2015/07/26 のログ
ご案内:「ファミレス「ニルヤカナヤ」」に朽木 次善さんが現れました。
■朽木 次善 > 入り口からほど近い四人席。
机に、突っ伏す姿がある。
ドリンクバーのコップだけが置かれたテーブルに突っ伏する男は、
控えめに言っても「何事があったのか」という状態だ。
入ってくる客の全てが通る通り道にあるその席でそうしている朽木を見て、
客は声を殺して笑い、店員は苦笑を浮かべる。
何度か店員は声を掛けたのだが
「すいません、色々あって疲れてて……」という答えが返ってくるので、
仕方なくそのまま放置されている始末だ。
■朽木 次善 > 一言で言おう。
――疲れていた。
心も、身体も、そして何より頭が。
頭の回転が良い方だと、自分では思っていない。
が故に最近、その回転の鈍い頭で必死に考え、考えすぎた。
今も思い出せばその顛末を文字に起こしただけで、背筋が凍る。
何の特別性もないどこにでもいる一生徒が、何を大口叩いているのかと、
自分で自分を叱咤したくなる。べろべろに酔っていたようにすら思う。
疲れていた。
ゆえに、机に突っ伏して低い声で唸っている。
また一人、客が通り過ぎ、自分の有り様を笑っていった。
笑いたければ笑うといい。そういうのには、悲しいけれど結構慣れている。
■朽木 次善 > しばらくは、何もする気が起きない。
反面何か行動を起こさなければならないような気だけが逸る。
こういうときは動かずに自分のいる場所を維持した方がいいように思う。
アドリブ力には死ぬほど自信がない。計画したことすら上手くいかないのだから当たり前だ。
こういうのも燃え尽き症候群というのだろうか。
単なる疲労であるような気もするし、そもそもが何も解決していないのに燃え尽きるも何もないと思う。
考えるべきはこれからであり。
そして真剣に考えても見つからなかった答えを探さないといけない。
簡単にその答えが見つからないことは明らかだし、
そもそもそんなことが可能かすらも分からない。
リンゴを一度も見たことがない人間に、リンゴの味を教えることに似たような試みだ。
罪悪感も、もっと言えば罪の意識すらない相手に罪を自覚させるなんてこと。
人間に。その中でも抜群に下の方にいる自分に出来るというのだろうか。
■朽木 次善 > いや、その問いは本当に追々考えていこう。
馬鹿がどれだけ考えたところで、そんなにすぐに解答が出るわけがない。
解答ではなく、回答すら出る気がしない。問題の解き方以前の話だ。
顔を横に向ける。
濡れてもいないドリンクバーのグラスがそこにある。
飲み物でも持ってこようか。
炭酸苦手なんだよな……。
コーヒーも最初から砂糖とミルクが均一に混ざっている物以外飲めないし……。
指向性のない倦怠感に全身を包まれて。
飲み物の一つすら持ってこれずに、小さく呻いた。
世界一ドリンクバーが無駄になっている空間がそこにある。
■朽木 次善 > この『フェニーチェ』の一件について。
現在自分がいる立ち位置は「能動的な非干渉状態」だ。
『脚本家』という存在を知りながらも隠匿しておく状態は、
風紀や公安、もっと言えば安全な市民にとってもただの犯罪行為である。
彼女自身がそれを傷つける可能性は極めて薄いと幾ら説いてみたところで俺の立場は回復しないし、
風紀や公安にそれを詳らかにされてしまえば恐らく捕縛は免れないだろう。
公安や風紀に、組織的な立ち位置を忘却して、
個人としてこの件を相談出来る相手なんかもちろん居ないし、
それをさせてしまえばその公安や風紀自身にも秘密を共有させることになって、
俺の個人的な理想のために片棒を担がせることになってしまう。
「いない友人」の心配をしても仕方がないが、その友人が存在していたとしても、
余りにもそれはリスクが大きい。お互いにとって。
■朽木 次善 > 風紀や公安自体も一枚岩ではないし、そこに所属する者全てが画一化された理想のために動いているとは思っていない。
だが、そこに所属する以上、組織という集団の規範に従うことがルールとして完全に『是』だ。
それは生活委員会だって変わらない。どんなに優れていても、依頼がない場所を補修する生活委員会は委員ではない。
