2015/07/28 のログ
ご案内:「浜辺(海開き状態)」に神宮司ちはやさんが現れました。
ご案内:「浜辺(海開き状態)」にビアトリクスさんが現れました。
神宮司ちはや > 公園での一件以降、なんとなくそのまま真っすぐ寮へ帰るのもためらわれて足の向くままに浜辺へ来てしまった。
途中買った瓶ラムネを二本ビニール袋に下げて、ずっとビアトリクスの手をとったまま無言で歩き続ける。

波間を遠目に眺めると水面がキラキラと輝いている。
やはりまだ熱い、ビーチパラソルの空いた所を探しながらさくさくと砂浜に足跡をつけた。

ビアトリクス > 「…………」
落ち着かない様子で、額に浮かんだ汗をタオルで拭う。
ちはやに引っ張られる形で半歩後を歩んでいるので、彼の表情は伺えない。
寮へ向かうのにここを通る必要などないことはわかっているが、ただ黙って追従する……。

神宮司ちはや > 「ごめんね、暑いよね……。あ、あそこ空いてるからちょっと休もうか」

ようやく振り返って口を開くと、斜めに砂浜へ刺さったパラソルをさして日陰に入るよう勧める。
先にビアトリクスが入ったのを確かめたなら、袋からラムネを一本出して相手の手に握らせるように渡す。
ガラスの容器はきんきんに冷えていて汗をかいているだろう。
もう一本はまだ取り出さず、日陰のしたへ置いておく。

ビアトリクス > 「……あ、うん」
ラムネを、まるで貴重品のように慎重な手つきで受け取る。
パラソルで隔絶された空間の下、
あんなことがあったばかりで、気の利いた言葉のひとつも浮かばない。
ちはやを直視できずに、罪人の表情で目をそらして沈黙を続けた。
潮騒の音、人の賑わいが、遠い。

神宮司ちはや > ビアトリクスがラムネを受け取ったならにこりと笑う。
それから立ったまま、パラソルの外側で水平線をじっと眺めていたが、
突然海へとかけ出すと波間ギリギリまで寄って大きく息を吸い込んだ。

神宮司ちはや > 「湖城先輩のバカー!!えっちっち侍!鈍感せんぱーーーーーい!!!
 シロちゃんさんのえっちっち意地悪!!わんわん耳!!内緒まーん!!!」

神宮司ちはや > 両手をメガホンのように口元に当てるとそう海へと向かって叫んだ。
周囲が何事かと目を見張る。その視線を集めたことに普段なら怯えるはずのちはやがくるりと海からビアトリクスへ身体を向けて
いたずらっぽく笑った。

「ごめんね、なんか言わなきゃすっきりしない感じがして。

 ……こういうの嫌だった?」

ビアトリクス > 「?」
唐突に走り出したちはやの、意図がつかめず、数秒呆けた後、
ちはや同様に日陰にラムネを残し、とろい足取りで数歩パラソルの影の下からはみ出す。

そしてその後、響いた叫びに。

「は」

笑うちはやの前に、殉教者のように膝を折る。

「はは、なんだそりゃ」

鼻の奥が、しびれるように熱い。
顔がくしゃくしゃに歪む。
灼熱の液体が、ひとりでに両目からこぼれ落ちていく。
止めどなく流れ、ぼたり、ぼたりと、落ちる。
張り詰めていた様々なものが、軛を脱した。

「ぜんぜん、ぜんぜんいやじゃないよ」

ビアトリクスは無様に、泣きながら笑っていた。

神宮司ちはや > 「トリクシーくん」

ぽろぽろと涙をこぼして泣きだしたビアトリクスを見て、
笑顔が急速にほどけ、じっと彼を見つめる。

さくさくとゆっくり砂を踏んでビアトリクスへ近づくと、
身長差のある身体をそっと抱きしめようとした。
相手の肩へ頭を寄せて、静かにその背をさする。

「あのね、トリクシーくん」

そっと囁く。大事なことを教えるように。

「ぼくのことを、価値を本当に大切に思ってくれてありがとう。
 トリクシーくんが僕のことを見ていてくれるから、ぼくは自分に何か大切なモノが眠っているような気になれる。
 君の眼差しが美しいから、ぼくも美しくなれた気がする。

