2017/07/08 のログ
ご案内:「浜辺」に宵町 彼岸さんが現れました。
■宵町 彼岸 >
日も沈んだ海辺、少し潮の満ちてきたころ
流れ着いた流木に寄りかかるように座り込む小さな影があった。
一抱え程の笹を抱えた彼女はぼんやりと空を見上げている。
その足元には小さな焚火が静かに燃えていた。
聞こえてくるのは波の音と潮風に揺られる笹の葉鳴り
そして時折焚火のはぜる乾いた音。
今日は少しだけ欠けた、けれど綺麗な月が登っている。
明るく照らされる海はとても穏やかで、空を渡るモノ達がいるならば
きっと足元の灯には困る事なく駈けていけるだろう。
■宵町 彼岸 > ……今日はこの国では空に願いを託す日らしい。
年に一度、空の誰かがもう一人の誰かに
天の川を渡るとかなんとかして会いに行ける日だとか。
年に一度しか会えないなら集中させてあげればいいのにと思うのだけれど
女の子には大事なお祭りだからと昨日今日と随分騒いだ後、
そっと抜け出してきて今この場所に居る。
もともと中国の風習がうんたら、
願い事は6日の夕方に必要だとかなんとか……
どうにも理系の人々というのは起源や正しい作法というものに妙に拘る。
この島……というよりこの国に来て日が浅いために作法のわからない彼女に
それはもう甲斐甲斐しく手取り足取り教えてくれた。
あの無駄に立派な笹は今まだ研究室に飾ってあるだろう。
お祭り騒ぎに酔いつぶれた主任と研究仲間
……そして彼らの願いを綴った短冊と共に。
■宵町 彼岸 >
「はーぁつかれた……」
小さな声で呟くとともに伸ばした足先を包む足袋。
その先に引っ掛けるように揺れる草履はまだ新しくおろしたての物。
これは彼女の物ではなく、はしゃぎ過ぎた研究員のうち一人が
「彼方絶対似合うから」
と言い出しそのまま妙な連携で買いだされてきたもの。
着物自体は思っていた以上に快適で、最近の籠るような熱気の中
快適に過ごす事が出来ている事を考えると
やはりこの国の気候に合ったこの国らしい着衣なのだろう。
「飲んだり騒いだりしたいだけだと思うんだけどなぁ」
ゆらゆらとつま先を揺らしながら小さな声で一人呟く。
この国のイベントは無節操とよく聞いていたが、
特に研究室の皆は何かに付けて騒いでいる印象がある。
雛壇を用意しなければと東奔西走し、
ゴールデンうウィークだと言って飲み、母の日だと言って騒ぎ
七夕と言って大宴会の末、ほぼ全員潰れてしまっている。
あまりお酒に強いわけでもないのに毎回彼女を巻き込み
きっと明日も二日酔いで死にそうな顔で机に向かっているだろう。
「大体惑星の寿命から考えたら一年に一回って言っても
ほぼ数秒ごとというか常時べったりくらいの頻度じゃないか
全然寂しい思いしてないよその二人ぃ……」
そんな呟きは静かに波間に消えていく。
こんなことを言えば厳密にどれくらいの頻度なのか
計算してみようとか言いだすのが目に見えているのだから
きっとこれは聞こえないで良い一言。
■宵町 彼岸 >
ほぼ毎日関わる研究所員ですら未だに顔の区別がつかない。
結局毎回ネームプレートを見て誰が誰だか判断している始末。
この国に限った事ではないが、
名前を覚える事が出来ないというのはあまり心証が良くないらしい。
事実前の研究室では彼女に話しかける人と言えば事務所員か
研究成果を聞きに来る上司くらいの物だった。
だというのに此方の国に来た途端、まるで珍種の生物のように
何かにつけて引っ張りまわされ、巻き込まれている。
一種のドmか物好きの類なのかもしれない。
「……願い事、かぁ」
ふと飾りつけの時を思い出し言葉が漏れる。
そういった行事を率先してやりたがるだけあって
他所員は意外と多芸で短冊にも和歌を書いて吊るしていた。
それをお互いに眺めて感心したり突っ込んだりして楽しんでいるらしい。
人によっては何枚も吊るしていたようで、沢山の短冊や飾りの重さで
いつもは決して届かない穂先に身長の高い所員が手を伸ばせば届く程撓ってしまっていて……
夕日に照らされるそれらがなんだか随分と綺麗で、
静かに風に揺れる様を眺めていたら日が暮れてしまった。
「……結局吊るせなかったなぁ」
その時渡された短冊は今、手の中でしわくちゃになってしまっている。
そこには託されるべき願いも、未来への祈りも何も記されてはいない。
■宵町 彼岸 >
何でも良い、叶えたい願い事を書いて笹に吊るすの。
願い事をお願いしたら、きっと誰かが、何かがそれを少しだけ、少しだけ後押ししてくれるから。
河に阻まれ触れ合う事の出来なかった二人を助けた無数の鳥のように。
ね?そう考えると素敵でしょう?
そう言ったのは確か主任だった気がする。
いつもふざけてばかりな人だから真面目にそんな事を言った途端
他所員に散々揶揄われていた。
目に見えた結果だというのに、どうしてそんな事を伝えようと思ったのか
正直理解の範疇に無い。
それは彼女の言った言葉の内容も同様で……
願い事、それは希望とでも言うべきだろうか。
欲と言い換えればきっと首を振る人すら居るだろう。
けれど……
「……わかんないよ。そんなの」
ゆっくりと横に倒れ、空を見上げる。
潮騒の音と立てかけた笹と近くに生える草木の葉鳴りが世界が動いている事を伝え
ぱちぱちと小さな音と共に登っていく火の粉が
無数の星々の天の川に混ざって星になっていく。
今あの中を誰かが誰かに向かって歩いているのだろうか。
それを見上げ、今も誰かが誰かを想っているのだろうか。
それぞれの囁かな、または無邪気な願いを星に託しながら。
■宵町 彼岸 >
瞬く星に浮かぶ月
少し蒼かかった黒檀のような空に空いた無数の穴のような小さな星々
まるで天幕の向こうにもう一つ別の世界があって、それを覗き込んでいるかのような
そんな思いすらする満点の星々はきっと
いつもより多くの人々に見上げられ、願われている筈だ。
それはとても美しい光景。美しい世界。
けれど、そこに彼女の席はきっとない。
その事はもう、悲しくもなんともない。
「……願い事」
けれど、何か大切な事があった気がする。
とても大切にしたい何かがあった気がする。
叶えたい願いと、手放したくない想いが。
……それももう、思い出せない。
私の望みは……何だったのだろう。
手にしていた笹をそっと焚火に被せる。
たった一枚、白紙のまま結ばれた短冊と共に。
空白の願いと共に煙となり、空虚に空へと還っていく。
数多の願いを象徴するように、煌めく星々を薄く覆い隠しながら。
それはさながら彼女自身のよう。
「……」
それをぼんやりと見つめた後、透明でどこか寂し気な笑みを浮かべ彼女は瞳を閉じた。
きっとこれで良いのだろう。
世界は優しいのだと、美しいものだと詩人は歌っていた。
そこに余計な願いなど、きっと元々必要ない。
綺麗なものを汚す反響音(エコー)は、ただ空に静かに消えればいい。
聞こえるのは潮騒の音と風鳴、そして願いの還っていく乾いた音。
たった一人の世界は穏やかで、とても優しくて……
日が昇るまで誰とも出会う事なく
赤子のようにただただ眠り続けていた。
ご案内:「浜辺」から宵町 彼岸さんが去りました。