2016/09/03 のログ
濱崎 忠信 > 「おい、そこのアンタ」
 
 唐突にそう声を掛けてきたのは、一人の少年だった。
 黒髪黒瞳。制服。この島ではどこにでもいる、その他大勢としか形容できない井出達の少年。
 片手にはカキ氷の入ったカップを持って、七生を見下ろしている。 

「隣、いいか?」
 
 見れば、周囲のベンチは既に人やら荷物やらで埋まっていた。
 

東雲七生 > 「へ?俺?」

声を掛けられた気がして声のした方を見遣れば。
至って普通としか形容しようがない生徒がこちらを見下ろしていた。
一度だけ確認する様に辺りを見回し、他に該当も居ない事を知れば、
とくに訝しむでもなく、にぱっと笑みを浮かべる。

「ああ、いいよ!どうぞどうぞ!」

よっこいせ、と少しだけ横にずれてベンチの空きを作った。

濱崎 忠信 > 「悪いね」
 
 それだけ言うと、少年は軽く頭を下げて、七生の隣に腰掛けた。
 残暑の日差しが僅かに差し込み、木漏れ日となって二人の相貌に落ちる。
 しゃくしゃくとカキ氷を食べながら、少年は尋ねた。
 
「アンタも参拝客か」
 

東雲七生 > 「いいのいいの、公共のベンチだもんね。」

ぱたぱたと手を振りながら応じる。
少年の持つカキ氷を見て、そういえば夏休み中にアイスはあんまり食わなかったな、と思い出しながら。

「え?……いや、俺は散歩がてら寄っただけ。」

ゆるく首を振りながら否定する。
だからこうして境内の端っこのベンチで日向ぼっこと洒落込んでいたのだ。

濱崎 忠信 > 「ああ、そうなのか。まぁ、アンタ、見るからに信心とかなさそうだもんな」

 そういって何処か納得したように頷いて、溶けはじめたカキ氷を飲み込むように平らげていく。
 空になったカップを屑籠に放り投げて、一息ついた。

「だったら、気ぃつけるこったな。ここは寺じゃなくて神社だからな。神社は公共施設ではなく、あくまで個『神』の持ちもんだ。公共施設のつもりで顔出してると、祀られてるカミサマは良い顔しないかもしれんぜ」

東雲七生 > 「んまあ、うん……知り合いに色々いるしさ。」

少しだけ困った様に頭を掻いてから、もう一度境内を見回す。
特に変わった様子は無い、が、今言われたばかりの言葉を少し加味して

「うーん、覚えとくよ。
 けどまあ、その程度で癇癪起こすくらいならそもそもこんな島で神様やるには荷が勝ち過ぎてると思うけどね。」

苦笑を浮かべてから、一つ頷く。

濱崎 忠信 > 「癇癪は起こさなくてもご機嫌損ねられたら此処一番で御利益がなくなるかもしれねぇぜ?
ここに祀られてるカミサマは常世坐少名御神(とこよにいますすくなみかみ)サマだからな。
ここが今みたいな学園都市になる前からいるカミサマだ。
不敬は正しておいた方が無難だぜ。
困ったことに神も悪魔も今日日は受肉して歩き回る様な時代だからな」
 
 時折この常世島のあらゆる場所に現れる自称神達を思い出して、少年は笑う。
 異邦人もそうであるが、かつては空想上のそれだったものが今では肉を持って闊歩している。
 
「もしかしたら、同級生に紛れてる……なぁんてこともあるかもしれねぇからな」

東雲七生 > 「ご利益かあ……まあ、その時はその時で自分の実力不足だと思って諦めるよ。
 そもそも、自分の運くらい自分で引き摺り出せなきゃそれまでだし。」

困った様に苦笑したままで、七生はそう言った。
運も実力のうち、と言うくらいなのだからという、至極単純な思考ではある。

「それにまあ、神様に関しては何人か知り合いも居るしさ。
 もっとも、破壊とか、邪、とかそういうのが付く類だけど。」

だからあまり概念としては信仰はしない性質なのだ、と続ける。

濱崎 忠信 > 「ああ、自称のそういう連中は確かに山ほどいるな。
まぁ、だったら、尚の事気を付けといたほうがいいだろう。
そういう知人の家に勝手に上り込んで『ここは公共の場だぜ』つってんのと同じだからな。
信仰とかじゃなくて、単純な礼儀の話だぜ」
 
