2016/07/05 のログ
東雲七生 > 「理屈は……分かるけどさ。」

しかし、その愛情を向けられるだけの価値が、果たして自分にあるのかどうか。
そんなことを疑問に思いながら、ゆっくりと霧依の言葉を、謂われた意味を咀嚼していく。

「う、ん……。
 でも、凄く気味が悪いと言うか……落ち着かなくて。
 ただ声がするだけなら、気のせいとか、然るべき病院に行った方が良いんじゃないかって、思うんだけど。


 ……何だか、それだけじゃない気がして。」

お金で解決してくれれば楽なのに、と小さく溜息を溢す。

霧依 > 「それでいて、理屈だけじゃあ説明できない。
 結果、僕がやりたいようにやっているだけなんだからね。」

相手の言葉もよく分かる。よく分かるからこそ、さてはて、と唇を濡らして。

「………そうだね。
 同じ物だと言うつもりはないけど、僕だって物をすり抜けられると思った時に、感じたよ。
 このまま地面の中をすり抜けて、何処までも落ちていったらどうしようって。
 寝ている間にすっと落ちて、そのまま戻ってこなかったらどうしようって。

 ………僕はこうしていると、絶対に落ちていかないから安心するんだ。

 貴方も、………もっともっと他の人の声を聴く方がいい。
 一人でいない方がいい。


 どうだろうね、………病院で診てもらうのも必要ではあるかもしれないけれど。
 信用できる人に、相談する方が良いかもしれないね。」

東雲七生 > 「あ。」

以前聞かせて貰った霧依の異能。
その時は考えもしなかったが、確かに無機物をすり抜けるというのは、とても危険な様にも考えられた。
言ってしまえば、今自分たちが居る場所は気が遠くなるほど厚い地層という無機物の塊の表層で。
もしも彼女の異能が自分の意思とは無関係に発動すれば、言う通り何処までも落ちていくことになるのだろう。

「……そう、なんだ。」

される側は少し気恥かしいけれど、彼女なりの安心を得るための行為なんだと理解すれば。
やり場無く垂れ提げていた腕を少しだけ、少しの勇気と共に持ち上げる。
そしてそのまま、そっと霧依の背に腕を回して抱き締め返して。

「もし、落ちそうになっても支えるから。うん、大丈夫。
 こう見えてそれなりに鍛えてるし。だから、安心して。

 それで、ええと、俺の事だけど。
 こんな事を急に相談して、きっと信じてくれるけど解決に至れるかは解らない、し。
 
 ……そもそも、もっと、ちゃんとこの“声”を聴くべきなの、かな?」

誰も信用しないわけではないし、相談できる相手が居ない訳でもない。
それでも、解決に導いてくれそうな人に心当たりは、となると怪しいし、
解決できない事で彼らを苦しませるのが何よりも苦しい。

『だから俺はよォ、言ってるじゃねーか。お前がその気になったらちゃんと聞けってよ。』

頭の中の声は、呆れたような声音で吐き捨てる様に呟いた。

霧依 > 「そういうこと。
 そういうことにしておくと、誰かに抱きついても許されるからね。」

くすくすと笑いながら、耳に軽く唇を当てる。
悪戯な女は、相変わらず本音はどこにあるか分からない。
でも、そういう女だから。

「………なるほどね、まあ、それは確かに。
 僕は自分でも変わっていると思っているからともかく、普通の人にはちょっとばかり、刺激と違和感が強いかもしれない。」

少し考える。

「……そうだね、聞かずに済むとは思えない。
 それが何か別の者であっても、貴方自身であっても、思いすごしであったとしても。

 そんな風に聞こえてくる声に、全くの意味がないとは、僕は思わないな。」

東雲七生 > 「んなっ……!?」

もしや騙されたか、と耳元で聞こえる声に一瞬全身が強張る。
少し遅れて耳まで真っ赤になった後、離れるか離れないか少しだけ悩んで、
……それでも、さっきの言葉に嘘は無いと、判断する。
ただ気恥かしさが蘇ったのか、腕に掛かる力が強まった。


