2015/10/05 のログ
■流布堂 乱子 > 「石蒜さんは、お飲みになれるんですね。」
シーシュアン。初めて本人に向けた、その呼び慣れない名前のついでに。
ポーチの一つから缶コーヒーが抜き出された。
「昼に買った分ですから、保温ポーチでもそろそろ温かくはないかもしれませんけれど」
言いながら、ゆっくりと祠に向けて歩いて行く。
コーヒーを手渡すのに十分なほどに石蒜に近づくと、地面に片方の膝をついてしゃがんだ。
ぞんざいに伸ばした手が、ブラックコーヒーを手渡そうとしている。
「……サヤさんと、それから畝傍さんの別の人格の方。
お二人を安易に家族と呼ばなかったのには、石蒜さんなりの意味があるのだろうと私は思います。
畝傍さんを存じ上げませんから、あるいはとんでもない風評被害なのかもしれませんけれども」
言いながら、僅かに牙を剥くようにして口角を上げた。
毒龍が毒を吐いて何か不都合があるだろうか。
「ですけれど……同じ家に住んでいる相手を"家族"と認められないなら、居るのも辛いでしょうね。
石蒜さんも。サヤさんも。その別の人格の方も。……もしかすると、畝傍さんも。」
地面にこすりかけた懐中電灯を手に持つと、スイッチを切る。
祠の中に、ひっそりと夜が満ちていく。
■石蒜 > 衣擦れの音と、金属の匂いに顔をあげる。「……サヤとは味の好みが違うんで、私は苦味が好きですが…サヤは、酸味、特に寿司が好きだったかな。」何秒か迷ってから、手を伸ばして缶を受け取った。「どうも。」まだ慣れない様子で蓋を開けて一口飲む。「ふぅ。」少しぬるいが、夜の冷気に冷えた体にはありがたかった。
「サヤは……何か、違くて…言葉が浮かばないんですけれど…魂が繋がっているというんでしょうか、いつも一緒の感覚があるんです。だから、『帰らなくても居る』んです、けど……。」サヤを嫌っているわけではない、そこは訂正する。でも、畝傍の別人格、千代田に対しては、言及しなかった。
「それは……。」言い返そうとして、言葉が出てこない。千代田は畝傍と記憶を共有しているようだ、だからきっと畝傍が帰ってきたらその間の千代田の記憶も分かるかもしれない。
「……私が、千代田さんに…畝傍の別人格に、どんな態度を取っていたか知ったら、畝傍は喜ばないでしょうね…。だからやっぱり、会いたくないんです。顔を見たら悲しんでしまう……我慢出来ないんです、取り繕っても多分わかるでしょう。私…嘘が下手だから…。」手持ち無沙汰のように、コーヒー缶を撫で回す。
懐中電灯が消えれば、小さな祠の中は暗闇に包まれる。そこから伸びた手と、草履を履いた足先だけが、月明かりに照らされる。
■流布堂 乱子 > 「魚が好きでなく、酸味が好みとなると……何処と無く通ですね」
薄暗い祠の中、少しだけ冗談めいた口調で。
表情が見えづらくなった分、声音に現れる変化はより顕著だった。
「ただ、その場に居ないもう一人のことをすぐに説明するあたりも含めて、
その感覚は……まるで双子の姉妹のようかな、と思います。
あくまでも喩え話ですから、妹さんがお気になさることもありませんけれど」
言い終えた時に、微かに笑ったような吐息が残った。
その雰囲気のまま。
石蒜の必死に紡ぎだした言葉を、聞き届けてから、ほんの少しだけ沈黙に体をなじませてから。
「……別に。」
「別に、良いんじゃないですか。辛いなら、辛いと言ってしまっても。
その千代田さんに、貴方を好きになれないです、とはっきり言ってしまっても。」
まるで深刻ではない調子で、確かに乱子はそう言った。
■石蒜 > 「……。」
暗闇に缶コーヒーを持った手が消える、続いて微かな飲む音がして、また手が月明かりに現れた。
確かに、千代田にそう伝えてしまえばいい、好きなだけ顔を見るたびに落胆出来れば、どれほど楽なことだろう。
さらさら、と暗闇の奥で長い髪が服をこする微かな音。
「それは、出来ません。」きっぱりとした否定の言葉。