 あのね、だからね

 トリクシーくんの美しさをぼくも知っているからね。」

あえて湖城や白露とのことには口を出さない。出せない。
あの一瞬の会合ではビアトリクスの複雑な思いをわずかしか理解できないから。
だから自分がわかることだけ伝える。
正直下手くそな慰めだとは思うが、今の自分にはこれが精一杯だ。

ビアトリクス > その時。
潮騒も。
浜辺に集う人々の声も。
海鳥の鳴き声も。
海の青も、雲の白も。太陽も。気温も。
すべては消え失せていた。

そこに在ったのは、感じたのは、
ある芸術家に語った圧倒的な『現実』。
大鋸屑で出来た心臓が、熱を持って脈打ちはじめる。

震えながら腕が動く。
瀕死の白蛇のような細い指が動き、ちはやの頬をそっと撫でる。

「きみは」

「きみはだれよりもうつくしい」

――こんな崇拝のような感情は、
神宮司ちはやという一個人に向けるものとしては、ふさわしくないのかもしれない。
しかしビアトリクスは芸術家で、美の奴隷で、
美しいものにはこうべを垂れて、従うほかにやり方が見つからなかった。

「ねえ、ちはや」

「きみのことを、もっと教えて」

「きみを構成する、キラキラと輝くものを、ひとつひとつ、
 拾い上げて、名前をつけてあげよう……」

滂沱の涙を流しながら。
破壊的で暴力的な、欲望の一端を、口にする。

神宮司ちはや > そろそろと伸ばされた相手の白い指に一瞬だけまばたきをする。
それからそっと長いまつげを伏せると、猫が顔をすり寄せるときのように頬を指へすり寄せた。

何度と無く見たことがあるビアトリクスの異能。
今触れたら自分の頬も何色かに染まってしまうのだろうか。
それが彼の言う自分の構成する要素への『名づけ方』かもしれない。
彼の目を通し、そして表現されればなんだって美しくなるのだろう。
自分の未熟な部分も嫌いな部分も、薄汚いギトギトした暗い部分もビアトリクスという芸術家はきっと美しいものに変えてくれる。

その対価として自分が払えるものはなんだろう。
繊細で気難しいビアトリクスの心を守ることではないだろうか。
脆弱な自分にできるかはわからないが、やらないという選択肢はすでにない。
それが正しいかどうかはわからない。
ただ、そうしたいと思った。

「ぼくが美しくあれるのは、トリクシーくんがその目で見て表現してくれるからだね。」

そっと自分もビアトリクスの頬に手を添え彼の涙を拭う。
自分をもっと知りたい、その要素に名前をつけたいと彼は言う。
その言葉に微かな恐ろしさはある。

「ぼくのもっているもののほとんどをトリクシーくんはもう知っているはずだよ」

「それでもまだ、教えて欲しいっていうのなら」


「ぼくは君のように名前をつけてあげることは出来ないし、
 美しく表現するなんて出来ないけれど……


 ぼくもビアトリクスくんのこと、知りたい。もっとよく知りたい。
 だからひとつに対してひとつ、引き換えに教えて。
 幽かなことでも、確かなことでも」

そうして、じっと相手の顔を覗きこめば純粋な眼差しと透明な表情がちはやの顔を覆っていた。

ビアトリクス > 切り取られた宗教画のようだ、と思う。
しかし、生きている。熱を持って、触れている。

異能の力を齎す指先は、確かにちはやの頬に触れていて、
しかし彼の頬を別の何かに染め上げるようなことはしない。
その欲望が承認を得ただけで、ビアトリクスには充分だった。
固く締まっていた結び目のひとつがほどけていくのを感じる。

「ぼくの名前は日恵野ビアトリクス。十五歳。
 性別は男性ではあるが、精神がそれにふさわしいかはわからない。
 母は魔術師『永久イーリス』、父は居ない。
 なにものにもなれない自分に一度は絶望しきって、
 常世学園へとやってきた、魔術師見習いにして、画家志望……
 使命はこの世のうつくしいものを描き留めること。
 いま一番うつくしいと思っているひとは、神宮司ちはや」