「どんな異能を持ってようと、大体、頭の中で声がするんだっていきなり言われたら、少しは疑うもんだし……。
 俺が逆の立場なら、きっと少しは怪しむもん。見せたり聞かせたり出来るわけじゃないからさ。」

そして、意味が無いとは思わないと言われ。
それなら何か意味があるのだろうか、と考え込む。
まあ、状況が状況だけに冷静に頭が働くかというと、そうでもないのだけれど。

『ヒュー、やるねー。お前も中々隅に置けないねェー』

なんだか腹の立つ煽りも頭の中でしているし。
やっぱり意味ないんじゃないだろうか、なんて思えて来たり。

霧依 > 「………まあ、普通は疲れを疑うだろうね。
 僕も最初はそれを考える。
 もしも頭の声が別の思考を持っているのであれば、証明する何かを導いてくれないとね。

 僕が、誰ぞの頭の中に入ってしまったら、まずは自分しか知らない場所に連れて行って証明をするけど。」

腕の力が強まれば、素直に抱かれて。
くすくすと笑いながら、水着姿で砂浜に座り込んだまま。

「………………それでも、意味はあるさ。
 意味のないくだらない会話一つ一つにも意味があるように。」

ゆったりとした声を囁きかけながら、自分から離すことはない。

東雲七生 > 「だよね。
 俺自身、最初は疲れてるんだと思ったもん。
 でも、そうじゃなかったし……かと言ってそれを説明するのも証明するのも難しいんだよね。
誰かの悪戯であればそれに越したことは無いけど……
 丸一日、それこそ寝る間も惜しんでイタズラ仕掛けられる筋合も無いしさ……。」

