2015/12/25 のログ
ご案内:「酒場「崑崙」」にクローデットさんが現れました。
クローデット > フランスはカトリック圏の国なので、家庭でクリスマスを過ごしても良さそうなのだが…彼女達は、それぞれの理由でそれを放棄していた。

1つ…これはクローデット側の理由だが、「神」に重きをおかない魔術師という信条上、クリスマス自体がさほど重要ではないこと。
もう1つ…これは伝統的なフランス人に近いジュリエット側の理由だが、フランスというのは、クリスマスに山ほどの御馳走を用意する国柄なのである。
2人だけでは消化の目処がまるで立たないので、作るに作りづらいのだ。

よって、クリスマスイブの夜、2人は酒場「崑崙」の隅のテーブルで、2人でシャンパンのグラスを傾けていた。

クローデット > 「今年は、あたくしのわがままに付き合わせてしまって申しわけありませんでしたわね、ジュリエット」

クローデットが、珍しく色味を感じさせる化粧をして、華やいだ微笑をハウスキーパーの女性に向ける。

『お気になさらないで下さい、契約に基づく仕事ですから』

黒髪の、親子ほど年齢の離れた女性が、平静な敬語でクローデットに返した。

クローデットが「裏切り者」と認識している実父・アルベールの手の者であるジュリエットとしては、この島に来てからのクローデットの変化には、好ましいものが大分含まれていた。
フランスにいたままであれば冷戦状態に陥っていただろう強硬派「ではない」同志を、きちんと尊重出来るようになったこと。
これ自体は、アルベールや、彼と志を共有するジュリエットにとっては、間違いなく良い兆候なのだ。

【…話に聞く限り、あまり善良な人物には思われないのと…お嬢様が敵意を向けるように、彼が仕向けた人物のことが、少々気がかりではあるけれど】

そんな心配を、ジュリエットは表に出さぬよう綺麗に飲み込んだ。
まだ、クローデットは動くための材料を掴みきれていない。こちらに来てからの良い兆候に比べれば、些細な心配事だと、ジュリエットは思うことにしたのだ。

クローデット > 「…ところで、トレーニングには寒い季節になってまいりましたけれど、あなたは最近のお休みは、あたくしに付き添う以外にどう過ごしておりますの?」
『商用であれば、屋内のトレーニング施設にはさほど困りませんし…後は、おいしい紅茶探しでしょうか』

他愛も無い会話を楽しみながら、シャンパンと牡蠣のコンフィを楽しむ2人。
クローデットの若い娘らしい華やかさ、ジュリエットの落ち着き払った所作の品と姿勢の良さ。
彼女達が、派閥違いとはいえ今年世間を騒がせた極右組織の構成員だと、見た目から判断するのは困難だろう。
当然、本人達もこんな公開の場で正体を漏らすほど愚かではない。

クローデット > シャンパンを飲み終えると、彼女達はボトルでワインを注文する。
ヨーロッパ系の彼女達にとって、わざわざワインをグラス単位で注文し続けるのはまどろっこしいのである。

次に、彼女達が注文するのはフォアグラのテリーヌ。

『…やはり、フォアグラを食べないとクリスマスを迎えたという気がしませんね』

ジュリエットがそう言うと、クローデットもくすくすと、ほとんど邪気の無い笑みを零した。

クローデット > 頼んだワインと、料理が運ばれてくる。
ウェイターはそれぞれのグラスにワインを注ぐと、氷の入ったワインクーラーにワインボトルを挿して置いていった。

「…今日くらいは、あたくしにお酌をさせて下さいね?
こちらに来てから、あなたには本当に良くしていただきましたから」

クローデットがそう言うと、ジュリエットも少しおかしそうに笑みを零して、

「ええ、ありがとうございます」

と返した。
あまり他者に酌をすることに慣れていないクローデットが上手く出来るのかどうかは微妙なところだ、と内心思っているジュリエットだったが、そこは受け入れることにした。

クローデットが頼りにしている母親や祖父母も、いずれは年老いて死んでいく。
そうなったとき、社交も何も出来ないクローデットではまずいのだ。
サーヴ技術をハウスキーパーから聞くことに屈辱を覚えるほどの狭量さはないだろう、と思う程度にはジュリエットはクローデットを信頼していたし、そもそもそこまで狭量であったならば現在の、魔術師としてのクローデットはないのだ。