個人は交渉が効くかもしれない余地があるが、組織はそこに所属する人間が多ければ多い程『人間』から遠ざかる。
そこにたてつこうとすれば、それこそ蓋盛先生の言うような<<免疫>>が働くのだろう。
何もあの免疫は島という単位だけでなく、組織という単位にも十分に働くものだ。
異端は弾かれる。
逸脱は是正される。
それを許容して懐に抱こうとするような寛容さを期待は出来ない。
■朽木 次善 > そうか。
つまりは、自分はそういった組織を相手取る必要もあるのかと、絶望感に打ちひしがれる。
自分のやっていることが風紀や公安のルールに背く以上、当たり前のことに今頃気づいてしまった。
規範を逃れるには、「規範自体を変える」か「規範の範囲内に収まる」か「規範から隠れたところでやる」しかない。
1つ目。出来るわけ無いだろう。
2つ目。もう既に相手は逸脱している。
だから3つ目。
こそこそ隠れて、姑息に目的を達成する。自分に良く似合っているとしか言えない。
だとしたら。
もし3つ目の隠れてやる、という選択肢を選ぶとするなら。
誰も巻き込まないか、或いは口の固そうな個人に相談するしかない。
出来れば――相手を完全には巻き込まない形で。
■朽木 次善 > すぐさま浮かぶのは、力になってくれると言ったヨキ先生の顔だ。
あれが、背中を押してくれると思うと、俺はいつも自分の中には絶対にない勇気をどこからか調達してこれる。
あの超然とした個人の権化……いや、もっと言うなら正しさに裏打ちされた美しい顔が、
ただ縦に振られるだけで、なんとなく自分も正しいような錯覚を起こす。
だが、一つだけ問題があるとするなら。
それが或いはこのケース内では社会規範を優先するという回答が得られた場合。
もうその時点で俺の計画は全て瓦解し、きっとヨキ先生自身が矢面に立つ可能性すらある。
ないとは限らない。俺はヨキ先生の全てが分かっているわけではないのだから。
俺はしかも、ヨキ先生が、規範の中にあったとしても勝てる気がしない。
理論で打ち負かすことが出来ない以上、強大な力に手を出し、痛い目を見るのがなんとなく見えてしまう。
ヨキ先生は、俺にとって明らかに過ぎた力なのだから。
首をただ縦に振ることで力が湧くなら、首が横に振られたときの絶望感ったらないだろうなと思う。
考えただけで背筋が凍る。
■朽木 次善 > 「だからって……生徒に相談してもな」
風紀、公安に知り合いはいない。
……知り合いという言葉の定義にも依るが、今回のことを相談出来るという意味での知り合いは、皆無だ。
ギルバート、レイチェルといった下級生がそれぞれ「顔見知り」というレベルでいるだけで、
他に頼れるような人間はいない。
また、恐らくだが。
彼らに相談したところで、徒に彼らを悩ませることになるのが目に見えている。
自分は、偶然にも『脚本家』に遭遇してその圧に耐えられただけだ。
彼らが自分より強固な精神を持っていないとは言わないが、確証がない以上あれに触れさせたくない、
もっといえばこの件に関わって健やかに育っていくことを阻害したくないと思う。
年下の、しかも後輩を頼り、問題を大きくする訳にはいかない。
特に、ギルバート君。
彼に相談すれば、恐らく彼は『脚本家』を許さないだろう。彼らは、公安という犠牲の当事者だ。
そして俺も。……俺も、きっと同じように許されないだろう。
ご案内:「ファミレス「ニルヤカナヤ」」に鈴鳴トバリさんが現れました。
■鈴鳴トバリ > ……――ごとり。
思考の螺旋渦巻く坩堝の端を緩やかに引き裂いたのは、この南国景色にはまったくそぐわない重々しいブーツの音だった。
見遣ればそこには、矢張りというべきかまるで空間ひとつ切り取り違えたかのように異質を纏った男。
鋭く濁った眼差し。細く紡ぎ出される不機嫌そうな吐息。
まるで鉛色の空気を纏ったかのような少年が、この陽気なファミリーレストランの一角に現れた。
がつん。粗暴そうな見た目そのままに椅子を蹴りつけてどかんと腰を掛けると、
恐る恐る注文を伺いに来た学生をぎろりと舐めるように睨み付けて、
「ミルクティ ガムシロップ2つとスティックシュガー1本持ってきなァ」
か わ い い 。
■朽木 次善 > ……――唐突に。