うー、と小さく唸りながら、どうしたら良いのか考える。
傍から見れば水着姿の女に抱き着いているという状況も、少しだけ頭の隅へと追いやられて。

「どう、したらいいのかな。
 何を訊いたらいいだろう。一応、答えてくれる事はある、し。
 ……名前と俺の頭の中に居る理由は、特に無いみたいだけど。」

考えあぐねて、上目遣いで霧依を見上げる。
眉を八の字にして、訴えかける様な赤い瞳が見つめている。

霧依 > 「………じゃあ、僕の問いかけに答えて貰うとか?
 僕が問いかけて答えないのであれば、東雲先輩の中でしかいられない存在だし。

 周りの言葉を受けて返せるならば、それはきっと、単なる疲れや思い違いではないんじゃあないかな。」

少しだけ考える。
相変わらずクールな、それでいてふわりと浮いているような女は、そうだな、と小さく呟いて。


「僕なら、目的は尋ねるかな。
 目的地の無い旅も楽しいけれど、それでもだいたいの方角くらいは決めるものさ。」

東雲七生 > 「霧依の?
 霧依が何か訊いて、その質問に答えて貰う……?
 ……まあ、俺を経由しなきゃいけない気がするけど……」

僅かに首を傾げ、それから小さく頷く。
この場に嘘を見極められる様な機械か異能があれば良いけど、と肩を竦めて。

「目的かあ……目的目的。」
『目的も何もねーよ、俺は元から此処に居たんだ。
 強いて言うンなら、生きるためってとこだけどヨ。』

声の回答を得て、生きる為だって、とすぐに怪訝そうな顔で呟く。
ここはもう俺は何も考えない方が良いんだろうか、と憔悴した様な表情で肩を竦めた。

霧依 > 「もっと具体的に………言ってもらおう。
 生きるため、ということであれば、何かしらの目的があっているわけだ。

 その目的を達成するためには、僕ならもうちょっと信用されるように話すかな。

 ………本当だよ?」

余計なことを懇切丁寧に喋りそうな女は、軽くウィンクをして笑う。

「生きるために、何をすればよいのだろうね?
 変わらなければいいのか、変わらなくてはいけないのか。
 そのままでいいのか、そのままでは叶わぬのか。

 僕の方が気になるものだけれどもね。」

東雲七生 > 「具体的に……具体的。
 生きる目的を、詳しくって事だよね。

 ……この際、霧依がどうかは置いとくよ。
 別に、本気で騙そうとされた事もないからさ。」

精々からかうだけじゃないか、と軽く肩を竦める。
すっかり体を離す気を逸して、また少し気分が落ち着かなくなってきたのを抑えつつ。

『生きンのに具体的も何もあっかヨ……
 オイ、スピーカー。ちゃんと俺の言うコト、そのまま吐き出せよ?』

その声を合図としたのか、七生の意識に僅かな靄が掛かる。
頭の芯がぼんやりとした、奇妙な脱力感と倦怠感に体が包まれて……
そんな中で、僅かに七生の口だけが動く。

「何をするかって、そりゃあ食って寝て、女でも抱いてヨ。
 そこらの男たちと、なーンも変わらねーよ。

 ……で? 他に訊きてェことは?」

霧依 > 「……?」

少しだけ力が抜ける、そんな身体をそっと抱きとめながら、相手の言葉に耳を傾ける。
相手の言葉はゆるりと受け止めながら、さてはて、と首を傾げて、笑う。

「そういう生きていくなら、今の東雲先輩でもやっているんじゃあないかな。

 生きるためは生きるためでも、自分の気持ちが赴くままに生きるため?
 それとも、他にも何かあるのかな。

 生きたいように生きるのは、簡単そうで難しい。
 この島なら尚更ね。」

一体相手が誰なのか分からない。
実は元のままなのかもしれないし、夢でも見ているのかもしれない。
異能で滑り込んだ、別の人なのかもしれない。

だからと言って慌てても仕方がないものだ。
茫洋とした、それでいてしっとりとした声を落としながら、抱いたまま。

東雲七生 > 七生の特徴的な、ルビーより赤い瞳が焦点を失って僅かに昏く濁る。
それでも完全に脱力することは無く、かろうじて霧依の身体に腕を回したままを維持しており、
時折小さくぴくりと、肩や眉が反応する。

「そーなンだよナ。
 “そいつ”が現状ちゃんと生きてンのが一番の問題だ。
 ……言っとくけどよ、“俺”が先で“そいつ”が後なンだぜ?
 そいつにも言ったけどヨ。元々俺が居たンだ。」

覇気のない表情と裏腹に、きわめて軽い調子で言葉は紡がれる。
声自体は七生のものだが、言葉の割に発音がどことなく更に幼い様な印象を与える、そんな特徴的な声。

「だからマア──

 なんつーんだ?ただ生きるタメじゃあ正しくねえナ。
 俺は俺の存在を認められたうえで、俺として生きてえンだ。」

分かんねえだろうナー、と溜息でも溢しそうな調子で一度声が停まる。

霧依 > 「………………先で、後。
 ふうん、………。」

相手の言葉をゆったりと理解をして、噛み砕いて、考える。
可能性をじっくり考えながら、………ゆるりと眺めて。

「………もう少し詳しく聞きたい所だね。
 僕はずうっと、僕で在り続けたし。
 今まで自分が自分らしくいなかった時は数えるほどしか無いんだ。

 だからかもしれないけれど、貴方が先にいて、後からやってきたという感覚が………
 少し、難しい。」

穏やかな声のまま、分からないことを素直に伝える。
存在を認めてもらいたい、という言葉に、ううん、と僅かに唸る。

どうやら、世迷い言や白昼夢の類でもなさそうだ、と判断。

東雲七生 > 「聞きてえ?
 ハッ、そう言ってくれンなら、まあ幾らでも話してやらねェ事もねーさ。
 何せこちとら何年も何年も碌に口も利けないままで漂ってたんだからヨ。
 ずっと自分らしく生きて来れたってンなら、そンなに羨ましいもんはねェや。」

