2015/08/08 のログ
ご案内:「落第街大通り」にナナミさんが現れました。
ナナミ > 「……ちっ」

静かな朝の落第街に響く舌打ち。
しかしそれはこの街の住人達が暮らす地上からだいぶ上の方でしたものだった

等間隔で並ぶ電柱。
なかには折れたり傾いたりしたものもあるが、それらを足場に移動する小さな影。

袖の無いパーカーにカーゴパンツといった服装のその影は、
電柱から廃墟になっている雑居ビルの割れた窓から中へと跳び込んだ。

「……はぁ。」

ナナミ > ── 東雲七生は苛立っていた

昨日も例によって補習を受けに行き、そこで耳にした“噂話”
知り合いの──女子の先輩が先の風紀委員本部襲撃に関して取り調べを受けたらしい。

ナナミ > その“先輩”はあくまで参考人として呼ばれただけで、短い時間で解放されたとも。

(──なんつーかまあ、よくもまあ引き込む人だよな。)

─どうして彼女が無縁そうな襲撃事件の取り調べを受けたのか。
おおよその見当は頭のよくない七生でも容易に想像がついた。
容疑者と近しい間柄だという事がはっきりと解っているからだろう。

(……これじゃあほぼ襲撃犯が誰なのか言ってるようなもんじゃないか。)

──舌打ち

七生は荒れた室内を早足で突っ切り、対面している窓から外へ跳び出した。
人が1人通るのもやっとの広さの路地を挟んで向かいの建物の壁を蹴り、今出たばかりのビルの壁をさらに蹴って向かいの建物の上へ。

ナナミ > 跳んで、駆けて、潜って、渡った先に辿り着いた廃雑居ビルの屋上で、ようやく一息つく。

──苛立ちは納まらない

足元に転がるコンクリートの欠片を頭上高く蹴り上げ、落ちて来たところを渾身の脚力で蹴り飛ばした。
パァン!と銃声にもにた音ともに蹴飛ばされたコンクリート片は、あっという間に落第街の彼方へと消える。

──それでも苛立ちは納まらない

「── ああっ、クソッ!」

我を忘れて叫びたくなるような衝動を殺して、
それでも溢れ出る感情を罵声にして足元に叩きつける。

ナナミ > (──どうしてあの人が。)

浮かぶのはだいぶ前に談笑した時の笑顔。
思えば学園で初めてまともに会話をした異性かもしれない。
切欠は何だったか、確か自分が声を掛けたのだった気がする。
一つ学年の違う自分に向けてくれた、暖かい笑顔。
自分もこんな風に笑えたら良いな、そう思わせてくれるような笑顔。
──それが、また曇ったのだろうか。

ギリ、と自分の奥歯が軋む音に気付いて我に返る。
溜息と共に少し口を開ければ、あごの関節が少しだけ痛んだ。

ご案内:「落第街大通り」にルギウスさんが現れました。
ナナミ > ──最後に会った時の事が思い出されそうになり、苛立ちが増した。

(何を馬鹿な事で苛立ってるんだろう)

あの日自分がやった事は、まさにそれだったじゃないか。
自分勝手な理由で、彼女にとって理不尽とも言える理由で彼女に辛い思いをさせたじゃないか。

それがどうして今、彼女の身の上を思うことが出来よう。
そんな権利さえあの日食べたものと共に吐き棄てた筈だ。偉そうなことは何一つ、言うはおろか思う権利すら。

途端に気力という気力がごっそり削げ落ちてその場に座り込む。
──まだまだ自分は子供なんだ、と思い知らされた気分だ

ルギウス > 暗闇だった舞台の上にスポットライトが当たる。
そこには最初から居たというように男が立っていた。

「朝から荒れていますねぇ……迷える子羊よ。
 何か“面白くない”事でもありましたか?
 まぁ、世の中の大半はツマラナイコトが〆ているものですが」

淀みなく台詞を言いながら、大仰に一礼をする。

ナナミ > 「──うるさい。」

その場に座り込んだまま、現れた男へと向けて告げる。
フードの奥から対の真紅色が刺すような視線が男へと向けられる。

「今まさにその面白くない物事が増えたとこ。」

それだけ吐き棄てるように答えて、フードの陰に真紅が消えた。

ルギウス > 刺すような視線もどこ吹く風 と言った具合に張り付いた笑顔は動かない。

「自分からは動かずに、八つ当たり。
 それで周囲が変わるはずもなく、イライラは募るばかり―――」

屋上の外に観客席があるかのように、男は動く。

「ご自身が気持ちよくないのに、何を我慢なさっているのです?
 自分の置かれている状況?能力の不足?
 いやいや、掻い潜れる程度の知恵と力はあるはずだ。
 この島にいるのだから」

