も、能力も無い。
元の場所に居れば知る事も無かった現実が、この常世学園にはある。

「異能は、天才のようなもの、優れた身体能力のようなもの、ね。」

どんな時代にも天才は居て、その天才が新たな常識を作ってきた。
電気というものが発明されたから人の過ごす夜の空は明るい。
動力というものが生まれたから、人は自分の身体を酷使せずとも楽に生きられる。
順にあげていけば、きりのない話だ。人類はそうして日々進歩してきた。

でも、日常の破壊者だからこそ、天才というのはあらゆる時代において疎まれるもので、
もし、それが疎まれていないのなら、そこが普通という基準線になる。

……その基準線からはねられてしまっているなら、それは落ちこぼれだ。
そんな人間は、暗闇でびくびく怯えて、その世界に求められる事も無く、居場所も無く、ただ静かに死んで行くだけ。

「そんな天才が一山いくらで売られてるこの学園に居ても、そう思えるの?
 天才、どうあっても届かない人間が一人なら、あの人は特別だ、天才だ、その一言であきらめがつくわ。
 
 でも、そんな天才が。異能者が、一山いくらのバーゲンセールしてるようなこの場所で、
 あの人達は特別だからなんて、そんなの言い訳にもなりはしないじゃない。

 人工的に異能を作り出す技術が研究されているのもそう、
 特別だからって言い訳できなくなったからしてるのよ、それは。

 そうね、アタシだって、そんな研究に携われるくらい頭が良ければ、そこに混ざったかもしれないわね。」

目の前の異能を持たないらしい少年、橿原眞人に、吐く様に言う。
ころがされるばかりのオムライスは、不平不満をいう事もなく、ただアタシを見つめていた。

「異能が得られる薬があったら、あるいは、そんな機械があったら……。」

アタシは、どうするんだろうか。
そういうものを使ってでも、異能者になろうとするだろうか。

先に見た、異能で作られた芸術作品の数々を、空を飛ぶ異能を、
あるいは、人を救うと言う奇跡の銃弾を思い出す。

そんな力が、アタシも得られるなら。

「そうね。異能者になりたいって思う。きっと、使うわね。
 
 ……むしろ、アナタは使いたくないの?なんで?」

アタシは、むしろこの人はなんで使いたいと思わないのだろうか、と首を傾げる。
先に言っていた通り、異能者には異能者の苦労がある、という事を知っているからだろうけど。

それでも、何も出来ない自分にも出来る事が増えるのなら。
きっとそれは、幸せな事だと少なくともアタシは思う。

……なら、彼は、どうしてそうは思わないのか。

橿原眞人 > 「……いや、そうだな。そうかもしれない」

言葉を濁す。
やはり、その場しのぎの言葉というのは、穴が生まれるものだ。

「そんな「天才」が大量にいる場所に、俺はいるんだ。
 外だと、まだまだ羨ましがられたり、異端と思われたりするような存在が、ここでは大手を振って歩いてる。
 特別じゃなくなったから、そうしてるわけだ。
 ……君の言うとおりだな。俺はどうにも、楽観視しすぎてたらしい。意味のないたとえだったな。
 そう言う場所にいるのなら、なにも能力のない人間が、そう思うのは……きっと自然だ」

駄目だ。彼女の言葉は本物だ。
その人生の全てというべきことが、詰まっている。
心からの言葉だ。
なら俺も、そうすべきではないか。
今、全てを明かして。

かちゃかちゃと、カップに入ったスプーンを回す。

「……そういうふうに考えないと、納得できないからさ。
 異能の多くは、突然降ってきたようなものが多いらしい。もちろん、例外もあるだろうけどな。
 それはそういうものなんだ、背が低い小さい、当然そんなレベルの違いじゃないのは分かる。
 だけど、そう言う風な違いで、そういうものだ、仕方ない。そう思わないと納得できないからさ。
 欲しいと思ったらどうしても欲しくなるだろう。劣等感にも苛まれるかもしれない。
 だから、そういうのがなくても、普通に生きていける。あんな力なんてなくても大丈夫だ。
 そう思いたいんだ。そういうことに、悩まされて自分を押しつぶしてしまわないように」

ぽつりぽつりとつぶやく。
だがそろそろ限界だ。非常に空虚な言葉に聞こえているはずだ。

彼女が、どうして使いたくないの、と尋ねる。

「……俺がこの世界を、本当は嫌っているからだ。
 異能や魔術、そんなものがなかった時代に憧れているからだ。
 人にそんな力なんていらなかった、と思うよ。
 進化の結果じゃない、突然降ってきたような力で、人はかつての神様のようになってしまった。
 魔術も異世界も、そんなものが架空のものだという時代に生きて、死にたかった。
 それでも、異能でなんでもできるわけじゃない。それで世界や運命が変えられるわけでもない。人は神様になりきれなかったわけだ。
 俺に異能が発現したのは、3年前だ」