一度だけちはやを強く抱きしめて、立ち上がる。
世界に色が戻る。芸術家は盲目であることをやめた。

ゆっくりと立ち上がり、ちはやの手を取る。
いつのまにか涙がやんでいた。穏やかに笑んでいる。

「ゆっくり、少しずつでいい。
 うつくしいもののかけらを一つ一つ集めていけば、
 きっとそれは幸せをかたちづくる、そんな風に信じているよ」

そっと手を引く。パラソルのほう、穏やかな暗がりへと。

「今はつめたいラムネを飲むきみの姿が見たい。
 だから二人で飲もう」

神宮司ちはや > 透明な眼差しは一瞬のまばたきの後、消えていた。
一気に喋るビアトリクスの紹介を遮ること無く聞き終えるとくすくすと笑った。

「ひとつに対してひとつだよ。そんなにいっぺんに返せない」

困ったように笑うとゆっくりと自分も自分の持っているものを、宝物をそっと見せるように語りかける。

「ぼくは神宮司ちはやです神の宮(みや)の司って書いてしんぐうじ。
 ちはやはね、巫女服の上から着る羽織ものみたいなもの。
 歳は十三歳で秋生まれ。
 お父さんとお母さんはいるけれど二人共遠くはなれた所で共働き。
 ぼくは小さい頃からおじいちゃんの山奥の神社で育って、
 お手伝いさんと、神職の修行に来ている人達ばかり見てきた。
 おじいちゃんの神社は本当に、車とかで時間をかけて登らなければいけない所にあって
 小学校の時は送り迎えを車でしていたから、友達の家に遊びに行ったりはしなかったよ。
 好きなものは猫と和菓子。
 怖いものは”よくないもの”。
 常世学園にはおじいちゃんの都合と、自分を鍛えるためにやって来ました。
 いま一番仲がいい友達は日恵野ビアトリクスくんです」

そうやって相手に自分の持っているものを示すと、取られた手を嬉しそうに握り返して、ビアトリクスの言葉に頷く。

「ありがとう。トリクシーくん。
 うん、たくさん喋って叫んだら疲れてのどが渇いちゃった。一緒に飲もう」

そっと二人で日陰に入ると置いていたラムネの瓶を取る。
そもちはやはラムネを飲んだことがあまりないせいか、なかなか栓を開けることが出来ず手間取る。
不器用にビー玉を押し込もうとやっきになる。

ビアトリクス > くすくすと笑うさまと、ちはやの律儀な紹介返しを、
妙なる音楽であるかのように、目を細めて耳を傾けた。

大したプロフィールではない。
さほど特別なドラマも存在しない。
本当に些細なことかもしれない。
けれど自分のことを話したことも、
相手のことを教えてもらったこともほとんどなかった。
いままでは。

「……なんだよ。開けられないのか」
日陰で、苦戦する様子に、弛緩した笑みを向ける。
開けてやろう、とばかりにラムネを取り上げるが、
ビアトリクスだってあんまりラムネを口にした経験がない。
同じように数十秒のあいだ苦戦する。

「ああ、わかった、このキャップを、こう……」
しかし気づいてしまえば簡単だ。
ポン、とビー玉の栓が鮮やかに瓶の中に落ちる。
シュワ、と炭酸水が音を立てた。
「ほらね」
得意気に笑う。同じようにして、自分のも開けた。

神宮司ちはや > そういえば、と相手の顔を見て

「ぼくもトリクシーくんもお互いのこと、あんまり知らなかったね。
 変なの、結構長く一緒に居る気がしたのに。」

ビアトリクスが苦戦の末見事にラムネの栓を開けるとわっと喜んで拍手した。

「すごいね、ありがとう!トリクシーくんはなんでもできちゃうね」

満面の笑みを浮かべながら瓶を受け取って振る。
シュワシュワと炭酸の気泡がはじけてビー玉が涼やかな音を立てた。
一口、両手で大事そうに飲むと喉を清涼感のある水分が通って行く。
ほうっと口元から瓶を離し、満足そうに微笑んだ。