つらつらと子供じみた声で言葉を連ねて。
時折思い出したかのように口の端が引き攣るように動くが、すぐに納まるのを繰り返しつつ。

「もう一度言うけどよ、【俺】が先に【居た】ンだよ、この体にゃァ。
 それがある日……綺麗サッパリ塗り替えられちまったのさ。元々あった絵の上に、絵の具をぶっかけたみてェによ。
  そんで出来上がったンが、さっきまでアンタが話してた【七生】さ。
 
 ──あいや、それも正しくねえな。
 上塗りして更にもうひと手間掛けられたンだったな。」

最後の方はぽつりと思い出したままを独りごちる様に。
それでも声は促されたままに、つらつら話していく。
全く要領を得ない、得ようと考えてるかすら怪しい一人称の一人語り。

霧依 > 「そうだろう? 僕は自分でも幸運だったと思うからね。」

羨ましい、と言われればくすくすと笑って、よしよし、と頭を撫でて落ち着かせる。
相手の言葉にも驚いた様子は見せずに、ただただ、言葉を受け止める女。

風に揺れる葦のように、ゆらゆらとその言葉を受け止めながら。
当然、考える。

「………つまりは。 今の東雲先輩の方が。
 何らかの原因があって、新しく出来たものだって、君はそう言うのかな。」

囁く、耳元でぽつりぽつりと、普通にしゃべるのとは違う。
言葉を丁寧に届けるような話し方。


「……それはともかく、名前が無いと呼び辛い。
 なんて呼べばいいのかな。 僕は何とでも呼べばいいよ。」

そのままの声色で、さらりと相手に問う方向性を変える。

東雲七生 > 「ケッ、まったく羨ましい話だぜ。」

撫でられたところで表立っての変化はない。
七生の表情は相変わらずどこか遠くを向いている様な状態だ。

「……いや、まあ大筋そうなんだが。
 新しく出来た、ってのはちっと違ェナ。

 ──どっかから移し替えられたンだよ、金魚鉢の魚を水槽に移すみてえにナ。」

心底忌々しげに、吐き棄てるように告げる。
僅かに浮かんでくる、憎しみは七生にではなくもっと他の誰かへと向けられている様で。
泡沫のように浮かんでは、すぐに弾けて消えてしまう。

「名前?……ンなもんねーんだよな。
 何せ物心つく頃には何だかよく分からねえ符丁で呼ばれてたしよ、それにすぐ取っ替わられちまってよ。
 
 呼びづらくて悪いだろうが、生憎──っと、まあその心配は要らねえな。
 俺がこーして喋れるのも今回はそろそろ限界みてーだ。」

七生の眉が僅かに顰められる。
昏く濁った瞳に、再び赤い光が灯ろうとしていた。

霧依 > 「………ふぅん、なるほど。なるほどね。」

言葉を、2回、3回繰り返す。
聡明とは呼べぬまでも、頭の回転は早い彼女が、明らかに鼓動を早くし、言葉が詰まる。

考えうる限り、どうにもよろしくない………
彼女が抱ける範囲を超えている感覚。
それを感じ取ってしまう。


移し替えられた。
受け身である。

つまるところ、この現象には何かしらの「首謀者」がいる。


符丁で呼ばれる。
嘘にしてはえげつない。嘘をつく利もまた無い。
これもまた、何かしらの「別の意図」があったことが見えてくる。


深淵に一歩足を踏み込んでしまったらしい。
好奇心を上回る寒気は、久しく感じなかった感触。

だからこそ、女は微笑んで。


「………僕程度でよければ、また話そう。
 僕はあんまり、拒絶はしないんだ。
 ただ、………あんまり積極的に触られると、少し恥ずかしいよ。」

変わらぬ口調で囁いてやる。 

東雲七生 > 女が何を考えているかなぞ、七生も七生の声を借りた存在も、測り知る事は出来ない。
ただ、確かに彼らが生まれるに至った“何か”は存在しており、
彼らに関わり続ければ垣間見えるものもあるのだろうか。

「ハッハ、そいつは悪かったナ。
 人の体温なんざ俺まで届く事なんざ殆ど無いもんでよ。

 ──なんてな。さっきから今まで、【俺】が動かしてんのは口だけだ。
 触れた触れないは、俺の範疇外ってやつさ。目を覚ました後の【そいつ】に言ってやってくれ。」

けど、そうだナ──と声は一度言葉を切る。
続く言葉は、僅かに愉快げな色が混じって、

「そのままそいつが起きるのを待つってんなら、それなりに覚悟はしとけよ。
 なに、恥ずかしがらせる気はねえンだがナ?