意識に侵入してきた異音があった。
視線を上げると、不景気を嘆き首を吊る直前のサラリーマンでももう少し明るさのあるだろう顔が白昼に晒された。
大体何か迷惑なことが起こり始めている音を、なんとなく耳で察していたし、
加えてどう考えても店員の対応がわたわたとしていたので、
どうせ余り好ましくないようなことが起こっているんだろうなと思った。
苦手なタイプというものはある。そしてそのタイプの類型に、少年は当てはまっていた。
だから、その少年には関わりあいにならないようにしようと、思った。
だが。
きっと、疲れていたのだろう。
か わ い い 。その注文に、少年を見ながら。
「あっまッ……」
突っ込みを入れてしまった。口を抑えても、もう遅い。
■鈴鳴トバリ > 肘を放り出すように頬付をつきながら少年は、矢張り不機嫌そうに周囲を見回す。
無理からぬ。異質も異質、明らかに空間から浮いた存在だ。三百六十度何処から如何見ても落第街とかスラムとか路地裏とかその辺に居そうなそれだ。
もし彼がこんな塩梅の南国リゾートに現れようものならそれは十中八九まちがいなくアブないブツのバイヤーとしてだろう。
それくらいにワケわからねぇくらいに浮きまくっている。
然しされど哀しきかな。無意識無自覚のツッコミは綺麗に彼の耳に届く。
となるとだ。その浮きまくった空間の矛先はするりとそちらに向けられて、
血色と表現するのが恐らくもっとも似合うであろう双眸が君を捉えた。
「……――あァ? なンだなンだァ、この辺のクソシケったツラ引っ提げた馬鹿野郎共はヒトの好みにケチつけンのかァ?
生憎ねェ、ぼくは手前らと違ってアタマ回してるモンでねェ。糖分が要るンだよ、糖分が」
見てくれ通りの口の悪さが雁首揃えて大行列である。
■朽木 次善 > 睨まれ。
喉奥から蛙が同時に二十匹程潰れたような呻きが漏れた。
もしかしたら知らない内に自分の喉で生活していた蛙が五世帯程一家心中をした音かもしれない。だとしたら本当に悪いことをした。
異質も異質。完全に第(だい)が落(らく)した街(がい)をホームと呼んでいるであろう風貌に睨まれ、息の音が止まりそうになる。
ロックオン音すらしそうな程にかち合った視線に、顔面を青を通り越して紫にしながら首を振った。
「いや、違うんです、すいません、こう、なんか色々あって疲れてて、
思ったことが声に出てしまったっていうか、いや、思ってたっていうのも失礼ですかね? そうじゃなくて。
か、考え事してて、ああ、でも俺がアタマ回してないのもそうだと思いますよ、は、ハハ。
ですよね、いや俺も似たような嗜好してるんで分かりますよ、でもなんか出ちゃったっていうかケチとかそういうのじゃ――……」
その大行列が参勤交代なら、通りすがる一般市民は頭を下げるしかない。
割りと必死に言い訳をし、相手の神経をやや逆なですると噂の卑屈な笑みで笑った。
■鈴鳴トバリ > チッ。
もしも全日本舌打ち選手権があれば多分ベスト8は余裕で狙えるであろう美しい舌打ちが決まった。
射殺すような視線のオマケつきである。芸術点が滝のようにドバドバ加算されそうな勢いだ。
「考え事してて、なァ」
大袈裟な溜息を吐き散らしながら、まるで定めるように君を見遣る。
くつりと喉を打ち鳴らし、はンと鼻で笑って、ついでにチッと12秒ぶり2度目の舌打ちを放つと、
「まァ、どんなしょォもねェ事で頭回してンだか知らねェがなァ、
成程そんなザマじゃァ60年待ったって答えは出ねェだろうさ」
運ばれてきたミルクティに一切合切躊躇なくガムシロップとシュガーをぶちこむ。
なんでわざわざ二種類分けているのかは少年のみぞ知るところだが、
乱雑にストローを突き刺すと再び怯えたような相手を睨み付けて。
「古今東西何時だって考えゴトは茶ァでもシバきながらって相場がキマってンだよ
分かるかァ? “ド定番”ッてェなァな、ちゃんと理にかなった理由があるから“そう”なってンだ。
糖分も取らねェでリラックスもしねェでドン詰まりじゃァ脳味噌だってそりゃお手上げってモンさァ」
――果たして、或いは少しは印象が変わるかもしれないが。
どうやら、少なくとも単なる乱暴なチンピラというわけではない、のか?