ナナミ > 「別に──

 少なくとも、それをアンタに言う義理も価値も無いよな。
 ……まあ良いや。」

今は何もかもどうでもいい。
──そう呟いてその場に寝転がる。
曇天の空が自身の心情を投影してるようで溜息が零れた

ルギウス > 「ええ、私は貴方にとってただの通りすがりだ。
 言う義理も価値もない。
 同様に―――ただ、腐っているだけの貴方にも価値はない。
 “誰にとっても”。
 舞台で言えば、モブに等しい。
 いや、悪目立ちするぶんモブよりも悪質だ」

男は演じるように、屋上を歩く。

「動けば世界は変わります……嗚呼、それを知らない愚か者がなんと多いことか!
 無力感に苛まされるのは死ぬ間際だけで十分に過ぎる。

 もしも力を欲しているのなら、力をお貸しできますけれどね?」

ナナミ > 「──いい。」

灰色の空へと目を向けたまま、絞り出す様に声を上げる。

「欲しいのは力じゃない。
 足を踏み出すのに必要なのは力じゃないだろ。」

そんなこと分かってる、と。

「今はモブで良いと思ってるし、モブより性質が悪くて何が悪い。
 世界を変えるつもりもないし、世界に不満を抱いてるわけでもない。

 ──俺が苛立ってるのは、俺自身に対してだし。」

薄々分かっていたこと。
苛立ってる相手は自分自身。何をしても苛立ちが納まらないのはその所為──

ルギウス > くつくつと男は笑う。
「モブはモブである演技があるのです。
 モブが冴えない主役になるならまだしも、貴方という舞台で主演がモブになってどうします」

両手を広げて、天を仰ぐ。

「気に入らない自分なら自分を変えればいい。
 気に入らない社会なら社会を変えればいい。
 気に入らない世界なら世界を変えればいい。

 変化こそを観客は望んでいる。
 ……それすらもどうでもいいならば。

 貴方の体を私にくださいませんか?」

ナナミ > 寝転がったまま黙って空を眺めていたが。
仰々しい男のセリフを全て聞いたうえで静かに上体を起こす。

「いやだ。」

シンプルに、それでいて巌の様に頑強な一声。
芝居がかった男を見据える真紅の瞳。
男の言葉は流暢だ。まるで何度も繰り返し練習されたかのように流暢だ。

──だからこそ怪しい。何かある。

そう直感が告げる。どんだけ自分に嫌気がさしているときでも。
“その勘”だけは信ずるに値すると七生は知っている。

「舞台で例えんのはアンタの趣味なのかも知れねーけどさ。

 俺、じっとしてると寝ちゃうからあんまりそういうトコ行かねーんだわ。
 だからもちっと、分かりやすくしてくんねえかな。

 ──俺、バカなんで。」

ルギウス > 肩を竦める。
「ああ、それは残念。
 この世界に執着する何かがあるのでしょうねぇ」

「趣味のひとつもないだなんて、嘆かわしい……芸術を理解しろとは申しませんが」

ナナミの方に向き直り、溜息をついてから見下ろすように近づいていく。

「では、バカにもわかるように言い回しを変えましょうか。
 世界は常に 変化 しています。
 晴れの日もあれば雨の日もあるでしょう。
 雨の日に傘を差さずに棒立ちのバカがいるとして」

ナナミを指を刺す。
その後に自分を指して、傘を差すジェスチャー。

「そのバカな方に、ご自分の行動で雨はどうにでもなる と説いているのです。

 そして、それすらもどうでもいいと思えるならば……私が貴方の魂を金輪際、雨で濡れなくする事ができる とも」

笑みが濃くなる。
ニヤニヤ笑いがニタニタ笑いに。

ナナミ > 「ふんふん……。」

腕組みをして改めて男の話を聞く。
フードに隠されていない口元が、静かに弧を描く。

(──上から見下ろしてると、見えないものがホント多いもんなんだな。)

「なるほどなるほど。さっきよりはよーく分かるわ。

 で、一つ質問。
 アンタさあ、さっきから「どうでもいいなら」って言うけどさ、
 まあ、さっき、俺が「どうでもいい」、って言ったからだろうけど。
 それがどうして俺が自分自身を投げてるって思うわけ?」

とん、と自分の胸を掌で叩く。
──ニヤリ。下弦の月が朱に染まる。

ルギウス > 「ご理解されたようで何よりです。
 ご理解ついでに言いますと、本当に捨て鉢の方なら今の言葉にも面白いように食いついてこられますのでねぇ」

作り笑いなのか、本当に嗤っているのかわからない顔が深く深く刻まれる。

「舞台上で棒立ちされるくらいなら、人形劇の人形になった方がマシと言うのもでして。
 後は、そうですねぇ……無力感を煽ってからかう目的ですかねぇ?」

肩が揺れる。
おそらくは笑いで。

ナナミ > 「ふーん……
 いや、悪いけどさ。

 別に俺は自分が舞台に立ってるってつもりはねーのさ。
 仮に立ったとしても、頭悪いから多分上手い様に出来ないと思うし。
 
 ───けど、どういった訳か未だにこうして生きてる。
 つまりそりゃあ、人生なんて舞台の上で動くもんじゃないってこったよな?」

よく知らないけど、舞台ってのは筋書きに沿って進むもんなんだろ、と首を傾げて。

「まあ、別に筋書き通り大いに結構だけど。
 あんまりそればっかり気にしてっと、自分しか見えなくならねえ?