 大目に見てやってくれ、何せ俺らには親が──」

言葉の半ばで口が閉ざされ、ゆっくりと七生の目も閉じていく。
その後呻き声がし、再び口が開かれて。

「じゃあな、霧依──また話せることがあると良いナ?」

霧依 > 「不思議な物だね。
 僕が触れた物は、僕が触れた物でしか無かったから。
 失礼があったら申し訳ないね。」

自由な言葉を返しながら、相手の言葉に少しだけ考える。
やはり、深淵を感じる。
鮮やかな明るい草原から、切り立った断崖絶壁と、黒い深淵。
暗いではなく、黒い。

さあて、と僅かに唸りながらも、顔には出さぬ。
いつも通り、熱の篭もらぬ、枯れ葉のようにゆらゆらと揺れる表情。

「僕が気にすることはないさ。
 何より、ここまで踏み込んでおいて、今更。
 次に会う時は、何とかして名を呼ぼうかな。」

相手の言葉にささやき返し、そのままの姿勢で待つことにする。

東雲七生 > 霧依の囁きを聞き届けてか、七生の口は一度閉じる。
そして数度、眠っているかのように呼吸をしてから、呻きと共に眉間に皺を寄せる。
遠退いていた意識が覚醒していくようにうっすらと目を開けていって、

「んん……」

寝覚めのぼんやりした表情で、じーっと霧依の顔を見つめる。
つい今まで言語中枢を乗っ取られていた影響か、意識が混濁して状況の確認が出来ないのか、ただじーっと、霧依の顔を見つめて、


「……ん、おはよぉ。」

にへ、と笑みを浮かべるとぎゅーっと目の前の身体を抱き締めた。
母親に甘える子供の様に、その身を摺り寄せる。

どうやらだいぶ寝惚けているようだ。

霧依 > 「……うん、おはよう。」

抱きしめられれば、そのままよしよしと頭を撫でる。
前回同様、とっても刺激的な水着を着ているのだから、抱きしめてしまえば素肌に腕が触れる。

水着は……首の横辺りから、まっすぐにスリットがワンピースタイプに刻まれて。水着をそのスリットのところどころに付けてあるリボンで留めている、というもの。胸の膨らみから、お腹はもちろん、鼠径部の一部まで見えてしまう、艶やかなそれ。
まあ、気にした様子など無いのだけれど。

………この程度なら、別にどうってことないんだけれどもな。

そう考えながら、悪戯混じりにパーカーを抱きしめられながら前で留めようとする。服で拘束をしていく自由人。

東雲七生 > 「んん、あったかぃ……」

へにゃりと仔猫のような声を出しながらじゃれ付く様に頭を擦り付け、
両手は温もりを求める様に霧依の身体を撫でていく。
存分にそうしてから、ゆっくりと意識が覚醒していき、

