2016/05/12 のログ
東雲七生 > 「はいはいはーい、ちょっとごめんねー通るよ通るよー!」

夕方の異邦人街。
様々な容姿の住民たちが行き交う大通りを、通行人同士の隙間をするする微風の様にすり抜けていく七生の姿があった。
どうしても脇を通り抜けられそうにない時は、一言断りを入れてから道を空けて貰ったり、一足飛びに頭上を飛びぬけて行く。
そんな軽業めいた動作で七生が何をしているかと言えば、

「えーと、四番街の……何さんだこれ、読めないぞ。
 まあいいや、お荷物でーす!」

宅配便のアルバイトだった。
最近始めたこのバイト、七生の趣味と実益が見事に合致していた。

東雲七生 > 肩掛け鞄を腰で固定し、少しだけ伸ばした襟足を髪ゴムで結わえ、勤務先指定の制服に身を包んだ七生は瞬く間に異邦人街内での配達を済ませていく。
この地区に住む様になってもう半年以上経ち、その期間、暇さえあればあちこち走り回っていたのだ。
頭の中に街の地図はしっかり出来上がっているため、裏路地から何から手に取るように解るのだ。

「次はー……っと、これ宛先居住区じゃん。区外は後にして……」

鞄の中から小包を幾つか取り出して宛先を確認する。
七生のバイト先は異邦人街の片隅に小さく構えた配達所だが、場合に因っては隣接する区への荷物も送られてくる。
どう配達するのも配達人の自由だが、七生はまず近場から潰していく手段を最も好んでいた。

何故なら──

「あ、ちわーす。お仕事帰りっすか、お疲れさんでーす!」
「おお、有翼のばーちゃんせんせー!今バイト中なんでまた明日、学校でー!」
「はいそこ喧嘩すんな!手と足絡まってすげー事になってんぞ!」

今この時間帯が、朝に次いでこの街の人通りが多い時間帯だからである。
文字通り多種多様な異邦人たちの知己を増やすまたとない機会だった。
七生はバイトを始めてから知った人、バイトを始める前から知っている人、老若男女問わず持ち前の笑顔と共に挨拶をしては風の様に通り過ぎていく。

東雲七生 > 「……はぁい、確かに。そんじゃ、またーっ!

 よぉーし、あとは区外宛てか。時間は……と。」

配達先の住人からのサインを貰い、異邦人街区の配達を終えたことを確認する。
ついでに現在時刻を見れば、まだ今日の配達時間はだいぶ残っていた。
七生は残りの荷物の配達先を確認すると、そこまでの移動時間を計算し始める。

「ええと、居住区が二つに歓楽区一つ……時間指定なし。
 てことは……トータル1時間くらいで全部終わるか。」

記載された住所と頭の中の地図を照らし合わせた後に、改めて時計を見遣る。
思っていたよりもだいぶハイペースで異邦人区の配達を終えてしまったようだ、と小さく苦笑した。

東雲七生 > 「少しのんびりしてくかな。」

何しろ今日のノルマが所内での配達業務の全てだ。
戻って追加を頼んだところで無理なのは七生自身が一番分かっている。
一度大きく伸びをすると、たまたま通りかかったお得意様の異邦人に軽く挨拶をする。
相手も笑顔で応じ、三本の腕を軽く振ってくれたことが少し嬉しくて走り回った後の足から疲れが消えていく気がした。

「うん……やっぱ、始めて良かったなあ。」

自販機で缶ジュースを買い、のどを潤してから満足げに呟く。

東雲七生 > 道行く人々を眺めながら缶ジュースを空にする。
──家路に急ぐ者、夜からの仕事に出向く者。
その姿は様々だけれど、やはりそれは、学生通りと全く変わりのないもの。

「………ああ。」

果たしてこの光景が、“ここが常世島であるから故の光景”なのか。
少しだけ、否、かなり気になる。
もしここが常世島ではなく、地球でも無く、どこか全然知らないよその世界だとしても。
そこに住む人々は、自分たちと同じ様に暮らし、生きているのだろうか。

「行って見たいなー……。」

空き缶を弄びながら呟いた言葉は、呆気なく雑踏に掻き消される。

東雲七生 > 『おーい、シノノメー!』

遠くから名前を呼ばれて遠き地に思いを馳せるのを中断する。
声のした方を見遣れば、配達中に何度か挨拶をした事のある住人の一人だった。
パッと見の容姿は普通の人間と大差無い。が、背中から巨大な腕が生えている。

「あ、ちわーす!……何か、用──」

こちらに向け巨きな腕を振る姿に気付き、何事かと問おうとした七生の言葉が停まる。
巨大な腕から続く手が、指が、七生の持つ空き缶を指した。
そして続いて自分の近くにあるゴミ箱を指す。

「……ははーん、オッケー!」

空き缶を手の中で一、二度。軽く調子を見てから軽くその場に落とし、景気良く蹴り上げた。
蹴飛ばされた空き缶は道行く人々の頭上を通り越し、そして七生に声を掛けた異邦人の頭上に差し掛かって──

巨大な掌に叩き落とされ、ゴミ箱の中に消える。

「にひひ……ナーイスアシスト!ハンドだけど!」

満面の笑みを浮かべ、異邦人へと立てた親指を突き出した。

東雲七生 > 「そんじゃ、またなー!」

互いの健闘を讃えあった後は、各々の道に進んでいく。
異邦人は帰路に、七生は次の配達先へ。
そうした当たり前のやりとりが、何故だかとても楽しいと思えた。

「んじゃ、居住区行っくか……。」

うーん、と再び伸びをして、屈伸を一回、二回。
靴ひもの緩みが無いか確認すると、その場で垂直跳びを一回、二回、三回。そして大きくしゃがんで──

次の瞬間には、七生の小柄な体躯は宙を舞い、一番近くの民家の屋根の上に着地した。

「へへっ、近道使っちゃお。」

そしてそのまま、家々の屋根伝いにまっすぐ直線距離での配達を始めたのだった。

ご案内:「異邦人街:メインストリート」から東雲七生さんが去りました。