 そういって、少年は肩を竦めた。
 

東雲七生 > 「それを言ったら、それこそ『島中どこでも』そうなっちゃう気はするけどね。
 ともかく、今後は気を付けるよ。」

こくん、と頷いてから改めて息を吐く。
知り合いの家に転がり込んで早くも一年になる身にとっては、多少なりと耳が痛い話でもあったから。

濱崎 忠信 > 「それは大丈夫だ。そうしないで頂くための社だからな。
此方にすわ、お住まいを準備したので此処で御勘弁くださいってのが神社だ。
島の中での多少の不敬は御目溢しくださるだろうさ」
 
 ベンチに背を預けて、空を眺める。
 そうするだけで、気持ちが安らぐものらしい。
 実際どうなのかは、少年にはイマイチわからなかった。

「しかし、アンタ知人にカミサマがいる割に信心は薄いってのはまた面白いもんだな。
知人にそういうのがいりゃあ、多少なり敬意ってもんは抱くもんだと思うんだがな」

東雲七生 > 「そういうもんなのか……。」

システムとしての神社に関しては無知も良い所だ。
そもそも興味を持ったことすら無かった。
何故か?それは勿論、その必要が無かったから、だ。

「そう?
 ……まあ、信心ったって直接何かされた訳でも無いしさ。
 実際に見て、触れて、感じたって言うならまだしも、俺自身は神様の凄さを直接見た事は無いし。」

他人が幾ら褒め称えて崇め奉ろうとも、自分の目で見なければ鵜呑みにはしない。
自分が信仰するに値するだけの事実が無ければ、どれだけ逸話や歴史があろうと信仰しない。
赤髪の少年は、東雲七生は、そういう少年だった。

濱崎 忠信 > 「凄さ? 別にそんなもんで抱くもんは信心でも信仰でもねえよ。ただの畏怖やら憧憬だ。
信心やら信仰やらってのは、文字通りどれだけ相手の事を『信用するか』ってだけの話さ。
信じてどれだけ心を許せるか、信じてどれだけ仰ぎ見れるか。
それらは相手の実力やら実際に持つ恐怖とは関係がない。
まぁ、カミサマだって所詮は一個神(イチコジン)なんだから、人並みに信頼して人並みに敬意は払ってあげましょうってだけのこった」

 信仰やら信心やらについてはマイナスイメージのほうが強い故、彼の様な考えの若者は多いのだろうと、少年は思った。
 しかし、実際に神も悪魔も個として存在しているこの世界では、そういう考えの人間は一人でも減ってほしいと思うのが本音であった。
 実際にそういう神話存在みたいな連中がいるのだから、つまらんことで諍いを起こされると仕事でも実生活でも困るのである。

「それが、信心であり、信仰だよ。
アンタは知人のカミサマとやらのことは別に凄くないから信用はしてやらんのかい?」

東雲七生 > 「だったら尚更、でしょ。
 姿も見せない、何もしない。そんな相手をどうしたら信用出来るってのさ。
 信用して貰うなら貰うで、それに見合う何かは見せなきゃいけないでしょ?」

こてん、と小首を傾げる。心の底から解らない、といった風だ。

「話も出来ない、笑えもしない、一緒に遊んだり美味い物を食べに行ったりも出来ない──そんな相手をどう人並に扱え、ってのさ。
 まだ姿を見せられるなら、話が出来るなら話は別だけど、
 ……信用って誰かから無条件にして貰うものじゃなくて、自分で勝ち取るものでしょ?」

んー、と自分で言ってて頭の中が絡まって来たのか眉間に皺を寄せる。
別に卑下しようとしている訳ではない、七生自身にとって当然のことを言ってるのだが。

「ううん、信用はしてるよ。
 でもそれは神様だからじゃなくて、友達だから、ってのに近いけど。
 誰でも彼でも無条件に信用したりはしたくないかな、もちろん、されたくもないから。」

濱崎 忠信 > 「交友を能動的に結ぶならアンタの言う通りだな。
だが、それはある程度既にお互いに認識し合っている状態での話だ」

 同程度以上の状態から信用や信頼を深めるのなら、少年の言う通りだろう。
 だが、初期段階のそもそもが培われていないのならそもその段階に至ることは在り得ない。

「姿も見えないし何もしないけどそこにいるかもしれない相手に取るべき態度ってのは、初対面の第三者へ取るべき礼儀じゃねぇか?
せめて目に見えないカミサマも人並みの他人として扱ってやることをお勧めするよ。
でないと、見えないだけで目の前で実はカミサマ泣いてるのかもしれないぜ。
道端ならともかく、ここは一応カミサマの御家だからな」