「……ぅ、ん……?」

パーカーに包まれて、数秒。
悲鳴にも似た叫びと共に、一度霧依の身体から離れようとした七生はパーカーによって見事に阻止された。

霧依 > 「………あんまり暴れると、ボタンが取れてしまうよ。」

囁きながら、苦笑をする。
動揺しきりであれば、ボタンは素直に外すけれども。

「……おはよう。 ゆっくり眠れていたかな。」

ぱち、と片目を閉じながら笑う、水着の女。砂浜に座ったままの体勢で、力の抜けた声と表情。
相も変わらぬ風景。

東雲七生 > 「待って!なんで!……外!
 ……いや、元々外に居たけど!」

自分の意識が途絶える前の事を頑張って思い出す。
確か、確かに自分から抱き締めたはずだったが、どうしてこんな状況に。

「お、おはよう! 眠ってたわけじゃ、ないけど!
 ……えっと、その、何があったのか訊いて良い……?」

水着越しと、素肌から直接。
霧依の体温を感じながら、真っ赤な顔で訊ねる。

霧依 > 少し時間が欲しいな。

と、喉まででかかる。
彼女にしては珍しい言葉だった。
焦る必要はないが、後回しにしてもいいことはない。
思い立ったら吉日の彼女だ。
相手の言葉を感じながら、パーカーのボタンをそっと外して。


「………まだまだ、分からないことだらけさ。
 僕に分かることは、少しだけ。

 無視をしても、きっと進展はしない。
 そして、進む道の先に何があるかは、僕には分からない。


 ゆっくり耳を傾けて。
 その上で、不安になったら僕の部屋に来るといい。
 添い寝くらいはいつでも。 寝ていたら布団に入ればいい。」

穏やかに微笑みながら、唄うようにそんな言葉を口ずさみ。
そして、髪をかきあげながら、笑顔が消える。


「………きっとね。」

珍しい、ゆらゆらとしていない、真っ直ぐな瞳を片方だけ向けて。

「東雲先輩は、強くならないといけない。
 僕が思っているより、もっともっと。
 そして、貴方が思っているより、もっともっと。

 周りの人を見ないといけない。
 糸を結わえるように、糸がつながっているなら紐に。
 紐がつながっているなら縄に。

 歩みを止めてはいけないよ。
 例え道に迷っても、立ち止まっていて解決することは、あんまりないんだ。」

少しだけ底冷えのするような、怜悧な声。

東雲七生 > 「……そ、っか。」

きっと自分が意識を失ってる間に“何か”があったのだろう。
七生が心の中で何があったのか訊ねてみても、あれだけ聞こえていた声も何も答えなかった。
ひとまず、拘束から解放されてほっと一息つく。
寝起きのドタバタやパニックになった時でだいぶ水着が乱してしまった気もする。

「そっか……、うん。そうしなきゃね。
 ちゃんと、話を聞いてみるよ。
 ……でも、何でだろう。さっきから静かなんだ、頭の中。」

また聞こえる様になるかな、と首を傾げる。
恐らく、七生の口を借りた事で疲弊したのかもしれないが、七生はそんな事を知る由も無く。

「添い寝……は、まあ、遠慮しとこっかな。うん。
 それでも……うん、ありがと。また、力を借りるかも。」

ふにゃり、と少しだけ気恥ずかしそうで、それでもどこか肩の荷が下りた様な笑みを浮かべる。
しかしそんな笑顔も、今まで見た事が無い霧依の瞳に射竦められた様に強張って。

「えっと……お、おう。
 それは、そのつもり……つもりじゃ、ダメかもだけど。
 
 もっともっと、誰よりも強くなるよ。
 止まってる暇なんて無いのは、よく解ってる。
 この学校に居られるのも、普通じゃあと3年だから……。

 でも、周りの人をよく見ないとっていうのは……?」

何か学ばなきゃいけない事があるのだろうか、と
霧依の声に気圧されながらも、僅かに首を傾げて。

霧依 > 元より水着はリボンで留めてあるだけなのだから、引っ張ったり抱きしめたりすれば、緩むってものだ。
緩んでいるから何が見えるかは…目の前の相手しかわかるまい。
ここにはあえて記さずに置こう。