クローデット > 実際に注ぐ段になって、クローデットが若干ぎこちないながらも、特に零したりはすることなく、ジュリエットのグラスにワインを注いでみせる。

「…瓶の扱いは、錬金術で慣れておりますのよ?」

瓶の扱いの慣れ方が一般的な経路ではなかったが、そんなことをまるで意に介さず、嬉しそうに微笑んでみせた。
一応、サーヴという行為に慣れていない自覚はあったらしい。

『ええ…お嬢様が社交のホステスとなった際にも、心配は不要ですね』

ジュリエットがそう冗談めいて返すと、クローデットは口元では笑みながらも少し気恥ずかしげに軽く目を伏せ

「…流石に、まだそこまでは…修行が足りませんわ」

と言った後、再びその人形めいて大きな瞳を、生気に輝かせてジュリエットに向け

「…ですから、今日はたくさん練習させて下さいな。
気後れせずに練習に付き合ってもらえて、適切に意見の出来そうな者の心当たりは、あなたくらいしかないのですから」

と言った。

拒む理由など、あるはずもない。ジュリエットは、控えめに笑んで

『…私で良ければ、お店が閉まるまででも』

と返した。
ヨーロッパ系であれば、アルコール分解能力は日本人の比では無い。
…あんまり、冗談ではないかもしれない。

クローデット > 「ふふふ…ワインもまだ「一本しか」頼んでおりませんし、クリスマスに肝心の鶏もまだですわね」
『流石にこの店にはシャポンもプーラルドもありませんし…そもそも、2人で丸焼きは食べきれませんね。どうしましょうか』

クローデットの楽しげな笑みに、ジュリエットもつられるかのように笑みの度合いが強くなる。

何だかんだ言って、2人は美食の国、フランスの人間なのだ。
食とワインと、他愛ないおしゃべりを楽しんで、2人のクリスマスの夜は更けていく。

…ちょうどその頃、クローデットとその『同志』が目を付けた「犬」が、スラムの奥で「罪」を重ねていたことを…クローデットは、まだ、知らない。

ご案内:「酒場「崑崙」」からクローデットさんが去りました。
ご案内:「歓楽街」に久方 透子さんが現れました。
久方 透子 > 聖なる日はもうすぐ終わりを迎えるけれど、浮かれた町の明かりがまだ消える事はない。
祭りの余韻を楽しもうと、一層賑わいを増したようにすら感じる町中を、一人で歩くには少し勇気が必要であった。浮いてしまわないかと、目立ってしまわないかと不安であったから。

「……えーと、たしか、昨日は……」

ここらへん、だったと。
立ち止まるのは、クラブやカラオケといった若者たちが好むし施設が連なった場所。そこからほど近い、広場のベンチ。
まだ誰も座っていない場所に腰を下ろす。
傍目からは、待ち合わせ、のように見えるだろうか。

久方 透子 > 約束はしていない。
けれど、少女には確信に近いものがある。

かならず、ここにいれば声をかけられる、という確信。

脂肪が多い方ではなく、ゆっくりと体温は外気の冷たさに奪われ。
末端――つまりは指先からジンと痺れるような寒さに襲われる。
重ね着、着回し、厚着が出来るほど幾つも服は持っておらず、歓楽街を歩いて不自然ではない程度の衣服など、冬場はせいぜい1~2着程度。
以前と同じ恰好に、年頃の少女が恥じらいを持たないわけもないが、――ベンチに座る少女に、その後ろめたさは感じられない。
通り過ぎていく人波に、目線を向けながらも、過ぎていく……時間。

久方 透子 > 待機の時間は、少女にしかわからない。1時間、いや、2時間は待ったのかもしれないが。
少なくとも、少女の体が芯まで冷え切った頃に、若い男の声で、少女の名前が呼ばれた。
トーコちゃん、と。