「おいしい、夏の味がするね」

ビアトリクス > 「知らなくたって、お喋りはできるからね。
 ……ちなみに、ビアトリクスというのは女性の名前なんだ。
 むかし、うさぎを描くことが得意な、女魔術師がいた。それがビアトリクス。
 ……変な名前だと、思うかい」
ちはやに優しげに視線を返して。

「夏の味……」
よくわからない言い回しだ、と思う。
そう舌が肥えているつもりもないが、チープな味である。
けれどそうではないのだな、と思う。
目と鼻と口が寄り集まって顔となり意味を成すのと、おそらくは同じで。
「おいしいね」
同じように、満足気に微笑む。
美しい、かけがえのない一瞬が、ラムネというかたちをとって、喉を通り抜けていった。

からりからり、とからの瓶にビー玉が鳴る。
「……そろそろ、行くかい」
ちはやが同じように飲み干したあたりで、そう提案する。

神宮司ちはや > 「そうだね、でもちょっとでも知るといろいろもっと深く知りたくなるね。不思議。
 ビアトリクスって女の人の名前だったんだ。
 トリクシーくんもうさぎを描くのが得意?ねこよりもうさぎのほうが好き?
 うさぎの絵を描いてってねだったら描いてもらえる?」

うさぎ、学校の飼育小屋ぐらいでしか見たことがない生き物。
遠目から見た時にふわふわの柔らかい毛玉の生き物に見えた。
それをたくさん描く魔術師ってどんな人だったんだろうか。

「ううん、変だとは思わない。だってそれがトリクシーくんの名前になったのだから」

お互いに同じものを味わって笑い合えることに喜びと幸せを感じる。
なんでもないことが尊く眩しいし、楽しい。
黙って静かにラムネを味わいながら時々ビアトリクスの顔を見て微笑んだ。

移動を促されると頷いて、ビニール袋に空になった瓶を2つ詰め込む。
片方に袋を、もう片方の手を当たり前のようにビアトリクスへ差し出した。

ビアトリクス > 「うさぎも好きだが、ねこもそれなりだね。
 いくらだって描いてあげるさ」
否定されれば、ありがとう、と頷く。
「ビアトリクスは偉大な魔術師だった。
 ぼくはこの名前に見合う人物になりたいと思う……」

手を絡める。
今この瞬間に世界が切り取られ、時計の針が走ることをやめればいい、と思った。
その思いこそが、芸術家たちが最初に持った願いなのかもしれない。

二人分の足跡はされど途中で止まることはなく、
砂浜の外へと向かって伸びていく……

神宮司ちはや > 「なれるよ、トリクシーくんだけの”ビアトリクス”に」

すでにちはやの中ではビアトリクスが偉大な魔術師に見えている。
ただ、彼が研鑽する姿ももっとずっと見ていたくもある。
彼の言う、偉大な魔術師の姿を思い描きながらそこに描かれた愛らしいうさぎとねこの絵を想像する。
きっとみんな二足歩行で歩き、魔術師に頭を垂れて使い魔として讃え、踊るのだ。

そうしてゆっくりと、今度こそ寮へと戻る道を帰ってゆく。
波の音も喧騒も次第に遠くなっていった。

ご案内:「浜辺(海開き状態)」から神宮司ちはやさんが去りました。
ご案内:「浜辺(海開き状態)」からビアトリクスさんが去りました。
ご案内:「浜辺(海開き状態)」に正親町三条楓さんが現れました。
正親町三条楓 > イベント浜辺から海を眺めていた彼女は。
二人の少年の去った先を見つめていた。

その視線は、かつてない程に鋭い。

「――――」

あの目。
まるで崇拝するような、縋るような。
その目を知っている。

恋する目だ。

正親町三条楓 > つまり、あの少年はちはやの親友などではなく。
『敵』だったわけだ。

「――ふふ」

楓がちろりと舌で唇をなめる。
それはまるで、蛇が舌なめずりをするようでもあった。

ご案内:「浜辺(海開き状態)」から正親町三条楓さんが去りました。
ご案内:「浜辺(海開き状態)」に渡辺慧さんが現れました。
渡辺慧 > 辺りに響いているのは波の音だけ。
この時間にもなると、人はいない。
――と、いっても。一人や二人。少数ならば、いてもおかしくはない時間帯ではある。