「……ま、少なくとも、どう見ても時間とカネを無駄に消費してる手前よりかァ有意義なオツムの使い方してるねェ」
と、ご機嫌そうに紅茶を口に運んだ。
■朽木 次善 > 舌打ちに、愛玩動物なら円形脱毛を患うくらいのストレスを感じて胃がツイストした。
ガムシロップとシュガーでは太刀打ち出来ない程の苦い笑みを浮かべたまま、勢いに押される。
何より。
いつの間にか自分が相手の会話の中に組み込まれていることに今頃気づいた。
話が、ベルトコンベアに載せられた荷物のように進んでいくのを感じる。自分の荷物が来ないので席すら立てない。
「で、ですよね。
俺も、まあ、そう、思うんですけど。
なにぶんそう、頭の回転がそれほど宜しくないせいもあって、堂々巡りになってて、ですね」
事情を察したのか、声をかけようとしてきた店員に、無言で苦笑いしたままグラスを差し出しカルピスを頼む。
自分で撒いた種だ。自分でどうにかするしかない。店側に迷惑の掛からない範囲で、『整備』しなくてはならない。
少なくとも自分と話している間は矛先はこっちに向く。すこしばかり五月蠅いかもしれないが、誰かが文句を言ってくる感じもなかった。
……でしょうね。お客様の中に全日本舌打ち選手権のベスト4が居るなら話は別ですけどね。いないですしね。
慧眼のない男には、少年の最初の心象が強すぎて相手の本質に気づけない。
ただ、話は通じるというのであれば、誰だって話すという彼なりのルールだけがあった。
「……じゃあ、まあ、俺も、茶をシバカせて貰おうかな、とか。まあ、カルピスくらいがお似合いですかね。
ああ、ええと。じゃあ、ちょっとだけ、相談に乗って貰おうかなあ、とか。
いや本当、大したことじゃないんですよ。
ただ、一人じゃ解決出来ないようなことがあって、それに他人を巻き込むことも出来ないとき、どうすればいいのかなー、みたいなこと考えてて。
でも――……」
でも。
何かを伺うような目を向けた少年に対し、男の目も一瞬だけ、目が何かの覚悟を帯びる。
「逃げたくないんですよね。
どうしようもなくても」
ハッ、と気付き、再び情けない苦笑いに顔を戻し。
「い、いや、まあ偉そうなことっていうのは、わかってるん、ですけどね!
ほ、ほんと変なことで迷ってますよね、俺……?」
■鈴鳴トバリ > 「何か」がちくりと変化を見せたような相手の様子に、少年もまたぴくりと眉を顰めた。
ことりと紅茶を机に置くと、とんとんと中指で自身のこめかみを叩く。
無意識のクセ。思考の回転。切り替える。意識を。
――少なくとも、こんな得体の知れねェぼくにホイホイと相談しようとすンだ。
「他人」は或いは「最も近しい相談者」に成り得る。
なにせ「他人」だからだ。そこには遠慮や思慮が介在しない。
いや、本来はするべきなのだろう。自分はそこまで風体の良い人間でもない(自覚はしている)
そんな自分に、――怯えたようなポーズは見せながらも――「ひるむ」様子は無い。
「そう」させるのは「何」だ?