「畝傍が、悲しみます。私が辛いと弱音を吐くことも、私が千代田さんを受け入れないことも、どれも自分のせいだと考えて、自責の念にかられることでしょう。そういう人なんです。」その声は、確信めいた調子がこもっていた。
千代田のことではなく、その奥で眠る畝傍だけを心配する、傲慢ともとれる考え方。
■流布堂 乱子 > その言葉を聞きながら、膝に乗せていた顎を、ゆっくりと少女はもたげた。
「……そういう人でしたら、
貴方がはっきりと言葉にしないで済む代わりに、結局は自分のせいだと考えてしまうのでしょうね」
先に言ったとおりに。今のままではただただ辛い気持ちを持つだけで。
継母を受け容れられない灰かぶりのようなそのさまを、
階段の下のホコリまみれの倉庫にこもるようなその様を、
瞳に頼らずにどこか確かめようとしながら、乱子はもう少しだけ言葉を紡いだ。
「喜びは二倍に、悲しみはその半分に。友情も、結婚も、そう言うのだそうですけれど」
「"貴方が"向き合わないかぎりは、ただ悲しみを等分に持ちあって。喜びを等分に独占しているだけではないか、と思います」
いつまでも姉に頼りきってばかりでいないで、と。
闇の中からじっと見つめる気配がする。
■石蒜 > 「私が……逃げていると?。」缶を指でくるくると回す。それは迷いと困惑をそのまま表しているようで。
「だったらどうすればいいんですか。私は、畝傍にだけは悲しんで欲しくないんです。他の誰よりも、畝傍にだけは、辛い思いをして欲しくない、ずっと幸せで居て欲しい。」回す指を止めて、缶を握りしめる。苛立ちに、缶が僅かにへこむ。
■流布堂 乱子 > パチン、とスイッチが入れられた。
地に向けられた懐中電灯の明かりが祠の中を照らす。
「それは、勿論。」
眩しげに細めた目蓋の奥で、乱子は闇の中と変わらずに焦げ茶の瞳で石蒜を見つめている。
「辛い思いをしているから逃げていないとか、そのあたりの考えを持たれるのは勝手ですけれど。
もしも今晩、畝傍さんが何らかの理由で表出していたとしたら。会えない理由が何にあるかは明白だと思います。
そして畝傍さんが悲しまれることも、明らかにすぎるほど明らかかと。」
地面につけていた膝を払うと、立ち上がって祠から出て、まずは大きく伸びをした。
「悲しませたくないなら、悲しみの理由を二人で考えて対策する。
喜びを増やしたいなら、相手の喜びを自分のものとする。先の言葉はそういう意味だそうです。」
「ですから……結局は。
はっきりと言ってしまうしか無い、と。私はそう思います」
感情を表に出すことがそれほど得意でない少女が、
こうも口数が多くなった理由は、たった一つ。
「……そして、まずは此処を出て家に帰るところからはじめなければならないと、
そうも思うのですけれどね」
■石蒜 > 「…ッ!」突然の明かりに、顔をそらし、腕で影を作る。ちゃぷん、と缶の中でコーヒーが揺れた。
「……。」口を開くが、言い返すための言葉が出てこない。
「……。」そのまま口を閉じる。
確かに、今この時間に家に居ないこと自体、千代田を避けていることを明確に示している、そしてそれを伝えようとしていないことも。
「…………。」ここで素直に礼を述べられるほど、石蒜は素直な性格ではなかった。
代わりに、缶コーヒーを飲み干してから、立ち上がりながら祠から出てくる。
そのまま、相手の横を通って、大通りのほうへ数歩歩く。
「サヤも……起きないみたいですし、帰ります。」振り返らずに、そう言った。
「コーヒー、ありがとうございました。」聞こえるか聞こえないかの、小さな声。
■流布堂 乱子 > 「……今度は。女子寮で御馳走いたしましょう」
そう言ってから。
ついでとばかりに祠の中へもう一度懐中電灯を向けて、
適当な現状報告書でも上げようと調べ始めた。
きっと一人で帰り着いただろうと思える程度に時間をかけてから、
少女もまた、帰路につく。
ご案内:「破壊された祠」から石蒜さんが去りました。
ご案内:「破壊された祠」から流布堂 乱子さんが去りました。