2015/07/20 のログ
ビアトリクス > 観察を続ける。
陽子を見つめるというよりは――
その奥にあるものをどうにかして捉えようとする、そういう視線。

「彼にだけモテりゃいい、ってことか。なるほどね」
陽子の返答にはさほど驚いた様子もなく。
「まあ、そういうものだよね、美の価値ってのはさ」

しばらく眺めた後、スケッチブックを持ったまま椅子を横に向ける。脚を組む。
描いている様子が、陽子にもきちんと見えるように。

素早く橙の鉛筆を動かしてざかざかと顔部分を塗っていく。
ぼんやりとシルエットが浮かび始めたところで、橙を持ったまま
紺の鉛筆を取り――中指と薬指の間に挟む。
一つの手に二本の鉛筆を持ち、それを器用に素早く入れ替えながら
輪郭を紺で縁取り、その内側の肌を橙で塗り、髪を紺で塗り、髪飾りを橙で塗る。

早回しのような速度で、画用紙の上に陽子の顔の写実的な像が結ばれる。
ビアトリクスに向けているものとは微妙に違う、人好きのしそうな笑顔。
顔だけでは彼女を捉えきれていないと判断したか、首から下の
逞しい筋肉もきっちりと画用紙の中に収める。
奇妙なバランスが、紙上に忠実に再現された。

この間、陽子の顔をまったく見ていなかった。記憶だけで描いている。
手に滲んだ汗を、メイド衣装の前掛けで拭く。
ようやく陽子のほうを向いて、完成した似顔絵をぺりぺりとスケッチブックから切り取る。
そして差し出す。

「ほら」

お代を求めるように、もう片方の手も出す。

嶋野陽子 > 日恵野君がさほど驚かずに、
『まあ、そういうものだよね、美の価値ってのは』
と返してきたのには一瞬、驚いたが、考えてみれば
現在進行形で神宮司くんの事だけを見てる訳だから、
驚く方が間違いだ。

私の本質を掴もうとするかのような観察の後、手早く
スケッチを始めるビアトリクスが、その手の動きをわ
ざわざ見えやすくしてくれたのに気付く。

流石にプロの仕事は早く、しかも顔だけでなく筋肉が
見えるように、肖像画に近い範囲まで描いてくれた。

『ほら』
とぶっきらぼうな口調で作品を渡すビアトリクスに、
私は財布から、彼に言われたより1枚多く札を取り
出して渡す。

「ありがとう。顔以外まで描いてくれたから、その分
上乗せしたわ」と言って、札を多目に渡す陽子。

ビアトリクス > 「別にいいのに」
とは言っても差し出されるなら遠慮せず札を受け取り、
用意していた袋に乱雑にそれを突っ込む。
机に置いてあったペットボトルのキャップを回し、
口をつけて喉を潤す。
椅子の背もたれによりかかり、微かな疲れの滲んだ顔を向ける。

「あんたみたいに気前のいい客がどんどん来てくれれば
 こんなことすぐにやめられるんだけどね」

嶋野陽子 > ビアトリクスが
『・・・こんなことすぐにやめられるんだけどね』と
言うので、
「あら、その格好は無理矢理やらされてるの?だったら
日を改めて私の全身をあなたの好きな技法で描いてみ
る?物にもよるけど、今日の10倍は出せるわよ」

と持ち掛けてみる。彼の絵にはそれだけの価値がある
気がする。

ビアトリクス > 「まあ、半ば無理やりみたいなものだね。
 断れないぼくもぼくなんだが……」

言葉の途中で、紺の鉛筆の尻にがりと歯を立てた。

「……施しのつもりか?
 悪いけど、それほどあんたを信頼しているわけじゃない」
向けられる眼差しと声に、押さえつけられた警戒と嫌悪が浮かんだ。

嶋野陽子 > 『施しのつもりか?』
の質問には、
「この絵を見て、あなたの好きな技法で描いてもらった
ら、どんな絵になるかな?と思っただけよ。気を悪く
したのなら謝るわ」と答える。

『それほどあんたを信頼している訳じゃない』
という警戒心も顕な発言には、
「それは無理もないわね。いきなり同じ戦場に放り込
まれた即席パーティーのメンバー同士が、そのまま
勇者様の御一行になるのは、ゲームの中だけの話。
現実では、戦闘が終われば前の暮らしが待っている
訳だから。」と理解を示すも、

「でも、あなたも神宮司君も、あの戦いで心に傷を負
っていたのは私でも判るわ。今日見たところ、あなた
はもう大丈夫そうなので安心したけどね。」
ここで一呼吸入れ、

「神宮司くんはと会えたの?彼にも治癒の符を2枚、
白崎さんから託されていたけど、神宮司くんは使い
方を知らなかったみたいだから、あなたに使い方を
聞いてみると言ってたわよ。」
と、私と話した時の事を伝える。神宮司くんが、
治癒の符を忘れずに使ってくれたか、心配なのだ。

ビアトリクス > 「…………」
くるくると色鉛筆を指先で回して、少しの間沈黙。
「こちらこそ、無礼で済まないね。
 うまい話にはつい身構えてしまうんだ」

「会ったさ。……治癒符? 訊かれなかったぜ……忘れてたのかもな。
 そのうち教えておくよ。まあ、本人は元気だって言ってたし、
 使う必要もなかったんじゃないか?
 心配し過ぎも毒だぜ」
ぞんざいな口調でそう応える。
ちはやのことについて、あまり語りたくはなさそうだ。

嶋野陽子 > それもそうだ。
「そうね。いくら保健委員だからって、心配し過ぎな
いように気を付けるわ。でもあの時のあなた達二人は
まるで『走れメロス』のメロスとセリヌンティウスの
ようだったわよ。互いの為にためらわずに死地に赴く
気迫を、二人から感じたわ」

ここで辺りが薄暗くなっているのに気付く陽子。
「長話になってしまってごめんなさい。この絵は部屋
に飾らせてもらうわね。神宮司くんにもよろしく。」

そう言うと、手を降って歩み去る陽子。

ご案内:「歓楽街街頭」から嶋野陽子さんが去りました。
ビアトリクス > 「そんなに悲壮に見えたか。単にやるべきことをやっただけさ。
 ま、気をつけるよ。あんたに言われるまでもなく、命は大事だ。
 ……あんたは単に保健委員っていう立場だから心配しているんだろう。
 金を払われたから、絵を描くみたいにな。
 そんなもの、大してありがたくは感じないな」

自分と陽子は所詮は他人でしかない。
だから、ちはやとのことは、そっとしておいてほしい。
宝石は、触れるものが多くなるほど輝きが損なわれるのだ。

「……」

元の待ちの姿勢に戻る。

ビアトリクス > どうせ命以外に費やすものなどないつまらない人間だ。
その使い方ぐらい自由にさせてほしい。
ヨキにしても、陽子にしても。
なぜ静かな気持ちにさせてくれはしないのか。
それほど自分は生きづらく見えてるとでも言うのだろうか。
……きっとそうなのだろう。それは否定できない。
頭を抱える。

色々と考えたら小腹がすいた。
荷物からスナックバーを取り出して、かじる。

ビアトリクス > 売上を入れた袋を振る。軽い音。
客が来たと思ったらいかがわしい商売と勘違いした不貞の輩だったりもした。
やはりこの衣装は色々と逆効果としか思えない。
後で異議を申し立てよう。

今日は散々だ。
道具を片付け、歓楽街を後にする。

ご案内:「歓楽街街頭」からビアトリクスさんが去りました。