「……――あッは」
特徴的な笑い声が零れて落ちた。
興味が沸いた。この男にだ。
話が通じるのなら誰だって話すのが彼なりのルールならば、
面白そうなコトには何だって乗るのが少年のルールだった。
「あァン? 手前なァ、カルピスを舐めてンじゃねェぞ。
アレもなかなかどうして好いカンジの――まァそりゃどうだって良いなァ。
それよりこのぼくに相談なんてカマそうってンだ、それなりの――」
――一瞬刹那にも満たぬ時間の交錯。
それでも見逃さない。その眼差し、そこに浮かんだほんの一筋の『重み』
……すぅ、と。少年が待とう鉛色の空気は緩やかに霧散したように思えた。
その錯覚が何を意味するのかは分からないが、一拍呼吸を置いて少年は、
「なンだよツマらねェな、とっくに答えは出てンじゃねェかよ」
呆れたように、
「じゃあ逃げンなよ」
当たり前のように、
「簡単じゃァねェか」
紡ぐのだ。
■朽木 次善 > 「……――」
無音。
怒号や嘲笑が来ると身構えていた自分にとって、少年の言葉は無音の静謐に近いものがあった。
たった三歩。
踏み込んできた感覚だけがあった。
今まで外側に居て、黄昏のむこう側に居る者に乱暴に誰何の声を投げていただけだった者が、
それが触れるに値するものだと気づいた故に、三歩だけ近づいてきただけだ。
――じゃあ逃げンなよ。
本当に研ぎ澄まされた刃は、無駄な破壊を産まないという話を思い出した。
切られたこと、突かれたことすら刃を抜かれてから気づくような神憑り的な刃が存在するらしい。
とんっ、と押されるように提示されたその事実は、そして言葉は。
何の痛みも生じさせずに、ただ胸の中に答えだけを残して引き抜かれた。
「そ」
声が、空気が漏れた風船のように喉から出てきた。
「そ、う、ですよね。
逃げ、なければ、いい……んです、よね」
それは、シンプルだからこそ強い言葉だった。
極限まで研ぎ澄まされた刃は、自重ですら何かに沈み込むという。引かずとも切れる。ただそこにあるだけで、強く、気高い。
「……――そう。します……」
自然に、声が漏れた。それは、理解して出した言葉じゃない。
そう、出来る強さなど、自分の中には存在しない。それは誰よりも自分がわかっていた。
強固な理念。強大な力。膨大な思考能力。尋常ではない胆。何一つ自分にはない。
だから、目の前の少年が言ったような、「当たり前」に「そう出来る」はずが、自分にはないのだ。
だが、喉から、勝手に声が出た。まるでこれでは、そう出来る者であるかのように。
慌てて、訂正するように手を顔の前で振った。
「い、いや。
で、出来るだけ、そうする、ことにする、って感じ、ですかね……。
ハハ。……その。凄い、ですね。
……俺が、その、相談出来るのが凄いっていうのなら。
それに、まさかそんな風に、はっきりと……答えとして突きつけられる人は、俺は、初めて会ったかも、しれないです」
いや。
一人だけ。
自分の死さえ受け止め、何もかもに答えを出している少女がいた。
自分の向き合うべき相手。理論の権化。当たり前のように当たり前を行う者。
その経験がなんとなく、今の自分を成立させているようにも思えた。名刀が肉を纏ったような、彼の前で言葉を吐けることも含めて。
「……あ、ありがとう、ございます、です、かね。
その、なんか変な話、勝手にちょっと納得したっていうか……まあ、そんな、感じになってしまったんで」
ハハ、とやはり苦笑だけを零し、自分の中で言葉を反芻させた。
■鈴鳴トバリ > 「はン」
その胸中に何が渦巻いているかまでは、いくらこの少年でも見抜けはしない。
ただ、何かしらの衝撃衝動を与えたことは容易に見て取れた。
それは湖面に石を投げ入れたその波紋の反響を確かめるように、
しかしまぁ、もう一投二投――
石だか意志だか知らないが、そんなご機嫌な言葉遊びが脳裏を掠めながら――
波立たせるのも、悪くないように思えた。
それは何故か? なぜそれを求めるのか?