目線を向ければ、少女と変わらぬ年頃ほどの若い男が傍に立つ。

会えてよかった
探していた

などと調子のいい事を言いながら、図々しく隣に座ってくる男を拒みはしない。
同じ、学園に通う者同士、弾む会話といった様子で少女もまた笑顔を見せよう。

――少女と異なり、彼はその軽々しい物腰や見た目と反して、正規の学生であるのだが。

久方 透子 > 二人の間に隙間はなく、互いを温めあうように密着する距離。
抱き寄せるように寄り添う二人は、知らない人が見れば、仲睦まじいカップルに見えるだろうか。
けれど、――彼、と知り合ったのはほんの数日前であり。
ましてや恋人であるはずもなく……。

ねえ。アレ。スゲエ良かった。また使わせてよ。
トーコちゃんと一緒にさァ。

そう耳元で囁く男に、はにかみを見せる。不自然さはないはずだ。作り笑いとて顔が引きつってもいないはず。
もう、何度も作った表情だ。

「ダメですよ。先輩といっしょにいれるのはうれしいけど、
 一回だけ、って言ったでしょ?
 アレ、すごーくきもちいいけど、すごーく高いから、…ね?」

久方 透子 > 歓楽街の喧騒で二人のささやき声などかき消されよう。
だからこそ笑顔で話していられる。
尚も食い下がってくる男子生徒に、諦められない程度に何度か軽く断りを入れる、が。
何度目かの食い下がりに、眉尻を下げて、ちらりと見上げるように目線を送る。
背が低い人間は、これを武器に出来るから、楽といえば楽。

「……じゃあ、あの、私、これだけ今持ってるんですけど、
 買い取ってもらえたりできます?
 そしたら、ほら、今日だけ、と言わず、好きなときに。……ね?」

ね、のタイミングで首をかしげる。
指を4本立てて、持っている数を言葉に出さずとも示し。金額もまたいくらほどのものだと、同じように小さな指先が数字で示そう。

決して安い金額ではないが、個数の問題と――金のある学生を狙っての行為であれば、首は横に振られなかった。

ご案内:「歓楽街」にヨキさんが現れました。
ヨキ > (雑踏の中を、黒いコートに身を包んだ長身がすいと歩いてゆく。
 ハイヒールの靴底が鳴らす足音は、拍を刻むように規則正しい。

 人好きのする柔らかな人相、穏やかに開かれた瞼。
 だがその奥から街へ向けられる眼差しはひどく冷たい。

 身を寄せ合った男女――透子の顔を、金色の眼差しが一瞥して通り過ぎる。
 眼鏡のフレームを押し上げたその顔は、待ち合わせとも警戒とも見て取れた)

久方 透子 > 「――――…… ッ ぁ」

後はもう、落第街に引きずり込んで、人生の坂道を急加速で下ってもらうだけ。
そんな状況であるにもかかわらず、少女の目線は傍の彼には向けられず。
通り過ぎた長身の男性。一瞥された、たったそれだけにも拘わらず、一瞬固まる。

教師だ。学園の教師がいる。

背筋に走る寒さと焦燥を押し殺しながらも、けれど焦る素振り自体を消しはしない。

「っ、ど、どうしましょう先輩。
 先生……ですよね。あの、ほら。背の、大きい。

 ふ、不純異性行為とかで、怒られたり、するのかな」

薬自体より、問題は不純な交際であると問題を置き換え。
寄りそう二人に隙間を開ける。30㎝といったところか。

「――…っ 先生っ。せんせーい!
 こんばんは、こんなところでどうしたんですかー?」

――そして。不自然に距離を取ってから。
不自然に声をかけよう。こちらから。いかにも、取り繕っていますという風に。

ヨキ > (上背のあるヨキは、それだけで目立つ。
 透子の他にも、声を掛けてくる生徒は居る。
 先生、メリークリスマぁス、などと女生徒のグループに声を掛けられて、
 こんばんは、あまり奥まで行くんじゃないぞ、危ないからな、と笑って返す。
 あの獣めいた眼差しが嘘のような、朗らかな眼差しを湛えて。

 ――瞬きのあとには、金色の光がふっと冷える。まるで役者だった)

「――――……、」

(透子から声を掛けられて、ぱちりと瞬く。
 大きなつくりの目を丸くして、振り返る)

