2016/07/28 のログ
獅南蒼二 > ポケットから煙草を取り出し,慣れた手つきで火をつけた。
注文も済まさぬまま,静かに紫煙を燻らせつつ……店内を見回す。
ここはいつ来ても,殆ど客が居ない。
経営を心配するつもりも無いから,単純に静かなことは価値である。
山崎の25年がある。なんて店主は勧めるが……

「……残念だが,今ウィスキーを飲んだら目を回す自信がある。」

……確かに顔色は良くない。いや,あんな生活をしていて顔色が良いはずが無い。
さっとカクテルメニューに目を通して,ダイキリでも貰おうか。と,頼んだのは爽やかで夏らしい1杯。

いつだったか,この体調で酒を飲むのは危険だと思い知らされた。

獅南蒼二 > カウンターに置かれたカクテル。それから頼んでもいないナッツが横に並べられる。
頼むつもりだったが先を越された。小さく肩を竦めて「コイツはサービスか?」なんて聞いてみる。
笑いながら,「馬鹿を言うな。」と短い答えが返ってきた。
まぁ、そうだろうな。なんて無感動な声を漏らしつつ,カクテルを傾ける。

獅南蒼二 > 飲みやすいカクテルだが,十分に時間をかけてゆっくりと味わった。
これを数杯飲んでも目は回らないだろうが,物足りなさは否めない。

「……駄目だな,目を回さんように氷を多めに入れてくれ。」

店主は最初からそうすりゃいいんだ。なんて笑いながら,
荒く割った氷に香り高いウィスキーを注いでいく。
ナッツを齧りながらその様子を眺めて……灰皿に押し付け,煙草の火を消す。
良い酒を飲むのに,煙草の香りしか分からないのでは勿体ない。

獅南蒼二 > 機嫌が良さそうだな?と,店主は何の気無しに問いかける。
何故そう思う?と獅南が問い返しても,それは分からん。と苦笑するのみ。
少し考えてから,ひねり出した言葉は,また疑問だった。「良い生徒でも見つけたか?」と。

「生徒か…そうだな,そうかも知れん。才能に恵まれ,学ぶ意欲もある。
 ……尤も,私を殺したがっているのが玉に瑕だがね。」

楽しげに笑って,ウィスキーを一口。
なんだそれは。と,店主も肩を竦めて笑った。

獅南蒼二 > 生徒の為に殺されてやるつもりなのか?という問いに,
馬鹿を言え。と獅南は反論した。

「教師というのは乗り越えられてしまっては意味が無い。
 どれほど才能に恵まれた生徒であったとしても,どれほどの努力と研鑽をもってその力を高めたとしても,
 決して超えられぬ壁が,その先が存在すると教えてやらなくてはならん。」

ウィスキーを飲み干して,獅南は楽しげに笑う。
次の一杯に迷ってから,ハイボールにしておこう,と安全策を取りつつ。

「もし,私が超えられる時が来るとしたら……それは,全てを教え込んだ後だ。」

獅南蒼二 > あの男は,ヨキはもう躊躇いを捨てただろうか。
そうでなければ瞬きをする間も与えずに焼き尽くしてくれよう。
よもや,今更に魔術の炎での死を望むようなことはあるまい。
そもそも,土地神か何かを根源とするのだろうあの男が,炎くらいで死ぬはずはないのだが。

「さて,生徒に殺されぬために先んじて殺すとすれば,どんな手を使うべきか。
 優秀過ぎるその生徒は首を斬りおとしても死なないだろう。
 火に焼かれようと,水に沈もうと,雷に打たれようと,機関銃で頭を吹き飛ばしても死なないかも知れん。」

バケモノかよ。と笑う店主に,獅南は,私にとってはまだ“ヒト”だ。と返した。

獅南蒼二 > 「…………………。」

その言葉を返して,それから,何かに思い当ったかのように,不自然に目を泳がせた。
アルコールは人の思考を鈍らせ,判断を遅らせるが,それは時として考えもしなかった思考の渦に行き当たらせる。
勝手知ったる店主は言葉を掛けることもせず,グラスを拭いて棚へと戻していく。

山を守っていた精霊か,土地神か,元より存在した“何者か”は不死性をもっていたと考えるのが自然だ。
だが,“ヨキ”と名を与えられた“ヒト”が同様の不死性をもつとは限らない。

そして,彼自身の語るところによる“呪い”が“ヨキ”を生み出したのだとすれば……。

獅南蒼二 > 急速に酔いは醒めていき,思考は鮮明になっていく。
何の根拠も無い…いや,一つあるとすれば,この店の奥の席で,ヨキ自身が語った言葉。
あまりにも頼りないが,たったそれだけが拠り所である。
いや,ヨキはいかに精巧に術式を構成しても魔術を発動できない。それも,現代の魔術学では説明がつかない現象だ。
……それこそ,そこにある種の“呪い”が確かに存在していることの証明となるかもしれない。

いや,呪い,という表現は適切ではないだろう。呪いとは即ち,魔術学的には,呪術と呼ばれる魔術体系の1つだ。
この世界で体系化された呪術とは異なる……もっと原初的な,或いは先進的な,のろい。

「…………………。」

残っていたハイボールを飲み干す。
もうそれは,獅南にとって真水と何ら変わらないようにさえ感じられた。

獅南蒼二 > 研究を続けなければ。いや,やり直すと言うべきか。
呪術に関する文献や事例と,異世界の文献を一から読み直そう。
この戦いはヨキと自分の戦いだとばかり思っていたが……

ヨキと戦い,ヨキに丸呑みにされ,ヨキを呪い,ヨキを生み出した男。

……偉大で哀れで,そして執念深いその男と,
無様で傲慢で,そして執念深いこの私の戦いでもある。

「…………………。」

…アルコールがロマンチズムを後押ししていると言われればそれまでだ。
だが,仮にこの発想が誤りであったとしても,
殺せぬ相手を殺す方法を探る意味で,これは有効な手段であるように思えた。

獅南蒼二 > 代金をいつも通りに多めに置いていく。
獅南がそれをするのは,ここで何かを思いついた時。
そして,静かで日常から離れたこの場所ではその機会も多いのだった。

「……その生徒に私が殺されなければ,また来よう。」

店主はもう何も答えず,小さく頷くのみ。
ポケットの中で煙草の空箱を弄びつつ,獅南は夜も更けて誰も居なくなった魔術学部棟の,自らの研究室へと,足を運ぶのであった。

ご案内:「酒場「崑崙」」から獅南蒼二さんが去りました。