2016/06/03 のログ
ご案内:「歓楽街」に否支中 活路さんが現れました。
■否支中 活路 > 夜の街がその貌を見せるにはまだ随分と陽が高く、だがそこは薄暗かった。
歓楽街の中にありながら空隙のようにある裏路地。
その一角に打ち捨てられたように立つ廃ビルの入り口は開け放たれ、そうした者が薄ぼんやりと光る緑の目をゆらゆらと回す。
入居者を失い、降りっぱなしのままのブラインドも一部は欠けて外光が差し込む。
人工の木漏れ日地帯を、金具の多すぎる靴が踏んで越える。
かつてここにはある魔術師と子分たちがいた。
■否支中 活路 > 「ほんまにここが……」
人工の環境というものはあまりに早く朽ちすぎるのか。
ここが放棄されたのは一年二年というレベルの歳月にすぎないはずだ。
それでこうも荒れ果てるものかと、がらくたを踏み潰す。
無論、落第にもほど近い場所だ。破った扉とて別に自分が初めて封を解いたわけでもない。
無人の城を誰彼と出入りした結果なのだろうが――
「あるいは随分、時間以外にはだらしない奴だやったんかもしれへんけどな。デイウォッチ」
本棚から落ちたか、床にぶちまけられている本の一つをかがんで手にとる。
鉄道委員会発行の常世島時刻表。年度は二つ前。
■否支中 活路 > かつてここにはオーランド・ウィルマースという魔術師がいた。
鉄道委員でありながら違法部活動に従事していた、そのアジトの一つと、聞いている。
最近どこぞのチンピラに見に覚えのない敵討ちで襲われたのが、全く理不尽ではあるが、一つ得るものもあった。
その一人から聞き出せたのが、ここだ。
かつてあったロストサインという違法部活の残党が次いで消えたので『破門』(オマエ)だと思った。
――と、木が生えていただかなんだか知らないが、魔術使いなどこの島にだって山盛りでいるだろうに。
まぁ、その短絡も火花ぐらいは散ったということか。
今のところ確かに廃ビルはこうしてあり、アレだけ必死に紡いだ言葉がでまかせならまぁそれはそれでと、思い出しながら本をかき分けてみる。
見える背はその辺の古本屋と代わりはない。
「……別にいきなり稀覯書が落ちとると思うとんちゃうけども」
ひとりごちて体を起こす。
もしも、仮に、万が一、ここが或る魔術師の城の一つだったなら、それでも何かはあってもいい。
自分のようなかじってばかりの魔術使いではない、本物の魔術師なら。
ご案内:「歓楽街」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > あなたの頭上で、がかん、とコンクリートを打つ音がした。
何か重量のあるものが飛来して、床に突き刺さりでもしたかのような。
それでいて気配をを殺そうとする、意志ある音だった。
それは靴の音だ。
いくつかの錆び付いた蝶番の甲高い音を潜り抜け、規則的な歩調の音が少しずつ接近してくる。
それは活路が佇む部屋の手前、廊下の先で一度ぴたりと止まった。
未だ距離はあるはずだが、もう一人の侵入者は活路の存在に気付いたらしい。
ごく僅かな逡巡があって、再び靴音。
部屋の入口に、長身の男がぬっと姿を現す。
歓楽街らしい、カジュアルな――それでいてこの廃ビルの風景には不似合いな、
小奇麗さのある服装をした獣人だ。
「――やあ。
抜け道のつもりで通ってしまったが、君の住まいであったかね」
低く通る声が、重たく響く。
部屋の入口に片手を突いて微笑む唇が、いやに大きく見えた。
■否支中 活路 > 本物の魔術師。
特定の専門集団、あるいは非常に個人的な繋がりの元で、未だ詳らかにならざる業を究めんとする者達。
その力は、秘められたる奥義であるがゆえに、個に穿たれた穴から吹き出すような異能とはまた違う『深み』を持つ。
この島にもそういった者の一部はいる。
一つ壁の向こうに、深秘(オカルト)が潜んでいる。
だから、薄暮れを引き裂くような音に、包帯の奥の双眸が恐怖と期待を宿した。
わざとらしいほど揃った高く重い音。
現れた長身を見て一瞬瞳が歪んだ。
「いや、似たようなもんや」
体躯と同じくスマートな装いの相手。ガチャガチャと飾り塗れの学生服を揺らして一歩下がる。
やはりというか、何人もが出入りしているならこう荒れ果てるのもむべなるかな。
そうも考える。あるいは、目の前の男が本当に通行人とは限るまい。
だから距離は縮めない。
同じ側の生き物なら、それでいいし、それだけだけで済むだろうと。
■ヨキ > その獣人は、人好きのする大きな瞼の形に見えて、その実金色の双眸は活路の足取りを注視していた。
一見すると寛いで凭れているように見える足も、いつでも踏み出すために引き絞られているようなものだ。
「てっきりどこかの異邦人が、知らず迷い込みでもしたのかと思った。
よく見れば学生か、君」
笑うたび、金の虹彩が蝋燭のように輝いて尾を引く。
「学園で教師をしているヨキだ。
歓楽街からその奥に掛けて、見回りをしていた。
君、名前は?」
見も知らぬ相手に対して、真正面から堂々と『教師のヨキ』と名乗る。
そうして教師を名乗りながらに、歓楽街の『奥』――落第街の存在に言及さえしてみせた。
いかにも不敵に、室内に向けて一歩踏み出す。
細いヒールが、見た目よりも重たげに床を鳴らした。
■否支中 活路 > 「いや、まあ確かに『異邦人街(そっち)』には、よう行くけども」
応える一瞬見た相手の脚。カタチの方は多々見るうちの一つにすぎないが、ナリの方はいただけない。
狩りをする獣のようではないか。
そういうものに気を抜けられる場所でもないし、身上でもない。
「……え、まあ。
ヒシナカ、カツロ言いますけど」
迷いがなかったわけではないし、相手を10まで教師と考えているわけでもない。
それでも名乗っておく。
学生であることに偽りはないし、学生証を出せと照会されるなら、むしろ安心できる。
大体、たばかるにしては放つ言葉が穏当ではない。
それでも一歩二歩と横へズレた。あんたが入ってくるみたいだから退くよ、とばかり。
頭の隅は呪具を意識している。もちろん握るなどしないが。
「随分、物好きなんすな。まァ、ニンゲン、歩きやすいトコちゅうのがありますしね」
考えている。
ここが本当に朽ちた城だったとして、知って網を張るなら鉄道委員会か公安委員会か。
関係者なら一目散に逃げなければいけないし、違うとして、ここは手早く済ませた方がいいか。
考えているから、漫然とまた一歩奥へ脚が動く。