だが、珍しく。この浜辺にはだれもいなかった。だれも。

波の音だけが響く、そんな、浜辺に、何か白い物体が打ち上げられている。

渡辺慧 > 白い物体は、波に合わせてゆらり、と揺られている。

それは波打つように、風に揺れる様に。柔らかな、それはまるで。
何か、白い布のような。
――よくよく見てみると、それは、どことなく人の形をしているようにも、見えなくもない。

波が動き、波の音だけが。この場にあるのは、海だけ。
――そして、打ち上げられた、白い……白い布の。
パーカーを着た――

渡辺慧 > 砂浜には、まるで。何かを暗示させるようにサンダルがならんで脱いで置いてある。

その少年は、浜辺で揺れている。
顔を下へ向け、息をしているかもわからない。
しかしながら。

――少年を知る誰それは、恐らく。
まぁ、そこまで心配はしないだろう、というのは。

少年の、顔へ波が当たる。

「……………………………ぶぁッ!?」

渡辺慧 > ゆらりゆらり揺れていたそれは。
勢いよく起き上がる。
荒い息を吐きながら。まるで小動物かのように体を振り、自らについた水気を払った。

「……くそー……」
「お前少しは手加減しろよなーッ!」

海へ向けて、ビシリと指さす。
辺りにはだれもいない。いるとするならば、海に潜む誰か、ということになるが……生憎少年も、それを認識などしていない。
ならば、誰に、それを言っているというのか。
――それは、恐らく。海そのものに言っているということでいいのだろう。

パーカーの下は、以前来た時のを反省したのか。
素肌の上にパーカーを着こみ、下には、以前より使い始めた水着。

全身から海水を滴らせながら。
水がたっぷりとしみこんだパーカーを、重そうに。
だけれど脱ごうとはせずに、のそりのそり。
砂浜へ、歩き出した。

渡辺慧 > 自らが抜いたサンダルの近くへ歩きよると。

「……後一回。後一回な」
自らへ確認するように、うん。と大きく頷く。
既に、“それ”は、先程から数回繰り返され続けた。

まるで、そこに、ひどく力を入れたのか抉れている砂浜に。
なにか、走り出すかのようなポーズをしながらそこへ足をやり。

――波の音がした。

「―――――――ゴォーッ!」

異能。速く、速く。パーカーの重み。
水で塗れた重みはそれすら速さへの礎のように。

速く――!

ひたすら海へ。真っ直ぐに走り。風、それは潮風であり、なにもない、無色な風でもあり。

海へ。
海の上を、走る。

1歩。

2歩。

3歩。

4……………。

「ほぎッ!?」

制御を間違えたか、もしくは。
何かに躓いたか。まるで、つんのめるかのように、海面に顔面から。

大きな、水しぶきを上げ乍ら。

渡辺慧 > 海面を揺らぐ、白いパーカー。

まるで、先程のリプレイかのように、ゆらり、ゆらり。
まるで、先程の位置。
まるで、同じ場面。
まるで、同じ白い物体。

打ち上げられたそれは、しばらくの間。
そこで一つのオブジェクトになる。
この海辺には誰もいない。
認識しない限り、あの白い物体は、一つの漂流物に過ぎないのだ。

ご案内:「浜辺(海開き状態)」に霜月 零さんが現れました。
霜月 零 > 「……」

今日も今日とて、釣り。
の、予定だったのだけれど。そのために浜辺を通ったら、まさしく『なんかいた』。

「……何してんだ、オマエ?」

と言うか知り合いっぽいぞあの白パーカー。自分の記憶の中に、白パーカーを愛用するヤツなんぞ一人しかいない。
心の底から呆れ顔を浮かべながら、よくわかんないけど知り合いっぽい漂流物Xに声をかける。