「やあ……こんばんは。
 なあに、今夜はクリスマスであるからな。
 こうして人目を忍んで見回り……という訳だ。
 いまいち忍べていないような気もするが」

(気の抜けた顔で笑う。
 言葉の通り、ヨキは周囲の人びとより頭ひとつ抜きんでていた。
 声を潜め、内緒話のように透子へ囁く)

「かく言う君は、デートかね」

久方 透子 > 物事や、人物を、観察するのは少女の癖のようなもので、それが喧騒の場においても目立つ存在であるなら事更に。

だから柔らかなその眼差しが一瞬で切り替わる様子も見逃しはしなかった、にも拘わらず。
隠れる事もせずに積極的に存在をアピールするかのようにぱたぱたと手を振る。後ろめたさなど何もないのだと主張する、生徒の浅はかな手段――、を装う。

「こんばんは、です。

 ――っ、で、デートなんて、そ、そそ そんな…っ
 そんな、……ね、ち、違いますよね。
 ともだちと遊んで帰り道で、たまたま会って…、っ、ね、先輩?」

小声でたずねられた言葉に、大袈裟に声を荒げる。
頬を両手で抑えて、ぶんぶんと首を振ろう。――照れを隠す仕草、のその間に、力を込めて頬を押して。少しでも赤みの足しになればと。
男子生徒もまた、恋人と思われるのは困るのだろう。――あくまで彼女とは遊びのつもりなのだから。違うよね?の少女の言葉に同意を示す。今すぐにでも、立ち去りたい様子が、ちらほらと。

ヨキ > (二人が否定する様子に、あっけらかんとして笑った)

「何だ、違うのか?はは、それは失敬を。
 てっきり仲睦まじい様子であったから……つい」

(信じた。これ以上ないほどにあっさりと。勘違いを恥じるように、軽く頭を掻いてみせさえした。
 何やらそわそわとしていた男子生徒の様子に、ああ、と口を開く)

「もしかして……引き留めてしまったかな。済まない」

(気を付けて帰るんだぞ、と、違法な取引のあった現場とは微塵も思っていない様子だった。
 透子へ向き直り、小首を傾いで相手の顔を見た。にっこり)

「それにしても、よくヨキの顔を知っていてくれたな。嬉しいよ。
 どこかでお会いしていたろうかな」

久方 透子 > そう。これから用事があって。

そんなベタな嘘をついて、先輩、と呼ばれていた男子生徒は去っていく。
獲物を逃したという悲しみはなく、ひたすら、一点。注がれるのは目の前の人物……教師、という存在への警戒心。
さよなら、と軽く手を振るだけの挨拶は軽くで終わる。
再び空いた、ベンチの空席。座るのは少女一人だけ。

「あー、…ほら、今日、とっても寒いから。
 私、ちょっと薄着だから、ちょっとくっついたらあったかいかなって。――それで、そう見えたのかも。

 え。だって、学園の先生ですよね。美術の……ヨキ先生?
 私、知ってますよ。授業、受けたことはないですけど」

学園の生徒は、秘匿されていたりしなければ全員の顔の名前は憶えている。頭に叩き込んでいる。――警戒しなければならない人物として、ではあるが。

それを学園の生徒ならば知っていて当然と、まるで優等生の素振り。
今更ながら、両手の人差指と親指で輪を作るように、長い髪を指で結い。普段の学園での髪形を作り出し、これならどう?と首を捻ってみせようか。
それでも普段目立たないようにしている少女の存在が彼に伝わるか、ずいぶん怪しいところだけれど。

ヨキ > (人波を見渡した顔はあんなにも冷たかったというのに、『先輩』を見送る顔は柔らかい。
 ベンチに座る透子の隣、空いているスペースへ腰を下ろす。
 その細身の外見よりも随分と重たげな音を立てて、座面が小さく軋んだ。
 まさか砕けなどはしないけれど)

「くっついたら暖かい?おいおい、女性は怖いな。
 男子は自分に気があると思って、すぐに騙されてしまうぞ。

 ……ああ、ヨキだ。いや、あれだけ広大な学園では、教師の数も多かろう?
 ヨキほど目立たぬ教科の担当ともなれば、知られていないことも珍しくはなくてな」

(両手をコートのポケットに突っ込んだ格好で、背凭れに身を預けてリラックスの姿勢。
 透子が自らの髪を結ってみせると、ああ、と得心がいったように声を上げた)