「初対面のしょうもねェツマらねェ手前に言っても仕方無ェがな、」
それは全てこの少年の行動原理に帰結する。
「ぼくは『ぼくの面白いコト』に『全て』を賭けている」 この鈴鳴トバリの価値基準と成るものは『それ』だ
「 “面白いか?” 」「 “つまらないか?” 」
「……すべてはその二択に集約されンだ」
からり。グラスで踊る氷が鳴いた。
「鼻で嗤ったって構いやしねェーが、否定は誰にもさせやしねェ
そのためなら例え貧困に喘ぎ苦しむお涙頂戴宜しくな雌餓鬼だろうが笑いながら踏みにじって遣る
全世界全人類が『誤』と判断しようが、このぼくの天秤がそう指し示したならそれはぼくにとっての『正』なンだよ
そいつはぼくが心に抱いた『信念』であり『覚悟』だ」
流暢に、すらすらと、まるで原稿でもそこにあるかのように紡ぐ。
「――『逃げたくない』ってェ大前提がスデに出ちまってンならだ
それを意地でも貫き通す『覚悟』くらい持っとけや
少なくとも……『出来るだけ』だとか『そうすることにする』だとか――
そんな言い訳みてェな仕様もねェザマは……
どうにもクソほどに、“つまらない”と思うがねェ」
――ま、わざわざ手前にハッパをかけてやンのも“面白そう”だからなんだけどねェ
その言葉は音を成さず、甘ったるい乳白の中に混ざって喉奥に消えた。
■朽木 次善 > いつの間にか、飲まれている気がした。
それは深く打ち込まれた杭が、すでに地面と同化しているような――感覚。
底まで埋まりこんだそれは平地との境界すらわからず、ただ打ち込まれたモノの体積だけを増やす。
少年の言葉にはそんな強さがあった。ただの、妄想かもしれないが。
面白いか。 つまらないか。
シンプルに振られる二択。
鈴鳴トバリと名乗るその少年の、苛烈な生き様自体が、深く身体に埋まりこむ。
『信念』であり、『覚悟』であり、『正』であるそれが。
彼の判断基準であり、彼の価値基準である。
そして何より、彼自身の『覚悟』である。
じゃあ。
自分の覚悟は何だ。
――「 “面白いか?” 」「 “つまらないか?” 」
それは彼の基準だ。
じゃあ、俺の、自分自身の価値基準は。
目の前の脅威もそのままに、僅かだけ思考の海に沈む。
辿り着いた答えは、少しだけ視界を歪めた。
苦悶の表情を浮かべて、トバリを見る。
もう既にそれは、排除すべき好ましくない相手への視線ではない。
強固で、揺るぎない、自分が相対しなくてはならない存在を見るのと、同じ目だった。
「………。
もし、ああ、いや、これはもし、ですが。
その“面白さ”が。貴方の大切な、価値基準であるその“面白さ”が。
全世界、全人類が『誤』と判断され。全世界、全人類の“面白さ”と相剋にあり。
……どちらかが成立するために……互いを食いつぶさないといけないとしたら」
聞くな。聞け。
「……どうするんですか。トバリサン」
問うてから、自分が名乗ってないのに気づいて、僅かに狼狽する。
視線をわずかだけ泳がせて。
「ああええと、その、朽木……次善、です。下の名前とかイラなかった、ですか、ね?
ええと、学園では、生活委員、とかやってたり、します。
わ、わかります……?」
■鈴鳴トバリ > 「じゃあその瞬間から、ぼくは全世界の敵だなァ」
――即答だった。
果たして男が、朽木次善が如何なる答えを望んだのかは分からない。
或いは自分のように、少しでも悩み煩悶する様を期待していたのかもしれない。
或いはそれこそとうに理解していたわかりきった返答だったのかもしれない。
しかしそれは、思考というプロセスを一切挟まずにするりと唇から滑って落ちた。
「ヒトの感性なんてなァ十人十色も良いとこだろォ?