 このへんでさ、と適当なところを指差す。

東雲七生 > 「ううん……それはそうだね……。」

理屈は解るのだけれど、どうも腑に落ちない。
道理は理解していても納得できるかと言えばどちらかと言えば出来ない。
そもそも『ここが神様の家だ』という主張自体、神様本人の口から聞かされている訳ではないのだ。
そう思っている人たちが、そうであるとするために言っている、とも思える。
だとしたら、と七生は見えない神様に少しだけ同情した。
口にしたらキリが無いので、心の中で、そっと。

「うん、気を付けるよ。」

かもしれない、で言うならそもそもこの家を神様が了承してないかもしれない、というところまで考えなきゃいけない気がするけど。
心の中でそう呟きつつ。

濱崎 忠信 >  どうにも納得していないように見える赤毛の少年を見て、黒髪の少年は小さく笑った。

「信仰を持つ人間が実際にいる以上は、その膝元に居るときはそれに迎合するべきと思うぜ。
郷に入らば郷に従えだ」

 もっとも、そんな事微塵も考えていなさそうな参拝客はやまほどいるだろうが。
 
「少なくとも、俺は信心者側なんでな」

東雲七生 > 「そっか、えっと……それはごめん。」

だったら最初からそう言ってくれればいいのに、と思いつつ軽く頭を下げる。
どうあっても馬鹿正直な性根なので、嘘とか隠し事、取り繕う事がヘタクソなのだ。
だから正直、思っても無い事が出来るかというと、あまり気が載らない。

「でも、……いや、うん。出来るだけ頑張ってみるよ。」

指先で頬を掻きながら、力なく笑う。

濱崎 忠信 > 「まぁ、アンタは皮肉やら何やらでやってる手合いには見えないし、構わんさ」
 
 ひらひらと手を振って、少年はへらへらと笑った。

「信心者側からすりゃあ、昔からの仕来りが完全に無意味とは思わないんでな。
無意味と思われていた行程が実際未来の技術で解き明かされてみたら、実は理に適っていたなんてことは枚挙に暇がない。
実はとんでもなく体に悪かったなんて事も当然あるけどな」
 
 過去、脳は無駄な臓器とおもわれていたが実際は見ての通りという例もある。
 だが反面、水銀は霊薬と思いきや猛毒だったという例も無論ある。
 しかし、儀式的な何やらに関する事は、むしろ魔術の発達によって今日日は俄然意味性を高めている。
 ならば、これらの神社仏閣に対する古来からの礼儀というのは、通さなければ魔術的に何か悪い事があるのだろうと少年は考えている。

「ま、いち信心者からの身勝手な忠告はその程度なもんだ」
 
 そういって、ベンチから立ち上がり、ぐっと伸びをする。

東雲七生 > 「うん、まあ大体本気。」

あはは、と笑いながらこちらも腰を上げる。
そろそろ一度帰らないと、とだいぶ傾いた夕陽に目を向けて。

「……まあ、確かに何かしらの理屈の上で古い習慣とかは動いてるって聞いた事はあるけど…。」

大体魔術的な要素が強いので、魔術の類は一切使えない自分には縁の無い話と思っていた。
それでも一応、気構えの問題とすれば多少は自分にも関係のある事に思えるので、それくらいは意識しようと肝に銘じる。

「貴重な話をどうもありがとうっ。
 俺、東雲七生。 君は?」

見たところ同年齢のようだし、と言って自分の年齢が低く見られがちな事を思い出した。
軽く咳払いをしてから、同学年の、と言い直して、意味は変わってない事に気付く。

濱崎 忠信 > 「何、俺は俺の都合でいいたいことをいっただけだよ」

 快活な笑みに対して、若干しめっぽい笑みを返して、少年は立ち上がる。

「濱崎忠信。どこにでもいる信心者さ。
またどこかであったらよろしく、東雲クン」
 
 そう別れの言葉を告げて、黒髪の少年もまた、神社から去って行った。

東雲七生 > 「うん、またね!濱崎!」

別れの言葉に笑顔で応じてから、去っていく背中を見送って。
それから自分も行こうと一歩歩き出し、ふと足を止めるとくるりと振り返って。
神社の本堂をじっ、と見つめた後、ぺこりと頭を下げてから再度振り返って神社を後にしたのだった。

ご案内:「常世神社」から東雲七生さんが去りました。