渡辺慧 > 声をかけられた瞬間それは、一つのオブジェクトから。
打ち上げられた、一人の人間に変わった
ただ、波に揺られていただけの体を、ピクリと揺らす。

まるで、汚れるのを気にせず、ぐるり、と砂浜の方へ向け体を横転させると。

「………………………パッ、パプアニューギニア!?」
お約束だ。

霜月 零 > 「……気ままなヤツだとは思ってたが。遂に脳まで気ままになり過ぎたか?」

霜月零、17歳。お約束の分からない男。武芸馬鹿だから仕方ない。
呆れ顔のままのんびりと近寄っていく。そして、近くについたらしゃがみ込んで

「で、何してんだ?また割としょーもない事にチャレンジしてんのか?」

例えばそう、一人流し素麺みたいな。

渡辺慧 > 「……………あんだ。海もコンジョーねーな。漂流ぐらいさせられねーのかヨ」

少しばかり……いや割と残念そうに言いながら、ふ、と。一呼吸のまに起き上がる。

「ヨ」
片手を上げて、楽しげに。
再び、楽しそうな視線と、目つき。
そして、口元に笑みをたたえると、海を見遣った。

「海に勝負を挑んでた、ってところ、かな?」

霜月 零 > 「意味が分からん」

バッサリ。

「つーか海に勝負を挑んでなんでドザエモンなんだよ……いや、寧ろボロ負けしたんなら妥当なオチなのか?」

呆れ顔のまま割とスゴイシツレイな事を口にする。負けているの前提である。
……いやだって、勝ってるようには決して見えない。

渡辺慧 > 「ん?」

意味が分からないと言われれば、別にそれでいい。
とばかりにそちらを向き直し。
負けたか、と問われれば。

「あぁ、ボロ負けだね」

なんて実に楽しそうに。
自らについた水滴を、先程と同じように。
小動物がするそれ。体を震わして。

「サイ……ッッコーだね、全く」

霜月 零 > 「やめんか」

少し顔を背けて。水がかかるじゃないか、全く。

「なんで負けたのに最高なんだよ……オマエ、少し見ない内に自由度上がったか?」

ここで言う自由度とは、頭が常識に囚われない度と言う意味合いである。酷い言い方をすれば変人度と言っても構わない。

「つーか風邪引くだろ。ったく、ホントわけがわからん」

基本的な思考基準が常識である零にとって、このフリーダム過ぎる知り合いの挙動はいかにも捉えづらい。嫌いと言うわけではないが、つかみどころがない。
猫のようだという形容も的確かも知れないが、もっと言うならば雲。
そこらを自由に漂う不定形なソレに感覚としてよく似ていた。

渡辺慧 > 「勝ち負けが重要、ではないってことさ」

――さて、それはどうだろう。
シシシ。

と、顔をそむけた彼を見ていつものように笑う。

「少し、前より馬鹿になったかもしれない」
だから。だから。だから。
そうして理由をそれに求めた。
馬鹿になったのだから、風邪はひかないさ、等と。

「……ま、今日はしまいだね。そう決めたから」
「そういう零はどした」
「海辺で一人楽しくデートでもしてた?」

霜月 零 > 「挑むことにこそ価値がある……のか、ソレ?」

海に勝負を仕掛ける事はそこまで大きなことなのだろうか。よくわからない。
いや、古来より漁師などは海と戦ってきたというし……違うだろうコイツのは。

「おう、俺から見ると余計わけわからんくなってるな」

直球で。
割と失礼な事を、しかも、しかし、笑いながら口にする。
これくらいの軽口は許される相手、くらいには気を許しているのかもしれない。

「俺は釣りしようとしてたんだよ、そこの岩陰で」

言って、持っている釣竿を見せる。釣竿だけ、エサもなければクーラーボックスもない。

渡辺慧 > 「いーや。楽しかったから」
ただ、理由なんて。
やっぱり、それだけでいいんだろう。
――他の理由など、考える余地は残させないほどに。

「そっか」
「……それは、自由……ま、いいか」

自らの姿が、自由に見えるかどうか。
それを気にする姿は、途方もなく正反対の位置であろう。
いや。それならば、自分は。何も変わってなどいない。
だから、その軽口に、楽しそうに笑い返す。