「ゆっくりでいいんだ。
 ざわついたら、またおいで。」

どうして静かなのかは分からない。
分からないけれど、行動と結果だけをストレートに感じ取って、そんな声をかける。


「………………僕が思うに。」


考える。


「糸を紐に。 紐を縄に。
 高い山を登るなら、命綱は必ず必要なんだ。
 その命綱を誰が持つのか。」

曖昧模糊な言葉を静かに漏らして、目を閉じる。

彼女は薄々、おおよその枠を理解していた。
それが彼女の手に余ることも。
何もかも壊すほどに大きい物であることも。
きっといつか、大きなショックをうけることも。

直接は伝えない。 唄うように相手に言葉を伝えて。


「僕は綱すらすり抜ける。 紐であっても、糸であっても。
 だから。」

囁く言葉はひどく物悲しい響き。
諦観に近い、優しい言葉を耳に落として。


「落ちぬように、気をつけて。」


そ、っと立ち上がって背中を向ける。
振り向いてひらりと手を振る時には、いつものように力の抜けた、肩に力の入らぬ女。

風に舞う葉はゆらりと揺れて。潮騒の中に飲まれるように。

ご案内:「浜辺」から霧依さんが去りました。
東雲七生 > 一息ついて改めて見れば。
乱れ緩んだ水着が、少しだけ隠すための仕事を放棄していた。
頬が熱を帯びるのを感じて目を逸らす。

そして彼女の言い様に、少しだけ心の何処かが揺れるのを感じた。
僅かな波紋が静かに広がり始めていくのを、心の何処かで確かに感じていた。
きっと、自分の意識が無い間に、彼女は何かを掴んだのだろう。恐らく、あの“声”に関する何かを。

でなければ、

命綱なんて言葉、そう出て来るはずもない。


そう言いかけて、静かに口を噤む。
それ以上いう事を失くして、俯きがちに霧依の言葉を一つ一つ心に刻む様に聴いていた。
いつに無く真剣な様子に、それでいて物悲しい様子に、気圧されてわずかに頷いて見せる事しか出来ず。

僅かに、自分は今、自分が思っている以上に大きな流れの中に居るのだと、漠然と理解した。
先程までとは色の変わった、静かな不安が胸中の波紋と呼応する様に広がり始めて、ちらり、と上目で霧依の様子を窺えば。

全て言い終えた後に立ち上がる彼女の姿。
何か声を掛けようかと、口を開いて、逡巡し、それでも懸命に頭を回して、

「ありが、と……う。」

それだけ絞り出す様に告げて、去り行く背を見送った。

ご案内:「浜辺」から東雲七生さんが去りました。
ご案内:「浜辺」に上泉 和正さんが現れました。
上泉 和正 > (夜の浜辺にて大きなアウトドアテーブルを広げその上にガスコンロ・まな板・包丁などの調理セットを置くスペースを設け調理に取り掛かろうとしている。食材は今釣ったばかりのキスだ。ちなみに学内の掲示板にこの時刻釣りに行くことは書いてある。飯をたかりに来てもいいとも)
上泉 和正 > (手馴れた様子で天ぷらの衣の液体を作る)
上泉 和正 > しかし学園の海は綺麗じゃのう……魚も豊富じゃしの(海の方を見て感心したように言う)
上泉 和正 > (そして楽しいひと時を過ごした)
ご案内:「浜辺」から上泉 和正さんが去りました。
ご案内:「浜辺」に久藤 嵯督さんが現れました。
久藤 嵯督 > 陽が昇ってまだ間もないくらいの―――早朝。
たったったっと、そこらを走る自転車程度ならばすぐに追い抜けるペースで砂浜を走っている。

午前中の授業が休講で、今日の仕事は、昨日の内に片付けておいた書類整理のみ。
その長く開いた時間を全て体力トレーニングに注ぎ込んでいるのだ。
元から毎朝運動はしているのだが、授業時間や風紀活動の都合上、あまり長くは走れていない。
風紀委員になってからは瞬発的な運動が多かったため、
持続的で波の立たない運動を行った場合の体力の消耗を確かめられなかった。
たとえ猛暑といえどこの久藤嵯督がバテることはあり得ないだろうが、どれ位疲れるのかは確かめておきたい。
だからこれを機会に、試す。
きち きち と、錘のぶつかる音を小刻みに立てながら。

ご案内:「浜辺」から久藤 嵯督さんが去りました。