 ──それに。
 舞台ってのは、それを舞台だと思って見る人間しか、魅了出来ないもんなんじゃねえの?

アンタ  セリフ  客   届
役者の言葉が無趣味に響かなかった みたいにさ?」

こてん、と首を傾げたまま。
変わらずその口には薄く赤い三日月。

「それに、不本意だけど。

 ──からかわれるのは人一倍慣れてんだわ、俺。」

もっと上手くやれよ、と少年は声を上げて嗤った。

ルギウス > 「All the world's a stage(人生は舞台)
 And all the men and women merely players. (人はみな役者)
 とも言いますし、筋のないアドリブ劇だってありますとも。

 何よりも―――」

くるりと背を向ける。

「自分以外の、何が重要なんです?
 他人は自身が楽しむための道具にすぎないでしょう?
 壊れれば代わりを用意して次の舞台を見ればいいだけじゃないですか」

さも当然、とばかりに続ける。
サングラス越しの視線はわからなかったが、その浮かべていた表情にはある種の覚えがあるかもしれない。
実験動物の経過観察を楽しんでいる研究者と同じそれ。

「では、次はもっと上手くやるとしましょう……。
 大事なものでも壊したら、いい演技してくれますかねぇ?」

ナナミ > 「ははっ……段々見えてきた。

 つまり、アンタ自分に酔ってるだけなんだな。
 自分の人生を舞台だと思って。あたかも自分を千両役者かなにかだと思ってる。」

けどさあ、と言葉を続ける少年の瞳にはいつしか光が。
実験動物を見る研究者が、何故実験動物からは畏怖されてると断じれるのか。
綻び始めたセーターの紐を引っ張る子供の様に、無邪気に笑みを浮かべて七生は続ける。

   ・・・         それ
「──くさいんだよ、アンタの“演技”さ。
 自分じゃライトを浴びて大演説をしてるのかもしんないけど、その実、自分しか見えてないからさ。
 白けてる客の反応すら見えてない……だろ?
           ・・・・・
 だからこういう風に、余計な茶々で簡単にセリフをトチる。」

ニタリ。その顔に浮かぶのは無邪気な笑み。
──誰が言ったか、『笑顔とは威嚇である』と。それを思い出させるほど、少年の笑みは自然に、そして異質に。

「さあ? 俺、馬鹿だから自信ないなー。
 まあ“楽しむための道具”にしちゃ頑張った方じゃないの、アンタ。
 良い気晴らしになったよ、サンキュー。」

んん、と軽く伸びをすれば雲の切れ間から陽が差し込み。
今日も暑くなりそうだなあ、なんて呑気に呟きを落す。

ルギウス > 「いえいえ、私はしがない観客ですとも。
 私は舞台を見続ける為に、下手なりに役者の真似事をやっているだけですよ」

背を向けたまま大きく肩を竦める。

「まぁ、私も貴方が多少なりとも見えてきましたよ。
 貴方が最も輝くのは、敵を排除するその時だ。
 バカな貴方の演じる舞台を、私は観客席からそっと眺めるとしましょう」

背を向けたまま、どこかに一礼。

「望まれない道化は、舞台の袖に引くとしましょう。
 ……では、またいずれ。
 次は血塗れの舞台でお逢いしましょう」

そのままスポットが消えたかのように 男は姿をくらませた。

ご案内:「落第街大通り」からルギウスさんが去りました。
ナナミ > 「あらら。
 もうちょいだけ、からかえるかなーって思ったのに。
 まあ、からかわれた分は返したし、いっか。」

消えた男の背を思い浮かべつつ、ふん、と鼻を鳴らす。
男の言うとおりに“ちょっと自分から動いてみただけ”だと言うのに。
ちょっとだけ“我慢するのを止めた”だけだと言うのに。

「でも──もうちょい相手してくれてもいいじゃん、八つ当たり。」

不満げに呟きを漏らすも、
その口元は喜劇を見た後の観客よりも満足げに

歪んでいた。

ナナミ > 「──飯にすっか。」

そういえば朝から何も食べていなかった事を思い出す。
それほどまでに苛立ちを募らせていたのにも関わらず、
今はむしろあれほどの苛立ちが不思議なくらいだった。

「やっぱり、あの人の言うとおり敵を排除しようとするのが一番俺に合うって事なんかね?」

独りごちて、フードの奥で失笑する。
そんな事は無い、だとしても自分は弱者だ。
気に食わない自分さえ変えられない、無力な子供だ。
好きだった人の笑顔すら取り戻せなかった、我儘な子供だ。

ただ──

「俺の大事な物は、俺よりもっと強くて硬いよ──道化さん。」

にこり、穏やかに微笑んで七生はその場から立ち去った。

ご案内:「落第街大通り」からナナミさんが去りました。