「ふぅん……釣りか」
「……え、釣り?」
「楽しいのそれ」

興味は、ある。年相応か、と言われると少しばかり。
首をかしげるところではあるけども。

霜月 零 > 「なら、いい、のか……?」

呆れ顔のまま少し首を傾げる。
まあ、本人が楽しいんならそれでいいんだろう。それにああだこうだ言うのも野暮と言う物だ。

「はは、オマエはオマエっつーか、オマエらしさがアップグレードしたっつーか」

今度はくつくつと笑う。以前にも増して『らしく』なった、と。そのらしさの当人に投げ掛ける。
当人がより近づくらしさとは一体何なのかとも思うが、それは単に与えうるイメージの問題なのだろう。
そして、そんな事に大した意味などないのだ。

「楽しいぞ、ただ海に糸を垂らしてのんびりと考え事をしながらかかるのを待つんだ。
んで、かかったら釣る。かからねぇ時もあるが、それはそれで海を見ながらのんびりできる。
こんな贅沢な時間の使い方があるか?」

まあ、霜月零の釣りを、一般の釣りと一緒にしてはいけないのだが。
何せ釣り針を裸のまま放り投げ、エサすらも用意しないTAIKOUBOUスタイルである。

渡辺慧 > クック、と喉を鳴らす。
恐らく、彼とは……その方向性が、自らの、それは。
まるで逆。だというのに、それを理解しようとして……その姿は実に楽しくはある。

「ま、意外にも俺も若人だから、ね。色々あるものさ」
「な、若人」

なんとなくしゃがみこみ、砂浜に落ちている……少しだけ綺麗な貝殻を拾う。
何となく、眺めた後。
――全力で、海に向かって放り投げた。
それは、その言葉と同じように、特に意味なんてない。
それを指し示すかのように。

うん、と一つ大きく頷くと。
「わからん!」

ひどくあっさりとした返事。
だって――彼は自分ではない。彼の楽しさと、自分の楽しさが共通かどうか。それを確かめる術は、それこそ。

「だから、俺も今度やってみるか」
「合わなかったら簡便な」

そう言って、彼の言った通りになんとなく。
海を眺めながらそうつぶやいた。

霜月 零 > 「はは、俺も若人だからな。色々あるもんさ、若人」

くつくつと笑う。
正直、二人の持つ属性と言うべきものは割と正反対だ。
秩序と自由、制約と奔放。だが、だからこそ面白い。
真逆の価値観を示しつつ、不快ではないコイツは面白い。

「ま、わかんねぇよな。大丈夫だ、俺もオマエが何をしたかったのかわからん!」

今度こそ、ははは、と快活に笑う。
普段気だるげな表情を浮かべるばかりの彼が、まるで奔放な少年につられたかのように。釣られたかのように。
まあ、趣味が中々ピンと来ないのは仕方ないだろう。
自分らは真逆だし、何より、試してみてもいないのだから。

「じゃあ、俺もやってみるかね。オマエ、具体的に何してたんだ?」

なんて。
似合いもせず冒険もしてみたって、いいじゃないか。

渡辺慧 > ――だから、ここまでだ。

心中で、自らにしか意味の分からないそれ。
丁度いいのだ、ここが。
あぁ、心地よくもある。

「ならば教えてしんぜよう」
「俺はただ……走りたかったんだ」
「ただ、ただ。この上を」

そう言って、広い海を見やり。
そうすれば、もっと。
この、自らのこれで。
――他の理由なんて、入る余地のない、それに。
入り込もうとしているそれ。

「さぁ」
「君は、海に勝てるかな?」

霜月 零 > 「……オマエは天草四郎時貞にでもなりたかったのか?」

古い古い歴史上の人物。彼はかつてその奇跡の御業により海の上を歩いたと言われている。
この少年が、こんな人物の事を知っているか、覚えているかは定かではないが。

「しかしまあ、海の上を走る、ねぇ……」

呆れたような顔で海を見やる。
生命の母、あらゆるモノを呑み込んでしまう大海原。
これに向かって駆け出して、その上を走ろうとする。そんなものは常識的に考えれば馬鹿としか言いようがないし、ともすれば単なる自殺行為未満である。

そんな愚行を。

「……ま、やってみるかね」

軽くジャンプしながら、いつもの気だるげな眼ではなく、挑戦的な眼で海を見据える。
今、海は釣りをしている時のように自分の心を癒す存在ではない。
そう、今ヤツは、挑み打破するべき敵だ……!