あの音楽が好きだ、あの食べ物が好きだ、あのヒトが好きだ……
あの音楽はツマらねェ、あの食べ物はクソ不味い、あのヒトはカオも見たか無ェ。
それと同じだ。ぼくがソレを面白いと思っても、他の誰にも同意を得られねェコトもあるだろうさ」
「けどなァ、言ったハズだ。ぼくはぼくの『天秤』に従うンだよ。
他人も周りも関係無ェ。ぼくを飼い慣らせるのはぼくだけだぜ」
くつくつ、面白い、そう、面白いといった風に喉を打ち鳴らして
「第一だァ。ヒトに言われて無理矢理に同調することほどツマらねェモンは無いだろォ?
手前がやりてェって思ったことなら最後まで貫き通すンだよ
我儘傲慢不遜独尊、あァあァどンだけでも聞いてやるさ!
だが――如何なる結末が待ち構えていようと――
最後の最後に誰よりも笑っているのは、この鈴鳴トバリなんだよ
……まァ尤も、そのために全世界敵に回してやるなんてそんなダサいマネはしないがねェ。
上手いコトやりくりしてオモシロく立ち回るのさ。そのためにもココとコイツは必要なンだよ」
とんとん、こめかみを指し示しながら紅茶を口に運ぶ。
いつのまにかすっかり飲み干してしまっていた。
「そンなワケだァ。理解したかね、朽木クン?
生憎ぼくはマジでジブンの面白いコト以外にはキョーミ無ェんでね、セーカツイインだか何だか知らねぇが精々ガンバりたまえよ」
訪れた時の不機嫌さは何処へやら、すっかり上機嫌な調子で緩やかに席を立つ。
懐からばさりと乱雑に机に放るものがあった。ひらひらと薄っぺらい見慣れた顔が無表情決め込む一枚。桁がひとつおかしい。
■朽木 次善 > 今度こそ。
その言霊は心の臓を貫いた。
大きく息を吸い、喘ぐように呼吸をして、それに感情を載せて吐き出す。
当たり前を、当たり前のように、当たり前だから呟くトバリを相手に。
その当たり前すらをも、上手く受け止める事ができず、何歩かたたらを踏んだ。
「だったら。
そんな形で……俺は答えとしたくは、ないです」
その言葉は、はっきりと声に出された。
逃げの口上ではなく、単純なる方法論の違いとして。
全てに共感することが、彼の言うところの上手いやりくりで、
面白おかしく立ちまわるためのテクニックだとするなら。
――自分は不器用でも構わない。
それを肯定してしまえば。
その根底の選択肢に――。価値観に――。
――「 “自分が正しいと思うか” 」「 “思えないか” 」
そんなものがある自分は。
まるで――……。
トバリが口にした、最初の言葉が、杭として突き刺さったまま、血を流していた。
「そんなもの……。
受け入れられるわけがないだろう……」
突然の闖入者が机から立ち去った後も。
ただ自分の開閉する手と自分の思考の中に意識を落とし込み。
差し出された『回答』とも言える『苛烈』に自分の胸の中の灼熱を添えて。
まるで形を確かめるようにそこに潜り込みながら。
去っていくトバリを、背中で見送った。
ご案内:「ファミレス「ニルヤカナヤ」」から朽木 次善さんが去りました。
■鈴鳴トバリ > 「……、……」
その答えを、まるで今までの弱弱しい外殻が嘘のように取り払われた、
一種の力を帯びた言葉に、振り向くことなく耳を傾けていた。
いや。或いはこれが本質ならば、だとすれば。
ああ、果たしてその波紋は、血流を纏い四肢を灼き浸す反響は、
今日というその日から杭と成って突き刺さって、
ひどく喧しく残響を撒き散らしながら喚きまわって、
そうした滅茶苦茶をひっくるめて内包して貫いて貫いたその先の果ての向こうッ側で、
いったい手前に何を齎す?
その行く末を知れるのかそれとも或いは知らぬ間に潰れて消えるか、
それこそまさに知ったことではないが、
なかなかどうして、気分は悪くない。
「ンッンー……
なかなかどうして、捨てたモンじゃァないねェ。
そうだなァ、ひとまず廿楽から情報を仕入れるトコからリスタートを切ろうかァ……」
すらり、赤い半月が口元に躍り出る。
そうして短く、夜の向こう側に跳ねて往く音。
……――あッは!
ご案内:「ファミレス「ニルヤカナヤ」」から鈴鳴トバリさんが去りました。