「君……学内で、見かけたことが。
 すごくいい香りがする娘だと思って、印象に残ってたんだ」

(言うなり身を起こし――露わになった透子の耳元へ、形のよい鼻先を寄せる。
 すん、と小さく鳴らして匂いを嗅ぐと、平然と笑って顔を離した)

「そう、これこれ。この匂い」

久方 透子 > 確かに身長、体格の差はあれど、生徒から教師と変わっただけで悲鳴を上げるベンチに驚いたように目を丸く。
その存在は知っているが詳細は知らぬ。当然、彼の比重が通常の人と異なる事もまた、知らないものだから。
不良品なのだろうかと、つい、目線を外してベンチの側面を、ちらり、一瞥。

「騙され……? ……ああ! ふふ。やだ、ヨキ先生ったら。
 そんなのありえませんよー。…かわいいコならともかく」

いったい何をと、ベンチの驚いたままの丸めた瞳が、ぱちり、と瞬き。
数秒後に合点がいったとばかりに感嘆の声を上げた後に笑い出した。冗談の類と受け取って、流してしまえ、と。

「え。…あ。…匂い。…あ。ああ、もしかして、石鹸かも?
 ヨキ先生だって、あんなたくさんの生徒がいる中で
 私の匂い、覚えるぐらいですよ。
 先生は、生徒よりもずっと少ないんですから、覚えるのも、簡単です」

先ほどのささやく声が聞こえるよりもずっと近く。
傍に彼が寄るものだから素の戸惑いの声が零れる。
すぐに彼の言うものが、己の普段の愛用品――量産品の安物だ――である石鹸である事に気付くけれど。
自身は既にとうに匂いには麻痺しており、今もまた、風呂上りさながらに香る其れを意識出来ずに、掴んでいた髪を解いた後に、すん、と手首あたりの匂いを嗅いで確かめる。わからない。首を捻った。

ヨキ > (彼女が石鹸の匂いに麻痺していることと同じように、ヨキもまた自分の重量には慣れ切っていた)

「また謙遜を。
 まあ、騙されてどぎまぎするのが男子生徒であるならば、ヨキは騙されずともこちらからくっつきに行くがな」

(歓楽街のネオンに照らされた顔で、呵々と明るく笑う。
 顔を離したあとも、二三小さく鼻を鳴らして、うん、と呟く)

「女性はもともといい匂いをしているが、石鹸はそれが引き立つな。
 ふふ、ヨキは根が犬であるから……匂いにはどうしたって敏感だ」

(指先で、猟犬の垂れ耳を抓んでひらりと揺らす。人間と同じ肌色をした異形)

「君、名前は?
 匂いだけではなくて、ちゃんと『君』のことを覚えておかなくてはな」

(顔だけで振り返る。小さな衣擦れの音がして、控えめなパルファンの香りが空気に溶ける)

久方 透子 > 「今のセリフ、なんだか悪い大人みたいですね。
 くっついてくれるなら、――ええ、とても暖かくて、助かっちゃいますけど」

人と触れ合う事に抵抗がまるでない風を装ったのなら、その設定は最後まで突き通さねばなるまい。
傍によってその瞬間こそ驚いたものの、今度はこちらから、二人の距離を詰めるように寄って。もたれ掛かろうとするかのよう、体を傾けようか。
その仕草はあくまでゆっくりで、凡人でも避けようと思えば、たやすく避けれる、そんな程度の。

「犬――、獣人とか、だからそんなに背が高いんですか。
 私、背低いからちょっとわけてほしいですよー…
 あ、なまえ? 久方です。ヒサカタ トウコ。
 先生の方がよっぽど、いい香りしてますよ」

流石にこの学園において、たかが犬の異形だからと驚くこともない。
偏見の目もなくむしろ秀でている点を口に出しながらも、傍に寄れば僅かな香りとて人間の少女でも一瞬ぐらいなら嗅ぎ取れよう。気付いた点は、しっかりと、褒めていく。
できれば名前についてはさらっと流して、今晩中には忘れてしまうぐらいの、そんな薄い印象になるようにと願いすら込めて。