渡辺慧 > 「俺は俺」
否。それであろうとする。

「ちょっとは、やれるんだけどね。海は強、だった」
――速さだけによってもたらされたそれ。
――だが、少年の自覚外の、理論外のそれ。
――それは、想定外の――

「しかし。……実に、だ」

「楽しそうだろう?」

既にやる気になっている、彼に。
彼が向かうであろう先へ、視線をやって。
声を。楽しげに弾んだ声を投げかける。

今や、彼は。
自らと同じ道を行く、挑戦者。

「……なんてね」
そうやって、少しだけ、音を変えた口調で。
小さく嘯いた。

霜月 零 > 「は、オマエはオマエ以外になれそうにねぇよな」

なりたくもないだろう、と笑う。
そして、楽しそうだろう?と言う言葉には。

「存外な。成程、たまにはバカやるってのも悪くねぇ」

挑戦的な笑みを浮かべる。さあ、海の上を駆け抜けるためのプランを練ろう。
まず、体重を下に落としてはいけない。水は人の体重を支えられない、力の移動は滑る様に、ひたすら前に行かねばならない。
それはそう、濡れた和紙の上で型を演武するかの如く。
そして、動きは身軽で素早くなくてはならない。
地に足を付ける剣術の流儀では、海の上を渡ることは出来ない。剣術ではない動きが必要だ。

「(……ある)」

ある。
霜月流の中には――正確にはその外式だが――剣術に囚われない身軽な動きが存在する。
何代か前の当主の親友、天才剣舞士と言われた女性が使ったという『剣舞』。
一つの技ではなく、その体捌き全てが技術の集大成であり、そして『芸術』と謳われたという。
その名も……

「行くぜ、流儀『剣嵐舞踏(バッロ・ディ・スパーダ)』……!」

言って、駆け出す。
速度は高速、動きは身軽に。

水面に足が当たる。
が、滑る様に入って行くことで一瞬、重力は仕事を忘れる。
そして得た刹那に、体重を斜め前に大きく振るために体を回転させ……

「おわぁ!?」

無理でした。

いや、体重移動自体は出来たのだが、その先が続かなかった。ばしゃあ、と言う音を立てて、顔から海に突っ込む。

……立派なドザエモンがそこにはいた。

渡辺慧 > 「シ」

「ク」

「……………アハ」

笑いをこらえてるかのような。
それは、大笑いしてるかのような。

まるで理解できない、武術の動き。
自らの、経験等していない、その綺麗な動き。
それを惜しみなく。

こんな――馬鹿げたことに。

「あぁ。――なぁ、零!」

「さいっっこーに。楽しいだろうッ?」

どざえもんになりさがった、その彼。
ひどく無様なそれ。
綺麗な、それが。ただの――。

だから、ひどく。

「なぁ。楽しいなぁ、オイ」

霜月 零 > くるん、とうつ伏せから仰向けになる。
濡れてしまう事などどうってことはない。もうずぶ濡れのドザエモンだ。

「くっ」

「ふっ……」

「は、はっはははははは!!!」

こちらは、隠すことなき大笑い。
濡れながら、海を感じながら大笑いする。

「思った以上に、楽しいなこれ!あっははははは!!!」

『天才剣舞士』フィオナ・アルジェントは非常に奔放な女性だったと聞く。
常識に囚われず、常に笑顔で、周囲を魅了し続けたそうだ。
だが、まさか。
そんな彼女でも、自分の技を『海を渡る』なんてアホな事に使おうとするヤツが出るとは思ってなかっただろうよ!
それを思うと余計に愉快で、余計に笑えてくる。

「楽しいなぁ、くっだらねぇのに楽しいぜ、こりゃ」

ははははは、と。
普段の彼からは想像も出来ないような声で、想像も出来ないような表情で。
笑い続けていた。