嘘を破る。

「ごめん。俺には異能がある。ないっていうのは、嘘だ。
 人に知られたくない異能だったからさ。
 今までの話も、俺の本当の言葉じゃない」

もはや限界だと思ったとき、自然と口は開いていた。

「今も真相はわからない事件で、俺以外の家族は死んだ。
 その時に、俺の異能は発現した。別に最初からほしいと思ってたようなものじゃない。
 その異能で俺は命を救われたわけだ。でも、家族が戻るわけでもない。
 その後、家族に似た存在を俺は手に入れた。でも結局、その存在もこの異能のせいで失ってしまった。
 ……だから、俺はそんな機械があったとしても、使いたくはない。
 俺の家族を奪った事件は、魔術とか異能、「門」がらみだった。そんなものが存在しなければ、俺はこうはならなかったかもしれない。
 だからこの世界が嫌いだったし、今の異能も、別に嬉しくはない。
 これは逆恨みもいい所だ。異能や魔術なんかなくても、俺の家族は理不尽に死んだかもしれないからな。

 ごめん。こんなこと言われても困るよな。
 君には何も関係のない話だ。答えにもなってない。
 だが、そういう超常の力によって自分の全てが狂うこともあるってだけだ」

そして、コーヒーを飲み干す。

「ごめん、たぶん、君の心を踏みにじった結果になったかもしれないな。
 軽蔑するならしてくれていい。
 でもさ、そんな簡単に超常の力が手に入るとしたら……手に入れていいんだろうかと、俺は思うよ。
 異能は、必ずしも人を幸せにはしてはくれないものだと……思う」

茨森 譲莉 > 何故異能を欲しいとは思わないのか、その解答は、実に分かりやすいものだった。
彼は、橿原眞人は、異能を持っていた。その上で、それをアタシに隠していた。

つまり、彼はコーヒーをカチャカチャと混ぜながらアタシに嘘をついていたのだ。

俺に異能が発現したのは、3年前だという言葉が、まずはその嘘の終わりを告げる。
その後、それを決定づけるように、人に知られたくない異能だから、嘘をついた。ごめん。と。

「……そう。」

アタシの口からは淡々と短くそんな声が漏れる。
アタシが共感を求めて伸ばした手は、そもそも引っかかる場所すらなかった。
今まで必死に彼が投げかけて来た言葉も全て、アタシに対する憐れみだったんだろうか。

無様なものだと、もはやチキンライスの上に卵が乗るという形態すら崩した、冷めきったオムライスを見て思う。
その後の話を聞けば、嘘をついた事を怒ろうという気も起こらない。いや、起こせない。

振り上げた拳を振り下ろす先を失ったアタシは、
ただ惨めに転がる冷たいケチャップ塗れのオムライスの欠片に視線を落として、
彼に向けてではなく、自分に言い聞かせるように、言葉をぽろぽろと捨てて行く。

「もし、アナタに異能が無ければ、アナタはそこで死んでたんでしょう。
 もしその時点で家族と仲良く一緒死んでたら、その異能で失ったらしいその大事な人にも会わなかった。
 
 アナタはその時に仲良く死にたかったの?その人に会いたくなかったの?

 異能とか門とかのせいで家族は確かに死んだんでしょうけど。
 それはアナタに異能がある事とは無関係で、ただアナタの命を救ってくれたんでしょう?
 なら、この世界に異能が存在する事を憎む理由はあっても、
 異能自体を嫌いになる理由はないんじゃないの?

 少なくとも、アナタの持ってる異能は、あなたにとってプラスにしかなってないわ。
 異能を得られる事を忌避する理由にはならない。……違う?
 
 ……だから、それは、アタシが異能を欲しがらない理由にもならない。
 異能なんて無い方が良かった、それは自分に無い方が良かったんじゃなくて、
 世界に無い方が良かった、ってだけの話でしょう。それには同意するわ。
 そもそもそんなもの無ければ、アタシがこうして悩むこともなかったんでしょう。」

だから、アタシの居た場所は、異能というものを排除しようとした。
アタシような人間が、心を守るために逃げた為に出来上がった場所だ。
でも―――と、アタシは口を滑らせる。

「現にこの世界には異能があって、アナタはその異能の恩恵を散々受けてる。
 軽率にそんな力を得ちゃいけないって思うのは、
 アナタがそうやって、大事なモノを失って得た力を、他人が軽率に得て欲しくないからじゃないの?」

アタシは今、酷い事を言っている。そう、自覚していた。
橿原眞人は異能の力で家族を失った。異能の力はただ与えるだけでなく、奪う事もある。
異能の力は、アタシが思っているような、そんな都合のいいものじゃない。

それを認めたくないアタシが、ただ駄々を捏ねているだけだ。

彼が嘘をついた以上に酷い事を言っているという自覚が、アタシの心を蝕んで。
目の前に転がるオムライスに、これ以上手をつける意思を奪って行った。

カラン、とスプーンが皿に転がる音が鳴る。